2006年05月

ハディサの虐殺隠蔽事件

a373a9ce.JPG アメリカ大統領ジョージ・ブッシュJr.はどこへ出かけても猛烈な非難に晒される、「人格面の人気がない大統領」になった。身内の共和党議員でさえ彼と距離をとりたがるようになっているのは象徴的で、こうしたことは非常に珍しい。秋の中間選挙を前にして、選挙対策がブッシュJr.と親しい姿を見せないこと、となっているのだから。深刻な政権の危機である。

 アメリカにとって29日はメモリアル・デー。戦没将兵記念日であった。アーリントンの国立墓地で戦死者らの葬儀が行われる。ブッシュJr.は予想された轟々の抗議活動をブロックするために、その抗議活動そのものを法律によって禁止、違反者には刑罰を科す法律に署名して葬儀に臨んだ。「戦死英雄尊重法」という。最長1年の懲役か罰金。自由の国アメリカでデモ抗議そのものを違法行為にしているのだから末期的な悪あがき。

 「戦死者に敬意を示すため」

 と口先で入っているが、実際はそうでもしなければおちおちどこへも出かけにくい状態に彼が立っているからであり、実際、支持率が3割を切っている。イラク戦争政策そのものの支持率よりも遥かに低い。彼自身の人格、誠意が問題視されているからである。

 さて、その「英雄」であるはずの「解放軍」の「名誉の戦死者」たちは、イラクで何をしているか。正常な精神ではそこにいることすらままならない最悪の戦地。やることが常軌を逸して狂気の沙汰となるのは必然である。

 エリート精鋭部隊の海兵隊が突然、民家に押し入り発砲。子ども、老人、女性らを含めて手榴弾や銃でほぼ皆殺しにした事件が隠蔽されていたことがわかり、米英で衝撃のニュースになっている。

 10歳のイマン・ハッサンちゃんは足に銃弾を受けたが枕の下に隠れていて辛うじて生き残った。

 虐殺が起こったのは11月19日朝。イラク西部にあるアンバル県のハディサ(Haditha)。米兵1人が死亡する道路わき爆弾の爆発があった15分後、家から一歩も外に出ていなかったイマンさんの家屋に米兵が突然侵入。祖父母の部屋に手榴弾を、パジャマ姿のイマンさんら家族の多くがいた居間に発砲したのだった。英のタイムズによる。
 
 2階にいた叔父は外に逃げ出してから後に撃たれて死亡。祖父母、両親、叔父2人、4歳のいとこが殺された。少なくとも虐殺の被害者数が24人。海兵隊員らが数時間も周辺の民家を襲撃して殺しまくった結果である。(男性5人と複数の女性、子供など計24人)

 しかもこのことが半年以上も隠されていた。海兵隊幹部から捜査説明を受けた与党・共和党のクライン下院議員でさえ、

 「これは虐殺にあたる。」

 と指摘。「テロリストとの戦い」という例の決まり文句では説明できない。

 さて、これをどう説明する?遺族にどうやって詫びる?ブッシュJr.にも、チェイニーにも、ラムズフェルドにも、「神からの答え」はもらえるはずもなくとぼけるかごまかすしかない。
 
 「事実ならイラク戦争で明らかになった最も深刻な戦争犯罪」

 とヒューマン・ライツ・ウオッチも指弾する。やがてこれが
 
 「事実だった」

 とわかる日まではそう長くかからない。

訪問の祝日 マニフィカト(Magnificat)

7dcbf0bd.bmp 今日、5月31日は、西方教会のカトリックにおいて、「聖母の訪問の祝日」といわれる。救世主、イエスを妊娠した母マリアが、年上の親戚であるエリザベトのところへ訪問したことから由来する。エリザベトは「洗礼者ヨハネ」の母親である。同じ時期に二人は身ごもっていた。エリザベトは当時、非常に年齢が高く、当時の日常的栄養状態や医療水準を考えるととてもではないが出産できる年齢ではなかったが、後に洗礼者ヨハネを生むことになる。しかもエリザベトはそれまで長く不妊であり、なんとこれが初産であった。今日の産婦人科学の常識からすると限界すれすれに近いできごとということになる。

 このことについて記述されているのが、福音書の3番目である、ルカの福音書。新旧あわせた聖書の文の全ての中でも屈指の美しい文体を持つといわれる。ここでは、この「洗礼者ヨハネ」が誕生したこと、その後にイエス・キリストが誕生したことの物語を述べている。二人の人物の物語がかわるがわる書かれているが、その二つの水脈が重なる点、つまり、エリザベトとマリアという二人の母が出会う場面こそが「聖母の訪問」である。この後、マリアはおよそ三ヶ月、このエリサベトの家に留まって過ごした。

 ルカによる福音書の第一章は、あまりにも有名なあの「受胎告知」によって始まり、後半部がこのエリザベト宅への訪問の記述になっている。正確に言えば、マリアにとって従姉に当たるエリザベト。ナザレの町からは山を越え、決して近くないユダの町に暮らしていた。この時なぜマリアがエリザベトのところを訪れたのか、そこでマリアは何をしたのか、二人は何を話し合ったのか、など詳細については一切書かれていないし、口伝、外伝を問わずその内容については良くわからない。マリアの到着時、エリザベトがたいへんに喜んだとは書かれている。ただ、三ヶ月を一緒に過ごしたということである。

 しばしば多くの牧師、司祭、神学者らはこれをマリアがその喜びについて分かち合うためだった、と説教することがあるが、そうだろうか?当のエリザベトは訪れてきた年下の親戚、マリアに対し自身の妊娠を喜ぶような態度、言葉をかけたとはされていない。とてもただ無邪気に喜びを共有するために三ヶ月を過ごしたとは思われない。
 
 私が思うに、「喜び」を分かち合ったのではなく、「不安感」を二人で乗り切ったのではないか。二人の妊娠は、その性質と道のりこそ違え、「ありうべからざる」妊娠だったことは言うまでもない。ただでさえ女の人にとって初めての出産には非常に不安が募る。今と比較して格段にあらゆる条件、環境が乏しかった当時はなおさらで、誇張ではなく決死の覚悟だったろうと推察される。そういうとてつもない不安を二人で一緒にいることで乗り切ったのではなかろうか、と思う。人間、不安を一人で切り抜けるのは非常に難しい。

 さて、この二人が久方ぶりに再開した時、マリアがエリザベトに声をかけ、感激したエリサベトが年下のマリアに喜びと感謝の挨拶をする。その後にマリアが神への感謝の言葉として歌を歌うのであるが、これが「マニフィカト(Magnificat)」。今も西洋の音楽世界に広く使われるもので、このルカ福音書に記されていて、カトリック教会ではこれを「マリアの歌」という賛歌としてミサの典礼に使う。

 Magnificat anima mea Dominum.  私の魂は神を崇める。

 というくだりで始まるのでこういわれる。全部で12の部分から成り立っていて、最後が
 
 Gloria Patri,et Filio, et Spiritui Sancto.
Sicut erat in principio,et nunc, et semper,et in saecula saeculorum.
Amen.

栄光が父なる神と、子なる神と、聖霊とにありますよう
 初めにあったように 今も、いつも、世にありますよう
 アーメン

 で締めくくられる。モーツァルト作曲のDixitも最後はこのくだりで終わる。なお、この曲は、6月2日(金曜)の夜7時から8時まで四ツ谷・聖イグナチオ教会聖堂にて行われる「初金(第一金曜)」の集いの最終曲に採用されている。もっとも古い伝統を持つあのグレゴリオ聖歌で唱えられる歌い方と同じ構成法の曲である。
 
 カトリックの司祭、修道士、修道女らが行っている教会の祈り(聖務日課)における「晩の祈り(Vespere)」において必ず唱えられているのみならず、本日、5月31日の「聖母の訪問の祝日」にも使われるし、教会歴の規定によってこの日のミサでは福音朗読としてこの「マニフィカト」を含めた「ルカの福音書第一章(39節-56節)」が用いられる。1ヶ月間続いた5月=母マリアの月の「ロザリオの祈り」はこうして完結する。

 私はマリア崇敬の観念を持っていないので「ロザリオの祈り」に一度も出たことが無いが、せっかくの機会でもあるし、明後日にDixitを歌う心積もりの一環として出てみても良いかな、と思っている。

