2005年06月

無礼と良識はずれがわからない人

 休日に草サッカーをやろうと思い計画していく上で、グランドの確保と並んで苦労が絶えず、神経をすり減らすのが試合相手の決定である。お互いのレベル、ユニホームの色、マナー、審判担当の人数的余裕、遅刻の可能性など考慮すべき点が、あれこれある。中でも非常に頻繁に発生するのが人数割れによる間際になってのキャンセル。私達も何度かこれをやられたことがある。もっともひどかったのは当日になって連絡もなく来なかったというもの。携帯電話にも出ないのである。その時には怒りを通り越した。
 
 チームの人数に余裕がないと試合の切り盛りが難しい。私達のチームは圧倒的な人数を苦労してこつこつ集めてきたので試合を落としたことは一度もない。

 私達が苦労して予約したグランドについて、日曜の午後、4時間の全面グランド確保。無料招待という条件で応募をかけたところ、5,6チームから問い合わせがあった。しかし、自分の無礼が分からない人たちがかなりいることに呆れてしまう。
 
 例えば、
 
 運営の方はしっかりやっておりサッカーに真面目に取り組んでいるのでつまらない試合などはしないと思います。・・・断っていただくのは構わないのですがその際連絡は頂きたいです、こちらも次の行動に早めに移りたい為。対戦していただけるのであれば再度こちらからメール差し上げます。その時にこちらの携帯などお教えいたします。こんなチームですがご興味もたれましたらよろしくお願い致します。 

 この様な不躾なメールをよこしてくるチームに安心感を持って試合の設定ができるはずがない。迷うことなく、穏やかな断りの返事を出した。

 さらに気が滅入ったのが、とあるチーム。昔、私達のチームにいたのだが、どうも肌が合わないということで黙っていなくなったお店経営のあるおじさんが、別の人たちと作って自らコーチ兼任の世話人をしているチーム。ずっと音信不通だった彼から、いきなり試合招待を願うメールが来た。
  
 ご無沙汰していたが、対戦をお願いできないか、メンバーも以前とは入れ替わり、経験者も増えたので
 
 「是非共よろしくご検討の程お願い致します。」
 
 というものだった。

 私達のチームと掛け持ちでこのチームでやっていた人も何人かかつてにいたし知らない人ではないので、他の希望チームを待たせて受諾のお返事を差し上げたところ、その翌日の夜になって、

 **です
 早々のお返事ありがとうございました、
 すいません、こちらの連絡不足で今週は、ホームGが決まっているようで、対戦は出来そうもありませんでした、もし又機会がありましたらよろしくお願い申し上げます、お手数お掛けしてすいませんでした。失礼致します。


 という無味乾燥な連絡が一通届く。自分たちの活動予定や参加人数すらまともに把握せず、対戦申し込みをしていたらしい。「もし又機会がありましたら」という可能性はないでしょう。

秋山モータース

43554f42.JPG 腕の良い自転車屋とバイク屋というものは、実は数が少なくて見つけるのに苦労するものである。私が信頼している自転車屋は、沢田自転車店とイサカサイクル。そして、バイクショップとしては何といってもこの「秋山モータース」で決まりである。私のホンダカブ50CCも中古でここで購入したものである。89000円だった。ちょっと高かったが、広い意味の「保険」だと思ってここで買った。単なるバイクショップはいくらもあるが、きちんとした技術的サービスが出来る店は少ない。

 吉祥寺北町4丁目。吉祥寺北町と緑町との隣接部、三鷹通りに面している。写真でわかるように、ちょうど「緑町」信号機の真ん前と言って良い。武蔵野市役所、武蔵野総合体育館から歩いて2,3分南の三鷹駅方向へ行くとある。
 
「HONDA WING」とあるようにホンダの正規加盟店であるが、もちろん、ヤマハやカワサキ、スズキなども担当できる。修理するための設備と空間が広いのでハーレーダビッドソンなど超大型バイクも時々持ち込まれている。数年前から限定解除免許=大型自動二輪が教習所でとれるようになってから、金の余っている男や定年後のおじさんあたりがどっと乗るようになったらしい。

 ご主人と奥さん(この人がかなりの美人。対応も丁寧で、主に自賠責や任意の保険を担当)、そして、息子さんの3人である。ご主人と息子さんが紺と白のツートンカラー、ホンダメカニックのつなぎを着てせっせと仕事をしている。
 
 ご主人と息子さんはともにソース顔の働き者。ご主人、理容院で髪を整え、びしっとタキシードでも着用すれば実はハンサムな人である。が、そういう姿を見たことはない。彼はいつもにこにこ(にやにや?)しながら、説明、作業を行う。実は結構、短気らしい。私もそう思う。
 
 他の店で匙を投げられたバイクもここでは直ったりする。(実話)。どちらかというとスクーターの在庫が多い。中型車、大型車は少ない。

秋山モータース武蔵野市 吉祥寺北町 4-13-16
TEL.0422-52-3332
FAX.0422-54-2639
第3日曜と水曜定休。夜7時半まで

40年前に戻りたいならば・・・よしの家

3c81eb6d.JPG 吉祥寺駅の北口を出て三鷹、立川、高尾方面の西へ歩く。UFJ銀行の脇の道のことを「中道通り」という。一方通行であるが異様に歩行者が多く、さして交通量が多くないのに「歩行者によって」平日でも慢性的に混んでいる。土休日はすれ違えない。この圧倒的な歩行者の数を魅力にテナントが集まってきており、この2年ほどで劇的に発展している。お洒落かどうかはともかく、今風の店、変わった店がどしどし出店中。NTTドコモの専門サービスショップもある。
 
 ここを少々歩くと、初めて出てくる極めて細い十字路がある。角には赤いパンツを履いた気持ち悪いマッチョな人形がカメラ撮影をしていることで有名な、家電量販のビデオ・インフォメーション・センター=VIP・外国家電がある。その対角線上、角地という絶好の立地にある中華料理屋、庶民派定食屋がこの「よしの家」である。日本有数の大手牛丼チェーンとは何の関係もない。
 
 ここはもう、何というかちょっと凄すぎる店である。何と私が藤村女子高付属の児童水泳教室に通っていた時よりもっと前の30年近く前から、その店構え、その佇まい、メニューに至るまで全く変わっていない。「時が止まっている店」である。もし、皆さんが40年前の風景の中に戻りたいと思ったならばここへいくべし。
 
 古くなったというよりは、埃で煤けた上に、日焼けで色あせまるで廃業した店のショーケースかと勘違いするようなガラス越しにメニューサンプルが並ぶ。決して安くはない。ごく普通の値段である。
 
 ガラス窓が曇りガラスになっており中の様子が全然見えない。はっきりいってこの店に入るのは非常に「勇気」がいる。私のような桁外れの物好きがそう感じるのだから、普通の人はもっとだろう。女性が一人で、あるいは友人同士で入るなど全く考えられない。
 
 店の中の様子は・・・。仰天する。黄色い業務用の大瓶ビールケースを逆さまにした「即席椅子」も混じったその内装は、まさに「昭和」中期そのものである。あまり種明かしをすると面白くないので、大船の撮影所に映画のセットを見に行くくらいの気持ちで臨むとよろしいかと思う。あまりに渋すぎるその内装に息をのむ。サッシも壁も油と埃などでかなり汚れている。店内が喫煙可なのでたばこの煙も影響されていよう。

 お客はほとんどいない。地元の近所の方々、昔からの知り合い、商店街仲間などがやってきては談笑していることがしばしばあるらしい。が、私は目撃したことがない。お店経営の老夫婦は愛想がない。おばさんは暇なときは高い位置に設置されたボロテレビの番組をずっと見上げてやり過ごしている。
 
 味はどうか。ラーメンは・・・。特に申し上げないでおこうかと思ったのであるが、ひとこと。500円のタンメンについて、上にのっている野菜炒めがおいしくない。メンもだめ。スープはレンゲで試しにちょっと飲んでみたが、それでおしまいになった、とだけ申し上げておきたい。要するに、おいしくはない。

 だが、なぜか餃子がたいへんにおいしい。なぜだ?なぜだ?周囲に餃子を売りにしている「一圓」や「小龍」など人気の中華料理店がたくさんあるから餃子だけは気合いを入れて作っているのだろうか?だったら、なぜそれが他のメニューに及ばないのか、などなど謎が謎を呼ぶ。しかし、餃子も極めて美味しくなかった=まずかったという有力説もあるから、安定性にも若干の変動がありそうな気配がある。
 
 餃子を頼むとおばさんが餃子と共に特製の酢醤油の入った瓶を持ってくる。お酢と醤油がすでに混ざっているのでこれをかければそれで良いという状態になっている。「絶妙の餃子用たれ」といったら言い過ぎだが、確かにこの特別のたれも出来は悪くない。

 囓ってみると中がやや薄緑色が強い。つまり、ニラかあるいはその他の野菜を多く入れている。だから、「肉の味」というよりは、「野菜の味」が引き立っていて、あまりしつこくなく良い感触である。餃子にはしばしば食べると少々もたれたり、脂っこかったりするものもあるが、これは違う。皮も弾力があって良いし、焼き方も上手い。6つで400円。「絶品」とまではいえないが、「大変おいしい」と言えるものである。
 
 その他、チャーハン、野菜炒め定食、焼きそばなど中華料理に分類わけされるメニューに混じってなぜかメニューに統一感のないカツカレーがある。その他にもカレーそばなどあれこれたくさんある。

 一応、お酒もあり、ビールと日本酒が飲める。ビールはラガー大瓶のみ。550円。コーラの小瓶もある。夏場だけ冷やし中華が出ている。味のほどは不明。650円。
 
 吉祥寺を特集した雑誌や本はいくらもあるが、その何れの本にも決して掲載、紹介されることがない店である。
 
 そうした店舗でさえ果敢に紹介できるのがインターネットの強みである。それも吉祥寺をいつも飛び回っているこの私のような奇特な物好きがいればこそ。そういう珍しい店、見どころ、スポットなどを紹介していくことが、一つの狙いである。

中華料理 よしの家 
〒180-0004 
東京都 武蔵野市 吉祥寺本町 2-19
電話 0422-22-4766
不定休

傘の修理もOK ミスター・ミニット

7acb6938.bmp 5,6年前まではあちこちにあった修理店も今は少なくなった。吉祥寺にもいくつかの店舗かあるが、主に、合い鍵づくりと靴修理ばかり。傘やカバンの修理まで引き受けてくれているのはここ、吉祥寺東急百貨店1Fにあるミスター・ミニット東急百貨店店のみである。
 
 しかも傘の修理は一度、ここで修理をお願いして直してもらったところが再び壊れると、無料で再修理してくれるという良心的な対応。好印象である。今、傘が中国からの輸入によって極端に安くなり、放置自転車ならぬ「放置傘」が深刻な問題になっている。粗悪な製品なのでちょっと骨が折れるとすぐに捨ててしまうからである。また、安すぎるので忘れても全く頓着せず取りに来ない。傘は不燃ゴミでかさばり、やっかいものである。吉祥寺のバウスシアターでもごみになってしまったお客の傘が大変な数になっている。 

 東急店舗内部の改装に伴い、同じ1Fのフロアではあるが、面積も非常に狭くなり、また、目立たないエレベータ脇に移動させられた。つい2,3年前まではムーバスの停留所が出来た大きい北側出口のところに広々とやっていたのであるが、今は、婦人靴のスペースの壁を隔てた裏手、ちょうど西側の喫茶店、スターバックスとネイサンズの間の入口から入ってきたところの脇にある。
 
 縦長で細く作られたおそろしく狭いスペースにて、スタッフは数人。若い男性が2人、若い女性が1人、年配の店長と思しき女性が1人。4人ほどで仕事をしている。靴修理、合鍵作製 、かばん修理、傘の修理など何でもござれ。 東急の営業時間帯と同じ、朝10時から夜8時まで。

ミスター・ミニット 
東急百貨店吉祥寺店 1F
0422 (21) 2116

オーダー専門 若林シャツ

9a028a6a.JPG 今時、この様な店が現役で営業していると言うこと自体が不思議な店、それが紳士用のお仕立てシャツ専門店、若林シャツである。生地選び、体型測定から始まって布地を切って作っていく完全オーダーメイド方式である。
 
 その店構え、商売のスタイルなど何から何までレトロな旧式。それが逆に今の吉祥寺において異彩を放つ存在感を見せる。

 礼服から通常の背広用、クレリックシャツやカジュアルなものまで何でもできる。生地の色、柄、素材、生産地など多種多様に揃っている。棚にきれいな生地がずらっと並んでいるのをガラス越しにみるだけでもたいへん興味深い。

 店の前の道路は一方通行で交通も人通りも比較的少ない。Bistro Talk backと吉祥寺本町郵便局のある角を北へ曲がってすぐ。


オーダー専門 若林シャツ
〒180-0004
東京都 武蔵野市 吉祥寺本町2-18
0422-22-8304

花どろぼう

1fcf7b86.JPG どういうわけか、仏教のお寺には多く紫陽花の花が植えられて梅雨時に美しい花を咲かせることがある。鎌倉のあじさい寺のように有名でなくとも頻繁に見ることが出来る花である。
 
 この紫陽花、花が咲いたところでちょこっと切って、花瓶に生けておくに大変都合の良い花であることから、これを勝手に切って持っていく不届きものが多いようである。古くからこういう手合いは「花泥棒」といわれてきた。決して良くないものであるが、少々持っていくくらいはご愛敬であり、許されても良いのではないかという意味を含んだ言葉である。

 しかし、今や山形のさくらんぼ「佐藤錦」から梨、桃、米、野菜にいたるまで、良識の底が抜けたような限界知らずの犯罪をしでかす人間が続出している哀れな世相である。花泥棒くらいは良いじゃないかと呑気なことは言っていられない。れっきとした犯罪である。
 
 以前に紹介した浄土真宗豊山派のお寺、安養寺。ここの庭にもきれいに紫陽花が咲いている。青や紫だけでなく、珍しい純白のそれも花をつけるからだろうか、切りとっていく人間がいるらしい。木の立て看板が立っていたので何だろうと思って読んでみると、

 「お願い 境内のお花をとらないでください。あんようじ」

 とある。花泥棒をしないようにと「お願い」しなければならないとは・・・。何と情けない・・・。切りとって盗んでいくくらいなら紫陽花くらい花屋で買え!

