2005年05月

喫茶店 みちしるべ

bd99ec2c.JPG 喫茶店みちしるべという店がある。厳密に言えば吉祥寺にあるわけではなく、練馬区になるが、練馬区と境界線を接している吉祥寺北町の道路が目の前にある。歩いて10秒。この店はさすがに地元のよほど詳しい人でなければ知らないだろうと思われる。
 
 (株)乾工務店という小さな工務店があるが、その自宅兼用オフィスに併設されている。とてもおしゃれ。小さなろうそくが夜になると店の前でちらちらとともされる。夏にはかき氷が食べられる。

 すぐ横に広がるのが練馬区立立野公園(旧中央大学体育会硬式野球部グランド)や大地主である農家、井口氏の畑や屋敷森などである。吉祥寺駅前から出ているムーバスの北西循環ルート、ポケット広場バス停から北へ歩いて2分。
 
  喫茶店みちしるべ
  03-3928-0840
  練馬区立野町32−11 (株)乾工務店内

アーミテージも認めた普天間移設

2341f1e3.bmp アメリカでついこの間まで国務副長官を務めていたアーミテージという男がいる。軍人出身。映画「ランボー」の捕らわれた司令官役としてモデルになったといわれる。スキンヘッド、ものすごく太った巨体。その姿を見たら忘れられないインパクトがある。

 彼には日本の政治家たちがこぞって面会を申し込むのであるが、それは「知日派」として彼が有名だからだという。私は彼については、ラムズフェルドやチェイニー、ライス、ボルトンたちよりは遙かにましだとは思うが、日本に詳しく、知っているとは全然思えない。「知日派」と言いすぎだと思う。
 
 この彼がTBS、「ニュース23」にやってきて、筑紫哲也のインタビューを受けていた。相変わらず筑紫はへっぴり腰のつまらない質問しかすることができず、非常に興醒めであった。思うに筑紫哲也は完全にジャーナリストとしての「鮮度」がなくなった老い耄れだと思う。辞めた方が良い。逆に「公共放送」というよりは、「日本版国営放送」と言って良い状態のNHKにあって国谷裕子の方が遙かに鋭く的確なインタビューができる。語学力も遙かに上を行く。つい先日、イスラエル政権の閣僚に質問していたのを聞いたときには本当にびっくりした。「ニュース23」のキャスター、老人を引っ込めて彼女に交替してもらえないものだろうか。

 だが、いくつか印象的な回答をアーミテージがしていた。その中でも
 
 「普天間では、いつ事故が起こっても不思議ではないのです。あまりにも混み合っている。」

 とその移設の必要性をはっきり認めていたこと。これは重要である。アメリカ共和党政権の要人だった彼でさえ、普天間を動かさなければならないことを認めている。ちなみにラムズフェルドも総論としては認めている。沖縄に関する特別行動委員会(SACO)の合意からすでに何年も経つ。大幅に約束の期日が遅れているというのに、その遅れの原因はアメリカ政府ではなく、逆に日本政府、特に防衛庁の問題に他ならないことがはっきりとわかったことは大きい。
 
 そのアーミテージ、いわゆるEast Asian Commitment(東アジア共同体構想)には強烈な反発を見せた。アジア世界からアメリカの影響力を排除しようという狙いがある事が見え見えだというのである。
 
 1.すでにAsean+3(中韓日)があるのにわざわざEACを新設する必要性がないこと。
 
 2.マレーシア開催予定、この「東アジアサミット」に何の議題もないこと。

 だから、これらは太平洋地域でのアメリカの影響力低下を狙うたくらみではないかとしきりに繰り返した。

 この「東アジア共同体構想」、欧州のEUや、北米のNAFTAなどと同じ枠組みをアジア諸国でも欲しいということであるが、建前として「安定と繁栄」、「地域協力」を歌っている。だが、各国が内側ではアメリカの影響力排除を狙っていることはおそらくその通りだろう。
 
 つまり、アメリカという国は「親米的国家」が集中していたはずの東アジア諸国においても、もはや信頼や尊敬を受けていないということに他ならない。当たり前の話である。あのいんちき大統領ブッシュJr.と、でたらめ副大統領チェイニー、鬼の国防長官ラムズフェルド、狂犬国務長官ライス。「悪魔の4人組」が率いるアメリカ政府をどうやって信用しろというのだろうか???アメリカは世界の問題児国家。少なくも感情的には世界中から嫌われているのである。

 アーミテージ曰く、

 「アメリカは太平洋の国家として誇りを持っている。経済、外交、政治、安全など地域の責任でありたいと思う。」

 「日本がこうした面でアメリカに積極的な助言・協力をして助けてくれることを願っている。・・・東アジア共同体構想はアメリカにアジアから手を引かせようとする狙いの始まりではないかということです。」

 その様な誇りをテキサスのお猿さん大統領が正確に理解し、適切に実践しているとは私には全然思えない。アーミテージがおそれているのはつまり、日本ではなく、中国

 「中国が影響力を広げようと狙っている。そうではないとでもいうのですか?中国がアジアで影響力を広げようとする一環だ。マレーシアの次は、自国でサミットを開催するようにと中国が手を挙げている。」

 と露骨に昇り龍の勢いで膨張する中国を牽制している。中国については、だれが見ても明らかなように、ほぼ間違いなく、サウジアラビアや日本のような素直にアメリカの言うことを聞く国家に誘導することは不可能だろう。

 「アジア共同体」をアジア社会が望んだのは、あまりにアメリカが暴走してきたから。もし、ブッシュJr.ではなく、アル・ゴアが大統領だったら(本当は彼が当選していたはずなのだが・・・)、あるいはジョン・ケリーが大統領になっていたら、ここまでのはっきりした「アメリカ離れ」をもたらさなかった可能性が高い。英国やポーランドなどを除き、欧州のほとんどはすでにアメリカを心理的に離れた。カナダやメキシコ、ブラジルでさえそうなった。アジアもそれに続きつつある。さて、日本は本当に離れられるか。日本政府が大量に買わされたアメリカ国債を本当に売るぞと言い出したりするようならば、その決意は本物だといえる。私はそう思う。

激増中の卑猥な迷惑メール

 出会い系サイト、ポルノ・アダルトサイトをPRするための無差別、未承諾メールが激増中である。日本国内に限った話ではなく、世界的に同じ現象が起こっている。1年ほど前まではこうしたことはあまりなかった。もはや迷惑メールという水準を超えている。ネットのトラフィックへの負担もかかるし、ウイルスも混じり込む。削除作業だけでも具体的に事業の支障にもなる。
 
 なぜ、こうしたメールの一方的な送りつけが拡大したのか、それはソフトウェア技術の進歩による。日本中、世界中のウェブサイト、掲示板、ウェブログなどに記載されている電子メールアドレスを、自動的に大量に収集し、リストにしてしまうソフトウェアが制作されて出回ったから。およそ2万円から8万円ほどのようである。数日で数億ものメールアドレスを収集できる。あとはただただ一方的に海外のサーバーから送りつけてしまえばそれで良いということになる。海外からであれば日本国内法の規制が届きにくい。
 
 最近、info で始まるメールアドレスが非常に増えてきた。以下、全て実際にオープンにされている私のメールに送りつけられてきたアドレスの実例である。

info@coyote-system.com
info@ganseki-open.com
info@kicchomu.com
info@qsv10.com
info@kqsv13.com
info@kqsv14.com
info@mentaico.com
info@not-spam.com
info@rairaiken.net
info@superstar-adv.com

 こうしたスパムを効率的に弾き出すことができるソフトウェアやサーバーサイドの工夫はないだろうか。

広がる小学校でのヤギ飼育

7921c7a1.jpg 小学校で飼育されている小動物といえば、うさぎ、にわとりなどが代表的。私の小学校もそうだった。最近、全国的にヤギを小学校で飼育することが流行りつつある。とても嬉しいこと。情操教育に非常に良い効果があるといわれている。
 
 新潟県の清津峡小学校では、子供たちの目の前で母ヤギ、ビリーブが双子を出産。写真が送られてきている。このビリーブは三条市四日町小学校のサクラと姉妹にあたる。南魚沼市五十沢小でも小ヤギが元気に育っている。新潟では小学校でのヤギ飼育がどんどん広がりそうな気配がある。

 新潟県ヤギネットワーク代表の三条市、今井さんからいただきました。

新聞 その作り方と売り方

 昔、修士課程にいた時に濱野保樹の講義を聴かせてもらった。毎回、そうそうたる顔ぶれの一線級メディア業界で働いている人たちが講師としてやってきては説明をしてくれて非常に面白かった。
 
 この、濱野保樹氏、少々口が悪い。毒舌タイプではないが、非常に臆することなくものをはっきりと言うタイプである。私はこうした話し方をする人は嫌いではない。かつてNHKのクローズアップ現代に出演した時には随分丸くなった印象を与えたが、あれはあくまでNHKだったからだろう。

 
 「日本の新聞は、インテリが作って、ヤクザが売る。そういう構造になっているわけです」
 
 濱野保樹はそういっていた。なるほどと思った記憶を良く覚えている。50年前は大手新聞記者といったら大変な知識エリート、社会的評価も高い超一流の選択だったが、もはや何れの新聞社においても記者や編集委員などは何の尊敬もされていない。「インテリ」とはとてもいえない。むしろいい加減な駄文業者と見られているような面さえあって、軽蔑されている人も多い。