認知症相談窓口

ここ吉祥寺がある武蔵野市は、急増する認知症対策の相談窓口を開設し、早期発見、早期対策を狙っている。武蔵野市役所の福祉保健部・高齢者福祉課が担当。以下、あれこれサービスを提供している。

 メール:sec-kourei@city.musashino.lg.jp
 0422-60-1846(高齢者福祉係)
 0422-60-1913(医療助成係)
 FAX:0422-51-9218
 
● 面談による相談 (要予約)
   毎月第3水曜
場所: 武蔵野市内・在宅介護支援センターのいずれか
       (日4名まで、毎月1日号市報掲載)
  相談員: (財)ぼけ予防協会相談員,在宅介護支援センター職員
  申込み: 予約制 (0422-60‐1846)

● 電話による相談
   毎月 第2・4木曜 ( 0422-60‐1910 )
午前10時〜午後3時 (予約はいらない)
   相談員: (財)ぼけ予防協会相談員

● 認知症予防プログラム
   市内でおよそ20の団体が活動中。市報にてご案内。運動と頭脳利用行為は予防に効果がある。

● 認知症予防出前講座
  高齢者福祉課+市民ファシリテーター 
  5人以上の小グループ向け。10時からと14時から。およそ1時間前後。

やっぱ、ちゃりんこですよね

803b386d.JPG ある人が何の気なしに私の横で自転車にまたがりながら口にした一言。そういう飾らない庶民性が自然に現れたその言葉は痛く私を共感させた。

 日本人は足腰が弱くなった。どこかへ出かけるというような場合であっても、すぐに車という発想が出てきてわずかに30分ほど歩いたり自転車に乗ったりということすら敬遠する始末。老人福祉施設の入居者か?と呆れてしまう。

この15年ほどでまず高齢化が進み、それにあわせて日本全体が自動車化社会に舵を切った。中古車市場も含めて車両価格が著しく安くなったこと、小型車の技術革新が進んだこと、自動車に支出できる可処分所得が増えたことなどを背景にして個人所有の自動車保有台数はうなぎのぼり。どう考えても狭い日本には今の自動車は多すぎるのだが、ウルトラマイカー時代の到来は、日本が物質的には豊かになり、逆に身体的には弱ったことの裏返しでもある。
 
 私は自転車で移動することを当たり前のように教えられ実際そうしてきたので、自転車で動ける時にそれを使わない感覚がまるでない。昔、教会で野川公園などへ野外礼拝というイベントに出かけた時も全て自転車。青年期の日曜学校のリーダーらが私たち小学生らをずらりと縦列に従えて50分ほどかけてゆっくり出かけたことはたいへん楽しかった記憶である。

 また、私自身は高校時代、わずかに15分ほどの通学時間だったが、サッカーの試合の移動では平気で1時間以上移動していた。友人には40-50分ほどかけて通学してくる人もざらにいたし、静岡県出身の私の大学同期生などは緩やかな坂道を1時間近く、とんでもない距離の自転車漕ぎを平然としていた、と言っている。保釈された堀江貴文も九州、久留米高在学中には1時間近く自転車に乗っていたと述懐していた。

 一つ思うに、圧倒的に人数が多い団塊の世代=中高年齢層の人たちがマイカー依存傾向を強め、自転車利用率が低いのは自転車の選択に問題がある。自転車は少なくとも3万円以上、できれば、定価5万円前後の良いものを買うべきである。中古であってももちろん良いが、元が安すぎるものは乗っていて疲れるので乗ることそれ自体が嫌になってしまう。それが自転車利用においてもっとも望ましくないこと。

 私が特にお勧めしているのが、ブリジストンサイクルのカルモ。製品番号はCM-Tである。以前は、「ポテト」といっていたが、「ポテト」は生産終了となり、これが後継モデル。ポテトよりもさらにフレームの形状を限界ぎりぎりまで低い位置に設計。したがって、小柄で足腰が弱りかけた女性であっても大変にまたぎ易く、だれであってもが乗り降りしやすい形状をしている。

 街中で見ていて不安で仕方がないのは、身長が低めで足腰が弱くなりかけた女性が、なぜかパンプスなどを履いて自分のお尻の位置より高いサドルの自転車に乗っている風景。こちらと出くわした時などにブレーキをかけるタイミングが遅れ、空中で一瞬、腰がふわっと浮遊したかのように止まってから、不安定によろついて地面に片足着地する。一歩間違えば、捻挫による複雑骨折、転倒による手首の骨折、頭部をアスファルトにぶつける可能性もある。

 ちゃりは見てくれではない。出来る限り乗りやすい、安定した運転ができる高品質のものを買うべきである。安全と快適はそうすることで両立可能であるのだから。どうしても運転が不安だ、あるいは足腰が弱く疲れるのが嫌だと言い張るならば、堂々と三輪タイプ自転車や、電動三輪自転車に乗ればよろしいのである。それを格好が悪いといったいどこのどいつが決めたのだ?

 私が世話になっている叔父の連れ合い、私とは血が繋がっていない叔母は身長が低い。しかも足腰が強くない。にもかかわらずサドル位置の高い自転車に乗ってやさい配達などをしている姿を以前から見ていて全く危なっかしくて見てられない、いつか事故を起こすと強く感じていた。
 
 何度それとなく彼女にそのことを申し上げてもまじめに聞いてくれないので、業を煮やして自分の持っているポテトの前モデルである低重心設計ギヤなし自転車を差し上げてしまったことがある。今は後部に大きなかごを取り付けて使いやすいとにこにこしながらせっせと吉祥寺の街中を疾駆している。

 「これ、すごく乗りやすいよ。」

 いわんこっちゃない、1万円以下で買える安ちゃりではないのだから当たり前である。

 中国からの輸入で価格がどんどん下がる自転車。しかし、長く使うならば自転車は国産品を買うべきである。歴然とした差がある。

 このカルモは特に3世代が同時に使える自転車であり、非常に安全で汎用性がある。タイヤの口径が2インチ大きいものもあるが、最小は20インチ。実に乗車可能な最低身長が126cmである。しかもアルミ製で小型軽量な車体の重量はたった15.7kg。背の低い小学生の女の子であってもどしどし乗れてしまう。
 
 若いヤングママも、まだ若いおばあ様も同じように乗れてしまうナイスな逸品。タイヤの口径が小さいのでスピードは出ないが、坂道を登ったりするのにも脚力がそれほどいらない。変速機がないが、8000円プラスすれば、3速のギヤを別途取り付けることもできる。そうすればさらに便利で楽々。

 あれこれ工夫も盛りだくさん。

 ・かがまずに立ったまま、サドルに座ったままで施錠操作ができるリモコン式前輪錠。

 ・暗くなると自動的に光センサーと振動センサーで赤色LEDが点滅を開始する後部赤ライト。
   * 後方に対する視認性が劇的に上がり、夜の走行に安心感が違う。信号待ちなど停止後も約40秒間は点滅を続ける。乗るのをやめると自動的に消灯する。かつ、電池好感が無い。ソーラーパネル内臓充電池で長期間電池交換が不要。これは特に素晴らしい。

 ・素材が効果だが、ステンレスよりも軽量な素材、アルミを使っているので、取り回しも軽く、フレーム全体による振動吸収性も高い。

 ・ブリジストンが培ってきた人体への負担を軽減する部品開発、ヒューバイテックを応用した柔らかいふかふかサドル。柔軟で面積の広いサドルはたいへん優れている。走行中のお尻へかかる負担がまるで違う。自転車を選ぶ上でもっとも重要な点の一つが、高品質サドルを選ぶこと。ブリジストンのヒューバイテックはその点、他メーカーを圧倒している。

 カルモは3色ある。光沢のある水色と桃色、それと紺色である。前二者はあまりに子どもっぽい色使いなので、紺色のそれがもっともセンスがあって世代を問わない色彩になっていると私は思う。

 カルモ 変速機 なし(ただし、別途、装着は可能。少なくもイサカサイクルではびしっと取り付けてくれる。)

 標準価格  ¥32,800
 重量:15.7kg(CM20T)、16.2kg(CM22T)
 乗車可能最低身長:126cm(20サイズ)、131cm(22サイズ)

スノードロップ

29509a1d.bmp 花は春の到来とともに一挙に咲き誇り、人生を喜ぶかのように可憐な佇まいを見せるが、春のやってくる少し前、冬に花を咲かせる花がある。白い花、スノードロップ。その花言葉は「まさかの時の友」である。

 何という美しさ!!!