 かなたの庭に、大きなる紫陽花の花の、枝もたわゝになりたるが、まはりをちらりと立て板されたりしこそ、少しことさめて、この花なからましかばと覺えしか (吉祥寺の徒然草)
 
 白い紫陽花それ自体はとてもきれいでした。

知らなさすぎるということ

a758281f.bmp 私は、長老派の教会にいるが、カトリックの知り合いや友人も多く、ミサも数え切れないほど出てきたのでカトリックのことはかなり感覚的、経験的、実感的にわかるようになってきた。友人や司祭、シスターらにあれこれ質問して聞かせてもらったこともためになった。個人的な感覚で思うに、カトリックの友人には安心できる人が多い。

 第二バチカン公会議を開催するなど、極めて指導的な役割を果たした人間としても立派な教皇、ヨハネ23世が、大戦後の諸宗教間、あるいは同一宗教内部にも生じた深い亀裂と対立を修復するために、せめて同じキリスト教内部からはじめようと「教会一致推進委員会事務局」をローマ、バチカンに設立してから、いわゆる教会一致の潮流は始まった。彼の果たした影響は非常に大きい。65年には東西教会の歴史的歩み寄りも達成された。
 
 教会一致運動=エキュメニズムといわれて私はしばしば非常に思うことは、互いが互いをあまりに知らなさすぎるということである。それはもう情けなくなるほど何一つ知らない状態。いくら何でもレベルが低すぎるのではないかと思われた事が何回あったろうか。

 一般の信徒がそうであってもさほど問題だとはいえないだろう。しかし、牧師、司祭、伝道師、修道女、神学生といった人たちがあまりに無知でありすぎるのはどうなのだろうか。キリスト教の世界に生きようとしている人間が、キリスト教世界を語る上で、自分たち以外が暮らしているフィールドを知らなさすぎるというのはまずいと思われる。私如きの市井に生きる庶民信徒がすぐにわかってしまうような稚拙な認識を元にした話は、時に痛々しくて聞いていられない。
 
 「知らない」というだけならばまだ実害が少ないのであるが、最も有害なのは間違った知識を撒き散らしてしまうことである。しばしばプロテスタントがカトリックにとんでもない偏見を持っているケースが少なくないが、ほとんどはごく初歩的な認識不足である場合である。逆にカトリックはプロテスタントに対して非常に無関心であるという傾向が強い。ゆえに勘違いがかなりまかり通っている面、なしとしない。

 そばで聞いていてひどい場合には、

 「もう口を開かないで良いから黙って座っていてほしい。」
 
 と思われてしまうような人もいる。いやしくも宗教者になろうという人であるならば、自分の宗教が立場の違いでどういう変化があるものか、歴史的、文化的、理論的違いの概略くらいは知っているべき、いなければならないものだろうと思う。
 
 もっとそれ以上に、本来ならば、他宗教の概略についても知っていて当然だと私は思うが、せめて自身のフィールドくらいは「精通」に近い水準まで研鑽を積むべきでは無かろうか。それが出来ないのであれば、自分が知らない領域については口をつぐむべきである。出鱈目を撒き散らすことは自分だけの問題ではなく、他人への大きな責任があるのだから。世に知識不足の出鱈目を多く口にする、いんちき牧師、出鱈目司祭、なまぐさ坊主、とんちんかん神主、はちゃめちゃ僧侶がはびこってしまったら大変なことである。残念なことに、実際、世界中にそういう「宗教者」は決して少なくない

あちこち見て回ってみるだけでも

e5941cfd.bmp * 写真は四谷駅前にあるカトリック・イグナチオ教会(麹町教会)の旧主聖堂。全て木造であり、木骨造という珍しい建築様式を採用していた。ステンドグラスも美しく、天井も高く、色彩感溢れるマリア像や彩色があった。実に「様式美」が感じられた建物で私は好きであった。
 
 たった一度だけ、まだ19歳の時に内部をあちこち歩き回って見て回ったことがある。その後、一度、関係ない人の結婚式の様子を後ろの座席に座って眺めさせてもらったこともある。葬儀でも結婚式でも、カトリックでは静かに雰囲気を壊しさえしなければ、だれであってもそれが許されるのである。パンフレットにそう書かれていた。
 
 今もここに当時からの面影を残すのはイエズス会の本部建物のみ。これが老朽化したということで、大きく建て直す予定である。それゆえ、現在の主聖堂の前に広がる芝生に隣接したイエズス会の建物も壊され、前に植わっている立派な桜の木も切り倒されることになった。植え替えは物理的にも経済的にも負担が大きいということらしいが、大変にもったいないことだと思われる。
 
 ******

 私は、個人的に思うところがあって、ちょっと仕事で遠出をしたりした時にはその町や村にある、寺社仏閣、教会などをちらちらと眺めたり観察したりする。可能ならば、ちょっとした礼拝やミサに出てきたりすることもある。だが、最近の日本では、こうして目にする宗教的建築物にちょっと違和感を感じることが少なくない。
 
 まず、およそお寺や神社については境内を訪れるだけで心が落ち着き、気持ちを和ませてくれるようなものが非常に少ない。いかにも「葬式仏教」の寺という雰囲気が一目でわかってしまうようなところが多いように思う。外様の来訪をさして歓迎しないかのようなたたずまい。コンクリート造りの立派な建物などが多くて、あまり日本の伝統建築様式が観られる所も少ない。
 
 どのお寺にも多く庭に車庫があって、そこに自家用車が止まっている事が多いが、なぜかセルシオ、クラウンなど堂々たる超高級車が多いのを見ると非常に興ざめ、という気持ちにさせられる。どことはいわないでおくが、ロールスロイスが地下駐車場から出てきた風景を目の当たりにしたお寺がある。堂々たる巨大な車体がゆっくりと出てきたのを幼少時に見た時には驚いた。これがあのミニカーでしか見たことがないロールスの本物か、と。
 
 さて、こうした宗教的な施設というものはまず見に行くことだけでもそれなりの収穫がある。物議を醸す靖国神社などについても(私も好きではないが)ただ単純に毛嫌いしていないで、鳥居、境内、遊就館など、ちらっと見に行ってみるだけでも勉強にはなる。15年戦争の「昭和殉難者」だけでなく、日清、日露はもとより果ては西南戦争に至るまで近代成立以降の戦争で死亡した日本人が全員「神様」になって「御霊」が佇んでいるとされる。
 
 私は以前、仕事柄、都内や名古屋でイスラム教徒が断食月明けに集まって夜明けにお祈りをする光景を目の当たりにしたことがある。みなトイレの洗面所などで足を洗い、絨毯が敷かれたホールや体育館などで一斉にお祈りをして、その後は待ちかねた食事を何とも美味しそうに食する。そういう風景を見るだけでも他宗教に対する一定の理解はできるきっかけがつかめる。

 ぶつぶついってくすぶっていないで、まずはあちこち見て回ってみるだけでも参考になり、勉強になる。異文化や他宗教、他宗派を理解するきっかけとしてそれから始めてみるだけでも良い。

カール・ローブ 共和党は完全に病気だ

9d90763a.bmp * 写真は、共にテキサス出身であり、昔からブッシュJr.の側近中の側近の、共和党カール・ローブ大統領補佐官。
  コロラド州デンバー出身。本名は、Karl Christian Rove である。ミドルネームであるが彼にChristianを名乗る資格はない。
 
 *****

 イラク戦争は長期化が避けられないだけでなく、どの様に幕引きを行うか、つまり、戦争の辞め方それ自体がわからなくなってしまっている。ベトナム戦争と異なり、敵は世界中からアメリカに憎悪を燃やす武装イスラム教徒。ザルカウィビン・ラディンも未だ生存しているようだし、彼らを殺害したからといって事態は好転しない。後継者はいくらも出てくる。下手をすると今後10年ほど「戦争を終えたくても終えられない」という事態にはまり込む。悪夢以外の何ものでもない。コリン・パウエルを除き、当時の閣僚のだれもこうなるとは思っていなかったろう。
 
 世界の民主主義のリーダーであり、自由の伝道師を自認していたアメリカ合衆国。そのアメリカが世界中から猛烈な非難を浴びたのが、イラクのアブグレイブ刑務所(ブッシュJr.はこの刑務所の名前を演説で何度もまともに発音できなかったことは有名)やキューバのグアンタナモ海軍基地で収容した拘束者を拷問、虐待、殺害していた一連のできごとである。
 
 これらは世界中で現代史に刻み込まれた悪名高い汚辱の歴史として記憶された。有罪が確定した死刑囚でもなく、単に被疑者に過ぎない身柄拘束をしただけの人間を、これほどまでにリンチ責めにして殺してしまう人間の感覚がまるでわからない。実際、これまでに何百人もが濡れ衣、無関係、勘違い、容疑不十分で釈放された。命を落とした収容者が正確に何人いるかは未だに不明。
 
 この拘束者への処遇を巡ってちょっとした論争があったのだが、これが実に情けない展開であった。イリノイ州出身、アメリカ民主党の上院議員にリチャード・ダービン(Richard Durbin)という男がいる。民主党上院院内幹事をしている。彼がグアンタナモ海軍基地の収容所を
 
 「非人道的なナチス、旧ソ連強制労働収容所、ポル・ポト派と同じだ。」
  'Nazis, Soviets in their gulags or some mad regime, Pol Pot or others,'
 
 と批判したことにイラク戦争推進派の共和党連中が猛烈に反発。とりわけブッシュJr.の側近中の側近、テキサス出身のカール・ローブ(Karl Rove)が集中砲火を浴びせた揚げ句、ベトナム退役軍人協会や軍人関係者からの反発も食らって、結局、ダービンは上院本会議で謝罪。涙を浮かべながらの惨めな発言取り消しだった。あっさり泣いて撤回するくらいなら初めから言わなければいい。言ったことが本当に間違いだと思っているならば別だが、自身の発言に自信を持っているならば、最後まで堂々と争え。

 彼が言った比較の例えはやや過激なプロパガンダ的弾劾であったが、本質的にはそれほど極端な間違いではない。アブグレイブやグアンタナモは、ナチスやポル・ポトのそれほど大規模でひどくはないかもしれないが、やっていること、やってきたことのおぞましい人権蹂躙は微塵もかわらない。少なくとも世界は

 「程度の差こそあれ同じこと」

 と判断している。だれもあれを
 
 「適切で、ふさわしい、何ら問題のない身柄拘束とその処遇」

 とは思ってもらえない。
 
 くだんの共和党、ブッシュJr.側近、カール・ローブ大統領次席補佐官はいう。

 「保守派は残忍な9・11テロを目の当たりにして戦争に備えたが、リベラリストは敵の気持ちを理解しようとした。お前達は「弱腰」だ。」

 だが、ちょっと待って欲しい。いくらも言いたいことがあるが、以下3つ。
 
 1. 9/11テロを行ったサウジアラビア人のウサマ・ビン・ラディンと、イラク人のサダム・フセイン大統領。この二人には何の関係もない。 

 2. イラク戦争開戦の理由だった「大量破壊兵器」はないことがわかった。今は探してさえいない。

 3. 敵の気持ちをいささかも考えず、理解しようともせずに戦争の戦略立案ができるわけがない。
  
 これは他ならぬアメリカ共和党版ホワイトハウス自身が認めていることである。カール・ローブはもはや重症の精神の病にかかっている患者である。

 大統領の報道官を務めているスコット・マクレランは、
 
 「対テロ戦争への哲学の違いを指摘しただけ。・・・マイケル・ムーア(華氏911の映画監督)らの見解を支持しようとするのか。」
 
 と民主党を挑発。民主党の怒りの火に油を注いでいる。マクレランくん、それならばムーアの指摘した映画の内容全てが完全なでっち上げだと君は論証できるのかね?

