2006年08月

飯塚哲也

2172d528.bmp 日本が世界屈指の水準を今も保ち、恐ろしい勢いで開発の進歩が進む領域がLSI。今も半導体は一発当てたらそれはそれは大きな収益が見込める分野である。一昔前、今から10年前は半導体設計に使うソフトウェアだけで1億円以上していたが、今はそれが500万円を切っていて、もっと安いものもありそれが粗悪ともいえないので小さい会社でも一挙に抜きん出ていくことができる可能性がある。

 工場を自前で持たず、設計、企画、開発に特化して経営するLSI会社にザインエレクトロニクスがある。社長は飯塚哲哉。NHKのプロフェッショナルに出演していた。

 「成功要因の30%は技術力だが、70%は顧客のニーズに応えること。」

 言うのはだれでもできるが実行するのは至難の業。年80億円の売り上げを出すのだからそれは徹底されている。

 彼も最初、起業してからは非常に惨めな思いをしたという。散々、裏切られたり、だまされたり、出し抜かれたりして最後に外資に会社を売って区切りをつけようとしたときに息子さんが

 「お父さん、たいへんだったね。」

 といたわりの声をかけ、好きなようにするのが良いよと言われたことが逆に闘争心に火をつけて逆境を登ったというのだから人生はわからない。昼間は下請けの受注開発、夜に独自に新製品開発を行った。

 仕事については私は無能なあんぽんたんだが、下請けの悲哀はよくわかる。本当に惨めな気持ちになるし、やっていられない。だが、私もそれを完全に割り切ってどしどし馬のようにやり始めると見えない世界が見え、経験も積める。下請けをどう自分の人生に組み込んでいくかは要するに、やりようだ、というくらいになってきて気持ちの上でも踏ん切りがついていく。

 甘いことばかり言っている人間は戦友にならない

 金のことをきちんと考えない人間はビジネスに本気とはいえない

 最後は人で決める

 朝令暮改を躊躇しない

 どこまでフルに努力しているかを顔から汲み取る

 リスクはとることそれ自体が良いことではなく、本来ならば最小化すべき

 など通常、そこらへんに転がっている信用できないいんちきビジネス本に書かれていることとは全く逆のことが言われていて、とても印象的だった。

女子大通り商店会秋祭り 武蔵野第三中校庭

 吉祥寺通りの四軒寺交差点から東へ折れてそのまま東京女子大まで繋がっていく武蔵野市北東部を通る女子大通り。ここには女子大通り商店会・光会がある。この光会が主催し、この9月9日、10日の2日間、祭りが開催される。盆踊りもあり、会場は女子大通りに面した武蔵野第三中学校の校庭。かなり広々としているので狭っくるしい印象が無い。
 
 女子大通りには関東バスが路線として走っている。近くには法政一高、武蔵野美術大通信教育部キャンパス、キッチンおじさんなどがある。

 9月9日  Sat 
 9月10日 Sun 
 
 お祭りと盆踊り 武蔵野第三中学校校庭

9月3日 南町コミセン 外環道対策協議会 19時から

 井の頭通りに面し、前進座劇場の横に隣接する南町コミにティセンター地下ホールにて、大泉の関越道から瀬田の中央道に抜ける高速道路建設問題をめぐる外環道対策協議会が開催される。

 9月3日 南町コミセン 外環道対策協議会 19時から

大相撲 本宿場所 3日 本宿小学校体育館にて

a7e0aafb.jpg 少年相撲の企画があり、「本宿場所」と名づけられたものが、9月3日 Sun 昼から本宿小学校体育館にて行われる。
 
 元幕内力士の維新力による相撲教室、解説も予定されている。

 9月3日 Sun 本宿小学校

喫煙率

 日本人の喫煙率は、大雑把にいって男性が5割程度、女性が14%前後だといわれる。だが、これは全年齢での平均値であって当然、年齢が上に上がるに従って喫煙率はがくっと下がり、特に女性では大幅に下がる。20歳から40歳という比較的若手の年齢層での喫煙率は、ざっと男性が5割強から6割弱、女性が18%前後(2割弱)ということらしい。

 男性の喫煙率が下がっているのは知っていたが、それでもまだ半数以上が紫煙の生活。本当ならば辞めたいと思っていても辞められないという人が多いそうだ。それ以上に女性が若い層に限定して見ると実に2割近くも吸っているという統計に驚かされる。もちろん、1週間に1箱程度でほとんど吸っていないという人も含まれるのだろうが、少ないというデータとはいえないのではなかろうか。

 女性が若い時期に喫煙をすると妊娠、出産にかなり大きな打撃があるということは私ごときがいちいち強調せずとも明白な事実であり、少子高齢化の隠れた要因の一つになっているといわなければならない。不妊、流産、死産、乳幼児死亡の件数を相当に上げているといってよいのではなかろうか。
 