 新聞を売りつけるセールスマンはいつになっても質が上がらない。在京6社で「新聞セールス近代化センター」なるものを設立したのは随分前の話だが、そもそもこうした異様な名前のセンターを作らなければならない事自体がおかしい。しかもまるでしかるべき成果が上がっていないようである。

 この新聞購読契約を2時間以上しつこく迫って千葉県千葉市、32歳の朝日新聞販売店員が逮捕された。特定商取引法違反(禁止行為)容疑である。
 
 5月3日夜の8時50分から11時ごろまで、県職員の男性(35)の住むアパートの玄関先強引に契約を迫ったという。男性が「新聞はいいです。」というと、「ありがとうございます。」と揚げ足を取り、「ごみになる。」と言うば「ごみとは何だ!」と怒鳴る。完全なごろつきヤクザそのものである。

 契約しなかったのに勝手に翌日新聞が配達されて、その男性が交番に相談。自業自得の逮捕であるといって良いと思う。
 
 日本の新聞は読売、朝日の横綱に続いて、東京、毎日、産経などが続く。毎日と産経の両社は実質的に一度ずつ、破綻したようなもの。資本出資を受けて救済されて持ちこたえている状態。新聞社はネットやテレビ、携帯網に押されて非常に厳しい産業になったと言って良い。唯一の例外が日経グループ。日経新聞はついこの間まで「殿様新聞」と言って良い。読みたければ自分で申し込みにこいという購読方法だった。さすがにこの数年、それでは間に合わず、フリーダイヤルを設けたりして必死の営業をしているが。経済や産業についての情報メディアが多様化してくれば、日経グループも安泰ではない。

 公称1000万部とか、700万部というような異常な大量発行メディアになっていること自体が新聞としては無理がある。このままでは「ごろつきが作って、ヤクザが売る」になるように私は予想している。

200勝目前 野茂英雄

48e6c1ba.bmp ただ今199勝。野茂英雄の200勝が待ち遠しい。今はなくなった近鉄バファローズからも、日本の野球界からも袋叩きに合うような思いをしてまで、永久追放覚悟で勇敢に飛び出て挑戦してからもう10年にもなる。早い。

 「アメリカ大リーグ、ドジャースの野茂英雄投手は、現地時間の4日、ジャイアンツ戦に登板し・・・」
 
 といったNHKアナのスポーツニュース原稿を読み上げるシーンを食い入るように見ていたのを昨日のことのように思い出す。
 
 メジャーで1勝するというのは本当に大変なことだ。野茂、石井、大家らみな1つ勝つのにものすごく苦労している。大塚、高津、長谷川らも1つのセーブ、中継ぎホールドをするだけで大変な緊張である。

 おそろしいほど巨大なスタジアム。良質の天然芝グランド。こういう世界で仕事として野球ができる人たちは幸せだ。

盗塁に必要なものは、「勇気」

7aff0927.bmp 阪神タイガース、弾丸特急の韋駄天男、赤星憲広。今夜、テレビ東京の「全力闘球!フルスイングな男達」に取り上げられていた。5年連続盗塁王を狙って今シーズン、最多安打を目指している。実際、現在のところ最多安打トップを走る。

 赤星を四死球で塁に出してしまうと偉いことになるので、相手バッテリーはそれくらいならば思い切って勝負して打ち損じの凡打や三振、味方のファインプレーでのアウトを狙うという方針に切り替えている。だから、四死球は今シーズン大きく減るだろうと本人は予測。だから、ヒットを打つしかないと腹をくくっているそうだ。

 今日も赤星は快足を飛ばして三塁打。本当に足が速い。とんでもない速さだ。滑り込みで三塁セーフだったが、足が遅い選手ならば二塁打でも滑り込みかもしれない。

 彼は言う。盗塁に必要なものは何ですか?

 「勇気。勇気だけです。」

 赤星さん、そりゃないでしょう。鈍足だったらいくら勇気があっても無理ですよ。
 
 あの類い希なるスピードがあるからこその「勇気」である。盗塁を自身の判断でやって良いという選手は「グリーンライト=青信号」というらしい。ヤンキースの松井秀喜もそうである。もちろん、イチローはそうである。自身の判断で走って盗塁失敗し、チャンスをつぶすと確かにベンチに帰ってくるのに気が引けるだろう。そういう意味では、失敗が精神面での打撃に跳ね返るのが盗塁ではなかろうか。

 「走り」で魅せる選手は実に貴重だ。

人格が破綻した人間

 戦後の日本は敗戦の記憶を抱きしめる(ジョン・ダワー)ところからスタートし、一心不乱にここまで走り続けた。生き抜くための無酸素状態での全力疾走だった。
 
 私の祖母は良く言っていた。東京大空襲で一面、焼け野原になって食うに食われぬあの時代を「ただただ必死に生き抜いた」だけの風景から考えれば、だれが今のように都心のあちこちに摩天楼が立ち、六本木や汐留、品川シーサイドにお洒落なビル群が建ち並ぶことを予想できただろうか。
 
 「こんなになるとはちっとも思わなかったよ。」
   
 だが、引き替えに日本を覆ったのが深刻な重症の文明病。日本に暮らす人間は、全く幸福に向かって歩いていないように思える。史上空前のバブル崩壊と、かつて一度は経験したはずの「膨大な無責任の体系」がもたらした、問題先送り=事後処理のもたつきによる天文学的な大打撃。「失われた12年」を食らい重症の後遺症に苦しみ、それが一区切りついたこの21世紀。世紀をまたぎ、ますますその傾向が強まってしまった。
 
 時代と文明が狂えば、おのずとその中で生きている人間も狂ってくる。人格が破綻した人間が続出。ただただだれかを傷つけたいとか、だれでもいいから殺してやりたいという外側への破壊的衝動を抑えきれない、末期的な精神性に陥った人間が。人格破綻者大量発生期である。

 ブッシュJr.も小泉純一郎もしきりに「テロとの戦い」という。だが、今の日本人は自分の心の中で「テロリスト的破壊衝動」が沸き上がり、それを抑えきれずに社会全体への無差別「テロ」に走ってしまっている人が多いように感じられる。辺見庸がいったように「心の内戦状態」がずっと続いているのであろうと思う。それが暴走したときには手の施しようがない。オウム真理教とはつまり、それが極限的に実践された現実の例である。
 
 「いったい日本人はどうなっちゃってるんだよ?」
 
 私の父も夕食を食べながら呟いた。私もそうなのではないかと思う。あと10年後、いったい日本と日本人の心がどこまで崩れ落ちるのかと心配でしかたない。

書道の山都会

5a497ded.JPG 書道はだれでも一度は囓ってみた方が良いと思う。私も昔、高野山にある「現代学生書道院」で高校生までやっていた。王仁の伝えた千字文。あるいは九成宮醴泉銘などは東洋文化の一端に触れられたような気分を味合わせてくれると思う。

 書道の山都会は吉祥寺駅と成蹊大のちょうど間くらいにあり、静かな住宅地。中村雪柳さんが師匠。漢字・かな・実用書道・ペン字・筆耕など何でも教えてくれる。大東文化大全国書道展で優秀団体賞などを受賞していて教え子の実績がある。幼少時から一般まで対応。吉祥寺北町保育園横の道をまっすぐ五日市街道へ向かっていくと角にある。
 
 書道の山都会
 1800001 東京都武蔵野市吉祥寺北町1−26
 0422-21-6678

鉄道に詳しい政治学者 原武史

2e49a795.bmp 最近、あちこちの学術誌、出版社など固いメディアで引っ張りだこの争奪戦にあっている人がいる。明治学院大学国際学部原武史。非常に鉄道に詳しい政治学者である。鉄道網を通じて政治社会を分析することができる珍しい視点を持つ。確かに並の鉄道ファンとは一線を画していると思う。私も鉄道好きという点では相当の者だが、とてもとてもかなわない。TBS情熱大陸でやっていた。 

 「芸術と政治」という内容でゼミをしていたこともあるようだ。そういうゼミの設定はあまり聞いたことがない。非常にユニークだと思う。


 少なくともこの人が書かれた鉄道に関する本は、ぜひ近いうちに読んでみようと思う。

いい加減な「説教」はいかがなものか・・・

 あるお方が私に仰ったことがある。

 「僕がプロテスタントからカトリックに改宗して一番良いと思ったことは、礼拝の時に退屈な説教を聴かされずに済むようになったこと。」
 
 と。その人はかつてプロテスタントであり、その教会では役員のような立場まで務めながら、結局、カトリックに変えた人である。私はいつも相当に割り引いて彼の話を聞くようにしているのであるが、そのことについてはその通りだろうとよくわかった。ちなみに「改宗」という言葉には今も引っかかるのだが・・・。異教徒ではないのだから。
 