 
 思うに、山のように選挙の不正や出鱈目が報告されていたにもかかわらず、先の大統領選挙でブッシュJr.にすごすごと白旗をあげ、
 
 「アメリカの一致と団結を」
 
 と情けない敗北宣言をしてしまった民主党ジョン・ケリーに始まると思うのだが、民主党の共和党への切り込み方は非常に情けない。リード上院院内総務、ヒラリー・クリントン上院議員(N.Y.州)、ペロシ下院院内総務らが、
 
 「イラク戦争はグロテスクな間違いだった。」  ペロシ

 「(共和党の言いがかりは)いわれ無いことで、謝罪すべきだ。さもなくば辞職をせよ。」 リード、ヒラリー
 
 と猛反発をするにはするのだが、抗議文をカール・ローブに送り付ける程度で終わってしまう。本当に彼ら新保守主義派=ネオコンサーバティズムらを権力の座から引きずり降ろそうという気持ちがあるのか、甚だ疑問。 
   
 共和党は、何かというと二言目にはすぐ、
 
 「暴言だ。戦場で戦っている兵士とその家族に謝れ!」ディレイ共和党下院院内総務

 といった子どものように感情的な言い訳しか出来ず、戦争そのものの合法性、必要性、正当性を全く説明しようとしない。説明したくてもできないのであるが、自分たちの非を一切、微塵も認めないというその人格態度は、「病気」そのものである。
 
 いずれ遅くとも20年もすれば今日の「アメリカ・イラク戦争国家ヒステリー狂想曲」が秀逸なドキュメンタリーか映画になるだろうと思われるが、いかに現在のアメリカが異常な文脈の中にあるか、彼ら自身はどの程度認識できているのだろうか。少なくとも完全に病気の共和党連中とその支持者たちはまるで事態がわかっていない。

10人のサッカー

2804265f.bmp コンフェデレーションズカップ準決勝。メキシコ対アルゼンチン。息詰まる攻防の中、延長でも決着が付かずPK戦。5人全員が共に決め、6人目で明暗が分かれた。キーパーのLuxが右に飛んで見事に防いだのが決勝のセーブになった。
 
 さて、この試合、後半終了直前、43分くらいにまずアルゼンチンのサヴィオラがいらついた競り合いの中で相手の足を意図的に蹴りレッドカードで退場。次にメキシコのDFがロスタイムに入ったところで危険な後方からのスライディングにより2枚目のイエローカードで退場になった。どちらも非常にもったいない退場であり、監督はカンカンだったろう。
 
 だが、この後、延長戦が10人サッカーになって俄然動き始めた。選手達の疲労はピークのはずなのに試合は非常に軽快に展開する。とりわけメキシコが先制点をとってから後、アルゼンチンが血眼になって死にものぐるいに攻め始めた時の試合はたいへんにおもしろかった。シュート数などでもアルゼンチンが圧倒しており、このまま2点目が入るのかと思ったのだが、結局メキシコは必死に防ぎきった。
 
 かつてドイツの「皇帝」といわれた次期UEFA会長を仏のミッシェル・プラティニと争いそうなベッケンバウアーがこういっていた。 
 
 「サッカーは10人制にしてはどうだろうか。」

 と。ベッケンバウアーは1990年のワールドカップで西ドイツ代表監督だった。オランダと対戦した時、両チームが1人ずつ退場者を出してから途端に試合が面白くなったのを目の当たりにした経験を持つ。このことからサッカーを10人制にしたらどうかと提案してきた。

 現在のサッカー選手は(時に筋肉増強剤のドーピングなどにもよって)非常に鍛え上げられており、瞬発力も持久力も高い。スパイクの品質もあがり、天然芝の状態も良い。ボールも軽量化、化学圧着製造により均一の品質で雨が降っても水を吸わず、重たくならずに良く飛んでくれる。つまり、ピッチが今のサッカー選手には少々狭くなっているのである。

 今は昔のように2バックなどという陣形はない。守備を固めなければ勝てない。11人でプレスの効いた試合が多いが、だから、以前よりもゴールが入りにくくなった。0対0で終わってしまう試合もかなりある。これは海外、国内とわずそういう傾向がある。

 サッカーはやはり3:2くらいのスコアで終わるのが面白い。もう一つの準決勝だったブラジルとドイツのような試合である。10人になるとサッカーはますますその魅力を広げそうな印象を持った。個人的にはメキシコに2人、ドーピング疑惑があったので私としては勝ってもらいたくはなかった。ブラジル対アルゼンチンという黄金カードが成立して決勝は見逃せない。伝統的にブラジルはなかなかアルゼンチンに勝てない事が多いのでムキになって勝ちにいくだろう。今回のワールドカップ予選でも南米1位はアルゼンチンである。
 
 それにしてもさすがに4強はスピード、パワー、技術などどれをとっても素晴らしい。ブラジルと引き分けて浮かれているマスコミが多いが、日本はまだ世界トップ10の領域と非常に実力が離れていると思う。

女性兵士を殺害すると大きな影響が

37c62e77.bmp 掃討作戦はすっかり終わって完全に制圧したはずのイラク中部の町、ファルージャ。ここで23日にアメリカ海兵隊部隊の車列が自動車爆弾を搭載した車両による自爆攻撃を受けて死者が出た。負傷者も十数人。これまで何度も聞いたニュースであるが、いつも良くあることとは少々違う。それは女性兵士が死亡したからである。アメリカのペンタゴンは女性兵が最前線で戦闘勤務をすることはさせず、女性拘束者の身体検査や医療活動、後方支援などに任務を限定している。

 少なくとも死者1人と負傷者11人は女性兵士。女性兵は拘束した現地イラク人女性の身体検査などをするために派遣されて任務に就いていた。かなり激しい爆発だったらしく見つかっていない遺体がまだ4人ほどあるという。今回の海兵隊部隊はファルージャ検問所から近くにある米軍基地に仕事を終えて戻る途中のことだった。

 「イラク聖戦アルカイダ組織」というグループがウェブサイトで犯行声明を出して、「十字軍戦士」を殺害し、車両を破壊したと書き込んでいる。

 アメリカ兵はすでに1800人近くがこの戦争で死亡しているが、これは直接、武装勢力から攻撃されて死んだものを数えただけであり、この他に負傷して欧州の(主にドイツ)病院に入院してから死亡した兵士や、移動や訓練中の事故、疾患などによって死亡した数は全く含まれていない。

アメリカの軍隊はこれまでに15万人がイラク派兵したが、すでに14万人を切っている。つまり、すでに現状で1万人以上がアメリカへ帰還したか、疾患やけがで戦線離脱したか、命を落としたことになる。ペンタゴンが公式発表している米兵のイラク戦争戦死者数は非常に客観性が低い。少なくとも今言われている1700人強の倍以上。最大で9000人近いのではないかという算出もある。

 一回の攻撃で女性のアメリカ人兵士が戦死した被害は、60年以上前、あの太平洋戦争で旧日本軍特攻隊がフィリピン沖にてアメリカの海軍艦船に突っ込み、看護兵6人が死亡して以来のことだそうである。女性兵士が死亡すると大きな反響が広がるようである。
 
 前に私はこの戦争が、中世以来、狭量なアメリカ福音主義が引き起こした、21世紀・プロテスタント版十字軍戦争だ、と書いたことがあるが、怒り火の玉に燃え上がったイスラム教徒は今回の犯行声明ではっきり「十字軍戦士」を殺害したと誇らしげにPRしている。いわんこっちゃない。男女の見境無く無差別に殺される対象になってきている。
 
 イスラム教徒はとにかく数が多い。絶望と貧困の最下層に虐げられている。「自爆テロ」を希望する人材は物量的には全く欠乏することがない。これ自体、まことにおそろしいことであるが、ここまでイスラム教徒を足蹴にし続け、激しい憎悪をかき立ててしまった以上、自爆テロを止める方法をすぐに見つけることなどできない。

 アメリカ人女性兵士を殺害すると大きな反響になることが武装イスラム教徒にはわかったのである。今後はそのアメリカ人女性兵士が狙い撃ちされる可能性すらある。
 
 泥沼戦争といわずして何というのだろう。

ミシェル・ウィー Michelle Wie

f50a3b4d.bmp 今、世界のゴルフ界を驚かせている15歳の少女がいる。1989年生まれ。アメリカ、ハワイ州ホノルル出身のゴルファー、ミシェル・ウィーである。韓国での名前はWie Sung-mi(위성미)。

 韓国人であり、アメリカに移住した両親がともにゴルフ好きで、幼少時からゴルフに親しんだ。4歳から始めたそうである。現在、女子プロの中に混じっても全く遜色のない実力を見せつける。中でも圧巻なのが、ドライバーの飛距離。男子プロ顔負けどころかそれを超える飛距離。調子がよいと300ヤード近い。15歳の女子が300ヤード???腰が抜けそうな話である。日本の宮里藍は残念ながら1打差で予選落ちした全米女子オープンにただ今出場中であるが、堂々の優勝争い中。トップ争いにアマチュアが2人もいるというのは前代未聞、空前絶後のできごとらしい。岡本綾子が解説でそういっている。宮里藍さんは言う。

 「まだアマチュアですけど、彼女は試合に勝ちに行っていますからね。15歳で!」

 出場して食らいつくことが目標の宮里藍さんが度肝を抜かれたのもよく解る。
 
 わずか10歳でUSGAチャンピオンシップに史上最年少で出場した。15歳でトッププロと競り合えるというのは驚異としか言いようがない。

 身長183cm。まだ伸びるだろう。バレー、バスケットなどどの種目に混じっても遜色のない恵まれた体格。それでいてもったりとした動きの鈍さがまるで見られない。ちょっとアジア人離れした身体能力である。
 
 現在、ウィンブルドン大会で活躍中のロシア出身女子テニスプレーヤー、世界ランキング2位のマリア・シャラポワはその美貌ゆえ、世界中の熱い視線を集めている。だが、私の受けた衝撃では、ウィーのすごさはシャラポワの遙か上を行く印象である。
 
 私はあまりゴルフが好きではないし、それほど興味がないが、男子のタイガー・ウッズ(ただし彼のファンではない)と女子のウィーだけは例外。宮里藍、諸見里しのぶなど並みいる日本の若手が、将来、ウィーと世界のフィールドで優勝争いをするような時代が来そうな気がしている。
 
  * ウィーについての活躍を追ったブログがある。

声をあげるに遅すぎた場合

0aca5e9c.bmp かつてドイツにルター派の牧師、マルチン・ニーメラーという人がいた。「第三帝国」樹立を目指した野望に燃えるアドルフ・ヒットラー率いるナチスドイツの全体主義が欧州全体を暗く覆った時代に生きた牧師である。
  
 政治社会が全体主義化を遂げるときの速度は、その中に生きている人間の予想を遙かに超える。それに対して声をあげるに遅すぎた場合、すでに手遅れということが少なくない。
 
 実態は中央政府の情報管理である個人情報保護法案、住民基本台帳、住基ネット。あるいは、国公立学校における一定の思想や立場の強要、本来約束されたはずの健保や年金の大崩壊など、私には現在の日本が極めて危険な状態をふらついているように思われる。
 
 すでに800兆円近くになった中央政府の借金。地方自治体のそれも含めれば合計で1000兆円が近い。このように天文学的な借金、全く返せない。いずれ近い将来、日本は今の私たちが予想もつかないようなとんでもない通貨膨張=インフレに直面し、物価が狂乱。日常生活に目に見えた支障が出る時代に直面する。そうなったとき、国家的ヒステリー状態の中で責任のなすり合いとその間隙をついた管理社会的統治の膨張が同時並行で発生したとき、日本は危機の時代を迎えると私は思う。

 ニーメラーには次の言葉がありあまりに有名である。
 
*******

 ナチスが共産主義者を弾圧した時、私は不安に駆られたが、自分は共産主義者ではなかったので、何の行動も起こさなかった。

 First they came for the Communists, and I didn’t speak up, because I wasn’t a Communist.