 1週間に1箱程度しか吸っていなかった人がわずか2,3ヶ月の間であっという間に1日1箱吸うようになってしまい、辞めようにも辞められなくなったという話は珍しくない。

 「いつでも辞められる。」 

 という変な自信がもたらす油断はこと、煙草に関してはまるで信用ならない。

 女性差別をするつもりはないし、あまりこういう嫌なことを申し上げたくないが、女性で喫煙する人は、一般的に男性から思いっきり敬遠されると思って間違いない。男性から見た女性への感じ方という点でいえば、喫煙者、非喫煙者を問わず、女性の喫煙は非常に嫌がられる。自分が吸っているのに女性には吸ってほしくないという実に全くわがままな存在が男というもの。相手への印象ががくんと落ちてしまうのは動かない事実である。
 
 だが、女の人とて自分の彼氏、ボーイフレンド、夫、父親、祖父らについていえば、喫煙をするよりもしない人の方が嬉しいだろう。実際、多くの女性の人たちに聞いてみたが、異口同音にそう答えた。結局、喫煙はしないに越したことは無い。

 それ以上に、少なくとも喫煙者が備えるべき最低限度のたしなみ、礼儀、規律として私は思うに、可能な限り、むしろやりすぎなくらいまで周囲の人に煙を吸わせないように努力するのが喫煙者は当然ではなかろうか。それが受動喫煙であっても有害なものは有害、嫌なものは嫌なのであるから、吸っているほうが厳しく自己抑制ルールを設定した方がよい。副流煙とはいえ特に自分の隣や近くにいる人に対してはかなりしつこく漂うものである。

 喫煙空間がまるで無い場所というのは、これほど禁煙が一般化した今でも日本ではそれほど多いわけではない。自分さえ、どこかちょっと外して吸えばいいものをあえて非喫煙者がいるところで吸う人については私は少々、その方の神経を疑う。特に未婚でこれから出産、妊娠する可能性がある人の横でぷかぷか吸ったりするような手合いは良識がどうかしている。自分の親しい知り合いや友人の男であったら私はかなりはっきり止めるようにしている。横綱審議委員会でもパイプを堂々とくゆらす渡辺恒などゴミに近い人間、あんな老害がいつまでものさばっているようではいつまでたっても巨人は強くなれない。隣からの副流煙よりもしつこく日本の野球界にまとわりついている。

 喫煙マナーがなっていない人は、時に自分が思っているよりも遥かに強く嫌悪、軽蔑されることがあると思っても心配しすぎとは言えない。私はそう思う。

佐野史郎

 俳優の佐野史郎は、ここ吉祥寺に暮らして20年以上の地元人である。彼の妻が生まれ育ちも吉祥寺の方。自身もかつて貧乏人時代に阿佐ヶ谷在住でよく吉祥寺に来ていたという。ローリング・ストーンズなどの大ファンで、シンガーソングライターとしての一面も持つ佐野にとって、昔から憧れの町だったという。音楽が溢れる吉祥寺は居心地の良い町になっているようで、近所づきあい、町内会、商店会のお祭りなどにもせっせと出かけている。

 彼は島根県出身。彼の父親は医師であり、東京医大を卒業した医師、佐野義和であった。私の仕事の顧客がこの義和と同期生の眼科医で、当時の卒業写真などを見せてもらったが、佐野史郎と大変に良く似ていた。

 佐野史郎、読書家でも有名で、ニーチェや小泉八雲などに入れ込む。何と自身の娘に女の子であるのに「八雲」と命名しているのだから相当のものである。

 こちらで面白い彼の考えがよく読める。橘井堂http://www.kisseido.co.jp

おわら風の盆

b48edefd.bmp 毎年、曜日に関係なく9月の1,2,3日と3日間連続で行われる、富山県八尾市の「おわら風の盆」。今年も開催寸前であり、ただいま、その前夜祭が20日(日)〜30日(水)まで行われている。

 私はこの祭りが好きでもう5回見に行っている。昨年は雨にたたられて結局、ほとんど見えず惨めな思いをしたのだが、いつもは最終日の夜通し踊りを日が昇るまで見て帰ってくるのが通例である。

 いつも

 「今年はもう、いいや。」

 と思いながら、直前になると気もそぞろでなぜかいてもたってもいられなくなって結局、出かけているというお決まりのパターンである。

 曜日の重なり具合によっては狭すぎる町に、20万人を超える人がやってくるというように、人が多すぎるのがあまりにどうしようもない点だが、今年は実に1,2,3日が金、土、日に重なっている。猛烈に混むであろう。ただ、最終日日曜の夜は翌日月曜の早朝までやっているのでそこは比較的空いてくるかもしれない。1日、2日の午後から夕方にちょろっと見に行って夜を越えずに帰ってくるのが無難かも知れない。