 カトリックではおよそミサは1時間弱。その中に、言葉の典礼や聖体拝領、応答、平和の挨拶など一定の定型化された「型」がある。その中に「説教」が含まれているのだが、一定の時間的制約があるので長々と説教をすることはない。短ければ10分かからない。長くとも20分ちょっとほどだろうか。プロテスタントでは平気で30分から1時間ほど為されるのでいかに短いかがわかろう。あまりに短すぎてあっさりしすぎていると感じることもある。だから、いかに話が下手で準備不足の、「無能な」司祭であったとしても忍耐しなければならない時間は短めに限られている。

 宗教者に限らず、大学教授でも同じ(実際、私も何百回と話し下手でつまらぬ講義を聴いてきた)だろうが、若い時にしっかり悩み、考え、学び、訓練を積まないと人の心をつかむ話をするようになることは非常に難しい。早い話が

 「駄目なやつはいつまで経っても駄目。」

 ということである。私にとっても礼拝の説教が苦痛でたまらず、とても聴いていられないと思わされた人が今までに何人いらっしゃっただろうか。そこまではいかなくとも、聞き耳を立てるほどに心に染み渡るメッセージを放ってくれる人は非常に少ない。概して「退屈」と思うことが多い。私がいる日本基督教団の吉岡牧師の説教は毎回よく準備されており手抜きはない。分かりやすく丁寧に話されるし、毎回必ず勉強になるのだが、何というか、私個人的には心の琴線に達するような感動が少ない。なぜなのかは今もよくわからない。時々、素晴らしい内容の時もある。私がかなり礼拝をさぼって出なくなったりした(する)のは、あまりそういう「説教を聴かせてもらう喜び」を強く感じにくいからでもある。実際、礼拝出席という点についてみれば私は非常にだらしのない、およそ「敬虔な」と形容できる人間ではない。

 カトリックでは、世界共通のこうした「典礼」があるために玉石混淆の司祭たちの個人差が直接に人々との軋轢を生み出す可能性が低い。この「典礼」は古今東西不変である。もちろん、第二バチカン公会議のように歴史的に極めて大きく「典礼」が変えられたこともあるが、それは世界一斉に変えるのである。これは私もその足跡、指導性に尊敬をおかずにいられないかつてのローマ教皇、ヨハネ23世が行ったことである。
 
 考えてみればこれはすごいことであり、いやしくもカトリックである以上は、欧州のどこの国であろうと、南米であろうと、アフリカ大陸であろうと、アジアのはずれ、海に浮かぶ小国であろうとどこへ行っても全く同じように「典礼」が守られているというのだから。カトリックが初めから「世界宗教」として世界のどこであっても、例え異邦人として訪れようともひとたび礼拝堂に集えば、同じように「自分の帰るべき家」に戻ってきたという感覚を持つことが出来るように「典礼」の型を固めたことが大きな影響を与えている。この点、プロテスタントは世界各国はおろか、宗派、会派によっててんでんばらばら。同じような統一感は非常に薄い。例え同じ教団に所属していてもそうである。

 大学における「講義」が非常に重要なものである(そのことがわからない研究者、教授は二流である)ように、私は「説教」は非常に大切なものであると考える。だから、いい加減な「説教」はいかがなものかと思われてならない。平気で出鱈目をいうような最悪のケースさえある。あるいはあまりに初歩的に幼稚な勘違いを含む説教も。

 最近、私が聴いたとある説教。小泉純一郎が国と地方との財源移譲問題を説明するに際して「三位一体の改革」という言葉を使うので、それに言い及んで、

 「記者会見で小泉さんが、三位一体という言葉はカトリックの言葉だといっていました。そうですね。三位一体という言葉はカトリックの言葉で・・・」

 とのたまわっておられた。だが、説教が終わってからとあるカトリックの友人と「三位一体」という概念自体は東方教会も、無教会派もどのプロテスタントも同じで変わらないんだがなあ・・・と雑談をかわした。どうもこの方、相当に飛んだ面があるらしく、例え話や内容に物議を醸すようなことが多いらしい。

 彼は「家族=family」という言葉を説明しようと例え話を持ち出された。この言葉を分解すると、「fa=father」であり、「m=mother」だと。残る「ily= I love you. 」。だから、家族という言葉だと大きめの画用紙にマジックペンでわざわざ書かれて壇の前まで歩みを進めてしきりに熱弁を振るっておられた。前の方におられたお年を召された女性の方々は身を乗り出して眺め、頷いておられた。

 だが、語源論的に見てもこれは何の客観性もない「出鱈目」な説明である。スペインの「サグラダ・ファミリア」でも知られるように、元はラテン語のfamilia から育った単語で、そもそもは「召使い」という意味のfamulusから来ている。ラテン語を学んだはずの彼が全然それらを知らなかったはずはない。すぐに調べることもできる。面白いエピソード、例え話をしようと思われたのだろうが、ものすごく大きな誤解を生むので辞めた方が良い。いや、非常に意識して慎まれるべきである。

 私は個人的に好きになれず尊敬しない聖職者でも、時に説教が素晴らしいことがある。言っては何だが、少年時代に聴いたビリー・グラハムの後楽園ホール説教は力強かった。キリスト教のメッセージ配信者としては類い希なるカリスマを持っていたといって言い過ぎではないだろう。だからこそ、あれほどアメリカ国内で爆発的に会員を増やせたのである。だが、私は大学生になってから彼がどの様な人間であるかを知るに及び、彼を人間としても、キリスト者としても徹底的に許せないと感じて嫌悪するようになった

 いい加減な「説教」は想像以上に人間に与える負の影響が大きい。一切の向上心なしに成長や変化が見られないというのはいかがなものかと思う。

ラッセル・ワトソン

49b9691d.bmp ラッセル・ワトソン(Russell Watson)。一躍スターダムにのし上がった爆発的な声量を誇る英国、マンチェスター生まれの歌手である。一昨日27日、初台にあるオペラシティで東京フィルハーもニックオーケストラとともにコンサートを行ったばかり。見よ、この美しい顔立ち。世の中には運が良く生まれついた人というのは必ずいるのである。私の知り合いであるとある女性、アトレチコ・マドリード、フェルナンド・トーレス好きだが、ワトソンにもいちころになりそうである。

 だが、彼の優れた点は顔だけではない。その爆発的な迫力と声量を持った美声。これが世界のリスナーの心を射止めた。彼は声楽の訓練を受けずに育った。16歳で工場労働者になるべくエンジニアの会社に就職。だが、歌が好きだったので紫煙で煙る労働者階級が集う庶民のパブやバーで片手間に歌っていた。

 そんな彼の人生が変わったのはとある偶然から。いつもパブに集うお客からリクエストを受けては即興で歌っていたのであるが、何を間違えたかお客がオペラのアリアを要望。ワトソンは人前で歌ったことがなかった。だが、旋律と歌詞は知っていた。会場はそれなりに盛り上がっており、もはや歌うしかなかった。大恥を覚悟で腹を決めて歌い上げたところ、そのダイナマイトボイスに会場はスタンディングオベーション。やんややんやの大喝采となった。
 
 これがきっかけで彼はプロの歌い手としてのキャリアを積み始める。天性の歌唱力に加え、このルックス。労働者階級の庶民出身である彼が破竹の大活躍を見せ始めたのである。そもそも労働者階級の人たちが集うパブやバーでオペラがリクエストされることはほとんどない。また、歌ってもあまり歓迎されないし、拍手喝采ということは異例である。ところが、地元のアイドル、ラッセル・ワトソンが初めて歌ったものがあまりの迫力だったため、異例の反響を呼んだ。
 
 彼は今、猛烈にプロの声楽訓練を受けて研鑽に余念がないが、全くそれまでは声楽を学んだことはない。だから、彼には桎梏や固定概念がない。オペラもポップスもロックも歌う。彼の歌い方、声はアルバレス、パバロッティ、カレーラス、ドミンゴなどのテノールと比較すると、正確な音程、流麗な声質、複雑で困難な旋律の歌い上げなどについては明らかに劣っているが、その爆発的な声量、迫力、力強さという点では上を言っているかもしれない。とにかくエネルギーが爆発的に燃焼しているかのようだ。

 "Vincero, Vincero !"

と歌った時には凄いと思った。
 
 彼は工業街が立ち並ぶ産業の町、英国マンチェスターの出身。当然、赤い軍団、マンチェスター・ユナイテッドの熱狂的なファンである。かつてはベビッド・ベッカムらに熱烈な声援を送っていた。マンチェからは伝説的な「いい男」が連続して登場した。

 32歳になってから本格的に歌い始めたので絶望的な夢想だとわかっておりますが・・・。私もせめてもう少しうまくなりたい・・・。

今週、6月3日(金) 午後7時-8時 四谷・イグナチオ教会にて

 今週、6月3日(金)午後7時-8時 四谷駅前のカトリック・イグナチオ教会主聖堂にて第一金曜日=初金祈りと黙想の集いが開かれます。ミサではありません。献金や聖体拝領はありません。主聖堂はたいへん広く、音響も美しくきれいです。
 
 だれでもご参加いただけます。途中から入り、途中で出ても構いません。携帯電話の音だけは消していただけますよう。およそ1時間弱の予定。10分間の静かな黙想時間が2回、含まれています。

初金(第一金曜日)・祈りと黙想の集い  

日時:      6月3日(金) 午後7時-8時

場所:      カトリック・麹町教会(イグナチオ教会=St. Ignatius Church)

司式担当神父:  アルフレド・セゴビア

聖書朗読:    マタイによる福音書11章

歌われる聖歌 :
しらべもたえに カトリック聖歌集 No.265
主の招く声が 讃美歌21 No.516
Cast thy burden upon the Lord (メンデルスゾーン、"Elijah"より)
きよききよき     (シューベルト "ドイツミサ"より)
主のいのり
His yoke is easy   (ヘンデル "Messiah"より)

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Prayer Meeting on the First Friday
Contemplation of this month: the Gospel according to Matthew11:25-30
All of you are invited to spend time in prayer and reflection before the Blessed Sacrament.
http://homepage1.nifty.com/hatsukin/Priest: Fr. Alfredo Segovia, S.J.