 私がとても好きな裁判所を舞台に描かれた漫画、『家栽の人』の中に、ドイツの古い物語が載っている。

 「ドイツにこういう伝説があるそうだよ。天地創造の時、雪は何の色も持っていなかった。神のもとに行った雪は、自分と風だけが色を与えられていないと不平を言った。」

 「すると神は花に色をもらうよう薦めた。だが、花たちは自分の色を雪に分けようとはしなかった。その時、ひとり雪に色を分けてくれたのが白いスノードロップだった。だから、雪は今も、スノードロップのために土を覆って、冬の寒さから守っている。」

 そう、桑田裁判官が少年に話しかける物語。自身の判断で少年院送致処分を行った少年に対して桑田が伝える話である。
 
 『家栽の人』は、「家裁」という言葉を使わず、植物や花を愛する桑田裁判官と、人を「育てる」という意味をこめて「栽培」の「」という文字を使う。あの漫画はほぼ完全な作り話とはいえ、ユリスプルーデンスの本懐をあまりに雄弁に語って余すところがない。

 『家栽の人』第5巻 全15巻 毛利甚八・作 、 魚戸おさむ・絵 小学館
 
 「人の仕事って雪の欲しがった色のようなものだとは思わないかい?一つを捨てても結局は何かを選ぶんだからね。」

 桑田裁判官が言うように、人間、夢を捨ててはならない。それに形を与えようとする情熱もあわせて。

東久留米 聖グレゴリオの家 コンサート

e47bc9b7.bmp 東京都の西のはずれ、埼玉県との境界線近くにある東久留米市。西武池袋線、東久留米駅北口から歩いて10分の静かな地に教会音楽の専門施設、聖グレゴリオの家。教会音楽の教育、指導、コンサート、ミサなどを行うカトリック施設である。

 適宜、音楽関連の行事を行っているが、明日、在校生の演奏会が催される。

 聖グレゴリオの家 聖堂ホール 入場無料
 
 ● 教会音楽科在校生・演奏会 5月28日(日)14:00  
  同   卒業生・演奏会 6月25日(日)14:30

 ● 聖堂で聞く 日曜ミニコンサート・シリーズ 第10回
   慰め、そして喜び  〜チェンバロ音楽のひととき
   6月4日(日)12:00〜12:30 
   チェンバロ 浅川広子
   曲目:
   フローベルガー 「組曲 イ短調」
   フレスコバルディ「トッカータ 第10番」
   L.クープラン 「組曲 ヘ長調」

 聖堂の目の前はきれいな芝生。グレゴリオの家の前は静かな雑木林公園である。散歩がてらちょうど良いと思う。

美術歳時記・夏によせて 吉祥寺美術館にて

c8c56955.bmp 夏である。夏の風物詩を描いた展覧会が吉祥寺美術館で明日から開催。

 「美術歳時記:夏によせて」 

 全て吉祥寺美術館の所蔵作品から選んだもの。キーワードは「夏」。18人、32点の作品である。

 良寛の見た江戸時代の夏の空、浜口陽三が見た小さな生き物たち、岡田紅陽の夏の富士など。

 なお、市民の小学生2,3年生を対象に鑑賞教室が計画されている。
      
    「絵のなかの夏をさがしに行こう!」
     6月17日(土) 午後2時30分〜
     対象:武蔵野市内の小学2,3年生
     定員:20名 (事前応募制) 

 
 市立 吉祥寺美術館
 〒180-0004 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-8-16 伊勢丹FFビル7階
 Tel.0422-22-0385
 Fax.0422-22-0386

 午前10時−午後7時30分
 休館 毎月最終水曜
 入館料 100円(但し、小学生以下・65歳以上・障害者は無料)

落語をやっておけば良かった

私は大学時代、落語研究会(おちけん)に誘われたことがあった。結局、あまりにしょぼい部だったので断念したが、本気で人を笑わせることが出来る「技」を学ぶべく入ってみたいと思ったのだった。さだまさしは大変に話芸が達者なことで有名であるが、彼はかつて落語研究会にいた。その時の経験がかなり役に立っているようである。もっとも、さだの話と話し方は癖が強すぎて嫌う人も非常に多いが・・・。私はさだのファンで彼の話は好きであるが、時に強烈に嫌悪感を感じる話、話し方もたしかにある。

 今、思うに落語をやっておけば良かった、と思う。私にはユーモアがない。人を笑わせることが出来ない。世代と性別を問わず親しくなった人たちから共通に言われること、それは私が

 「とっつきにくい」

 ということ。

 自分でさえそう思う。

 とっつきにくい人かと思っていたが、そうでなくて意外だったとか、何度いわれたか。幼少時から私を知る私の親戚の叔父でさえそう仰ったことがあるのだから相当のものといえよう。

 眼光鋭いクールなかっこいい男というものもいるのであろうが、私の場合、それをやると思いつめたテロリストのようになってしまう。サッカーをやっている姿すらマフィアのボスのようだと形容されたことがある。最近、特にそれが顕著になってきてぶ男に映った写真を見ては気が滅入る。
  
 自分自身はとっつきにくいパーソナリティでありながら、他の人がとっつきにくい場合、そうした人たちを苦手にしていて嫌いであるのだから厄介。色々なタイプがあろうが、帰国子女系にしばしばいらっしゃるような、つーんとすましたりして冷たいタイプが私は特に苦手で、最近の方針としてあまり話をしないようにしている。無理してアジャストしようとするとろくなことがない。
  
 こういう変人ぶりはきっと死ぬまで直らない。

山本有三記念館

2b78c2d3.bmp たったひとりしかいない自分を
 たった一度しかない一生を
 ほんとうにいかさなかったら
 人間、生まれてきたかいがないではないか
 *  山本有三 「路傍の石」から

吉祥寺駅から南へ徒歩10分ほど。井の頭公園動物園の切れ目の信号機は万助橋。そういう名前の橋がかかる玉川上水の畔に建つ洋館は、作家であった旧山本有三邸。今は「山本有三記念館」になっている。もう少し三鷹駅の方向へ上っていくとかの太宰治が入水自殺した場所になる。
 
 大正期の完璧な洋風建築である。応接間などもあり、シャンデリアが揺れて晩餐もできるようになっていた。暖炉も備えており、三鷹市の文化財になって一般公開されている。庭がこれまた広く、緑が深い。

 ただいま、館内絨毯の張替え工事中。 6月11日(日) まで臨時に休館している。
   
● 三鷹駅南口から徒歩12分  玉川上水沿いに続く「風の散歩道」沿い。
● 吉祥寺駅から徒歩15分
● 小田急バス 「万助橋」から歩5分

 三鷹市立・山本有三記念館  Yuzo Yamamoto Memorial Muzeum
〒181-0013 三鷹市下連雀2-12-27
 電話: 0422-42-6233

 9:30〜16:30 無料
 月曜休館 (月曜が祝休日の場合は開館。翌日と翌々日が休館)

選ぶとするなら W杯日本代表

 ・攻守に圧倒されるブラジルには勝てないので0−0の引き分けを狙う。

 ・クロアチアは非常に守備が堅い。攻撃力もかなり強い。1−0で勝つことを狙う。

 ・豪州は攻撃力が非常に強い。1−0か2−1で勝つことを狙う。
 
 → とにかく、先取点をとられないことが前提。がっちり守れないDFはいらない。


           大黒(高原) 
 

サントス(中田英)  中村俊     遠藤(小笠原) 


         福西    小野  

   
    中澤   宮本   田中誠  坪井

       
            川口

ワープロ時代のフロッピーが読めない

 あるオランダ人の老人から、かつてワープロ機で打ち込んだ原稿をフロッピーディスクに保存してあるが、それを何とか今のWindowsで開けるようにならないか、といわれたのだが、これが困った。

 フロッピー自体がVictor製。ビクターが作るフロッピーなど初めて見た。MF-2DDと書いてある。元のワープロ機はサンヨーが作ったサンワードとか何とかいうものだったらしい。

 手持ちの3モードFDDでは読めなくて、いきなり「フォーマットしますか?」と聞いてくるだけで全く埒が明かない。

 あれこれ探してみたがコンバータソフトはあるものの、なんだかうまくいかないのである。妙に高価なソフトウェアが体験版になっているが、完全な機能ではないので鬱陶しくて辞めた。

 何とかすっきりできないものだろうか。誰か妙案をご存知の方、いらっしゃいませんか。

すみれ

aa9f1822.jpe 幼少時を暮らした郷里のあちこちに、川が流れていた。川べりにはすみれが咲いて、春風にそよぐ。そういう原風景は幸福の記憶。だからだろうか、他のどの花よりも思い入れのある花がすみれ。

 スカルラッティという作曲家がいて、軽やかで叙情的な歌を残している。「すみれ」という歌は中でも素敵な歌で、ある女声コラールがこれを歌っているのを試聴して気に入ってしまったのがこれを知ったきっかけ。

 Rugiadose, odorose, violette, violette graziose, rugiadose, odorose,
violette, violette graziose, violette graziose.