人生後半戦からの出発

 私の知り合いには人生の後半戦に入った時期から全く新しい展開に持っていく人がちらほらいらっしゃる。仕事を思い切って変えた人、思い切って大学や定時制高校、高等専門学校に入りなおす人、語学を学び始める人、美術大学への進学の気持ちを抑えきれずに思い切ってデッサンの練習に打ち込み始めた人、ホームヘルパー2級の資格を取った人、サーフィンを始めた人、資格試験勉強を始めた人、宗教的な学びを始められた人など様々である。

日本代表監督に就任したイビチャ・オシムは実に60歳代後半。次のワールドカップまで務めると70歳。こういう年齢になってから重圧の大きいこうした仕事を請ける情熱、そして、あの周囲を固めるコーチ陣も青くなるほどの驚異的なミーティング量、練習量を切り盛りする体力、そして、ジーコには全くなかった各々J1クラブの担当者の心を一撃で射抜くカリスマ。おそれいった人物であり、底知れぬ将来の展開をもたらしてくれそうだ。日本代表は必ず強くなる。歴代最強にもっとも近いチームになるはず。

 自分が30歳を超えた時、漠然とこのままではいけないと思うようになり、32歳を過ぎてからそれをいよいよはっきり考えるようになった。これが50歳を過ぎると、あるいは60歳に近づいてくるとまた別の感慨が湧き上がってくるようであり、日本は今、団塊の世代、そのすぐ後に続く人たちがそうした局面に国民的に差し掛かった節目を迎えた。

 人生、残り時間はそれほど長くないと考えた時、残るエネルギーと可能性、時間、労力を精一杯有効に使おうという姿勢はとても重要ではなかろうか。私の身近な知り合いの一人、ある男性の方が、教会でキリスト教の勉強を始めていたのであるが、このたびキリスト教徒になるということになった。神道でも仏教でもイスラム教でもそういう人は多くはないと思うのだが、年をとってから宗教的思索の世界に足を踏み入れる人もいる。

 日曜学校に行ったこともなく、若い時期に教会での活動に参加したことも無く、全くの壮年期になってから西洋思想、キリスト教世界の世界観を目の当たりにされ、それに引き込まれていくという人は日本には非常に少ない。そのようにして捉えた、この人の世に対する自らの立ち位置、姿勢に肉付けをしていくために残された人生の時間に、現存在の存在者(あるいは考える葦、真の人間)としての生の実感が、深く、豊かに、実りある時間性を伴って満ちてくれることを願う。

9月2日 Sat 夕方から 盆踊り 市立第四小学校

 9月2日 Sat 夕方から 盆踊り 
 
 吉祥寺北町1丁目にある市立第四小学校。ここの校庭にやぐらを組んで盆踊りが予定される。やぐらを組む担当はみすず建設。八幡通り協栄会がちょうちんなど周辺の準備を午後から手伝う。

 周囲が住宅地でもあることから、静かなおとなしい盆踊りになる予定。

水口病院

d2c57fa1.jpg 吉祥寺駅南口、丸井百貨店の左脇の道を入ると武蔵野公会堂がすぐに出てくるが、その目の前、丸井百貨店とLLBeans吉祥寺店とに挟まれた角地にある病院が水口病院。産婦人科を含む女性の来院者に特に力を入れている病院である。
 
 アロマセラピーの「Lumiere」などをコースとして整備し、エステサロンのような美容サービスも提供している。つい数年前、大規模に改装してきれいなビルになった。

 駅のすぐ南口であるが、ここはさほど交通量が多いとまではいえない静かな場所。目の前の道路はどこも進んでも一方通行や進入禁止、あるいは行き止まりになっていて抜け道になっていないからである。
 
 角地の反対側には歯科医院がある。また、かつてこの水口病院とは別に吉田病院という産婦人科も同じ細道沿いのすぐ近くにあったのだが、今はなくなった。巨人の江川卓のお子さんたちもここで生まれた。吉祥寺の人間の多くが吉田病院で生まれたり、出産を経験したりしたはずである。私も吉田病院で生まれている。この水口病院が第二の吉田病院のように吉祥寺の人間にとって評判の産婦人科になっていくかどうか、注目されている。

 助産師が不足しているらしく、求人募集をしている。

 医療法人財団  緑生会 水口病院
 〒180-0003 東京都武蔵野市吉祥寺南町1-7-7
 電話:0422-70-3755
 FAX:0422-45-8131
 http://www.mizuguchi-hospital.jp/