 その次に、ナチスは社会主義者を弾圧した。私は更に不安を感じたが、自分は社会主義者ではないので、何の抗議もしなかった。

 Then they came for the Jews, and I didn’t speak up, because I wasn’t a Jew.
 
 それからナチスはカトリックを弾圧し始めたが、私はプロテスタントだったので黙っていた。そして、ナチスは学生、新聞、ユダヤ人と順次弾圧の輪を広げていき、そのたびに私の不安は増していったが、それでも私は行動に出なかった。

 Then they came for the Catholics, and I didn’t speak up, because I was a Protestant. 

 Then they came for me, and by that time there was no one left to speak up for me. 

 ある日、ついにナチスは教会を弾圧してきた。そして、私は牧師だったので、行動に立ち上がった。しかし、その時はすべてがあまりに遅すぎた。
 
 *******
 
 現在、エクソン・モービルシェルブリティッシュペトロリアムら石油超大企業を擁するアメリカとイギリスが引き起こしたイラク戦争により、原油価格が原油価格が60ドルを突破している。ただでさえ実体経済の百数十倍ともいわれる異様な投機的マネー経済が世界を引っかき回している中、この原油の高騰は非常にまずい時代だと思う。戦争を始めたブッシュJr.やチェイニー、ブレアらも予想していなかったことだろう。
 
 初めにも申し上げたように、声をあげるに遅すぎた場合、それは手遅れになってから気がつくことになる。今の人間社会が選んでいる選択はどうひいき目に見ても中長期的な持続可能性がない。それを先頭切って牽引してきたブッシュJr.やチェイニー、ラムズフェルド、ウォルフォウィッツ、ブレアといった自分勝手な人間にこの世界を任せるべきでないことは明白であるが、それに対する抗議の声はまだまだ小さい。

酔っぱらい国会

26332254.bmp 郵政民営化の法案成立のため、55日間会期を延長しようと国会の本会議場で採決が行われた日、奇しくも注目を集めたのは採決時に酔っぱらって出席した議員がいたとかいないといったことであった。
 
 小泉純一郎や森喜朗らもその疑いがかけられ、逆に与党自民党も野党民主党に懲罰決議をやり返すなど、まるで子供の喧嘩のように次元が低い応酬に。情けないことこの上ない。本当にみっともない連中である。

 国会に酒を飲んで酔っぱらった状態で登院したり、本会議や委員会質疑に出席すべきでないことは改めて言うに及ばない。その様なことは法や規則で決めるまでもなくあまりに当たり前のこと。幼稚園児の集まりになっている今の国会では、そうした良識すら崩れていたようで、具体的にだれとだれが酒を飲んでいたのか最終的にはっきりとはわからないが、どうもテレビに散々映し出されてしまった秋葉賢也(衆議院・自民党宮城県選挙区選出)はほぼ間違いなく酔っぱらっていたようである。泥酔とまではいわないまでも、かなりの赤ら顔状態。誰の目にもそれは明らかだった。

 しかも本人は自身のホームページなど各種媒体を通じて、小泉首相らのように

 「あの時は一滴も飲んでいない。」

 と反論をしていない。実際に飲んでいたのだから嘘を言うわけにいかなくなったのだろう。嘘の弁明をしてそれが嘘だと判明したときの打撃が大きいからである。ほとぼりがおさまるまで静かに口をつぐんでいた方が「賢い」選択だと判断したのだろう。その判断はすこぶる合理的である。さすが名前が「賢也」というだけはある。

 この秋葉賢也。昭和37年生まれ。中央大法学部を出て、東北大・法学研究科で修士号をとっている。その後、あの松下政経塾に入った。これは私の個人的な考えであるが、この松下政経塾というものは、松下幸之助の肝いりで始まったものの、与野党問わず、また中央・地方を問わず、多数の政治家を輩出しているが、一人としてまともな人材がいないのではないかと思われてならない。非常にいやらしい、パワーエリートへの野望をみなぎらせた印象の悪い政治家が圧倒的に多い。私の認識では、松下政経塾は日本の政治を非常に劣化させた原因の一つであると考えている。

 最近の若手政治家はそれを格好いいことだと思っているのだろうか、自分のオリジナルソングを作ってCDに仕立て上げ、あまつさえ販売までしている連中がいる。小泉首相の熱烈な支持者、山本一太もそうである。この秋葉も同類であり、「Dream Away-理想主義者の詩-」、「スクラム(秋葉けんやのテーマ)」など、自分で吹き込んで歌っている歌を販売しており、自身のウェブサイトからインターネットで視聴が出来るようになっている。
 
 山本と秋葉、二人ともそうであるが、「ど」がつくくらい全くの下手くそ。音も外しており、発声も稚拙。もしこれが私だったならばあまりに恥ずかしくてこの様な出来の悪い音痴カラオケを「サンプルサウンド」として世界配信することなど全く思いもつかない。自己陶酔病である。つける薬がない。

 秋葉の公式ウェブサイトには以下のようにある。

 理想主義の「志」を高く掲げたい 

 「ある人は理想だけを追って現実から自らを隔離してしまう。どんなに立派な理想を持っていてもそれでは何の価値もない。またある人々は現実と妥協し理想を忘れてしまう。これも悲劇だ。私は現実をしっかりと見据えた理想主義者でありたい。」
 

 暗殺された元アメリカ大統領、J・F・ケネディの弟、ロバート・ケネディの言葉だそうである。スローガンとしてはたいへん優れた内容を含んでいると思うがそれを全く実行できていない秋葉くん。内容を書き換えて座右の銘にした方がよい。

 禁酒の「志」を高く掲げたい

 「ある人は酒をかっくらって本会議場の現実から自らを隔離してしまう。どんなに立派な理想を持っていてもそれでは何の価値もない。またある人々はアルコールと妥協し理想を忘れて飲んだくれたことに黙って口を拭う。これも悲劇だ。私は飲酒の現実をしっかりと見据えた理想的な酒飲みでありたい。」


 国権の最高機関であり、唯一の立法機関である国会。三権分立の統治機構の一翼を担い、近代立憲主義体制を支えている権力装置である。主権者たる国民から選挙を通じ選ばれた「国民代表」という意識を持っていれば、自ずと自分の立ち居振る舞いに自覚が生まれるはずである。
 
 いやしくもそうした国会議員が酒を飲んで酔っぱらって職務を行うことは辞めましょう

クリストファー・ヒル

d803a5a5.bmp 現在、アメリカの国務次官補で、東アジア・太平洋を担当しているのがクリストファー・ヒルである。ついこの間まで、このポストは今の国務長官、あのだいたひかるにさえ、この世で何よりも怖い顔をしていると評されたコンドリーザ・ライスが担当していた。

 さて、現在、日本にとってもアメリカにとっても非常に重要な関心事は、北朝鮮の核兵器開発問題。北朝鮮はおそらく今、1つだけ核兵器を作り上げて発射できる態勢にあるのではないかとされている。複数は持っていないだろうといわれているが、定かではない。

 クリストファー・ヒルは、「いずれにせよ」北朝鮮が核兵器を最終的に断念することになるだろうと上院外交小委員会のたまわって自信を表明した。

 「いずれにせよ北朝鮮は、こうしたシステムを手に入れない。」
 
 「だから北朝鮮にとって、本当の問題はどの様な条件で断念するかということである。」

 6カ国協議(6-party talk)に何としても北朝鮮を復帰させ、とにもかくにも話を始めることが重要だという当たり前の事実にようやく気がついたアメリカは、金正日を意図的に激しく罵ったりすることを控えて、協議再開を切望している。このままではアメリカの外交努力がうまくいっていないことをますます際だたせてしまい、対外的な信頼を下げるからである。

 ライスは、

 「金正日が正気かどうかはわからない。」

 と口を滑らせて危うく関係がまた悪化しかかったが、6カ国協議は何とか再会できそうな気配がある。私は思うに、本当に「正気でない」のはライスやチェイニー、ラムズフェルドであって、ライスのようにすぐに攻撃的な口を滑らせる尊大な女は全く外交向きではないと思う。
 
 そもそもイスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮、中東諸国など、これほど世界に核兵器が蔓延してしまったのは一にも二にも世界の大国の影響が大きい。具体的に言えば、アメリカ、ロシア、中国の責任である。連中の頭の中には本気で「軍縮」を行おうという気がさらさらない。
 
 とりわけ年間数十兆円単位で莫大な軍事関連の支出を行っているアメリカ。「軍産複合体」の膨張と暴走はいよいよ末期的になりつつある。

 クリストファー・ヒルさん、時期や方法は「いずれにせよ」、あなた達のお国が本気で核兵器の軍縮に取り組み始めるのはいったいいつのことでしょうか?いよいよアメリカ国民の59%も戦争反対となり、厭戦気分が蔓延し始めた悪夢のイラク戦争を「どの様な条件で断念する」おつもりでしょうか?

ベアトリーチェのヤギ Beatrice's goat

2004766d.bmp ご存じの方はほとんどいないと思われるが、私はヤギという畜産動物に対して並々ならぬ情熱を感じている。本気でこれに取り組んで商売にしたいと思っていた時期があったが、全くマーケットが作れないのでそろばん勘定にあわないことにすぐに気がつき、だったら将来的に取り組むべき課題としてとっておいて爪を研ぎつつ待つべし、と思っているのが今の状況である。
 
 ヤギは牛や豚と比較して遙かに飼育しやすい。過酷な環境にも耐える。人間になつきやすい。雑草、木の枝などでも命をつなぎ、繁殖能力も強く、運動神経も良いので小型の労働家畜としても優れている。子どもや老人にも扱いが容易。臭いと味こそグッドとはいえないが、極めて良質のタンパク源となるミルクを豊富に作り出す。
 
 豚を忌避するイスラム教徒にも受け入れられる。食べさせる牧草や穀物飼料だけで莫大な量になり、環境負荷が大きい牛と比較しても持続的農業・畜産業に適している。豚の糞尿のように処理しにくい排泄物問題もない。ヤギが野放図に捨てられたり放牧された結果、自然が荒らされるケースが多いが、それはそうした人間がいけないのであって、その事は牛も、ウサギも、イナゴもみな同じである。

 戦後の日本はヤギミルクで多くの人間の命が繋がったようなものである。あまり知られていない。

 さて、来週、7月1日(金曜)深夜2時から、極めて厳しい貧困、内戦、砂漠化などに悩むアフリカの開発途上国、ウガンダにて、少女が国際援助の一環で受け取ったヤギが、家族の飢餓を救った話が放映予定である。大変興味深い。私は在学中、こうした可能性に非常に興味を持って勉強していたことを懐かしく思い出す。
 私も尊敬し、信頼している英国出身で日本在住のピーター・バラカンさんがコメント役をしている。

 Beatrice's goat  「ベアトリーチェのヤギ」

 放映局は、JNN系列(関東地方ならばTBS=6ch)である。よろしければ、どうぞご高覧いただきたく。
 
 なお、この話は絵本にもなっている。どこの本屋でも買える。
 著者は、Page McBrier
 絵コンテは  Lori Lohstoeter (イラスト)
 あのクリントンの妻、次期大統領選の最有力候補の一人であるヒラリー・ローダム・クリントンも後書きを寄せている。
 
 私はもう、ばかな男の政治家にうんざりしているので、次期アメリカ合衆国大統領はぜひ、彼女にやっていただきたいと切望する。少なくともあほなアメリカ男よりはずっとましだろう。続きを読む

ベネディクト16世の生家

95f2ef82.bmp ローマ教皇、ベネディクト16世。ヨハネ・パウロ2世の後を引き継いで教皇職に就任してから彼が幼少時2歳まで生まれ育った生家(ドイツ南部、マルクトル)が観光スポットになってしまった。軽々と3桁に届く観光客が殺到。今もその中に住人が暮らしているというのに、呼び鈴を鳴らしたり、のぞき込んだり、フラッシュを焚いて撮影したりとたまったものではない。クラウディア・ダンドル女史は結局、売却することに決めたそうで今、売りに出されている。まだ暮らして6年目だそうだ。

 ベネディクト16世(1927年4月16日生まれ)は、ここで警察官の子どもとして生まれた。村の広場に面している典型的なバイエルン様式の家は二階建て。実に1745年建築という。欧州は石造りの家屋、低い湿度の気候風土などにもよるが、実に建築物が長持ちする。歴史的建造物というにふさわしいもので、当時は警察署として利用していたもの。