Voi vi state vergognose mezzo ascose, mezzo ascose fra le foglie e sgridate
le mie voglie che son troppo ambiziose, e sgridate le mie voglie che son troppo, son troppo ambiziose.

 
 * 試しにこんな風に訳すと・・・。歌詞の意味が実に胸にしみる。

 朝の露に潤い、何と可憐で芳しい すみれの花

 そんなに恥ずかしそうに葉っぱの陰に集まってお隠れに

 ずっとあなたを見つめていたい私の気持ちをはじくように

 あなたには私は高望み過ぎてよ、と言いたげに


 そういえば、全盛期の大関、若嶋津と結婚した歌手の高田みづえさんが「すみれ色の涙」という歌を歌っていました。泣くならそういう涙であることを。

本日夜、米テロリスト秘密移送疑惑 NHKクローズアップ現代 放映予定 

73f689f3.bmp アメリカは世界中のイスラム教徒と戦争をしてしまっているようなものであるが、それゆえ、世界中の全ての地域でしゃにむに「テロリスト」と少しでも疑わしい人間が出てくるとその人物を一方的にテロ容疑者と見なし、刑事上一切の適正手続きなしに拉致。秘密裡に裁判を省略して第三国へ移送し、虐待、拷問といった完璧に違法の取調べ・訊問で情報を引き出すという作戦を展開中。現在、国連の人権委員会からも最大級の非難を浴びて問題視されている。

 ブッシュJr.政権そのものが法の支配原理を踏み潰した政権であるが、いんちき政権のでたらめ大統領は、国際法なぞどこ吹く風、大規模な秘密移送作戦を行ってきたことが隠し切れない状況になった。

 キューバの先端部を不法に占領して軍事基地にしている米軍グアンタナモ収容所、および、夥しい虐待の写真で世界を凍りつかせたアブグレイブ収容所(ブッシュJr.はこの収容所の名称を数回にわたってまともに発音すらできなかったことはあまりに有名)などで広範に行われている「超法規的措置=重大な人権侵害行為」だけでない、旧共産主義諸国や東南アジア諸国に設置した施設を用いた行為。

 9・11同時多発テロ以降、アフガニスタンやビン・ラディン、タリバンとは何の関係もないイラク、サダム・フセイン政権を叩き潰すために無理な難癖をつけて戦争をしでかして以来、ブッシュJr.やチェイニーはアメリカを「戦時下」と見なしているので、これを唯一の大義名分に、連中は限りなく大統領権限を拡大解釈。アメリカ愛国者法など次々に成立させて無自覚な無法の膨張を続ける。いったい、今のアメリカ国民で何割の人間が国家的に団結しなければならない、「何が何でも勝たねばならない戦争をしている真っ最中だ」という認識を持っているであろう。

 共和党政権のいう「超法規的措置」がどのようにして実行されたか。他にも多く存在する事案の中から、シリアに移送されて拷問を受けたと米政府を訴えたカナダ人のケースを軸に、今夜放映のNHK、クローズアップ現代(NO.2246)で報じられる。
 
 19時〜 NHK総合  1ch
 23時〜 NHK衛星第二 BS11ch

 ゲスト : 宮坂 直史 (防衛大学校助教授)
 報告:   濱西 栄二 (NHK国際部・記者)

メリノール女子修道会

626c0c5d.JPG 吉祥寺東町は吉祥寺駅から北東の方向へ歩いて数分の地域一帯を言う。杉並区善福寺や練馬区立野町などと境界を接している地域である。たいへん静かな住宅地であり、超高級住宅もちらほらあるが、概して普通の住宅が並ぶ。商店などはほとんどない地域である。

 ここにカトリック、メリノール女子修道会の施設がある。一見すると普通の平屋建て住居に見えるので修道会だとわからない。こじんまりとした庭があり、庭木、樹木がいつも穏やかな佇まいを見せる。何十回となくこの前を通りはしたが、しかし、中に入ったことがないので中の様子はよくわからない。数人の修道女が暮らしていらっしゃる。国籍や民族はわからないが、白人のやや大柄な外国人女性シスターを良く見かける。

 そもそもメリノール女子修道会は、1912年アメリカにて設立された。ニューヨーク州に本部を置く。およそ700名の会員がおり、教育、医療、社会福祉といった領域で宣教活動を通して活動中。日本では、三重県四日市市の女子中・高のメリノールがある。

 メリノール女子修道会
 電話 0422-22-4423
東京都武蔵野市吉祥寺東町2-24-9

ジャズ喫茶 メグ

b0a69c2f.JPG ジャズ喫茶は普通、自由にわいわい店内で会話することができないが、ここジャズ喫茶、メグは店内でおしゃべりすることが出来る店。「おしゃべりOK!」とある。

 三越が撤退したばかりの旧近鉄裏百貨店一帯地域にある。飲み屋、バー、スナック、キャバレー、風俗店などがごっちゃ混ぜになって存在している地域だが、この15年で大幅に店舗が入れ替わって来ている。特にこの2,3年でさらにその傾向が加速した。とはいえ、駅から歩いて3分とかからない地域ながら、いまだに町並みはごっちゃごちゃであり、お世辞にもきれいな町並みとはいえない。

 そういう雑多な中にこの店はある。平日は主に若手演奏家やあまり有名ではないベテランまでも含むライブがあり、土休日にはお客のリクエストを受けてCD/LPをかけたり、トークセッションがある。店内は非常に狭い。

 一応、パーティを開くことも出来る。月曜以外の平日夜に貸切パーティーが可。店長の新井さんに相談して決める。

 ジャズ喫茶メグ
 武蔵野市吉祥寺本町1-31-3
 電話: 0422-21-1421
http://www.meg-jazz.com/

背番号

755553b8.JPG あと3週間でワールドカップ。サッカーの日本代表は福島県のJビレッジで合宿中。連日1万数千人の観客が詰め掛けて見物するという賑わいになっているらしい。

 これほどまとまった期間、欧州組と国内組とが混じって長く練習することができる時間は、このワールドカップ前を除いてとることができない。生き残りも含めて必死に選手は意思疎通を図っているらしく、特に大問題を抱える守備陣は、中田英にものが言いにくかった前回とは異なり、激しいやり取りの応酬ができるようになったそうだ。同期生の宮本、堂々とした存在感のボランチ福西以外にも、サントスや加地、中澤らから中田英へ苦情が殺到。中盤で敵との1対1の競り合いを好み、身体的に負けない自信がある中田英が、ボールをとりにいくためにどしどし前へ出てしまう。だが、ひとたびこのアタックが失敗した時には空いたスペースがぽっかりできて大ピンチになるので、中田英はスペースを消すことに集中し、前へ出すぎるなとみんなにいわれたらしく、中田もそれに従ったそうだ。

 中田英はテレビのインタビューでも、守備は嫌い、攻撃の方が好きと公言する。しかし、守備をやった方が今の日本代表にとっては良いかもしれない、とも言っていた。素直に同僚の言葉に従ったのはそういう認識の表れかもしれない。攻撃陣には、中村、小野、小笠原、遠藤ら豊富な世界レベルの選手がぞろぞろいる。本大会でも中田英が中澤らのように献身的な守備に貢献したならば、彼の評価は一挙に上がると思う。

 「守備は嫌いで攻撃の方が好き」

 をただ単純に地で行くだけならば小学生と同じだ。(私のように守備が主なサッカー人間からすると、そもそも守備が嫌いというのがどうかと思うが・・・。)

 この日本代表は、昨日、地元の高校生チーム、湯本高と練習試合を行った。結果は12―0。高校生にとってはいい思い出になったと思うのだが、気になったのが日本代表が単なる紺色の練習着で試合をしたこと。スポンサーであるKIRINというロゴは入っているが、背番号も胸番号もない。私としてはこれは印象が非常に良くない。