西友吉祥寺店 北側の空き地

4e7f930d.JPG 西友吉祥寺店の北側、ちょうど吉祥寺大通りと五日市街道とがぶつかるところの角地は崩落しかかっていたぼろビルがようやくバブル後の処理を終えて取り壊され更地になった。それまでは危険な上に不気味で異様な建物であったため、これは非常に喜ばしい。今、ここは二筆に切り分けられて登記され、別々に開発が進む。「エルシード」という会社が角地を、そして、飯塚産業が西友の立体駐輪場に隣り合った部分を細長く買ったようである。エルシードはヒューザーなどと同じ、建売マンション中心に手がけていく新興の不動産企業。どの様な建物を建てるのかわからないが、センスの良いものができると良いと願う。

 一方の飯塚産業はかつて吉祥寺旧近鉄百貨店裏のラブホテル建設紛争の時、その当事者であったため、吉祥寺本町、南町の住民からはかなり警戒されている。そもそもこの土地は、バブル経済が崩壊した後に長く塩漬けになってしまったもので、今日まで整理が遅れに遅れた。地域住民からはその整備がどうなっていくのか、注目されている。

早実のエース

a7351edf.bmp 私の小学生時代、甲子園に合計で5回出場した早実荒木大輔の姿を忘れることはできない。凛々しい顔立ちの「1年生エース」で有名であったが、決勝まで行ったところで無念の敗退という悲劇的な印象もまた、ドラマチックな印象を醸し出していた。今ほどメディアが発達していなかった当時、荒木の人気はそれでもすさまじく、その半生を紹介する自叙伝的な漫画も出版されたりしていた。当時は珍しいことであった。
 
 荒木はドラフトでは当然、争奪戦になり、どこのチームに行くのかなと思っていたが、当時は断トツ弱小だったヤクルトと決まり、子どもながらにがっかりしたことを良く覚えている。結局、荒木は高校時代の投げすぎがたたったのか、プロではさほど成果を残せず、最後は横浜に移籍。最後の試合ではヤクルトの古田が打席に入る時、ヘルメットを脱いで荒木に挨拶したシーンが印象的であった。

 都電荒川線に乗せてくれと父にせがみ、早稲田駅まで歩く時、ちょうどまだ早稲田に合った旧早実校舎の前を通りかかった。

 「ここがあの荒木大輔の早実かあ。」

 と独特の感慨があったことを覚えている。
 
 私が思うに、甲子園に出てくるどの高校のユニフォームよりも早実のそれはかっこいい。帽子からアンダーシャツにいたるまで全てが白。そこにえんじ色で単純にWASEDAとしか書かれていない。非常にクラシックなスタイルであって早稲田大学のそれと全く同じ。早実と早稲田高は実は後から早稲田への推薦枠を付与された系列高校であり、付属校の早高院や早大本庄と異なり、100%推薦進学できるわけではない。だが、早高院などはアメフトやサッカーが強いものの、硬式野球はそうでもないので早稲田系列の甲子園を目指す高校といえば早実で決定版のようなものだった。早稲田とは何のゆかりも無い私でも特殊な感慨がある。

 今年、この荒木を凌ぐスーパーエースのスターが誕生した。斎藤佑樹くん。ただでさえあの凛々しくハンサムな顔立ちが、あそこまでクールに振る舞えばこれに熱狂する国民が出るのは当然といえば当然で、甲子園のオールドファンから主婦、女子中高生に至るまですさまじい人気が一瞬にして沸騰した。

 しかし、この狂想曲はどうなんだろうか。もう、見るに耐えない。彼の使っていたタオルハンカチはどこのメーカーの何だと大騒ぎになり、各種マスコミが探し回り、国分寺のキャンパス周辺は騒然。彼はおちおち登下校もままならなくなった。ジャニーズ事務所所属でもないのにとんだ迷惑ではなかろうか。

 斎藤佑樹はたしかにかっこいい。私も見ていて引き込まれた。歴史的な試合になることがわかったから、よほど再試合の決勝を見に行こうかと思ったくらいである。男の私でも惚れ惚れするようなあの透明感ある存在感、フレッシュな雰囲気、そして、類稀なる野球の実力。4連投の最後、最終打者に147kmを放り投げる快速球と、切れのある変化球。三振数で松坂大輔を抜いているのだから本物の逸材であること言うまでも無い。

 茶髪でもなく、鼻に抜けたかったるい発音で話すわけでもない。育ちのよさを感じさせる風貌と青いハンカチということで

 「ハンカチ王子様

 となった。思うに、この呼称を彼自身は全然喜んでいないと思う。要するに、今の世になかなかいなくなった日本人の良さを持った「良い男」だから彼があれほど国民的に人気を博したのであろう。彼がピアス、茶髪でチューインガムを噛んでいたらああはならない。