人の心は変わる

 人の心は移ろいやすく、たやすく変わるもの。それは信条、信仰心、友情、親や兄弟への愛情と信頼、事業への熱意、人生の決意、恋愛感情に至るまで、そうだと思う。私もそうである。人間はそれほどしっかり出来上がってもいなければ、天使に生まれついてもいない。

 だから、人の心が変わることはどこかに覚悟しておいた方が良い。また、それが変わったことを必ずしも強く非難できるとも限らない。例え、がらりとその人柄が変わってしまうようなことがあったとしても。人生の浮き沈みは時にその人間を壊してしまいかねないほど大きい。
 
 今まで随分そういう人を見てきた。私も他人からはそう見られる面がきっと多くあろう。少なくともそれに気がついて、また気がつける自分でありたいと私は思う。

姜尚中

476781c6.bmp 姜尚中。カン・サンジュンと読む。在日韓国人の二世で1950年、熊本県生まれ。私が大学に入ったばかりの頃はICU準教授だったが、ちょうど当時出来たばかりの東京大院、情報学環 ・ 学際情報学府の教授になり、本郷キャンパスに移った。今は佐倉統らと同じ学生相手に教鞭を執る。ICUで教えていた時代にはここ武蔵野や吉祥寺で見かけたり人も多いはず。

 整った顔立ち、端正な髪型。空手で鍛えたスリムな肉体。流暢な語学力。低く落ち着いた穏やかでまろやかな渋い口調。その醸し出す独特の雰囲気から、とても学者とは思えないほど、芸能人並に非常に熱い視線を送る多数の女性ファンが存在。「男も惚れる」と形容されるほど、男性ファンも少なくない。ソーシャルネットワーキングサイトとして先駆者的に利用者を広げているMIXIにもコミュニティが存在している。ちなみにこのSNに私のこのコラムの文章をついて

 (;´x`)な内容の典型
 
 と書いている男の管理者がいる。ファンである姜尚中を悪く書かれて頭にきたのであろう。それはそれで思想、表現の自由であるから(絵文字を使って簡単に書くだけの言い方は幼稚だと思うが)問題はない。ミクシについては、あまり興味もなくそれほど面白いとも思わないので、知人の繋がりで試しに入れてもらったが、一度も書き込みをしたことがない。

 姜尚中には、かつて日本名があった。「永野鉄男」という。だが、早稲田大にてコリアンとしての自分のルーツ、存在証明に目覚め、72年に韓国を訪れてからは民族名である今の「姜尚中」を用いている。

 彼はプロテスタントのキリスト教徒。成人になってから信仰心を持つ。彼は1984年、外国人への指紋押捺を拒否して刑事問題に。それを支援してくれた日本人が多数いたことが彼の人生を変えたと彼自身がいっていた。最終的には彼自身も指紋の押捺に応じている。私も個人的には指紋の押捺強制には反対している。そういう苦い人生を歩いてきた人である。

 だが、キリスト教徒である彼、国籍や民族性についての認識を色濃く投影した議論が多いので、ちょっと私はついていけない面をしばしば感じることがある。率直に申し上げて、私は彼が好きではない。尊敬もしていない。大嫌いではないが、何かこう、上手く言えない独特の「嫌な面」を感じずにいられない。学生時代、まだ彼を直接見る以前からそれを感じていたが、その漠然とした印象を決定的にしたのは在学中の政治学ゼミにおいて。まだICUにいた時の彼が一回だけ臨時のゲスト講師としてゼミに来てくださったことがある。ちょうど私は彼を左斜め前、すぐ目前に眺めながらおよそ2時間のゼミを過ごしたことを思い出す。そのゼミ参加に際して良く準備してきていたし、頭の良い人で、研究者として秀逸な、かなりしっかり勉強している人だという印象を持った。
 
 その時には丸山真男の文献を読んでいたのであるが、しきりにエドワード・サイードを引き合いに出しながら彼は持論を展開。サイードのポスト・コロニアニズム論の影響が強く見受けられた。彼は自分で言っていたことであるが、丸山真男を非常に高く尊敬、信頼、評価しつつも
 
 「無い物ねだりだと思うんですけれどもね。」 
 
 と自らゼミ議論で呟くくらい重箱の隅をつつくようなちくちくとしたアプローチで、丸山真男の論旨展開に足りない面をあれこれと指摘していた。それは横で聞いていてもあまり冴え渡った論旨という印象は持てなかった。しかし、それはそれで彼の立場だろうと思うので構わないのであるが、もっとも強烈に嫌な面を感じたのは、ゼミが終わった後のフリーディスカッションで質問がなされた時のこと。
 
 ちょうど私が大学に入学した時、とある在日コリアンの人が大手メディアを相手に民事訴訟を起こし、自分たちの名前を自分たちのハングルと同じ発音で、つまり、ネイティブ通りの正確な発音で放送するようにと訴え、これについての損害賠償が認められた案件があった。判例タイムズなどにも採用され、最高裁判例でこそなかったが、社会的にはかなりの注目を浴びた。民法の講義でも取り上げられた。これ以降、日本の大手メディア、マスコミは新聞といわず、テレビといわず、朝鮮民族の人たちの名前について一斉に読み方を替えてしまった。

 例えば、それまで、「金大中」は「きん・だいちゅう」と読んでいた。「キム・デジュン」とはいわなかった。「金泳三」は「きん・えいぞう」。「金日成」は「きん・にっせい」であった。それが一挙に「キム・ヨンサム」、「キム・ウィルソン」に変わっていった。日本人にとってハングルは馴染みが薄い言語。とても発音しにくい。これをやられると、普通の日本人は全く読み書きができないため、コリアンの人たちの名前に用いられる漢字が頭に浮かばない。同じように日本が植民地支配を行った国であるが、中国人、台湾人はこういう訴訟を起こしていないので、「江沢民」は「こう・たくみん」と、「毛沢東」は「もう・たくとう」、「陳水扁」は「ちん・すいへん」と今も読むことを許容されている。コリアンのみが訴訟を起こしたのはかつて「創氏改名」があったことが影響しているようである。

 私はこうしてハングルのネイティブ方式で相手の名前を発音しなければならなくなったことは、同じ「漢字文化」の上に生きている日韓、日朝の相互理解の上ではかなり煩わしい障害になってしまっているのではないかと思っていたし、今もそう思われてならない。空前絶後の大人気になった「冬のソナタ」主人公、「ヨン様」の名は、「ペ・ヨンジュン」であるが、「裴勇俊」という漢字表記を知っている日本人はどれくらいいるだろうか。残る3人の韓国ハンサム四天王、李炳憲(イ・ビョンホン)、張東健(チャン・ドンゴン)、元斌(ウォン・ビン)についてはどうだろうか。漢字で表記し、漢字読みで読んでくれた方が遙かに記憶しやすいではなかろうか?

 言葉の本質とは、本来的に言って非常に柔軟で、流動的なもの。私は英語圏に行けば「のりひさ」とは発音してもらえない。「のりいさ」になる。だが、それをいちいち細かく指摘して修正してなどいられないし、個人的にも全く気にしない。言語の本質を考えれば、侮蔑的な意味が無い限り大した問題ではないからである。
 
 この点、在日朝鮮の人たちの名前をネイティブで呼ばなければならなくなってしまったことについてどう思うかという質問を私はしたのだった。まだ、当時は学部生の私だったから若く幼稚な質問だと受け取られたのだろうか、姜尚中はあまりいい顔をしなかった。彼の答えは、
 
 1. 彼自身は自分の名前を日本風に読まれても気にしない。
 2. 英語で表記すると、 Kang Sang Jung となるが、英語圏の人にも煩わしく覚えてもらいにくいことがあるのでKan San Jun と書いてしまうこともある。
 3. そういう読み方についての争い、認識の違いがいったいどういう問題から派生しているのかということ自体を、全然知らない世代が増えていることの方がよりいっそう深い問題

 というものだった。私はとりわけ3についての見解については目からうろこが落ちる思いで、なるほどと思って聞いていたのだったが、彼はその後に次のように言った。つまり、一生懸命準備してゼミ講義しに来たのだから、その内容についてディスカッションしてもらいたかったようで、やや悲しく苦笑しつつ、