 対戦している相手にしてみれば、背番号がないということは自分がマークを担当する相手を視認しにくくなるし、味方に声で指示を出しにくい。まさか多くの観客がいて、テレビ録画もなされている試合で、高校生が

 「中田がフリーじゃねえか!」

 などといえるはずがない。背番号があれば、

 「7、マーク!」

 といえばそれですむ。

 私も以前に、高校生のチームと試合をした時、1年生の彼らにはユニフォームがなく、白いTシャツで出てきたことがあった。胸と背には油性マジックで小さく苗字が記されている。上級生に名前を覚えてもらうためのものだった。

 しかし、対戦しているこちらは背番号がないから非常にやりにくい。いかに庶民が楽しむための親善試合とはいえちょっと礼儀知らず過ぎるのではなかろうかと私も感じていたし、同じチームの他のメンバーも

 「ビブスくらい着ろよ、こいつら。」

 と怒っていた。

 湯本高とすれば、日本代表と試合をしていただける千載一遇のチャンス。夢のような経験だったに違いないが、ジーコジャパンが相手を見くびる気持ちがあったとはいえないかもしれないが、そう受け取られてもやむをえないこと。せめてビブス(ゼッケン)くらいつけて試合をして差し上げるのが最低限度の礼儀ではなかったろうか。おそらく練習着を提供した大スポンサー、キリンビールとの契約上の問題だったのだろうと推測されるが・・・。

宣教研修所・東京カトリック神学院

7243640f.JPG カトリックで東京教区の教区司祭になろうとする場合、西武新宿線の武蔵関駅と上石神井駅とのちょうど真ん中あたりにある宣教研修所で共同生活を送りながら学ぶことになる。その施設が東京カトリック神学院。イエズス会神学院と道を挟んで隣り合っている。
 
 イエズス会神学院は同じイエズス会創立の上智大神学部キャンパスもあったが、神学部キャンパスは四ツ谷、市ヶ谷に移動予定であるので徐々にここからなくなっていく。敷地の片隅には在俗修道会のノートルダム・ドゥ・ヴィーの家もある。一般社会で主に教育や福祉、医療などの仕事をしながら共同生活を送るシスターらしい服装はしていない修道女たちが暮らしている。

 昨日はここで「あっちこっちミサ」というものがあった。全国のあちらこちらで若い世代のカトリックの人たちが同時刻にミサを始めるという趣旨のものである。そういう試みや着想はプロテスタントにはあまり(というより私は全く)聞いたことがない。ユニークな取り組みだと思う。

 神学院は石神井川の川沿いにある。川沿いとはいえ完璧に鉄筋の護岸工事がされているので全く趣はないが、川沿いを樹木帯が囲んでいるので静かで穏やかな雰囲気がある。敷地の川沿いのところは広い広場に。芝生グランドになっている。少年サッカーや大人の7、8人制サッカーくらいはできる広さとゴールがあるが、周囲にフェンスがないのでボールを蹴り飛ばすとどこかへ行ってしまうので取りに行く手間がある。隠れた貴重なサッカー場である。

 武蔵関駅は吉祥寺に近い練馬区南部。吉祥寺から西武バスに乗り、15分前後で着く。

鈴木まもるさん

a2a65eda.JPG本日最終日であった、吉祥寺美術館の企画展展示、「鳥の巣の造形美」。最後ということもあり、撤収、片付けの手配のためか、鈴木まもるさんが閉館間際の会場にいらしていた。私の他には中年女性が1人しかおらず、その女性とひとしきりお話なさった後、モンゴルの鳥が羊毛で作られた鳥の巣を手に持った鈴木さんが私に声を。

 「これ、触ってみてください。」

 ミトンのような形と柔軟な肌触りは独特のものであった。あれこれ巣について説明くださったのだが、数分であいにく閉館時刻になってしまった。こうした企画展示はあちこちでやっていらっしゃるらしく、絵本の出版なども続く予定。

 とても絵が繊細で緻密。絵の才能は素晴らしい方であるが、それ以上にこうした情熱と目のつけ方が秀逸だと思う。

 「鳥の巣研究所」というウェブサイトを奥様が開設なさっている。こちらにアーカイブや説明が掲載されている。

 ご本人は伊豆半島の下田にお住まいだそうだ。名刺をいただくことが出来て幸運だった。

 * 受付の担当職員とお話なさっている右側の方が鈴木さん。

lyric

3e8ccfdc.JPG Orazio Gentileschi (1563-1639、オラツィオ・ジェンテレスキ)
 リュート奏者 Lute Player 1626年頃
 米国立美術館所蔵 National Gallery of Art, Washington D. C.

 *****

 歌の言葉、つまり、歌詞のことを英語ではlyricという。中学生時代からなぜ、このように不思議なつづりの、変わった発音の言葉なのであろうと思っていた。

 元々、これは「竪琴」という意味のギリシャ語、リリクスがラテン語に変化した言葉から来ていて、ジョン・ダウランドなどの手によって多くの曲が生み出されて有名な、アイルランドや英国の伝統歌曲に用いられる古楽器であるリュートや竪琴(Lute,Lyre)はつづりが似ているが、元々同じ語源。「竪琴にあわせて歌う」という意味が「歌詞」であえる。

 だから、歌詞とはそもそも竪琴にあわせて歌うように、軽やかで叙情的であるものという意味を持つ。リリコにという形容詞、副詞にもなる。lyric soprano というとオペラなどで軽快に叙事詩的な表現をする歌い手のことらしい。リュートを演奏するのは男の専売特許ではなく、女性も多く演奏した。歌い方が軽快で美しい旋律を奏でることからそういう絵画も多く残されている。聖セシリアが演奏している絵などは有名。

 私は歌詞がちゃちな歌が好きではない。ポップスでも歌曲でも何でもそうである。流行歌には愛や恋を歌った(つもりの)ものが実に多いが、あまりに幼稚でとても聴いていられない類が多すぎて気が滅入る。

 讃美歌、聖歌の歌詞は当然ながら宗教的な色彩、意味合いを持つものばかりであるが、しかし、ごく普通の人の心にも染み入る思いを持たせてくれるものがしばしばある。

 カトリック聖歌集の223番は私が非常に好きなものの一つ。これをコラール風に歌うとたいへんに美しい。

 特に私が初めて歌った時、ぴたっと目が止まり、しばし自分に当てはまる言葉に受け取ったものが、

 清き愛の火を 眠れる心に 燃え立たせたまえ

 私にとって「清き愛」というのはともかく、眠ってしまった心を燃え立たせてください、というlyric には胸を打ち抜かれたような気が。気持ちが沈み込む惨めな時、若かった時代のフレッシュな空気をかすかながら思い出させてくれる。 
   
 世々に栄えあれかし。
 
 恵みの雨に 乾ける心を 潤わせたまえ
 
 光を照らし 尊き御教え 悟らしめたまえ

 清き愛の火を 眠れる心に 燃え立たせたまえ

 弱き我らを 励まし助けて 導かせたまえ

 古のごとく 妙なるみわざを 世に満たしたまえ

ジェブーラ神父

203960bf.bmp ここ吉祥寺周辺は日本有数のキリスト教教会が多数存在する地域。武蔵野市と三鷹市は電話の市外局番が0422で始まるが、今から15,6年くらい前からか、この0422地域内に存在するあらゆる教会が年に一度、12月上旬に超党派の礼拝を持つようになった。「0422クリスマス」という。当初は明確にエキュメニズム=教会一致の理念で始まったものであるが、実際はあまりそうした取り組みが膨らむことなく、現在、「市民クリスマス」として位置づけを変えている。

 「だれにでも開かれた」

 性質のものに変わったといえば聞こえは良いが、実際は不発に終わったまま今に至るまで引きずっているという印象が私には強い。毎年、カトリックの吉祥寺教会がもっとも大きな礼拝堂を持ち、交通上も利便性が高いので会場になって行われている。昨年末は日本基督教団の定家牧師が、2004年12月は、カトリック吉祥寺教会の森山勝文司祭(現在は軽井沢の修道院に)がメッセージを担当した。私がこの「0422クリスマス」に初めて足を運んだのは、この第1回目か2回目からだったと記憶する。もうずいぶん昔のことになってしまった。吉岡牧師に教えられて来たのがきっかけであった。