 オークションだから当然最高値を出した人に売ることになるのだろうが、地元の町に優先的買い取り権があるため、博物館にして利用したいと計画中。教皇の生家を一般公開すれば、観光客をもっと呼び込めるだろうと家購入と博物館化に意欲を示すのはマルクトル村村長のグシュウェントナーさん。8月22日まで申し込み受け付けが予定されている。マルクトルは人口がたった2700人。静かな村である。こうした村に世界的な知名度を獲得できる目玉観光地ができるならばそれはそれで悪いことではないだろうと思う。18世紀の歴史的建物がそのまま使われるようであるし。 

 ベネディクト16世=元ヨゼフ・ラッツィンガー枢機卿については、乗っていたワーゲン・ゴルフとかつて大学教授時代に暮らしていたアパートが揃って、ネットの電子商取引、イーベイで売却されたことで有名になった。ゴルフは実際の価値の25倍、二千数百万円でラスベガスのカジノ経営者が買い取った。
  
 しかし、教皇ゆかりの品々がかくも限度を超えた大騒ぎで注目されるのはどうかと思う。人間ベネディクト16世とはそれほどまでに尊敬に値する偉大な人物といえるだろうか。かつて青年時は、ナチスドイツの青年部、ヒットラー・ユーゲントに所属した経歴を持ち、ヨハネ・パウロ2世の知恵袋的側近として、諸々のカトリック教理変革にはもっとも保守的。頑迷に抵抗した人物である。その教条主義的な内容ゆえに、出版時も今も出版されたことそれ自体も含めた賛否両論が消えない「カトリック教会のカテキズム」の編集、執筆、編纂責任者でもあった。
 
 何より彼を私が許せないのは、南米での「解放の神学」を徹底的に叩きつぶした張本人だからである。南米は、今まさにブラジルを除いてもっとも深刻な時期を迎えているように、極端な貧困、社会のマフィア化、治安の悪化、麻薬や疾患・性病の蔓延、孤児や限度を超えた児童労働などが全く解決されていない。「解放の神学」はそうした現地の実態を踏まえて、極めて実践的な行動と改革への挑戦を、カトリックの司祭が従来の枠を超えて行うべきだとしたもの。
 
 例えば、司祭が地方自治体や国会など政治家に立候補して、閣僚になって改革するというようなことまでもあった。
 
 南米やアフリカ大陸で「解放の神学」を否定するということは、つまり、カトリックは見ざる、聞かざる、言わざるに徹して凍りつけといっているに等しい。キリスト教本質の死、そのものである。かつてイエス・キリスト自身が強烈な「律法主義批判者」であった。政治を牛耳ることで法を振り回し、人間社会を荒廃させていく暴力団的ならず者たちに司祭、シスターらが毅然とした態度をとろうにもとれないように拘束をかけた人こそ、ベネディクト16世=ラッツィンガーであった。彼がかつて、実際に南米で「解放の神学」に関与した司祭ら百数十人を首にしてしまったことは有名である。バチカンから聖職停止処分にされたら司祭たちの息の根は本当に止まってしまう。
 
 数年前から発覚し、数百人単位で刑事事件の対象となるなど、アメリカのカトリックで引き起こされた歴史的恥辱である児童性的虐待問題については、バチカンはアメリカの大司教らに問題解決を任せるといわば問題をアメリカの司教らに投げ返して、「静観」する構えをとって今に至っている。「解放の神学」を叩きつぶしておいて、「変態的児童虐待」については途端に腰が重くなるというのは、何とも無責任、不誠実だと思われてならない。その様な人間が御託宣賜るところの「カテキズム」など読むに値しない、と私は思うことがある。

西郷隆盛

806a4d24.bmp 昔、日本テレビ関口宏が司会を務めて行われていた「知ってるつもり?」という番組があった。あの中で、私は非常に印象的な肖像画があったことを覚えている。それが西郷隆盛のそれである。本当の西郷の顔立ちに最も酷似していると言われたものが出ていたからである。

 上野に西郷の銅像が建てられたのは明治30年。あまりに有名なあの浴衣姿で犬を連れた姿のものである。だが、銅像の除幕式でその場に立ち会った未亡人の「イト」さんが白い幕がとられてその下から出てきた瞬間、言葉を失い、そして、ひとこと、

 「宿んしはこげなお人ではなか。」

 と呟いた。あの銅像が全く西郷隆盛に似ていないということは今や常識。だから、真実の西郷の顔立ちがどの様なものであったか、大いに興味を集める話題になっていった。

 西郷隆盛は極端な写真嫌いであった。それはそれはもう、本当に徹底的に嫌っており、かの明治天皇が西郷の顔を知っておきたいから写真を撮影して送れと命じたにも関わらず、彼は曖昧な態度で結局うやむやにしてしまったくらいである。当時、天皇の命令をすっぽかすと言うことがどれほどのことだったかは言うまでもない。
 
 王政復古の大号令の後、明治政府が樹立され、薩長土肥が躍進し、封建時代から近代へ。維新の真っ只中の政局の中心にいた超大物の西郷。ゆえに絶えず暗殺の危険があった。刺客に狙われる事が多かったので、顔があまり解らない方が良いと考えていたことが一番の理由らしい。生理的にも写真が嫌いだったようだ。

 必死の思いで廃藩置県に尽力しそれがようやく終わって始まったばかりの明治5年、呑気に外遊していた盟友、大久保利通岩倉具視が記念に集合写真を撮影して西郷に送ったことがある。それを見た西郷は呆れてしまい、大久保に対して、全くもって醜態の極み気の毒千万だとまで強烈な書簡を送ったことは有名である。
 
 確か、西郷の肖像画は西郷の遠縁かなにかの人だったか、山形県の旧家に保存されていると記憶している。それを見たかつての西郷を良く知っていた身の回りの女性等は、

 「間然するところなし」

 と生前の顔立ちにまさにそっくりであることを認めたもの。私もそれを見て、なるほど西郷の顔とはこうしたものだったかと感心し、非常に得心したものであった。公開されていないらしく、どこにもその写真が見あたらないので大変に残念だ。 
 
 西郷の肖像画といえば、大牟礼南塘(おおむれなんとう)が描いた西郷隆盛の肖像画が残っているが、全然似ていない。

今、簡単に見ることができる西郷の顔立ちにかなり近いとされるものは、イタリア人の画家、キヨソーネが描いた肖像画であり、西郷従道と大山巌の顔を合成して描いたものだという。しかも原本は消失し、複製でしかない。今は鹿児島県歴史資料センター黎明館に蔵されている。この絵は、私が見た山形の肖像画とはやはり少々異なるが、それなりに近い。もっと優しく柔和な顔立ちで、知性と気品が良く現れているそういう顔立ちだった。

 西郷は非常に優しい人だったという。一緒に暮らしていた義理の妹、岩山トクさんが録音取材に応じたものが残っているが、料理を作って出すと、これはたいへんにおいしいものだと必ず優しく褒め、威張り散らしたりする面は皆無だったという。
 
 「ほんに優しい人で・・・」
 
 あったそうである。頻繁に若い侍連中が押し掛けては西郷に会って話をしたがるのに時々うんざりし、加治木の若い衆が来たりしたときには、

 「いないといってくだされ。」

 と居留守を使って一人の時間を作ったことも良くあるという。若い衆は残念そうにすごすごと帰っていったのを良く岩山さんは記憶に留めたという。

プロテスタントが見たカトリック

 日本ではキリスト教がそもそも非常に少ない。その中でもプロテスタントはさらに人数も規模が非常に小さいので、プロテスタントから見たカトリック観というものはなかなか知る機会がなかろうと思われる。
 
 カトリック吉祥寺教会では数人の司祭が入れ替わり立ち替わり年間通じてあれこれとキリスト教講座を開いているが、プロテスタントではそうした講座や勉強会のチャンスが少ない。特に、2つの立場を比較検討した講座というものは滅多に存在しない。
  
 ここ吉祥寺にある日本基督教団・吉祥寺教会で次の日曜日、東京神学大・修士課程在学中の山元神学生による講座が開かれる。カトリックの人が聴きに来るとそれなりに参考になるのではなかろうかと思う。

 6月26日 Sun 午後1時
 
 「カトリックとプロテスタント」
 
 吉祥寺教会では、このように年間何回かにわけて各種勉強会が集中講座方式で開かれる。現在、エレベータ設置のため改修工事があり、平日の講座は休みとなっている。

何度やっても日本はブラジルに勝てない

3abcefdf.bmp コンフェデレーションズカップ予選リーグ。メキシコに負け、ギリシャに勝った日本が、最後にぶつかったのがブラジル。勝てば先に進めるはずだった。早朝4時近くからのキックオフだったというのに、国内では異様な高視聴率。見た人も多かったようだ。今日は多くの人が寝不足で仕事になっていないだろう。営業マンは出社して、「外回りに出る」とフェイントを見せかけて、どこかで昼寝というパターンではなかろうか。ちなみに当たり前ですが私は朝9時からばっちり働いております。

 さて、試合内容だが、やはり中澤が抜けた穴が大きかったのと、日本が守備の手抜きをしている選手が何人かいたので余裕をもって逆襲を食らい、あえなく沈没。見ていて

 「これはまぐれでも勝てない。」
 
 とすぐに私は感じた。点差以上の実力差があったと思う。オフサイドで助かったアドリアーノのシュートや、ポストに当たって助かったカカのシュートなど4,5点入っていてもおかしくなかった。

 私ごときの下手の横好きサッカーファンがこういうことをいってもちっとも説得力がないが、しかし、いつも自分たちの草サッカーでは守備に奮闘しまくっている私としては黙っていられないのが、守備の弱さ中澤がいないというだけではない。加地アレックスが両サイドに入って4枚のバックになっているというのに、私の目には

 「きちんと守っている」

 と見えたのは宮本田中誠だけ。この試合、引き分けでは足りず勝たなければならなかったのに、相手を絶対に零封しようという気迫が全然ない。相手は世界最高の芸術サッカーを軽々とやってのけるカナリアセレソン。個人技で勝てるはずがない。がっちりと数的優位を常に保って守るしかないはずである。
 
 それなのに、両サイドのアレックスと加地も守備が甘かったし、何よりボランチや2人のハーフの守備参加が遅れっぱなし。福西にも遅れはあったが彼はまだしも、他の中盤選手がたらたら歩いて戻ってくるシーンが多すぎた。ブラジルの先取点をとった時も、日本がコーナーキックをとったので宮本と田中誠を残して全員が上がってしまったことが失敗の元。右サイドで相手にボールを奪われて一挙に逆襲を食らい、2:2の局面になった。ロナウジーニョロビーニョにあれだけがら空きのスペースでフリーにさせたら、宮本と田中誠だけでしのげるはずがない。コーナーキックが失敗に終わったと解った段階ですぐにアレックスや加地、中田英、小笠原、中村、福西が猛然とダッシュで戻らねばならなかった。

 特に小笠原と中村俊は、自分たちの守備を軽視しているかのごとく見えた場面が多く、体力的にも残っているはずの前半からたらたらと戻っている様子が良く映し出された。

 「追えよ!もっと必死に!」

 と思ったシーンがいくつあったか。自分のミスでボールをとられているのに必死に敵を追わないというのは守備陣としては腹の立つことこの上ない。ブラジル相手にマークをゆるめたらおしまいである。中村俊はメキシコ戦で負けた直後も、相手の7番を自分がマークをさせられすぎたので疲れてしまったとふざけたことを言っていたが、マークがきついのは他の誰も同じである。トップFWではないのだから、守備がのし掛かるのは当たり前。

 攻撃ではいつも輝きを放つことが多い中村俊輔。1点目のシュートは素晴らしかったが、あれは衰えが強く見えるベテランの控えGK、マルケスを試しに使ったからであり、正GKのジダだったら止められていたと思う。マルケスはこの試合、ポジション取りなどもおかしいところが目立ち、足を引っ張っていたと思う。元々ブラジルには伝統的に名キーパーが少ないが・・・。

 確かに日本も加地の幻のゴール以外にもフリーキックを柳沢が頭で後ろに流したシュートがバーを叩いたりと惜しい面はあった。だが、やはり圧倒的にブラジルがボールを回しまくっており、日本はなかなかボールをとれない。カウンターでチャンスを時折つかむと言った状況。
 
 もし、左DFのロベルト・カルロスと、トップFWのロナウドがセレソンの先発に混じっていたら、もっと差がついたのではなかろうか。明らかに敵の代替DF、レオなどはボール回しは上手いものの破壊力、突破力、キープ力では大きくロベカルを下回っていた。

 ジーコは、前半開始直後の加地の1点は、オフサイドではなくあれが取り消されなければ、本当なら3−2で勝っていたという。しかし、際どいタイミングだったが、オフサイドと判定されても明白な誤審とは言えないものであったし、逆に日本が先制点をとったとしたらブラジルは一挙に血眼になり、逆に怒濤のゴールラッシュだったかも知れない。大黒が奇跡の同点に追いついたのは後半43分、それまでのブラジルは明らかに油断して余裕を見せていた。

 また、依然として日本はファール癖が直らない。アレックスはまたもイエローをもらい、次の試合があったとしても出られなかった。中田英も危険なタックルが多くてイエローをもらっていた。この試合、中田は2枚もらって退場でもおかしくないと私は思われた。ギリギリのプレイなのだろうが、10人になってしまったらどうしようもないのだから、ファールを避ける意識を持たないと戦術的にも危険すぎるのである。
 
 ギリシャに勝ったときにも点を取ったのが大黒だったものだから、またも大黒フィーバーで大にぎわい。だが、しっかり守った守備陣への称賛がなぜないのか。大黒自身も良いパスをくれた中村俊を褒めていたが、守備への感謝がない。いつまでたっても日本の守備が「カテナチオ」、「アジアの鉄壁」といった形容をされることはなさそうである。
 
 ブラジルに勝っているアルゼンチンや、本来ならばまぐれ優勝のギリシャではなく、欧州チャンプになっていて当然のイタリアなどとぶつかれば日本はひとたまりもないと思う。このまま守備の軽視が続くようでは、今後何度やっても日本はブラジルに、世界のトップチームには勝てない。

国立劇場の横のお屋敷は何だろう?