 「できれば、こっちの話をしてほしいですね。」

 とレジュメと文献を指さしながら呟いた。筋違いの幼稚な質問だよといわれたようなものであり、他の教授や生徒もそのゼミにはいたので私はそう対応され、それ以降、そのゼミでは黙ったまま。会話に加われなくなってしまった。あとは大学院生や助手、教授らがわいわいやってディスカッションが続いていった。言っておくが、これは正規の「学部生向けの授業」であった。院ゼミや研究会に学部生がもぐりこんだわけではない。そのゼミの内容から考えても、その時私がした質問は、それほど限度を超えた幼稚な、無意味な、焦点はずれのものだったとも思えないのだが、彼はそう受け取ったようである。 
 
 だが、あの一瞬のやりとりに、彼の中に存在しているエリート主義的な心性がよく見えてしまい、非常に嫌な印象を持った。今もなおそれは消えていない。
 
 話が飛ぶが、漫画家、小林よしのりは 姜尚中を徹底的に嫌っている。当初はそれほどでもなかったが、段々と「朝ナマ」での討論などを経てそう思うようになっていったようである。姜尚中がもつ「主婦キラー」光線は大変な魅力を発揮することを認めつつも、彼の持つ相手を小ばかにしたような知的エリート知識人としての態度の取り方に堪えられない嫌悪感を持っているようである。姜尚中ファンはしきりに彼を持ち上げるが、私が仮に彼を好意的に見ている人間であったとしても、それらの「称賛の声」についてちょっとどうかと感じることが多い。

 あまりに果てしなく議論の客観性のない暴走を続ける小林よしのりについて、私はもちろん尊敬も信頼もしないが、彼が姜尚中に対して炸裂させる怒りについては何となくわかる。特に、姜尚中がICUから東京大へ移籍してから彼の意見にはどうにも変な違和感を感じることが多くなってきた。今、これだけ「韓流ブーム」といわれながら、日本・朝鮮・中国の関係は戦後60年の中でもかなり悪い状態に入っている。これは今後も数年は止まりそうにない。3つの極で、非常に不健康な民族主義と国家主義が同時に燃えている
 
 彼は、在日コリアンという立場を、エドワード・サイードの言葉を使って「周辺者」、「亡命者」と表現し、日本と韓国という母国と祖国に挟まれた独自の存在だという。そうした朝鮮民族としての立場から、日本の社会が保有してきた朝鮮史観やそこから発射される差別、偏見を強く批判的に指摘する。だが、戦後60年を経て、日本社会も韓国社会も大きく変化した。実態はよりいっそう複雑になっている。部分的には韓国や中国が日本の上を行く面もある。韓国最大のメーカー、サムソン、LG、ヒュンダイらはすでに現状、いくつかの日本の超大手メーカーすら圧倒している。私は姜尚中の議論や認識をどこまで煮詰めていっても、日本・朝鮮・中国の友好的な融和とつながりは達成できないように思えてならない。

 姜尚中ファンの人たちがそういうことをどこまで考えているのか、時々、疑問に思うことがある。

萌え

a33bd1cf.bmp 私は個人的に全く関心がない領域のことであるが、仕事柄、秋葉原に出かけると気持ちの悪い男達がぞろぞろ歩いているのに出くわす。秋葉原はもはや「家電の街」、「パソコンの街」を通り越して、「メディアの街」になりつつある。とりわけ「オタク文化メディア」の町である。DVDや大容量ハードディスク、各種テレビゲームなど、あらゆる領域へ急激に「オタク文化」が広がっている。

 こういうのを「萌え」というらしい。「萌え」はもはや来年には1000億円産業に。「萌え」とは、「かわいい」、「愛らしい」といった意味のようだ。もちろん、適正な日本語ではない。最初聞いたときには、嘔吐している様子の「おえーっ」と聞き違えた。だが、今となっては「聞き間違い」でもなかったかと思うことがある。

 「萌え」は「萌える」、「萌えいづる」という言葉が、「芽ばえ」を意味することが語源らしく。特定のキャラクターに強烈な愛情を覚え始めることをいうらしい。実在しない仮想現実のアニメキャラであろうと、強いこだわりを持つ「おたく層」のエネルギーは凄まじい。びっくりしてしまう。アニメ作品の物語性よりもそのキャラクター、登場人物の容姿、性格の描写が重視される傾向があるようだ。ちなみに私には全く、完全に「理解不能」

 だが、そろばん勘定には合うということで無視し得ないジャンルとして確立。各社、期待できる産業領域として注目が集まっている。この「萌え」産業の消費者は、多くが20歳代以降、50歳代くらいまでの男。特に未婚の男が多い。食玩の購入などと同じで可処分所得がそれなりにあるので凄い勢いでマーケットは膨張していく。

 この現象、私はちょっとどうかしているのではないかと思われてならない。いや、実際、完全にどうかしている。小児性愛などに走る異様な人間観の基盤を密かに広げているようにも思える。何か彼らは他にやることがないのだろうか?僕たちと一緒にサッカーでもやりに来ればだいぶ人生が変わると思うのだが・・・。

ニュースが読めないアメリカ人

f7b98364.bmp 悪夢のイラク戦争、泥沼化してからすでに長い時間が経つが今も出口が見えない。アメリカの世論調査を見てもようやく5割を超える人がこのイラク戦争は必要がない戦争だったと考えるようになってきたようだが、まだほぼ2人に1人は戦争が間違いだったとわかっていないわけで、そのこと自体信じがたいアメリカ国民の認識である。

 私はワシントンポストのメールマガジンを受信しているのであるが、Wポストや3大ネットワークの一つ、ABC放送が調査した統計によると、今この瞬間においてなお、アメリカ国民のうち

「イラクは大量破壊兵器を所有していた」                    → 56%
「イラク(サダム・フセイン)はアルカイダ(ビン・ラディン)を支援していた」 → 61%   
「政府はイラク戦争開戦に際し、真実と信じた情報を適切に国民に説明したと思う」 →  55%

がこの様に信じている。いずれも他ならぬアメリカ政府、アメリカ軍国防総省自らそうではないとはっきり認めたことであるのに。

単にサダム・フセインのイラクがアルカイダを支援していたと思うだけではなく、「イラクがアルカイダを支援していた明確な証拠がある」と今も信じて疑わない人がまだ21%もいる。もはやアメリカ政府も米軍も「大量破壊兵器」を探してさえいないが、イラクに大量破壊兵器がありいつか見つかると思っている人がまだ過半数という状態である。
 
 率直に申し上げて、アメリカ国民は頭がどうかしているのではなかろうか。アメリカ人がどの様にニュースを読み、聞き、見ているのかが全く理解できない。

 CBSのアンディ・ルーニーという名物男がいる。私は決して好きなタイプのコラムニストではないが、彼は60ミニッツでいっていたことがある。アメリカのテレビは大きく変容し、ニュースの時間が大きく減ってしまっている。アメリカ国内だけでも膨大なニュースがあり、アメリカが関係する国際ニュースも膨大に存在する。それにも関わらず、たった30分程度の時間枠でニュースにして伝えきれるはずがない。

40年前、50年前には今のように潤沢にテレビ番組がなかった。バラエティ番組やテレビドラマなどほとんどなかったのである。必然、ニュースに割り当てられる時間が長かった。アメリカ人は日本人の様に大手の新聞を読む人はそれほど多くない。ワシントンポストやニューヨークタイムズなどは発行部数も非常に少なく、あれらの新聞を読んでいるアメリカ人は国民の何割いるだろうか。圧倒的に地元のローカル新聞をちょこちょこと読んでいる程度に過ぎない。テレビも地元のケーブルテレビ局を視聴することが圧倒的に多い。 
 
だから、アメリカ人はおそろしくニュースを知らなくなった。世事に疎くなった。国際的な認識を持たなくなった。そうした内向きのアメリカ人を大量培養してしまうメジャーメディアの膨張が、今なおアメリカを一歩外に出れば、圧倒して多くがアメリカ政府の説明を全く信用せず、イラク戦争の大義をないと考えている実態との著しい温度差を生んでいる。

ホワイトハウスがちょっと情報を操作し、世論の流れをいじればアメリカ国民はかくも無惨に騙されてしまう。そして、それをそのまま世界中にたたきつけて人類社会を引っかき回すのだからたまったものではない。
 
小学生ではないというのにニュースが全く読めないアメリカ人。その頭がわからない。アメリカ国民の罪は深い。 

トラックバックをどう考えるべきか

 ブログにはトラックバックの機能がある。これがマーケティングにも、ウェブトラフィック獲得にも絶大な威力を発揮するのでこれを仕事にしてしまっている人も数多い。ブログ世界が急激に膨張している理由の一つである。

 だが、勝手にあまり意味がない、あるいは極端に薄いと思われるTBをつなぐ人が増えている。明らかに自分のブログをPRするためだけにあまり思案せず一方的にTBをしてきていると思われるものがある。これをどう考えるべきか。
 
 私は、よほど腹立たしい者や一緒にくくられてはたまらない内容のものでないようならば、悪質なものではないのだろうと推測して削らずにそのままにしている。TBを返す時と返さない時とがある。
 