 当時、ぼんやりとろうそくの炎が光る吉祥寺教会の礼拝堂に丸い顔立ちのひげ面の司祭が立ち、お世辞にも上手とはいえない日本語でぼそぼそ話していたのを思い出す。それがポーランド人の神父、エウゲニウス・ジェブーラ神父であった。現在は、名古屋の南山教会にいらっしゃる。南山は神言会の司祭らが学ぶ中心的な本部がある場所。
 
 ジェブーラ神父は当時、スーパーマンのような存在感を増していた前の教皇、ヨハネ・パウロ2世と同じポーランド人だったことから、何となくポーランド人に対するイメージというものを思うと、いつもこの二人が頭に浮かぶ。

 ジェブーラ神父は、フォークギターを演奏する。神学生時代から好きであったようで、「ゴスペルフォークバンド」というものを名古屋の神学校で作っていてそのギター弾きだった。歌の翻訳なども手がけている。彼の名前、「ゲネク」という名前が譜面に翻訳担当で記された歌に、「主は水辺に立った」がある。元はスペイン語の歌であったが、「主は水辺に立った。私に声をかけた。御言葉で漁に出た。」と始まるもの。この歌が故郷、ポーランドで歌われていて良いと思ったので日本語に翻訳し、日本でも歌われるようになった。今は隠れた人気ソングにまで成長している。
 
 教会音楽が非常に強いカトリック教会でゴスペルの歌がその神父の手によって広まるのは非常に珍しい。今の神言神学院の典礼で使われている「SVD歌集」に掲載されている。他にも英国の歌、「Walk in the Light」についてもジェブーラ神父が曲を紹介し、日本人の神学生が翻訳した神言神学院のオリジナル翻訳である。
 
 国境を越えて宗教音楽が伝わっていく時代は、平和な時代の一要素であるような思いがある。考えてみれば、燃え上がる信仰心や宗教的熱狂で人類史が何度、血みどろに塗られたか。たった今も、どこかの国のいんちき大統領がぶち上げたでたらめ「聖戦論」を真に受けた、無邪気な単細胞信者たちの跳梁は留まるところを知らない。アメリカ人はあまりにも単純で自己中心的であるため、教会音楽についてもほぼ自分たちのスタイルと好みに執着。あまり外の曲を取り入れたりという積極性が乏しい。

 共産主義理論を確立したユダヤ教徒でもあったカール・マルクスがいった
 
 「宗教は民衆のアヘンである。」

 という指摘は、キリスト教徒からは蛇蝎のごとく引用されることがあるが、人間と宗教の問題について述べた一般論として議論の客観性がある指摘であるかどうかと見れば、決して間違えていない指摘でもある。身勝手な暴走、膨張を果たしてしまう力を紛れもなくいずれの宗教も持っており、残念ながらキリスト教にはその傾向が決して少なくない。
 
 宗教とは元々、非常に危険な要素を多く含むものであり歴史的に見てみれば無難なことばかりではなかった。せめて、宗教音楽がわずかであっても燃え上がった国家主義の正義感や実際に打ち続く戦乱の炎を鎮めるための火消し水になってくれることを願う。

19時30分 NHK特報首都圏  「耕作放棄地にかける夢」 新しい農業

849185e8.bmp 私は学生時代、農業環境工学研究室にいたのであちこち中山間地域の農業地帯を先生につれられて出かけさせてもらった。過疎化、高齢化が進んだ農村は、農業を行うのはみな老齢の方々。若いフレッシュな人たちはほとんどいなかった。農機などがずいぶん進歩したので老齢の方、女性であっても比較的楽に作業ができるようにはなっているが、それでも人的資源の枯渇はどうしようもなく、この5年で世代ががらっと交替しつつあり、農村には耕作放棄地が増えた。
 
 本日、19時30分からNHKの特報首都圏で首都圏の郊外地域に広がるこうした耕作放棄地を首都圏に暮らす若手が借りて農業をやり始める試みについて特集している。

 「耕作放棄地にかける夢」 
 
 新しい農業の模索がうまく開けますよう。

サッカーの審判批判

75959292.bmp UEFA欧州チャンピオンズリーグ決勝戦。世界中のサッカーファンが固唾を呑んで見守るワールドカップと並び立つ注目の一戦。決戦の地パリは雨となり、ボールが滑る悪条件の中、際どい接戦となり、最後はバルセロナ(スペイン)が競り勝った。試合内容から見ても、これまでの戦いぶりから見ても王者にふさわしいのはバルセロナだと言って良いと思う。

 さて、この試合、審判のジャッジに対して試合後、アーセナル(イングランド)から批判が続出した。監督のベンゲルは、エトーが得点時におかしたオフサイドは明らかだったが主審が取ってくれなかったと言い、主将のストライカー、アンリも再三のバルセロナ選手のファールをとってくれなかった、アーセナルに勝ってほしくないならば最初から言ってほしかった、審判はバルセロナびいきだった、といった。

 私はバルセロナファンではないが、しかし、これらが正当な批判だと全然思わない。録画を何度も止めてみてみたが、エトーのシュートは際どいがオフサイドではない。最後にエトーにパスを出したラーションの足にボールが触れた瞬間、確かにエトーは敵DFよりもわずかに後ろにいる。上空からの映像が放映されたのでそれを止めながら見てみるとよくわかる。アーセナルDFがあっさりエトーのマークを外してしまったことが命取りであったのであり、右手を上げてオフサイドを線審にアピールしている暇があったら必死にエトーを追うべきだった。タイミング的に見てもスライディングがぎりぎりで間に合ったかもしれない。

 ジャッジを見る限り、むしろアーセナルに有利な判断が多かったのではなかろうか。
 
 前半21分に無失点記録を続けてきたドイツの正GKでもあるレーマンがFWエトーの足を引っ掛けて倒した直後にバルセロナがそのまま点を取ったのに、審判は得点を無効とし、レーマンへのレッドカード退場としてアドバンテージをとらなかった。あれは、レッドカード+得点とされてもおかしくないプレイ。レーマンはペナルティエリアラインのはっきりと外側でエトーの足に自分の手を引っ掛けている。エリア内ならばまだしも、これは退場は動かせないプレイであり、得点ではなくフリーキックにしてもらえたのはアーセナルとしては非常に命拾いしたシーンだった。

 また、そのレーマン退場処分の直後、動揺したアーセナルメンバーの足が浮き足立ち、エブエ(Eboue)がスパイクの靴裏でバルセロナ、ジュリの股間横に蹴りを入れたシーン、結局、イエローカードになったが、あれは私が主審だったら迷うことなくレッドカードである。あのように危険で粗暴な、そして、全く無用なプレーを絶対に許してはいけない。

 エブエはその後、前半36分にもシミュレーション(ファールを受けたという擬似演技)のダイブ転倒をしてバルセロナのセンターバック、プジョルのファールのように見せかけた。これでアーセナルはフリーキックをもらい、これをアンリが蹴ってキャンベルがヘディングで得点。結局、アーセナル先制に繋がったのだが、あれとてたまたま主審、線審ともに見極められなかったからフリーキックをとれたが、録画でみる限りはっきりと自分の右手でプジョルを払いのけようとした直後に自分で転んでいる。シミュレーションは必ずイエローカードなのでエブエはあの時点で2枚目の警告累積で退場になっていて当然であった。  

 アンリは言う。

 「マルケスとプジョルには何度か悪質なタックルを受けたけど、彼らに警告はなかった。エブエに対しては何の躊躇もなくイエローカードが出された。11人でもバルセロナと戦うのは難しいのに、10人ではほとんど不可能な話になる。審判に助けられたチームを倒すのは無理だ。主審はバルセロナに有利な笛を吹いていた。」

 実際は全く逆で、ジャッジで助けられたのはアーセナル。エブエに対しては何の躊躇もなくレッドカードが出されているべきだったのである。

 アーセナルはこのチャンピオンズリーグ最小失点チームとしてここまで勝ち上がってきた鉄壁の守備を誇るチーム。実際、ディフェンスは固い、固い。10人になってからもアンリ1人を前線に残して4人が並列で2列に並び、8人でがっちり守っていた。1点を勝ち越していたからこそ攻める必要がなく守りきることに専念できたため、後半30分過ぎまで互角の試合ができたのである。ちなみにアーセナルの鉄壁の守備は、今の脆弱な守備しかできない
 
 「ディフェンス軽視」
 
 の日本代表は大いに参考にするべきではないかと思う。決定力のない日本がクロアチアや豪州に3−2といったスコアで勝てるはずがない。まずは相手を確実に零封することを前提にしなければ予選通過はできない。