 これで、来年度の早稲田大進学希望の女子学生はかなり増え、体育会硬式野球部マネージャー志望者も激増することが予想される・・・。いずれにせよ彼はまだ減益高校生なのであるから、周囲が度を越えた大騒ぎをするのは厳に慎んでおくべきだと思う。

敬称略

 かつて学生時代に法律学の論文を読んでいて非常に違和感を感じていた文章の使い方の一つに学説を引用する時、他の学者の名前についてかなり大げさに敬称をつける傾向があったことである。同じことは医学の論文でも非常に強い傾向がある。

 「この点、○○博士の指摘によれば・・・」
 
 「○○教授は以下のように論評される。」
 
 といったもの。実にまだるっこしく、かつ、必要以上に無用の言葉飾りをしているように強く感じられ、鼻白むこともあった。

 これに限らず、日本では「敬称」の使い方が度を過ぎて不自然であることが少なからず感じられる。就職活動時の面接でも
 
 「御社におかれましては・・・」

 「貴社の製品の強みでもありますところの・・・」

 といった日頃は全く使いもしない言い方に学生が揃って変化するのは気味が悪いこともある。営業担当のサラリーマンが
 
「手前どもでは・・・」

 というのもどうにも違和感があって私は一度も使ったことが無い。また、会社名にまで「さん」、「様」を当たり前のようにつけるのが一般化しているのは、「会社=法人」と「個人」との違いを明確に峻別しない日本的な企業風土、産業社会文化の特徴のように感じられる。

 「東芝さん」、「JRさん」、「NTTさん」、「ソニーさん」、「みずほさん」・・・

 何ですか?それは?
 
 *******

 私がアメリカの大学生と教授、助教授らのやり取りを見ていて腰が抜けるほど仰天したことの一つは、部外者として傍から見ていると、若い学生であるのに何の気後れも無く、互いに全く対等に、激しく、やや大きな声ではっきりと丁寧に論戦をしている様子が当たり前であったことである。一切、おずおずとした遠慮はなく、威風堂々、渡り合っていて、かつまた、教員たちもそれを至極当然のことと自然体で受け止めていたこと。むしろそれでこそ学生の本来的な姿だ、というくらいに考えているようであった。黙っている人間は何もいえない、何も考えが無い愚か者として置き去りにされる。例えその人物が学会では著名な重鎮であり、世界的にも知られた学者、研究者であってもそうであった。
 
 その大学だけでなく、留学経験のある人に聞いたり、ドキュメンタリー番組を見たりした印象から判断しても、他の大学でも程度の差こそあれ同様であり、もちろん、極めて保守的でそういう雰囲気の無い大学もあるが、アイビーリーグやパブリックアイビー、ほとんど全ての大学がそうであるようだし、カリフォルニア州などの大学は全て同じようであった。英国の大学などでは逆にそういう傾向はないようだと聞いている。

 私は公的な議論をする際に、「敬称略」基本にして文章を書くことが無礼に当たるとは思わない。実際、保守、進歩を問わず少なからず、物書きや学者らがそういう書き方で論壇に登場することもある。私はそういう敬称略の書き方は文章をすっきりさせ、テンポよく、めりはりのついた論旨、文章に仕立て上げるのに効果的であると思うし、実際、印象が良い。

 もちろん、TPOは弁えなければならないし、状況によってはきちんとした敬称を用いて話したり、書いたりすることが要請されることもある。古今東西、文化の差ということもある。そのことは私も認識、理解している。
 
 私はこのコラムでは、原則として敬称略で記述している。敬称をつけることもあるが、つけないことの方が多い。例え相手が私よりも年齢が上であろうと、目上の人であろうと、見知らぬ人であろうと、国務大臣であろうと、このコラムではそういう書き方をあえて意識的になしている。書いているその相手を私が尊敬、信頼していようと、軽蔑、憤慨していようと同じである。

 同じように、私の書いた文章をだれかが引用する時に、私を名字で呼び捨てにされたとしても、それが誹謗中傷、罵詈雑言、幼稚な曲解、悪意に満ちた弾劾などではなく、公的な議論の様式として適切な内容を伴っている限りは、それが良識外れの礼儀知らずだとは露も思わないし、その文章を静かな心持で客観的に拝読している。このコラムでは敬称略という様式をとって書くことが多いというだけで、それが第三者から見れば、