 東京都千代田区、半蔵門駅から歩いて国立劇場の方へ歩くと劇場の手前、隼町1丁目のところにグランドアーク半蔵門と警視庁官舎の裏手に「奥村」と「白石」と書かれた表札のものすごいお屋敷が建っている。周囲がみな摩天楼や中規模ビルであるのに、ここだけ一軒家なものだからものすごく目立つ。監視カメラが何台も稼働している。まるでVIPの館のようだ。
 
 しかも角には小さな交番があり、警官が警戒している。これはいったい何なのだろうと思いながら通り過ぎた。

ミシシッピー・バーニング おぞましい組織、K.K.K.

9866d0b8.bmp ほんの40年ほど前まで、アメリカでは、特に南部、Deep Southといわれていた地域では、身の毛もよだつ人種差別が公然とまかり通り、黒人へのリンチ殺人なども珍しくない時代があった。学生時代、私はマーチン・ルーサー・キングJr.牧師の前にアラバマ州モントゴメリー教会にて先駆的に人種問題に取り組んだVernon Jones牧師を取り上げた映画、「Vernon Jones Story」で興味をかき立てられたことを思い出す。名作である。ぜひご鑑賞いただきたい。

 「トム・ソーヤーの冒険」の舞台としても有名な南部のミシシッピー州にて、1964年、人種差別撤廃のため、キング牧師らとともに公民権運動をしていた黒人活動家3人が殺害された事件がある。当時、猛威を振るっていたKKKクー・クラックス・クラン、Ku Klux Klan)のメンバーによるものであった。極端な白人至上主義を唱え、頭から白い三角の目だし頭巾をかぶり、松明を手にして黒人の住居への放火やリンチ殺人をしていた病的な秘密結社のことである。れっきとしたキリスト教組織。神に祈りを捧げてからこうしたリンチをしていたのである。

 "Keep praying for God's country!"  

 と一見、敬虔に、そして、熱心に歌っていたりする。見ているだけで気持ち悪い。God's country は世界にアメリカ合衆国だけだと思っているのだろうか・・・。

 さて、ミシシッピのネショバ郡巡回裁判所で、この21日、かつての元幹部メンバー、80歳のエドガー・レイ・キレン(Edgar Ray Killen)被告に殺人の有罪評決が陪審により下された。画期的なことである。何とこの殺人事件発生からちょうど41年経っていた。有罪が決まったので、今後量刑決定になる。判決は23日に言い渡される予定。キレン被告は3つの罪状で最大で合計60年の禁固刑を言い渡される可能性がある。

 この事件は、アメリカ社会のみならず、世界中に大きな衝撃を与えた。詳細は映画になった「ミシシッピー・バーニング」(1988年)でよくわかる。 
 
 法の裁きは例え40年経っていたとしても、そのものが余命幾ばくもない老人であったとしても為されなければならない。Rule of lawとはそういうことである。

特定の人に入れ込んでしまうと

793c4764.bmp * 写真は、ジャン・カルヴァン。全集の中に掲載されている。東京基督教大沖縄キリスト教学院大などに蔵書がコレクションされている。
 
 カルヴァン全集 『 Ioanis Calvini Opera quae supersunt Omnia』

 * * * * * *

 キリスト教の歴史上、大きな成果を残し、その名を今に知らしめている人物は少なからず存在する。トマス・アキナス神学大全)、マルティン・ルター(宗教改革の95ヶ条公開質問)、ジャン・カルヴァン(神学者、キリスト教綱要)、カール・バルト危機神学、『教会教義学=Kirchliche Dogmatik』)、エミール・ブルンナー弁証法神学)、ディートリッヒ・ボンヘファーなど、枚挙にいとまがない。日本人にも例えば、内村鑑三賀川豊彦などといった人物がいる。
 
 私は常々思うことがある。こうした「偉大な」先人達の理論的、実践的遺産について深く知ることは大変重要なことであり、研鑽と理解に努めるに値することであるが、しかし、それらの尊敬が強すぎるあまり、無批判に入れ込みすぎている人が多いのでは無かろうか、と。
 
 例えば、ルーテル教会で人々がルターの悪口を言うことはあまり多くないだろう。カルヴァンを源流にしている長老派教会において、カルヴィニズムをこき下ろすこと(例えば予定説など)はかなり難しいかもしれない。もし、カール・バルトに入れ込んでいる人の前でバルトを貶したりしたら大変である。
 
 しかし、言うまでもなく、彼らはみな人間である。「たかが」人間に過ぎない。問題がないわけがない。それどころか、極めて深刻な問題や欠点を抱えている面は否定しようがない。例えば、ルターやカルヴァンたち自体に必ずしも責任があるわけではないが、彼ら以降のドイツやスイスは袂を分かったプロテスタントの立場を守るという大義名分のため、断頭台での処刑が雨あられ。戦慄すべき恐怖政治の時代に突入(例えばクロムウェル政治など)していった。
 
 世界史で学んでもそう記述されているので、圧倒的に多くの人が「宗教改革」といえばすぐに「ルター」を思い出す。カルヴァンよりもインパクトは遙かに強い人である。だが、ルターは聖餐についての解釈で、ツヴィングリを冷たく突き放し、共同を拒み、彼を孤立させてしまった。ツヴィングリは後に敗戦で戦死することになる。また、ルターの故郷、ドイツにて、圧政的な領主たちに抵抗して農民が農民戦争を起こした時にも彼らを冷たく突き放した。ルター自身は修道士として育ち、カトリックと絶縁はしたが、しかし、一生涯をその後もずっと修道士的に生きた人であった。足跡を客観的に振り返れば、決してただただ尊敬に値するといえる人ではない。

 また、バルトとブルンナーにしても、共に同じ危機意識から発した弁証法神学だったが、「自然神学論争」で激しく対立している。あるいは、バルト神学は20世紀の大きな実存主義哲学の潮流を作ったハイデガーにも多大な影響を与えているが、ハイデガーはそこから見て最終的にキリスト教を限りなく否定する領域まで踏み込んでいたことは、最近の研究成果でわかってきた。この点、ただ今ハイデガー全集を刊行中、創文社の出版物に詳しい。

 賀川豊彦は「貧民窟」に身を投じ、大変な奉仕と犠牲を果たした人であり、とても立派な人である。しかし、彼の周りに集い、彼を慕った多くのキリスト教徒たちは、賀川の死後、何かにつけ
 
 「そういうことについては、かつて賀川先生は○○と仰っておられ・・・」
 
 と賀川豊彦が全ての判断基準になってしまったような人が多くおられたといわれている。
 
 私が在学中、水谷氏というなかなか頑固者だが、相当に研鑽を積まれたチャプレンがいて、その人の部屋にはしばしば私も足を運び、話を聞かせてもらったり、質問したりしたことを思い出す。彼もこんな事を言っていた。職業上、彼はあちこちで同じ聖公会の人たちや、他の諸宗派の人たちと交流があったのであるが、この2000年の中でも屈指の大神学者といわれるだけあって当然のごとくカール・バルトの影響力はたいへんなものであったそうだ。彼は決してバルトを否定はしているわけでも嫌悪しているわけでもなかったが、あまりにバルト、バルトと頻繁に言われることに業を煮やし、

「バルトは関係ねえっ!!て良く言うんだよ。バルト教じゃないんだからな。」
 
 と仰っていた。ほう、と思わされた。

 しばしば歴史学や政治学などでも特定の人物に入れ込むあまりに分析がずれて、認識が歪むことがある。丸山真男も比較的若い時期に記した福沢諭吉論については、後年、自ら自身の福沢論が多方面からしかるべき強い批判に晒されていることを書いて欲しいと言っていたことは有名であるし、私が在学中に講義を受けた人の中にも、例えば北岡伸一(日本政治史専攻、現在、国連大使兼任)ならば原敬吉田茂、岸信介、佐藤栄作らへの入れ込みと思い入れは強烈であった。普段は冷静な彼だが、こうした点では議論の客観性がかなり崩れていたように感じられる。高畠通敏(政治理論)ならば彼の恩師だったロバート・ダールなどについては少なからず甘めの観念が混じり込んでいたように思う。

 キリスト教史、神学論、教理、要理、信仰体系の発展にとって、トマス・アキナスやルター、バルト、カルヴァンらの果たした役割はあまりにも大きい。また、キリスト教徒としての実践的取り組みについてマザー・テレサコルベ、賀川豊彦らの残した足跡は異教徒の胸をも強く打たずにはおられない感動を含む。

 しかし、それらの畏敬や尊敬、感動が夢想的な思い入れに変わり、人間○○に入れ込みすぎるあまりに、人間としての判断の目が鈍ることは危険である。もちろん、私自身の問題としても自戒して意識して考えている。多く、自分たちの教会内部の牧師や役員、長老などとの間に相互批判、意見のやりとりが消えてしまい、心の痛みを伴う「信仰的対話交流」が途絶えた時、人々の集まり=エクレシアの崩壊は緩やかに始まる。そして、残念ながら、実際のところそうしたことが極めて多いのである。

「ヒロシです・・・」 はおもしろい

39c417f2.bmp 現代のお笑い芸人はあまり好きでない。むしろ圧倒的に嫌いな人物が多い。だが、一人だけ例外がいる。それが
 
 「ヒロシです・・・。」

 のヒロシ

 彼はおもしろい。彼のギャグは2つの点で優れている。
 
 まず、だれも傷つける事がない。自分のみがピエロになって人を笑わせることに全てを注いでいる。

 また、笑いの質がシンプルでわかりやすく、明快。老若男女、だれでも楽しめる。あまり嫌な感じの毒がない。

 「ヒロシです。・・・だれでも良いから彼氏になって欲しいといっていた人に・・・ふられました。」

 「ヒロシです。・・・『いつからいたの?』って聞かれて・・・最初からいました。」
 
哀愁漂う音楽を背景に流しながらの独特なスタイルはすっかり定着した。自らの不運な体験をぼそぼそと語っていく。かなりの部分、実話らしい。

 熊本出身。上京後、芸人として全く芽が出ず、一度はあきらめて何とホスト生活を年間送ったという。その間に味わった惨めな思いをノートに書き留めていたのが今の持ちネタになった。売れないホストなぞ最も惨めなもので、歩合制であるため全く儲からない状態に。相当に物心両面で追いつめられたという。そうした思いを単に愚痴にするだけでなく、恨みつらみを込めて書きためたノートが役に立つのだから人生とはわからないものである。