 この試合、スウェーデンの英雄FW、ラーションが2点目をとって勝ちが見えてきた時に相手GKを手で妨害してイエローカードをもらったりもした。あのようなプレイは、2点とも絶妙のアシストを決めた功績をかなり色あせたものにしてしまう。全くやる意味のないファールであった。

 審判の批判は、よほど明白なものであると自信がない限り後からあれこれいったものが、実は間違いだったとわかると非常にみっともないので言わないほうが良い、と思う。そもそもイエローやレッドをもらうようなプレーをするのがおかしいのだから。一流選手でもファールなしで試合をし続けた選手はいくらでもいる。ゲーリー・リネカーは生涯、ほとんどファールなしでプレイした。

 Jリーグのサッカーにはファールが非常に多くて見ていて本当にげんなりする。ヴェルディの戸田など、まるで愚連隊のような連中がやっているかのごとく見えることもある。リネカーのサッカーををして、「ただ、シビアにいってないだけ」とほざいた挙句に

「サッカー=ファール」だ
 
 要は、ファールも戦略的には必要ってこと

 としたり顔でのたまわっている呆れた自称、サッカー通がいるが、私に言わせればサッカーの何たるカを知らぬごく初歩的な勘違いである。

21日 Sun 朝10時半から 外環道路問題懇談会 東町コミセン

 今週末、21日 Sun 朝10時半から 外環道路問題の懇談会が吉祥寺東町コミセン(九浦の家)で開催される。

セレブへの憧れ

 私の親しいある男が、今、お付き合いをしている人がいて幸せなのだという。相手の人を見たことはないが、いい感じの人であるらしい。彼も三十路に入ったことだし、早く結婚したいとずっと以前からいっていたことから、たいへんうきうきした毎日のようだ。

 好きな人がいるということそれ自体が、どのような形であれ、人間をとても人間的にすることが多い。自分自身の見つめなおしを多くすることになるので、人としての成長に繋がるきっかけになることも多い。お付き合いをしていて幸せいっぱいだ、という最も良い時は言うまでもないが、胸に秘めて恋慕の思いを言い出せずじっとしている時であっても、恋心破れて傷心の時であったとしても、そのように好きな人がだれもいない、見当たらない、という状態よりはずっと良い。後から振り返ってもそれは人生の中で悪い時期ではないだろうと思う。

 結婚して夫婦になってからもますます互いへの信頼と愛を深めていく人を私は多く知っているが、そういう人たちは本当に幸運であり、また幸福である。巨万の富をもってしてもそれらを買うことはできない。

 最近、チラッと見て不愉快な気持ちにさせられる番組が、世界バリバリバリューというもの。要するに、世界中で経済的に大成功した人物を取り上げて、その華麗な「セレブぶり」を取材して番組に仕立てるもの。世の中、セレブになりたがる人がよほど多いと見える。

 必ずしもセレブが幸福とかぎらない。さして幸福そうにも見えず、さもしく、薄っぺらで精神性が露になった卑しい人格の「セレブ」さんを私はまた多く見ている。そういう願望がそもそもないので、いわゆるセレブ的な雰囲気の人を好きになったり、お付き合いすることはこれからもなさそうな気がする。

 ブランド物の装着やきれいで高価な服に身を纏うのはまだともかくとして、なぜかセレブには厚化粧の人が多い。しかも形容しがたいメークの匂いとともに。ああいうメークはどうにも違和感がある。きっと高価な化粧品を使っているのであろう。
 
 私が好きになったり、お付き合いをした人はみな、すっぴんか薄化粧の人である。私のケースはあまり良い参考にならないだろうが、ちなみに私の周りにも同じ考えを持つ男が多い。私の目から見ても、世間一般の定規に当てはめたとしても「いい男」と評価できる男が、この点、私と同意見であるケースがかなり多数存在する。FrauやViviなどに特集、推奨されているセレブメークなどいったいどこが良いんだろう、と疑問を呈する男たちが。
 
 メンズノンノポパイ、ブルータスなどの中に書いてあることが、逆サイドの女性の目から見ててんで的外れであることが少なからずある、と聞かされた。どちらから見てもあの種の媒体に書かれていることはまるで信用ならないようである。

ここは昔、焼き芋屋さん屋台が

6ed5dbf9.JPG 吉祥寺北町コミュニティセンターの50mほど南側、ムーバスが通過していくこの通りにあるこの空き地。ここには昔、焼き芋屋さん屋台があった。
 
 ぼろっとした木造の詰所のような平屋建ての狭い家屋があり、そこに2,3台の屋台式焼き芋屋さんが詰めていた。老齢の男の人がリヤカーを引いていた。なぜ、ここがそういう場所になったのかという沿革については良くわからない。

 私は小学生時代、もう死んでしまった別の犬をせっせと散歩していたが、この道を必ず通ったのでその際、出くわすことが多く、顔なじみになり、焼き芋をずいぶんちょこちょこいただいたことを思い出す。

 あの屋台の焼き芋屋おじさんたちは今、どこへ行かれたのであろうか。

5月21日 Sun 12時40分 山内雅子さん ピアノコンサート

9703d1df.JPG 吉祥寺北町コミュニティセンターにて、今週末、日曜、お昼に無料ピアノコンサートが行われる。

 演奏者は、山内雅子さん。小学校の先生をしている。東京学芸大音楽科ピアノ専攻を卒業し、東京都の小学校に勤務。さらに学芸大の修士課程で学んだ。
 
 95年、都教員研究生で東京芸大音楽教育研究室に派遣されたり、97年、音楽鑑賞教育振興会の研究助成論文で最優秀賞を受賞したりもしている。

 北町コミセンのグランドピアノは非常に古いがメインテナンスをされているので音は良いといわれている。

 お近くの方はぜひ。

5月20日 土曜 さわやか祭り 吉祥寺北コミセン

032e0c84.JPG 今週末、5月20日・土曜、吉祥寺北町コミセンにて「さわやか祭り」が10時から15時まで行われる。

このコミセンには珍しくやや狭いが体育館があるので催しをしやすい。雨天の場合であっても順延せずにすむ。

吉祥寺北コミセン前というムーバスのバス停があるのでわかりやすい。吉祥寺駅北口から北西循環線に乗って数分。

ペンタゴンへのジャンボ機突入映像が公開

a81e2396.JPG アメリカに「ジュディシャル・ウォッチ」という保守系・共和党系の団体がある。トム・フィットン(Thomas J. Fitton)という男が代表を務めている。

「何人たりとも法の上にはない。」

 をモットーにし、愛国的なアメリカ人として、民主主義的な過程のために活動している、という。私に言わせれば、現在のアメリカでもっとも「法の支配」を徹底的に破壊してしれっとしている張本人たちは、アメリカ正副大統領コンビとそれに連なる取り巻き連中だと思うが、フィットンらはその彼らを熱烈に支持しているというのだから、その頭の構造はてんで理解できない。

 さて、このフィットンらが情報公開手続きをして、国防総省から入手したビデオ映像が世界に一般公開された。2001年9月11日、同時多発テロで国防総省=ペンタゴンにジャンボ機が突っ込んだときの様子のもの。これによって乗客やパイロットら59人と、国防総省の職員120人以上が死亡した。こちらでその公開された映像を見ることが出来る。

 このニュースについて、日本で最もどうしようもない国家主義テレビを擁するフジサンケイグループが取材したものが、フジテレビの深夜ニュース、「ニュースジャパン」で短く放映された。ペンタゴンへのジャンボ機突入については、非常にごく一部の妄想症に近い党派的な人間が、あれはジャンボ機の衝突ではなく、ブッシュ政権がミサイルをペンタゴンに突っ込ませた陰謀であった、と言っていたのであるが、フィットンがいうにこうした陰謀説を振り払うために情報公開を求めた、これで政府の陰謀説が終わってほしいというインタビューが添えられていた。

 誇らしげにこのニュースを締めくくりのトリに持ってきてコメントしたのが、滝川クリステルさんの横に座った松本方哉

 「この映像の公開によって、アメリカ国民のテロに対する怒りを新たにしたことは間違いなさそうです。」

 松本はやはりジャーナリストとしてまるで信用に値しない。ペンタゴンへのジャンボ機突入というテロ事態はほとんど全てといって良いほどの人間が事実と認めているもので、強烈なブッシュ政権への批判者たちでさえ、その点についてはさして異論は持っていない。もちろん、私もあれはアル・カイダメンバー5人によるテロだったと考える。「陰謀論」を唱えているのはほとんどカルト組織のような国家性悪説にとりつかれた妄想症の人間たちで、極めて限定的な非常に一部のものにしか過ぎない。