 「無名の若僧のくせに生意気だ。」

 と感じさせるかもしれないが、これは公開討論会でもないし、シンポジウムでの論戦でもない。私のコラムである。自分の好き嫌いによって敬称をつけるつけないを意図的に使い分けているのであればともかくとして、どなたであれ、敬称略という様式を採用しているのであって、それを非難されるいわれはない。

 ところが、これをけしからんと罵りつつ食って掛かってくる者が少なからずいる。「愛の帝国」もそうであったし、金田一輝も、慎一と名乗る男もそうであった。「氏」、「様」や「さん」をつけずに記述する呼び捨ては無礼であると。

 敬称略や呼び捨てという文章の記述が絶対に許されないならず者の行い、振る舞いだと彼らは勝手に思っているのかもしれないが、私は前述の通りそのように考えないし、彼らがそう思っていたとしてもそのようなことは私の知ったことではない。一方的に見も知らぬ私に礼儀知らず議論を吹っかけてきておきながら、自分には敬称を丁寧につけて答えろと要求する方がどうかしているのである。

 こういう人間に限ってその圧倒的多く(というよりもほとんど全て)が男であり、匿名の陰に隠れての言いっぱなし、書きっぱなしである。匿名の無礼者ほどたちの悪いものはない。かくも幼稚で頭が悪く、卑劣な言論態度しかとらない人間について、私は今後とも敬称で呼ぶつもりはない。

本日深夜、 「調査報告・劣化ウラン弾」 米軍関係者の告発

 本日深夜、25時10分から、NHK総合テレビで

「調査報告・劣化ウラン弾」 米軍関係者の告発

 が放映される。あまり一般的には知られていない映像や、米軍の駐留開発者がインタビューに応じた取材を基礎にしている。

 イラク戦争では、この劣化ウラン弾の炸裂時に大気中に飛散するエアロゾルによる、重金属汚染と放射能汚染との複合汚染が非常に深刻化している。

宮崎吾朗

 吉祥寺駅から南へ徒歩10分ちょっと。世界に誇る日本のアニメーション文化を確立したスタジオジブリが三鷹市と共同で設立した三鷹の森ジブリ美術館がある。つい先日までここの館長をしていたのが、今、劇場公開中の「ゲド戦記」監督である宮崎吾朗。

 彼は非常に地味な性格でマスコミにもほとんど知られていなかったが、今回の監督ということで脚光を浴びることに。しかし、それもあくまで

 「宮崎駿の息子」

 という扱い。偉大な父を持った子どもが共通に味合わされる悲哀をもろにかぶってきている。

 彼のことはほとんどまともに知らなかったが、ここ吉祥寺在住のオタク文化の王様、岡田斗司夫が出版した同人誌に非常に面白い記事が掲載されている。それに言及したコラムがあるのでご紹介しておきたい。

 これの中で、壮絶な父と息子のやりにくい関係が読み取れると同時に、その間に挟まって宮崎吾朗と二人三脚を組みながら巧みに均衡をとっていく鈴木敏夫プロデューサーの舵取りには驚かされた。私がしばらく腹を抱えて笑ってしまい、久々にびっくりしたエピソード、鈴木が思案の挙句に決めた映画の配給用宣伝文を決めたくだり、窮余の一策で、

 「父、宮崎駿」

 としたというところは本当におもしろい。

 http://d.hatena.ne.jp/settu/20060817/p2

8月26日 盆踊り&夏祭り

 吉祥寺駅北口から100円バスのムーバス北西循環に乗って10分、けやきコミセン前で降りると、市立けやきコミュニティセンターがある。この土曜に夏祭りを予定している。小ぢんまりとしたものになる。その名の通り、コミセンの前に広がる公園はケヤキの樹木が生い茂る。

8月26日 Sat 16:00−20:00 夏祭り
 吉祥寺北町 けやきコミセン 電話 0422-54-8719

夕方から夜 盆踊り 市立井之頭小学校
 模擬店も出される。
 
 筋の悪い的屋がいないから落ち着いた雰囲気になるだろう。

吉祥寺秋祭り、近づく

34345a95.JPG 今年で27回目。吉祥寺最大の祭りである「吉祥寺秋祭り」には、各商店会から神輿が出てにぎわう。今年は

 9月9日  土曜
 9月10日 日曜

 に開催される。サンロード商店会にも飾りがつけられ、だんだんと準備が進んできている。盛り上がることであろう。

都立公園はだれのものか

 昨日、夕方、親しいシニアチームに招待されたのでちょうどNHK本局ビル裏手にある都立代々木公園サッカー場に親善試合にでかけてきた。かなり暑かったが、天気がよく好ましい試合条件が整っていたのであるが、残念なことにそれを台無しにした連中がいる。とある団体が主催する大音響の乱痴気騒ぎばか祭り。うるさいなどというものではなく、ほとんど許しがたい狂気の沙汰であった。