 完全にコメントもトラックバックも拒絶するというのも一つの選択肢だが、今後はブログを通じて訴訟問題に直結するような事案も出てくるのではないかと私は思っている。事実、ブログの記事が理由で航空機の客室乗務員を解雇されたり、コンピュータ企業を解雇されたりしたケースはある。IBMはブログを推奨しているが、書き方には注意を要求している。医者がひどい職務義務違反、守秘義務違反の書き込みをして解雇されたケースもある。

 だが、中には気分の良いコメント、TBもある。そうして知り合いになれた人もいるので、インターネットは使い方次第で自分たちの世界を美しく広げもするし、醜く汚しもするように思う。その差が激しい。

祖父世代の肖像

123121bb.bmp かつて日本中の注目を集めた日本人帰還兵は2人いる。

 「恥ずかしいけれども、戻って参りました。」

 という有名な言葉を残して戦後のジャングルから帰国した横井庄一氏。すでに他界している。また、「軍法会議」にかけられることをおそれて大使館員の言うことを信用せず、わざわざジャングルの中に元上司が出掛けていって「除隊命令」式まで行って戦争が終わったことを理解させたエピソードまである小野田寛郎(おのだ・ひろお) 氏。今はブラジルと日本とで「自然塾」を行っている。
 
 これら2つのニュースは日本中の注目を集めた。実は今も、タイ、ビルマ、ラオス、インドネシア諸島、フィリピン諸島などのあちこちにこうして帰国せず、現地人と結婚するなどして生きながらえている旧日本兵は数多くいる。あるいはいた。今、フィリピンはミンダナオから齢80歳を過ぎた2人の旧日本兵が発見されて大騒ぎになっている。無事に帰国できるか?

 こうしたニュースを聞くと私は実にいたたまれないような感覚に襲われる。私の祖父もラバウル島にて戦闘中に右腹に銃弾を受け土手から滑落。そのまま気を失い「死体」だと勘違いされて後から救出されたという経験をもっていたから。傷口が化膿し、ウジがわいていた。戦闘が終わってから救い出されて命からがら帰国。だが、その後もこうした極端な栄養不良状態や戦傷によって健康を崩し、私の両親が結婚する直前に逝去した。せめて顔と声を記憶に焼き付けたかったといつも思う。
 
 かつての「西欧列強の植民地支配」から「亜細亜諸国を解放」するために、「大東亜共栄圏」樹立を狙い、「聖戦」のため「一億火の玉」になって戦った(戦わされた)祖父の世代の肖像はいずれもどんよりと暗い。実に悲劇的な運命に翻弄された世代だと思う。
 
 何と言っても「八紘一宇」、「東亜新秩序」を作ろうとしたのだから、「現人神」の天皇陛下がお治めになられたところの極東の島国、「大日本帝国」は、物理的な限界を遙かに超えて、ユーラシア大陸東部、東アジア諸国の全て、果てはパラオ、ポリネシア、豪州に至るまでオセアニア全域を「戦域」として「進出」した。だれがこれを物理的に達成可能なミッションだと判断したのだろうか?
 
 インドネシアとフィリピンを合わせただけで、小さな島々を含めた諸島の数は1万を軽く超える。しかも手つかずの熱帯ジャングルが広がる未開拓の地域ばかり。実は、横井さんや小野田さんのように部隊からはぐれて命からがら現地人の集落、部落に拾われて生きながらえている日本人はかなりの数に上ることは前から知られていた。

 ところが、事情がやっかいなのは、小野田氏のように「軍法会議」にかけられると思っていた人たちがいたこともそうだが、もはや現地で結婚。子供も産まれ、家族を営み完全に現地での暮らしに順応した人たちは、探し出されることはおろか、連絡をしてこられること自体を快く思わない場合もある。最も難しいケースでは自分が日本人兵士であったことを認めず、話をすることを拒絶される場合もある。

 かくて、「戦友会」が何十回、何百回と無く旧厚生省(なぜか遺骨収集や生存情報の確認業務などは包括的に最も許し難い省庁である厚生省が担当してきた)に陳情してきても冷たくはねつけられ、自費で遺骨収集の作業のために現地入りしたりした事も非常に多い。

 記者会見で質問された厚生労働省の官僚。こうした旧日本兵の行方不明者については、
 
 「資料の上ではいないことになっているんですね。」
 
 今回の事件は、日本の厚生省官僚主義の深い根を改めてあぶり出したという点で非常に大きい。政策変更のきっかけになってほしいと思う。

 * 長洋弘はこうした帰還兵を中心に撮影してきた写真家である。かつてインドネシアのスマトラにて現地の独立戦争ゲリラに捕らわれてしまい、現地で結婚した土岐時治さんは、ついぞ妻と再会できなかった。妻の死後、弟の林泰二氏とテレビ中継で話をした時の泣き崩れが印象的だった。未帰還者特別援護措置で後に帰国したときの墓参も誠に悲しげであった。

祖母の形見

 私は非常に小さな婦人用腕時計をしている。JunctionのVegaという代物であり、直径は2cmもない。皮ベルトで超軽量。まさに婦人用のお手軽な時計そのものである。婦人用なので私の腕には少々細すぎてしまい、ようやくバンドが回るといった具合。
 
 なぜ、これを私がしているか。祖母の形見だからである。祖母が愛用していたとまではいえないが、実際にちらちら使っていたものであったことは確かである。また、私自身がG-shockだの何だのと大きく、重たい時計が大嫌いであることも理由かも知れない。より軽く、より小さく、若干雨に塗れるのは構わない程度の防水性があり、耐久性があってただただ時刻が正確に分かればそれでよい。
 
 良く成金の男が、Rolexなど超高級ブランドの腕時計をこれ見よがしにつけているのを見るとフェラーリ、ベンツ、セルシオを乗り回している連中と同じように
 
 「・・・・・・。」

 と思ってしまう。あるいは水深50m対応のダイバーズウォッチ。

 「そんなものでいったいどこへ潜るんかい???」

 また、気圧計やストップウォッチ、世界対応時計や2カ国対応時計板搭載などの時計を見ると、

 「どこの機長さん?ジャンボジェットの操縦でもするのかね?」
 
 と思う。
 
 それが必要だという人もいるのだろうが、どうも違和感を感じる以外にない。私の末の弟もものを買うことが好きで、G-shockなどを3つほど持っている。完全に買ったままで使わず、そのまま電池が切れている。もちろん、交換は出来るがする必要がないのでしていない。
 
 私はこの時計がいたく気に入っているので当分、壊れるまでこれでよい。

リバプール優勝 欧州チャンピオンズリーグ

2da5acee.bmp こんな事もあるのか。だれがどう見てもACミラン優勢であり、前半を終わって0−3で負けていたあの大英帝国サッカーリーグ、プレミアシップの古豪リバプールが劇的に大逆転優勝。欧州チャンピオンズリーグが終わった。

 本当にこんな事もあるのだろうか?信じられない。ACミランは、シェフチェンコやカカ、クレスポ、カフー、ルイコスタ、マルディーニ、インザーギなど蒼々たる顔ぶれの「ザ・スーパースターチーム」。対するリバプールはまぐれでここまで勝ち上がったといわれる弱小チーム。古豪とはいえ、プレミアシップでは、チェルシー、アーセナル、マンチェUがビッグチームで、リバプールには偉大な選手はあまりいない。

 私としてはベスト4に、レアル・マドリード、ユベントス、バルセロナ、チェルシー、ACミラン、アーセナルのうち4チームが入ってやってもらいたかったなあと思うが、サッカーとはこういうこともある。
 
 思うに、ミランが負けた理由は、守備を手抜かったからだと思う。明らかに0−3で後半に入ってから彼らの気が抜けていた。あれよあれよといううちに後半が始まってすぐにリバプールの怒濤の反撃に点を取られて、リバプール大応援団の狂熱的な大声援で焦ってしまったように見えた。どうかしているとしか思えないような反撃をたった6分間で食らって同点。その後、延長に入ってからはリバプールが実力以上の神憑り的なディフェンスを発揮した。シェフチェンコが絶好機を決められなかったのが痛い。楽勝と踏んでクレスポを早めに替えてしまい、替えたトマソンが不調だったなどという不運もあるが、PK戦にもつれ込んで敗北。あれでミランが負けるということは前半には全く予想できなかった。サッカーはやはりどんなにリードしていても守備が絶対的に重要だと再認識させられた。ミランはPSV戦でもいいように攻めを食らって何点も失った苦い経験が今回のチャンピオンズリーグにはあったのに、そうした守備の油断癖が決勝戦で出てしまったように思う。

 これで昨年のポルト、今年のリバプールと大番狂わせが2年連続した。また来年のリーグが楽しみである。だが、この調子で行くと、南米リーグはますます凋落の一途を辿りそうな気配がする。それともう一つ。来シーズンの欧州チャンピオンズリーグ出場権がかかった今シーズンのプレミアシップで4位にも入れなかったのが、今回優勝したリバプール。だから、UEFAカップに回ることになる。優勝チームが来期チャンピオンズリーグには出られないというのは何だか惨めな面もある。
 
 結果として、7回目のミラン優勝ではなく、21シーズンぶりのリバプール優勝で今大会は大盛り上がりになった。サッカーとは本当に劇的な展開があるものだと改めて思わされた。