 「笑い」というものについて、色々勉強させていただきました。

ローラさん、笑いをとっている場合ではありませんよ

28d6c77e.bmp 日本の寄席や落語のおもしろさというものは欧米人には全然わからないことがあるそうで、以前、何かのテレビ番組でずっとアメリカで暮らしていた帰国子女の人たちに日本の一級落語を見てもらった様子を観察したものがあったのであるが、日本人が笑うところで彼らは全く笑っていないシーンが多くあった。かなりの個人差があるが、平均して笑いのツボのポイントについて、彼らのそれは日本で生まれ育った日本人の半分を大きく下回り、少ない人では1/5ほどに落ちる。面白いと思う感覚にはかくも大きな隔たりがあるものかと思ったことを良く覚えている。
 
 英国のローワン・アトキンソンが演じた「Mr.ビーン」は日本でも相当の喝采を浴びたが、それでも日本人にはぴんと来ない面がいくらもあったといわれる。私も良く解らない笑いポイントがあった。
 
 ちなみに余談だが、アトキンソンはケンブリッジ大在学中は数学専攻。コメディを追及する劇団で活躍して、卒業後に今のようなコメディアンになった。実は大変に聡明な人物である。同じように、あのモンティパイソンもケンブリッジ&オックスフォードを卒業しているインテリ。世界中で大人気の二人だが、「笑い」とは高度な頭脳文化だと再認識させられる。

 当然のごとくに、ベクトルが逆になっても同じ事であり、日本人も外国の笑いが、これだけ文化的には輸入、流入が激しいアメリカ人の笑いとその感覚についてでさえ全くわからないことがある。私もそうであり、アメリカ人の笑いのセンスが時に全く理解不能のことがある。私がブッシュJr.夫妻をひどく嫌っているからということもあるだろうが、彼らがしばしばパーティや会見で喝采を浴びて会場を笑わせている様子を見ると特にそういう違和感を感じる。

 例えばこんな事があった。

 会見台で喋っていたブッシュJr.の横からゆっくり近づいた妻ローラが台上のマイクとブッシュJr.との間に身をねじ込み、
 
「いつも私はおとなしくしているけれども、今日は私にもいいたいことを言わせてもらうわ。」

 そういって、自分たちをひいきしてくれる馴染みのホワイトハウス担当記者たちやワシントンD.C.の政治家、俳優などを招いて開催したディナーパーティー(White House Correspondents' Association dinner)でスピーチしたのは4月30日のこと。この時の挨拶は、アメリカ人にとってはとても機知に富んだユーモアだったらしく、会場は爆笑の渦であった。私は全く笑えなかった。
 
 通常のローラは「お喋り女」ではない。パーティー好きのブッシュJr.にくっついてあちこちに出席してもニコニコ笑いながら黙って座っているだけのことが多い。ところが、この日は何を思ったか、事前に準備してきたらしくブッシュJr.をネタに次々に冗談を飛ばしては会場を笑わせていたのであった。
 
 「この前、大統領に世界の圧政を本当に終わらせたいのなら、もう少し夜遅くまで起きてがんばる必要があるんじゃないのと言いました。」
 "George, if you really want to end tyranny in this world, you're going to have to stay up later."

 大変な仕事量で知られたジミー・カータービル・クリントンとは異なり、ブッシュJr.は9/11テロ以前は全ての時間の43%をゴルフなど余暇活動にあてていたことで有名。「仕事の虫」とはおよそ無縁のブッシュJr.は、同時多発テロ以降も早寝で知られている。ローラはその事を素材につまみあげたのである。
   
 「この落ち着かないお坊ちゃんは毎日9時になると、寝てしまうのです。その後、私はリンと『絶望的な主婦たち』を見るのです。そう、皆さん。まさに私は「絶望的な主婦」なのです。」
 "Nine o'clock and Mr. Excitement here is in bed, and I'm watching Desperate Housewives— with Lynne Cheney. Ladies and gentlemen, I am a desperate housewife."

 リンとは副大統領のディック・チェイニー夫人のことであり、Desperate Housewives というのは、アメリカで今人気の少々俗物的な夜ドラマのことである。
 
 これに会場は大爆笑。会見台から横の椅子に側近らと座ってそれを聴いていたブッシュJr.も決まり悪そうににやにや。あの様な表情のブッシュJr.は非常に珍しい。 

 しかし、これ、いったいどこがおもしろいのだろうか。私は全く笑えなかった。逆に大笑いになっている会場の様子が不思議に見えたくらいである。私はDesperate Housewivesを見ていないので何とも言えないが、それを比喩に用いたところで大爆笑するようなものと全然思えない。 
   
 この様子を会場で楽しんだブルームバーグニュースのセドリックは、パーティーの後、今夜のローラは素晴らしかった。「コメディの王様とファーストレディの旅」のようだった、と激賞していたのだが、そうは全く感じられない。
 "She was hot tonight. I think we're gonna do a tour: The King of Comedy and the First Lady Tour."

 むしろ逆にちょっとひんやり冷たくなるようなジョークが多かったように思う。自分と夫は全く性格が異なっており、ジョージは外交的でお喋りなので、私は核兵器の発射についてすらお知らせすることができますよといったジョークに大笑いできる感覚が私には健全なものだとは到底思われない。

 But George and I are complete opposites — I'm quiet, he's talkative, I'm introverted, he's extroverted, I can predict pronounce nuclear.

 むしろ私が興味深かったのは、この同じ会見で、ブッシュJr.がテキサスの自分の牧場にいくと、無駄な樹木や草を次から次に電動チェーンソーで切っていってしまうエピソードを披露したこと。
  
 「彼やチェイニー、ラムズフェルドさんたちは、なぜみんな揃ってこうなんでしょうか。」

 Now, of course, he spends his days clearing brush, cutting trails, taking down trees, or, as the girls call it, The Texas Chainsaw Massacre. George's answer to any problem at the ranch is to cut it down with a chainsaw — which I think is why he and Cheney and Rumsfeld get along so well.

 と一言。なるほど。確かに、自分の都合と好みだけで何でも強引に切り倒していくこうした自分本位の攻撃的な人格は、テキサスの牧場の雑草や灌木と、中東アラブのイスラム教徒たちと、等しく同じように発揮されているわけである。
 
 ブッシュJr.はいつもローラや娘達ら家族に対して、日本語で言うおやじギャグ、今ひとつ的を外した古い冗談を数多く口にすることで有名である。ローラはこの点についてもまた笑いをとった。

 「いつももうやめてと言ってるんですけど。」
  
 近代成立以降、この過去100年を区切って概観してみても今回のイラク戦争は一級の深刻な戦禍と戦乱を引き起こし続けており、それは徐々に、しかし、確実に悪化の一途を辿っている。もはやこの戦争を、平和を演出しながら、静かに何ごともなかったかのごとく終わらせるシナリオを描くことはあり得ない。わだかまりのない戦争終了劇はない。その事はラムズフェルド自ら最新の記者会見で認めたこと。

 つまらんギャグを飛ばしておどけている場合ではないと思うのだが、この人類史上、指折りの”Tyranny”はその事がわからない。金正日やサダム・フセインが独裁者である、あったことは間違いないが、ブッシュJr.やチェイニー、ラムズフェルドもまた、質と内容こそ異なるが同じように暴力的に権力と武力を振り回す「独裁者」であることに微塵も変わりはない。テキサスの牧場でチェーンソーを振り回すことを、
 
 「僕の牧場の自由のための聖なる戦い」
 
 と呼んでも一向に構わないし、私はそれを両手に星条旗を振って応援してさしあげても良いが、劣化ウラン弾を撃ち込んで石油のために中東で米軍を振り回して、

 「テロとの戦いは自由のための聖なる戦い」

 と無理な理屈をいつまでも言い張るのは辞めていただきたい。

 奇しくもローラが紹介したように、彼ら3人は物理的有形力を行使する事に際して、規範意識や、現代社会の良識が鈍磨しすぎているのである。彼らのような「チェーンソー三人組」にこの世界をわが物顔で立ち回らせることはあまりに危険である。幼稚園児に修学旅行バスを運転させるようなものである。続きを読む

ケンズショップ オリジナル金属装飾品店

90b0c9f7.JPG 吉祥寺のロンロン口を出ると近いのだが、ロンロン郵便局がある角を南へ、井の頭通りの方に90度曲がって歩くとガードを超えて何軒の向こうの右側にあるのが、独創的な金属装飾品を加工販売して売っているケンズショップである。
 
 周囲はかつてピンク街だった名残があり、ラブホテルやソープランドなどがまだ立ち並んでいるが、その横に鮮魚店があったり、お弁当屋、レストラン、ペットショップなどもあり、そうした風俗店舗はいわば「古参組」であるにもかかわらず異様に浮き上がった存在感を放っている。建物もぼろいというのに全然改装しようとしないのは、それでもそれなりに「繁盛している」からではないかと思う。

 私の知り合いにまなさんという金属宝飾品加工で将来、自立して働きたいという気持ちを持っている人がいるが、こうした貴金属加工というものははっきりいって力仕事。万力やヤスリ、各種工具を使って仕上げていくもので両腕の筋肉はぱんぱんに張ってしまうらしい。

 こぢんまりとしていてセンスが良く、落ち着ける店だが店内が狭い。

オリジナル金属装飾品店 ケンズショップ
営業 10:00〜19:00 
定休 水曜
〒180-0003 
武蔵野市吉祥寺南町2-4-6
TEL 0422-47-1855
FAX 0422-47-1883
URL http://www.kens.nu/
E-mail info@kens.nu

慣れていないものだから

69f42d96.JPG この日曜日、日本基督教団・吉祥寺教会では、礼拝が全て終わった後に讃美歌21の曲を2つ、全員で簡単に練習したのであった。130番と131番。この2つであった。

 131番は、カトリックの高田三郎が第二バチカン公会議での成果を受け、日本人が日本語にて歌える歌をということでわざわざ作曲したものである。高田三郎は日本人的な心情と感性を織り込んだキリスト教宗教曲を多く作曲した第一人者である。ミサ曲、「やまとのささげうた」はアルバムにもなって発売されている。私はカトリックの知り合いから勧められ、思いっきり買ってしまった。京都カルメル会修道院のシスターたちが歌っている。
 
 さて、讃美歌21の131番は、「谷川の水を求めて」である。これはずばりカトリックの答唱(Chant)である。カトリックの人にとっては何でもない、ごく普通の、自然に親しんだ歌唱方式であるが、これにプロテスタントは全く
慣れていない。慣れていないどころか知らない、聴いたこともないという人がかなり多く存在する。
 
 「知らない」ということは惨めなものであり、いきなりぶっつけてやったところで全然うまく歌えないのである。日頃カトリックの礼拝堂でミサの時に聞いている答唱とはかなり違って聞こえてしまう。テンポが速すぎるので、焦って小走りに慌てているような印象があり、歌っていて苦しい。Chantとはあの様に歌うものではない。

 答唱を聴こうと思えば、CDアルバムを借りてきてもいいし、カトリックのミサや奉唱会、初金の集い、テゼなどに出掛けて見ても良い。いくらでも機会は転がっている。

 答唱はカトリックしか歌ってはならないものではないのだから、せめて音楽くらいは違った世界のものも積極的に見て、聴いて、かじって、歌って見ればよいのにと私はいつも思う。ゴスペルにせよ、フォークにせよ、クワイヤーにせよ、各々に趣と雰囲気がある。
 
 いつも眺める世界が狭いとほんのわずかに隣人であるという人であっても、およそどの様に過ごしているのかを知らず、そうした様式に全く慣れていないものだから、練習しようにも間が抜けてしまう。
 
 せめて聖歌隊くらい、エキュメニカルに吉祥寺で一つ作り上げることができても良いと思うのだが・・・。うまくいかない。

高嶺の花

7704790c.bmp  
 高嶺の花。良い言葉ではないか。憧れを抱き、焦がれるようにだれかを密かに慕う気持ちを持ち、それはかなうべくもない夢に過ぎなかったとする。しかし、そう簡単に人間の心はドライに割り切って切り替えられるものでなく、そうしたやるせなさをずっと引きずってしまったりする。

 高い山の上に咲いた美しい花。それには手が届かないという意味のこの言葉はとても趣がある。英語で言うと、
 
 It's beyond my reach. 