 出演者がだれだったのかはわからないが、とにかくとんでもない大音響と地鳴りで隣接するサッカー場で試合をしている私たちでさえ、自分たちの声がなかなか聞こえなかったり、雷が鳴っているかのような地鳴りで不愉快な思いをさせられた。

 要するに、ロックのコンサートのようなことをしているのであるが、薬物中毒患者が叫んでいるかのような極めて不快な絶叫がただただ何回と無く繰り返されたり、何かが炸裂するような音が出されたりと、筆舌に尽くしがたい狼藉の限り。もう、あまりに呆れ帰ってコメントする気にもならない。

 何より頭にきたのが、その野外音楽ステージ脇において、大音響演奏のために照明やその他の電源供給などをするためにトラックが何台か駐車し、エンジンをかけっぱなしで発電機をまわしていたこと。そのせいでディーゼルの排気ガスが大量に排出され、それがサッカーグランド内にもたびたび入り込んできた。テキ屋の屋台のそれはさすがにサッカー場まで届かないが、ピッチ脇すぐ横にあるトラックだったので直接、風に乗って流れ込んでくるのである。

 こちらは走ってサッカーをしている。そこへ有害なディーゼル煤煙がとんできたら空気が吸い込めない。そのたびに試合にならないではないか。よほど主催者にクレームでも出してやろうかと思ったほど頭に来た事である。

 代々木公園はれっきとした都立公園である。都民の税金によって、公の財政により賄われている。土日の昼間、ここは何万人もの人が行きかうし、また、休日の余暇を楽しむために家族連れ、恋人たちも含めてやってくる。

 それをあの狂ったような大音響と排気ガスはめちゃめちゃに破壊して台無しにしている。以前にもここで試合をした時、同じような大音響で悩まされ、「騒音という暴力」に対する怒りを私は書き記したことがあるが、全然、状況は改善されていない。
 
 彼らが騒音ロックを演奏する自由を否定はしない。しかし、いくら使用料を支払って占有利用しているとはいえ、何の良識も無く我が物顔で都立公園を私物化していいはずがない。サッカー場を利用している私たちも、何十倍もの競争率の抽選に参加し、同じように手続きを踏んで使用料を払って使っている。

 なぜ、日本の産業文化はこうもばかばかしい小児病的実態を撒き散らすようになってしまったのだろう。情けないことこの上ない。

パッケージプラザ タコー

28738aff.JPG 吉祥寺駅を北へ。サンロードの切れ目をさらにまっすぐ進み、女子大通りに面したところに包装用紙、パッケージ、ラッピング用品の専門個人店がある。パッケージプラザ・タコー。赤いひさしが目印。紙袋、包装紙、OPP袋、クッション材、シャベル、台車など文房具も含めて販売している。

 店内は込み入っていてなかなか大変だが、珍しい業務用品があるので歴史が長い。店舗はずいぶん古い印象がある。 

パッケージプラザ タコー
武蔵野市吉祥寺東町1-8-7
0422-21-4110
月〜金  9:00〜19:00(土曜のみ18:00)
日祝・休業

東京少年少女合唱隊

a998a74c.bmp東京少年少女合唱隊 創立40周年記念:
ヨーロッパの響きをたずねてIII
●収録曲
パレストリーナ:ミサ・シネ・ノミネ
デュファイ:第8旋法のマニフィカト
年間第21日曜歌ミサ
コダーイ:詩篇150篇

長谷川冴子 指揮

商品データ 32CM-188 カメラータトウキョウ
録音 89年、90年 ヨーロッパコンサートツアーライヴ

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今は他界なさったが、かつて、ポーロ・アヌイという神父がいた。彼は日本の音楽界に大きな貢献をなしている。彼の尽力によって日本に東京少年少女合唱隊の前身となる東京少年合唱隊が結成されたのは、1951年。まだ、敗戦の傷跡も癒えぬ戦後の復興期、敵国の音楽とされて完全に打ち壊されてしまった、欧州ルネサンスの楽曲を日本の子供たちにと一念発起して児童合唱団を作ろうと思い立ったのが長谷川新一。だれも頼る人がいなかった時代、それまでもグレゴリオ聖歌の指導などを独自にやっていたアヌイ神父が長谷川に助力を申し出たのであった。
 
 1954年に建築された専用練習スタジオは新大久保駅そばにあるが、これは今も使用されていて、当時は大人の合唱団でさえ珍しい貴重なスタジオであった。パリ木の十字架少年合唱団(Little Singers of Paris Wooden Cross)などに倣って、1955年にはプエリ・カントレス(世界児童合唱連盟)に日本支部として加盟。英語名をLittele Singers of Tokyo(LSOT)と定めた。ローマ、バチカンのサンピエトロ寺院でヨハネ・パウロ2世の前で奉唱したこともあり、1990年に欧州放送網主催の国際合唱コンクール児童合唱部門で優勝。もはや世界屈指の水準で演奏できる児童合唱団である。