白川静 漢字の世界を広げた

f073e76e.bmp 白川静。日本が生んだ世界に誇るべき偉大な漢字学者である。私がもっとも尊敬する人の一人。
 
 1910年生まれ。あの倉木麻衣も卒業した立命館大で教鞭を執っていた。名誉教授である。ちなみに倉木麻衣、私は「Day after tomorrow」だけは良い歌だと思う。白川静翁、現在は京都に在住。中国古代文学、特に漢字研究の世界的権威である。「字統」、「字訓」、「字通」の漢字辞典三部作は今世紀の大傑作と言って良い。

 この白川静氏が、立命館大内部に漢字の研究所を開設し、自ら5000万円を寄付しつつ、後進の指導にも当たることになった。「白川文字学賞」を設けて、東洋文字文化の研究に貢献した研究者に奨励金を贈ることになっている。
 
 今回の研究所は、文化勲章受章記念であり、「白川静記念東洋文字文化研究所」とされる。95歳になってなお旺盛な研究意欲が衰えない彼は、研究継続の拠点を望んでおり、白川氏自身の著書から出た印税5000万円を寄付して実現した。白川氏が名誉研究所長に就き、スタートする。素晴らしい試みだと思う。
 
 東洋の文字文化は裾野が広い。中国、朝鮮、台湾、チベット。ベトナムも元々はそうである。内外の研究者との共同研究やシンポジウムを実施予定。また、立命館の小中学校教員を研究員にして、文字文化教育の理想像をテーマにした実践的研究も計画中。
 
 白川氏は常々、漢字文化の回復を説いてきた。私もそう思う。日本人が漢字を忘れてしまったら、何という損失だろうか。

メール読み書きソフト Al-mail

7674e3e4.JPG 携帯電話のメール機能も飛躍的な進化を遂げつつあるが、添付ファイルの扱いや保存性、検索性能、オフラインでの活用などやはりパソコンで読み書きするメールにはまだかなわない。このパソコンの電子メールというと、


 1.ブラウザーで見るタイプ 
 hotmail, Goo など。もっとも、Hotmailはアウトルックやベッキーであればメーラーで読むこともできる。また、Yahooメールは設定を行えば、ブラウザーとメーラーとのどちらでも読み書きできるようになる。

 2.メーラー(メールソフト)で見るタイプ 
 以下の例示のように多数。
 
 とがある。2には多種多様のバラエティがある。最も有名なものは言わずと知れたアウトルックエクスプレス。Windowsには標準で組み込まれているものである。ワードやエクセルなどMSOfficeを買うとついてくるのがアウトルック。アウトルックエクスプレスは水色で簡易だが、これよりも高機能で複雑なスケジュール管理などができてクリーム色である。この2種で世界中のメールソフトの実に9割弱らしい。圧倒的なシェアである。Hotmailを読み書きできる。
 
 ところが、これが裏目に出てこの2種のセキュリティホールや欠陥を狙い撃ちにしたウイルスやハッキング、クラッキングが出回っており、私は一切、これらを使うことをお勧めしていない。実際、全然使いやすいとも思えない。

 Becky!DatulaEudoraEdmaxMozillaNetscapeOperaなど百花繚乱状態のメーラーだが、私は何と言っても「アルメール」が好きである。一言で言えば、完全手動操作メールソフトといえる。しかも国産ソフト。飛行機で言えばYS-11のようなものとでもいえようか。

 余計な動きを一切しない。BCCの発信だけはやりにくいが、その他はとてもやりやすいし、プラグインもいくつか出ている。無料ソフトではないが、本登録しなければ無料で使える。ちなみに本登録しても2100円である。まとめ買いするともっと安い。

 パソコン端末を超えた引越も簡単。プログラムファイルの中のAlmailフォルダをそのままコピーして入れ込めば良いだけ。何と簡単な方法だろうか。感動してしまう。

 英語版があればいいのにと思うが、残念なことに存在しない。だが、私はアルメールが一番のお勧めである。

トム・クルーズ

e052851d.bmp トム・クルーズ。言わずと知れた日本でも女性に大人気のハリウッド俳優である。初めに結婚したのがミミ・ロジャース。ちなみに彼女もトム・クルーズと同じく、新興宗教、サイエントロジー教会のメンバーである。彼女との離婚後に再婚したのがあのニコール・キッドマン。夫婦で恋人役で映画に出演したりしたこともある。その後、スペイン人のペネロペ・クルスに入れあげてしまい、ニコールと離婚。この離婚時にひどく彼女に対して冷淡に扱ったという印象を多くのファンに与えてしまい、トム・クルーズへのファン心理にも変化が生じているらしい。
 
 今はペネロペ・クルスとも別れてケイティ・ホームズ(1978年オハイオ州生まれ)と交際中。ケイティ・ホームズも人気男優クリス・クラインと5年間交際して婚約もしたが、この2月に破局していたそうで、その後、ティーンエージャー時代からクルーズの大ファン(お嫁さんになるんだと思っていたそうだ)だったクルーズとつきあい始めた。なれそめは不明。
 
 クルーズがペネロペ・クルスと別れたのは、彼が新興宗教「サイエントロジー」の熱心な信者になったからだともいわれているが、よくわからない。彼のLD=学習障害(特に書字障害=Dyslexia:ディスレクシア)やアダルト・チルドレン的なパーソナリティが影響したともいわれている。ペネロペ・クルスは一応、カトリックキリスト教徒とされている。

 その様な中、彼が「ザ・オプラ・ウィンフリー・ショー」というトーク番組に出た時に、ケイティ・ホームズを恋人として絶賛した。彼は元々アダルト・チルドレン的であるようだが、何度もソファの上で飛び跳ねるほどはしゃいで興奮。大喜びだった。ケイティ・ホームズと一緒にいると

 「落ち着いて振る舞えない。どんなに素晴らしい女性か称えたい気分。・・・(結婚については)彼女と話し合わないといけない。正直、こんな状態になったのは初めてだ。」

 だが、これをミミ・ロジャース、ニコール・キッドマン、ペネロペ・クルスが聞いたらどう思うだろう?特に前二者とは「永遠の愛」を誓って結婚していた間柄である。
 
 「この様な気持ちになったのは初めてなんだ。」

 などといわれたら、あの時に愛をささやいたのは何なのか?ということになる。せめてもう少し配慮があっても良いはず。The Last Samurai を自力で主演、監督しては「武士道」をPRしていた男とはとても思えない。他人の恋愛なのでどうこういうことでもないかもしれないが・・・。トム・クルーズさん、有頂天なのはわかるが・・・。

コンテンツビジネスは難しい

bd7d9b43.bmp 今、コンテンツビジネスが花盛りである。まだ黎明期であり、各社とも優れた内容のコンテンツ争奪戦である。動画、映画、ゲーム、マンガ、オンライン小説、絵、イラスト、音楽など何でも「デジタルコンテンツ」として世界配信が可能である。Yahoo!ニフティLivedoorShowtimeなどまさに群雄割拠の競争を勝ち抜くのは至難の業である。余り大きな声では言えないが、スカイパーフェクTVも同様に高い収益性を上げる人気のコンテンツはポルノ、アダルトものだそうである。

 コンテンツビジネスは大変に難しいと思う。その技術、マーケティング、パイレーツ対応、著作権など対応すべき領域が非常に多いから。やれハイビジョンだ、オンディマンドだ、動画ブログだと日進月歩で状況も変化する。正直申し上げて、変化が激しすぎる。

 その様な中、私は4コママンガにはまだまだ未知の可能性が残っていると思っている。日本にも「サザエさん」に始まり、「コボちゃん」、「かりあげくん」など大変に優良な4コママンガがたくさん残された。実は世界的に見ても4コママンガは各国に多数存在する。特にアジアは強い。韓国、タイ、インドなどにも蓄積がある。今後、ベトナムやカンボジアといった遅れをとって来た国々でもこの様な「ローテク」による作品輩出は伸びてくるはずだ。実際、私も面白い、センスがあると感じたものがある。

 有馬さんがやっている会社、クリアキューブが技術面をサポートして作り上げているのが「4コマドットコム」。ファイル自体が小さいので携帯電話コンテンツへも応用が簡単。携帯は常時接続の端末になっていくので将来性はある。外国語翻訳も比較的やりやすい。世界を市場にして売り込むこともできる。

 風刺漫画,時事漫画のことをCartoonという。時にたかが4コマ漫画が政治体制へも大きな打撃を与えることさえある。そういう破壊力を持ったメディアに成長していく可能性が高い領域だと思う。
 
 一度、HD画像の配信に挑戦したが、まだ顧客の開拓に難があり成功できなかった。一緒に会社をやっている男からも再三、コンテンツビジネスについていわれるのであるが、率直に言って非常に波に乗るのは難しいと実感している。

酔っぱらい運転で人を殺した男たち

c3da9bbc.JPG 宮城県で、駅伝、サッカー、野球、バレー、バスケットボールなど各種スポーツの強豪校としても有名な仙台育英高。ウォークラリーをしていた高校生の列に赤信号無視、スピード違反で日産サファリの巨体が突っ込んだ。3人が死亡。20人以上が重軽傷に。日本中を唖然とさせた酒酔い運転事故である。