 ロマンチックな雰囲気が感じられない・・・。
  
 高嶺の花に憧れて、結果、ストーカーになってしまったというのはどうしようもない最悪のなれの果てであるが、「高嶺の花」の人に気持ちが沸き立ってくる、そういう気持ちになれるということは人間にとって良いこと。時に人生の情熱をもらえることさえある。

 「夏子の酒」などで有名だが、昔、尾瀬あきらという漫画家が連載した高校生の恋愛模様を描いた漫画は私が痛く気に入っていたものである。当時、高校生の私がそれを読んでいてわからなかったことが、三十路になった今、よく解る点がいくつもある。とりわけ、彼らの担任の先生の心情の揺れ動きについてのところ。ちょうどその「担任の先生」が今の私と似たような年齢になったからだろう。
 
 私が思うに、性別をひっくり返しても、つまり、女の人が男の人を思う気持ちもちょうど似たような切なさがあるのではないか、と思った。清少納言の枕草子などに、いくらもそうした心情が歌われている。

 私にとって「高嶺の花」の印象に近い花は、ネパールの国の花にもなっているヒマラヤ山脈高地にだけ咲くブルーポピー。息をのむほど美しい。秘境の桃源郷にしか咲かない。私が最もロマンを感じる花である。

使徒信条 ニケア・コンスタンチノープル信条

74b441db.JPG * 『十字軍のコンスタンチノープル占領 』 ウージェーヌ・ドラクロワ 1840年 ルーヴル美術館

 本日のコラムは非常に出来が悪く、また、うまく書けなかった。削除しようかと思ったくらいであるが、ずっと考えてきたことでもある。よほど積極的な興味のあるキリスト教徒の方以外にはつまらないと思われるので、読まずに飛ばしていただきたい。

 昨年、カトリックのミサの中で用いられる信仰告白文が「使徒信条」から「ニケーア・コンスタンチノープル信条」に急に変わった。「使徒信条」はいうまでもなく、カトリックのみならず、東方教会や無教会派、プロテスタント諸派においても遍く用いられている文章であり、短く簡潔にまとまっているため、多くのキリスト教徒はこれを「主の祈り(Lord's prayer)」とあわせて暗誦している。
 
 *なお、ニケーアをニカイア、ニケアということもあるし、コンスタンチノープルをコンスタンティノポリスということもある。さらに、西方教会ではなく、東方教会(ギリシャ、ロシア、セルビア正教など)の系譜を持っているハリストス正教会では、「ニケーア・コンスタンチノープル信経」と呼ぶ。 

 コンスタンチノープル。地中海と黒海を結ぶトルコの西端にある都市であり、「コンスタンティヌス帝の都(Constantinople)」という意味からこの様に名付けられた。今はイスラム教の国、トルコになったのでイスタンブールという名前になっている。つい先日、英国リバプールが、イタリアのACミランに劇的な大逆転勝ちをした欧州チャンピオンズリーグの決勝が行われた地である。
 
 カトリックの宗教的取り決めをする会議(公会議という)が、西暦381年にここコンスタンチノープルで開催された。第1回コンスタンチノープル公会議である。ここで、キリスト教徒の信仰告白の形を定めた。それを「信条=Credo」というが、ここで「ニケーア・コンスタンチノープル信条」が決まり、今に至るまで継承されている。
 
 若干、言葉の使い方でややこしいのが、アタナシウス派とアリウス派の激突があった、第1回ニカイア公会議でできた「ニカイア信条(ニケーア信条)」というものもある点。「ニケーア・コンスタンチノープル信条」とは全くの別物である。だが、私がいるプロテスタントの日本基督教団・長老派教会などでは、慣習的に「ニケーア・コンスタンチノープル信条」のことを「ニケーア信条」というのである。ごちゃ混ぜにならないように注意する必要がある。

 「主の祈り」や「使徒信条」は非常にシンプルでキリスト教徒ならばほとんどの人がこれを覚えているのであるが、このニケーア・コンスタンチノープル信条は非常に長い。お世辞にも簡潔とはいえない。だから、これを諳んじている人は極めて少ない。ほとんどいないといっても良いかも知れない。司祭の人でも覚え切れていないと吉祥寺では複数の人が本人自らその様に「告白」している。
  
 そもそもニケーア・コンスタンチノープル信条とは、歴史的に見て正統と異端とを分ける際の区別の基準に用いられてきた。この点が非常に重要な役割であった。つまり、「正しいキリスト教の枠内に入っているのかどうか」を、黒白をはっきりさせる分水嶺であったわけである。
 
 したがって、これまでにのっぴきならない綱引きが千年以上も続いた。時にそれは深刻な殺し合いに発展した。ウソではない。写真にあるコンスタンチノープルを攻め落とす十字軍の侵攻はその一環である。ローマ・カトリック教会は、十字軍においてイスラム教徒だけを狙い撃ちにして攻めたわけではない。東方教会をも攻めたのである。
 
 私はちょっと実感的にはよくわからないのであるが、キリスト教会がそもそも東西に分裂するきっかけになったのが、いわゆるフィリオクエ(Filioque)問題。詳細はとても踏み込めないが、要するに聖霊論の違いである。2000年のキリスト教史においては、しばしば極めて深刻な教義、教理の対立があり、そうした亀裂、対立をシスマ(schisma)といったのであるが、その中でも最大級の大論争で、つい40年ほど前、1965年まではずっと分裂していたのが、この論争、大シスマ。キリスト教の東西分裂のことである。だから、ニケーア・コンスタンチノープル信条については、細かい記述において、カトリックと東方教会、プロテスタント諸派では言葉遣いが少しずつ異なってしまっている。

 つまり、ニケーア・コンスタンチノープル信条は、歴史的にも、教義・教理における認識論的にもまだあまりに対立が大きい。例えば、ケニアなどアフリカ大陸へ広まったコプト教会や、ユーラシア内陸部の閉ざされた地域に入り込んでいったアルメニア教会などは単性論の立場をとるが、これを一刀両断に「異端」だと切り捨てられないということは私は前にも述べたし、実際、カトリックや東方教会の人たちもその点では、古代教会の存在意義と正統性を認め、近代以降の新興宗教であるモルモン教やエホバの証人、ユニテリアンなどとは扱いを異にしている。古代教会は明らかに「キリスト教」と呼ぶにふさわしいものだが、ニケーア・コンスタンチノープル信条(アルメニア教会はこれを採用はしている)はおろか、使徒信条ともそぐわない点がある。
  
 私は神学論争をするつもりはないが、個人的にニケーア・コンスタンチノープル信条に少し気になる点がある。

 「罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め ( Confiteor unum baptisma in remissionem peccatorum.) 」
 
 の下りである。正式の洗礼はキリスト教にとって大変重要なもの(その点、あらゆる立場で争いはない)であるが、だからといって、正式の洗礼を受けることが救済の絶対条件であるわけではない。そうした洗礼を受けず、それどころかこの世に「キリスト教」という宗教が存在していることを知ることさえなく生まれ、育ち、生きた後に死んでいった人の中に優れた立派な人は多くいる。かつて日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは、一つ決定的な間違いをおかしたとされる。それは、
 
 「洗礼を受けずに死んでいった人たちは全て地獄へ行く。替わりにだれがいかなる修行を積み、祈ったとしてもそこから助け出すことは決して出来ない。」

 と説教してしまったことである。それを聞いた下々の民らは、あまりの強烈な衝撃ゆえに絶望し、大声で泣き叫び、洗礼かなわず他界した父や母、早くに亡くした子どもなど慕っていた人たちのことを思い、悲しみのあまり病にふせり気を失う人もいたという。ザビエル自身、大いに泣きながらも彼らに慰める言葉がなかった。
 
 だが、キリスト教はユダヤ教とは異なり、ごく一部の限られた人のためだけにある宗教ではない。遍く全てのための世界宗教である。万人のためにある。世界のだれのためにもある。具体的な正式洗礼のみが絶対の条件であるはずがない。
 
 当時のカトリックは、急激に台頭していたドイツ、マルチン・ルターによるプロテスタント教会の勢いが止まらず、教会は新旧両派に分裂していく真っ最中であり、極めて若くして司祭になることを決め、青年期を一心不乱にイグナチオ・デ・ロヨラらと霊操(exercise)に務め、神学的な理解としてはあまりに浅く幼かったとされるザビエルのアキレス腱がもろに出てしまったものであった。カトリック防御的な神学解釈に傾きすぎてしまったからである。
 
 キリストの教えなど露知らず、しかし、その心に叶う生き方をした人がいたとして、その人を何と呼ぶことが出来るか。つまり、を為した人(仏教)、を行った人(儒教、孔子流)、慈愛に生きた人。それらの人たちは例え正式の洗礼など受けず、キリストに従いようがなかったとしても
 
 「私に逆らわない者は私の者」 マルコ9章
 
 とされている。空腹時に食べ物を与え、渇いた時に水を差しだし、旅の途中にある人に宿を貸し、衣服を与え、病に倒れた時に見舞って手当をし、牢獄に放り込まれた時に訪れてくれた人。実際にキリストに対してそうしなかった人であっても、艱難辛苦の中にある飢えた貧者にそれらと同じ事をした人は、
 
 「最も小さい者達の一人にしたことは私にしたのです。」 マタイ25章
 
 といわれる。つまり、人は世に生きる全ての過程を通して試されている。そこにおいて、善を為し、仁を行い、慈愛に生きた人は、つまり、正式の洗礼を受ける以上の意味をもらったと同じ。これは私の独断解釈ではなく、福音書にそう記述されていることであり、私の尊敬してやまない犬養道子女史から私が学ばせてもらったことでもある。
 
 話が果てしなく脱線していくので元に戻ると、

 「罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め ( Confiteor unum baptisma in remissionem peccatorum.) 」
 
 とは微動だに動かない絶対的な認識だろうか。どこにもそのように明確に記載されているわけでない。ただ公会議で人がそう決めただけのことである。
 
 だから私は、この様に考えると極論すれば、ニケーア・コンスタンチノープル信条はあまり使わない方が良いのではないかと思っている。使徒信条の方が良い。もちろん、時代遅れだから捨ててしまえということではなく、正統と異端とを見極める際の重要なメルクマールとして、方法を間違えず部分的に適切に用いさえすれば有用性を発揮できるが、これ自体がさしたるはっきりとした意味や狙いがないままに広がっていくのはまずい面の方が多く出てくるように思うということである。人は教義、教理、教条、カテキズムによって生きるのではないのだから。
 
 信仰の本質、真髄、根幹を要約したものがすなわち信条(Credo)であるので、それゆえ、ニケーア・コンスタンチノープル信条も妥協がきかない。今日、ニケーア・コンスタンチノープル信条を採用している教派は、カトリック、東方正教会、東方諸教会、聖公会、大半のプロテスタント教会がそうであるが、一部のプロテスタントはこれを採用していない。
 
 また、各種言語への翻訳時に教派独自の解釈が組み込まれて反映されたりすることもある。だから、フィリオクエ論争も含めてぴたりと諸派が足並みを揃えられないのである。だが、その点、使徒信条はほぼ諸派でずれなく一致することができている。少なくも使徒信条を採用していないプロテスタントを私は一つも知らない。

 カトリックの運用についてむきになってごちゃごちゃ言うつもりはないが、私はこの「ニケーア・コンスタンチノープル信条」を読み、口にする度に、より簡潔にプロテスタントと共通の「主の祈り」と「使徒信条」を使っていた時に戻った方が良いようにいつも強く思うのである。そして、前にも少し書いたように、現代の日本人がより自然に素直に認識を整理するためには、文語体よりも口語体のそれを用いてカトリック+聖公会と足並みを揃えた方がなお望ましいのではないかと思うのである。続きを読む

印鑑の店 青雲堂

b277733b.JPG 吉祥寺の藤村女子高校裏手、ムーバス北西循環ルートの道になっている大正通り。はんこを作っている老舗の青雲堂がここにある。はんこやとはいっても、この10年ほど町のあちこちに出てきた、センスのない真っ赤でど派手な看板にて安売りをPRする町の景観破壊的チェーン店ではない。職人技を売りにしている。
 
 今の店長=ご主人は3代目。かつては厚生労働大臣賞第1位を受章したこともある凄腕。私の実印は柘植の木でここで作ってもらった。かつては今の店舗の道を挟んだ反対側に非常に間口の狭い小さな店舗だったのであるが、区画整理に伴い、道路の反対側に間口も広げてきれいに移転してきた。私はかつて小さく狭い店舗時代に作ってもらった。
 
 店内は数多くの印鑑が並んでいる。注文を受けてから彼が制作を始める。ものにもよるが、1週間から10日ほど。緻密に彫って世界に一つの印鑑を作ってもらえる。
 
 かつて犬養道子女史は「ハンコ文化の国、日本」をエッセイで扱き下ろしていたことがあり、確かにそれはその通りだが、こうした伝統工芸の技になっているような印鑑というものは、何か特別の趣がある。象牙の印鑑はつくらないというくらいの気合いがあればなお尊敬するのだが・・・。

印鑑・印章 青雲堂
武蔵野市吉祥寺本町2−15−3
電話 0422−22−5948 水曜定休
営業 平日 10:00〜19:30
   日・祝 12:00〜19:00
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