 それをことさら針小棒大に取りあげ、あたかもこれが同時多発テロ事件の大きな1ページであるかのごとく、ニュースとして扱うその態度自体がすでに極端な「偏向」であり、ばかばかしくて笑わずにはいられない。事実、ABCも、NBCも、CBSも、CNNですらこれで「陰謀説」が一掃された、と歴史的な決着だと報じたメディアはない。フジテレビ以上に国家主義をひた走るフォックステレビはわからないが・・・。
 
 ちなみに、この12日からフォックステレビでキャスターだったトニー・スノー(50)が更迭されたスコット・マクレランに変わって大統領報道官の任についたばかりであるが、国家安全保障局(NSA)が国内・国際通話記録を極秘収集、一般国民数千万人分の通話記録をデータベースにしていた件について矢継ぎ早の質問攻めに遭ったが、

 「この件については確認も否定もしない。」
 
 「情報活動は合法的かつ適切な形で行われており、議会は説明を受けている。」
 
 と見え透いたすっとぼけ作戦に徹している。

 そもそも、この「ジュディシャル・ウォッチ」という組織とトーマス・フィットンという男はどういうものたちか?次期大統領選挙に出馬が予想される民主党最有力候補、ヒラリー・クリントンの一挙手一投足を揚げ足取りのようにあげつらったり、合法・不法を問わず海外からの移民には強い態度をとれと要求し、着床前の妊娠を防止する薬を処方・販売することを厳禁する要求をするなど、極端な民族主義、国家主義、宗教原理主義集団。ほとんど頭は病気である。

 汚い政治資金についての問題はブッシュファミリーやチェイニーの方が遥かに上を行くが、全くそれを批判はしない。また、合法的に市民権、米国籍を取得した移民へ適切な人権保障がまるで行われていないことはほぼ行政上の全領域に及ぶ。また、中絶概念を極端に広く取って「生命の尊重」という割には貧困層向けの孤児院や虐待を受けた児童への公的支援にはからっきし声を上げない。要するに連中はあまねく「善良なキリスト教徒」の皮をかぶった究極の偽善者集団であり、それが拝金主義のレールの上をひた走っているに過ぎない。

 松本方哉という男が、ただたいしてうまくもない発音の英語を使えるだけの、自称、国際派、お粗末ジャーナリストであるかをまた一つ自己証明したようなトピックであった。

9b295ecd.JPG

今夜、1時58分 イラク戦争について CBSドキュメント放映予定

fb07de78.JPG * 写真は、ディック・チェイニー副大統領。15日の記者会見の様子。

 私もファンでこの十数年間、視聴しているJNN・TBS系列のドキュメンタリー番組、「CBSドキュメント」。60ミニッツを中心に編成している番組で、ブロードキャスターにピーター・バラカンを起用し続けている。女性キャスターは数年ごとに交代しており、今は吉川美代子(TBS局アナ)。シャンソンやジャズを歌わせると非常にうまい人であるが、非常に俗物的な鼻持ちならないコメントが多く、私は大嫌いな女である。しかし、この番組そのものは、バラカンがいつも絶妙の均衡を保って番組を良質の内容に仕上げている。

 バラカンはロンドン大学で日本語などを中心に学び、来日。音楽の紹介など音楽関係の仕事が多かったが、ブロードキャスターとしても長い経験を持つ。日本語もほぼ完璧で、日本人と結婚し、日本に暮らし続けている。

 このCBSドキュメント、今日、深夜、1時58分からイラク戦争関連のトピックを2本、放映予定。いかにイラク戦争が一部の特権的な石油産業、軍需産業を空前の規模で潤しているか、何の計画も大義もなく戦地に送り込まれた米兵が負傷し帰還してから惨めなどん底に落とされているか、などが報じられる予定。

チェイニーという男は史上最も冷徹な「死の商人」産業、業界利益代弁人というにふさわしい。世界中を不幸のどん底に叩き落しながら、軍需産業、石油産業の経営者なども歴任してきたぼろ儲けをいつまで続けるつもりだろう。

 ぜひ、ご覧いただきたく思います。

 ・イラク復興ビジネスのうまみ
 ・アメリカ負傷兵の戦後

御茶ノ水

069f0961.JPG 御茶ノ水という街は思い出深く、感傷的な記憶が蘇る町。学生街として過ごしたわけではないが、活気のある町である。

 御茶ノ水駅の南側、明治大に向かって伸びる道はギターの町である。クロサワ楽器をはじめ多くのギターショップがある。高校生の頃、あそこをふらふら見ていてマーチンヤマハLLシリーズ、ギルドといった銘器がずらりと並ぶのを眺めながら憧れた記憶は今も鮮明に脳裏に焼きついている。当時、棚に陳列されていた1980年以前に生産されたモデルは使用している木材が高品質であり、今では作ろうとしても作れないものばかり。そういう珠玉の時代のギターを眺めていたのだった。

 大学院時代には御茶ノ水駅から降りて北へ自転車で行ってばかりだったのであまり南口の喧騒には縁がなかったが、それでもあれこれ思い出す風景ばかり。楽しい時代だった。中学生時代からの親しい友人が今までに二人、明治大リバティタワーに隣接する山の上ホテルで結婚式、披露宴をした。二回とも中華料理を基礎にした料理だったが、後にも先にもあれほど美味しいと思った料理は食べたことがなかった。あれもまた思い出深い。

 もう一つ、苦い記憶がある。2001年の4月16日深夜、車いすのホームレス女性、磯田知子さん(53)が池袋の路上でひき逃げされて死亡した事件があった。テレビ朝日のドキュメンタリー番組で、「車いすのホームレス」として特集されたことでこの方を私は知ったのだが、ちょうどこのひき逃げ事件が起こる何か月か前の初秋、夜に彼女が駅お茶の水橋口の前に並ぶ公衆電話のボックスのところでへたり込んで呆然としていたことがあった。あっと思って声をかけようかと思ったのだが、その時猛烈に急いでいたこともあり、結局、数秒目が合っただけで私は立ち去ってしまった。

 彼女は「ひき逃げ」されたのだが、当時、突然車いすから降り、不自由な下半身を引き摺りながら道路をはって横断していた時に、次々とはねられた。横断禁止場所であったことからほとんどそれは自殺だったと警察も検証したようであった。まだ当時、サラリーマンだった私はテレビ朝日のニュースでその事件を知り、くたびれてぼんやりと眺めていたテレビの前で驚いて固まってしまった。あの時、目が合った時、たかが私とはいえ最善を尽くせば何かができたはずだと思う。
 
 この御茶ノ水には教会も多い。有名な「ニコライ堂」もある。日本ハリストス正教会・東京復活大聖堂というが、だれも正式名称を覚えていない。ロシア系の東方正教会である。また、駅前にはお茶の水クリスチャン・センターが。8Fにチャペルを持ち、毎週金曜日の夜にゴスペル的なコンサート礼拝をしている。

 今週末、金曜に登場するのは田中友美さん。以前は竹中友美さんといっていた彼女が結婚した田中清人くんは、幼稚園時代から今に至るまで私の友人の牧師で今は鳥取に。彼女が千葉県出身であることもあり、21日まで上京してコンサートをする予定。ピアノがうまく、作曲なども手がける。音楽の才能にも惚れて結婚した、と清人は以前にほざいていた。教会音楽のコラールが好きな私とは音楽的趣味があまり合わないし、単に友人の妻というだけでほとんど喋ったこともないが、かわいらしい人である。
 
5月19日(金) 「フライデーナイト」 
  時間: 19:00〜20:30
  ところ:お茶の水クリスチャン・センター 8Fチャペル
  御茶ノ水駅 お茶の水橋口 歩2分
 
  〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台2-1 OCCビル
  TEL 03-3296-1001 
  FAX 03-3296-1010
 
 * 田中友美さんの今週末のコンサート予定は以下。

 5月20日(土) 「Gospel Jam」
 時間:16:00〜
 場所:新松戸リバイバルチャーチ (千葉県)

 5月21日(日) 「港南シオンキリスト教会礼拝」
 時間:11:00〜12:30
 場所:港南シオンキリスト教会 (神奈川県)
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