 先輩と後輩。未成年でもないのに仕事が終わって疲れた体にて朝方まで7時間も飲んだくれた揚げ句、酔いも醒めず眠くて仕方がなかった状態で運転をする感覚は完全に理解不能。助手席に座っていた「先輩」の男も取り調べを受けているが、なぜ止めなかったのか、全くわからない。酔っぱらい運転で人を殺した男たちといわれてあまりに当然である。

 日産サファリというのは、トヨタランドクルーザーに対抗してかつて作られた車種で、車体重量は2トンを超える。ガソリン満載で人を3,4人乗せれば3トンに達するモンスター車である。大きく、重たく、ちょっとしたトラックと思って間違いない。タイヤも大きく車高も高い。視界がかなり悪いいわゆる「大型RV車」、「SUV車」である。通常運転であっても注意を要する車だというのに何を考えていたのだろうか。

 酒酔い運転、酒気帯び運転をしでかすのは圧倒的に男が多い。もちろん、女性は酒を飲む割合も少なく、免許取得率も低いからということが大きな影響だろうが、悪質なケースの90数パーセントは男。車の運転に限って見れば、本当に男は馬鹿者が多い。こういう男は引きも切らず続出するのであるが、彼らは頭が完全にどうかしているのである。
 
 町中でマフラーをいじったり、車高を落としたりと違法改造しているのもほぼ間違いなく男。急発進、急停止などの危険運転をするのも男。交通ルールを軽視して遵守しない「非安全運転人間」はまず男だと思って間違いない。免許制度が甘すぎると私は思う。免許取り消しの範囲をもっと広げるべきであろうし、そうでなくても「危険な運転」をした人間には、指導、注意、講習などをもっと柔軟に、頻繁に行うべきだと思う。それは本人のためにもなるのだから。

 「申し訳ないことをしました。」

 と2人は言っているようだが、遺族は謝罪すら受け付けられない状況。全くお気の毒で、かわいそうで見ていられない。これからという人生の上昇期にあるフレッシュな若者3人を殺しているのである。謝って済む問題ではない。

マギー・ギレンホール

8e3875f1.bmp  保守的な人間が少ないハリウッド俳優は圧倒的多くが共和党嫌いで知られるが、女優マギー・ギレンホールは、9/11同時多発テロについてトライベッカ映画祭にて、同時多発テロの打撃を受けた人々を描く最新出演作、「The Great New Wonderful」について意見を申し述べた。ニューヨークのテレビ局取材に対してである。
 
 「アメリカは非難されてもやむを得ないことをしたので、ある意味で責任があると思う。」

 映画、「モナリザ・スマイル」に出演したりして、2月にはアカデミー賞授賞式にも足を運んでいた人気女優。誹謗中傷を覚悟の上での発言だった。少なくも勇気のある態度の取り方だと思う。
 
 しかし、現実は凄まじすぎた。同時多発テロについての「アメリカの痛み」を描いた映画について自ら出演し、コメントを求められた彼女のこの発言にアメリカ国民の一部は沸騰。ギレンホールを非難する書き込みが雨あられと殺到。ファンのサイトも閉鎖せざるを得なくなった。掲示板を閉鎖しても止まらず、その翌日にサーバーがダウンしたから。しばらく復旧できないだろう。このウェブサイトはギレンホール公式ページではなく、本人と直接の関係はないのに・・・。今や彼女は外出もおちおちしていられない。銃社会アメリカである。本当に引き金を引かれる可能性もある。

 アメリカ国民の中に今も、朝鮮戦争、ベトナム戦争、パナマやグレナダ侵攻、アフガン空爆、そして、イラク戦争に至るまで延々と続く「戦争を全く反省できない人たち」が根強くはびこっていることのエピソードとして覚えておこうと思った。この点について「戦争中毒」は大変に良い参考になる本である。
 
 ギレンホールの今回の発言を契機にファンを辞めたアメリカ人もいる。つくづくこうした「ファン心理」というものは根無し草のように無責任で幼稚だと思わされる。

安く仕事をやりすぎた・・・

 今日は、世田谷区の電気配線工事や建設工事を行う会社に出掛けてコンピュータ端末の入れ替えを行った。社長さんが使っているパソコンがWin98で動く旧式のもの。しかもメモリーが64MB。遅すぎる上に不安定でこの上なく、以前からちらちら仕事を頼まれていた延長線上に新機種に中のファイルやデータごと完全引っ越しして欲しいと言われた依頼である。

 最初、これは手こずるなと思ったので実は断りたかった。だから、意図的にかなり高く見積もりを出したのだが、ついでの別件で出張サポートを行った時に、
 
 「パソコンのことは全部、杉本さんにお願いしたいと思っているので・・・」
 
 といわれて、何とかもう少し安くできないかとリクエストされた。信用されているのだなと思い悪い気はしなかったので、故障対応の切り分けやソフトウェアを減らしたりして価格を下げ、それでもメモリー780MB、ぴかぴかのWinXPマシンに引越をする仕事を受けてしまった。

 買い出しの段階から気が滅入っていた。少々、自信がなかったからである。色々考えたが、今後のこともあるのでいたずらに安っぽく仕立て上げないで、自信を持った構成で納品できるように当初の予算よりも2万円弱張り込んで組み上げてしまった。その分、こちらの利益が減るわけであるが・・・。変にマイクロソフトアクセスをカスタマイズしたソフトを使っていたこともあって、どうにも手こずりそうな気配を感じており、数時間かかるのではないかと予想していたから、純正品メモリーを買うなどあまり怪しげなカスタマイズはしないようにした。

 京セラミタのプリンター設定、OSアップデート、Officeのアップデート、メールアカウントのインポートから既存ファイルの移設まで一切合切をやり終えるのに4時間弱かかった。前日にちょっとした仕込み作業をしていかなかったらさらにあと2時間はかかったろう。

 終えたときにはくたびれ果てた。それにも関わらず、あまり収益が上がらなかった。普通、こうした作業をすると相場では1回あたり8万円から10万円ほどの収益を確保するらしい。大塚商会とか、ダイワボウなどはそのようだ。

 仕事が終わったのが6時前。さて、帰ろうかという時になってぽつぽつ雨が降り始め、環状八号線に入ったときには大雨。もはやずぶぬれとなった。吉祥寺に着く頃には身体がぶるぶる震えるくらい寒く感じて、すぐに風呂に入って体温を上げる始末。踏んだり蹴ったりである。

 私のお人好しはいつまでたってもなおらない。散々疲れたのにちょっと安く仕事をやりすぎた・・・。情にほだされると達成感はあってもあまり仕事にならない。「貧乏ひまなし」で終わりそうな気配である。

ラーメン屋 天文館 福成(Fukunari)

05a8e398.JPG 先日、歌舞伎役者の中村獅童がかつて働いていたラーメン屋、「かぎや」のことを紹介したが、その「かぎや」がついこの3月末まで営業していた場所に入れ替わりで営業開始したのがこのラーメン屋、「天文館・福成(Fukunari)」である。パルコの裏手、メンチカツを買うための大行列で有名な牛肉屋、「吉祥寺サトウ」の2軒隣にあった「天文館」とは別のお店である。

 見ての通り、周囲がスナックやパブ、ランジェリーパブなどが軒を連ねる元ピンク街地域であり、お洒落で清潔感のある商業域ではないのでいつも店内は閑古鳥が鳴いているように私には見える。お昼時には直ぐ目の前の三越百貨店大塚家具の社員などが食べているようではあるが・・・。

 何れこの店も採算が合わずに撤退するだろうと私は予測している。ラーメンの味がどうこういうよりも、絶好の角地であるというのに良質の顧客に入ってもらうには人の流れという点から見ると、場所が悪すぎるのである。
 
 天文館 福成(Fukunari)
 吉祥寺本町1-22-2

床屋 TORONTO

05faf739.JPG 先日コラムで紹介した「米のながおか」の左隣にあるこぢんまりとした個人経営の理容院、それが「TORONTO」である。

 レンガ造りの壁と木枠の扉、開放感があるガラス張りの店内は狭いが、落ち着いて散髪できる。いつも空いているからである。
 
 近時、美容院は「カリスマ理容師」争奪戦の状況を呈し、男の人も美容院に行く時代となり、出店が増加の一途を辿っている。ここ吉祥寺などは全国有数の激戦地となり、空き店舗がことごとくまぶしい照明でダンスホールのような雰囲気さえ醸し出すビューティーショップで埋まっていく。入れ替わり、出入りも激しいが良くあれで商売になるものだといつも不思議に思っている。

 それと入れ替わりに大苦戦しているのが理容院。床屋は完全に斜陽産業になった。何と言っても10分1000円、QBハウスがあちこちに出来たのが圧倒的に大きな理由。待たずに格安、男はそれで十分と考える人が多いのである。理容師養成学校も苦戦して閉校が相次いだ。

 だが、中年から初老の方にとっては多少高くてもゆっくり髪の毛を整えたいと思う人も多いだろうと思う。そういう理容院は随分減ってしまった。

 ここTORONTOはそういう床屋さんである。

 落ち着いた床屋 理容院 TORONTO
 武蔵野市 吉祥寺北町 5−7
 0422-37-5110
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