 練習量がすごいと聞く。今、人気が出ている湯川潮音はかつてここに長く所属していた。彼女がNHKの「トップランナー」でいうに、もう、ほとんど夏休みも毎日のように練習があり、ラテン語やグレゴリオ聖歌など難しい曲もどんどん練習していく。あの時代が変わったかのような古い独特のスタジオに入ると特別の気持ちになって練習に臨んだのだ、と。私は湯川潮音のファンというわけではないが、しかし、彼女の声は美しいと思うし、人柄の優しさは非常によく現れた歌い方、発声をすると思う。

 少年合唱団は世界的に注目されている。Libera、クワイヤーボーイズ、ボーイズ・エアー・クワイヤーなど日本でも有名になった。Liberaなどと比較すると、東京少年少女合唱隊の歌い方には高い技巧、複雑な技術的陶冶というものはやや感じにくいが、しかし、クワイヤーボーイズなどのそれよりも遥かに、素直に、純粋に、無心に歌っている様子が非常によく聴き取れる。たとえば、欧州コンサートツアーライブで歌われたものを録音したものがあり、パレストリーナ作曲のMissa Sine Nomine などには唸ってしまう。初めて聴いた瞬間、

 「何だ、これは!」
 
 息を呑んで驚いた。とても小中学生が歌う水準の奉唱と思えなかったことと、他のどの聖歌隊にも聴いたことの無い澄んだ声があまりに衝撃だったからである。残念ながら、この録音はライブだったため、時折、子どもの泣き声やばかな男の叫び声などが混じって入ってしまっているのが痛恨の極みである。
 
 年内に3回のコンサートを予定している。もっとも近い期日のものは、
 
 2006年9月30日 19:00 開演  「秋の演奏会」
 御茶ノ水・日本大学カザルスホール

 もう一度、小学生から人生をやり直せるならば、私はここに入って歌いたい。

 「もう、死にたい。」

 などと思っている人は一度、彼らの音楽を聴いてみてからにしていただきたい。生きる希望が静かに湧き上がってくることであろう。

本宿小学校 盆踊り 8月19日、20日

c0362da7.jpg 吉祥寺東町に隣接する本宿地区。本宿小学校にて今週末、盆踊りがある。8月19日、20日の2日間。雨の場合は、体育館で小規模に模擬店などのみが行われる。

 8月19日(Sat)、20日(Sun) 
 夕方5時から夜8時30分まで

 吉祥寺駅北口から100円ムーバス東循環に乗って7分。本宿小学校下車。

安倍晋三

581fd45f.JPG 立候補の意思表明のタイミングを見極めながら周囲を見回しているうちに時機を逸し福田康夫が首相レースから脱落。ものづくり大学設立などにも絡み、村上と並んで献金を受けたKSD事件や、上野、諸富両名による防衛庁調達実施本部汚職でかつては危機に瀕した額賀福志郎も不出馬を決め、よほどのことが無い限り安倍晋三が次の日本の内閣総理大臣になる可能性が濃厚である。政治と行政の最高責任者に歴代でも稀に見る若手の安倍晋三が就くことになる。当の彼自身も発言が「次期総理」のそれを強く意識したものになってきている。

 安倍はここ吉祥寺と縁が深い。吉祥寺北町にある成蹊大出身。法学部だった。その後、神戸製鋼に入社したが1年とたたずにすぐ父の秘書になるために退職。以来、政治の世界に生きる。以前は、かつて南カリフォルニア大学に留学し、政治学を学んだという経歴が彼のウェブサイトも含めてあちこちにPRされていたが、今は全く口にしなくなった。民主党の古賀潤がペパーダイン大学卒と経歴を水増しして書いた問題の直後からのこと。他の国会議員の「遊学」経歴もこれを境にほぼ一斉に削除された。安倍は実際に南カ大(USC)で勉強はしたが、取得単位はわずか6つ。かつ半分は外国人向けの英語講座で、何かを専攻していたというものではなく、狙った肝心の政治学は単位をとれず、1年2カ月で帰国している。留学経験で少しプロフィールを飾ろうとしていたようだが、古賀問題以来、他にも多くの議員が「なんちゃって留学経歴」を一切言わないようになった。

 安倍はつい最近、カルト団体で自称、キリスト教系新興宗教、「統一教会」の合同結婚式に祝電を送ったことがわかっている。しかし、大手メディアではあまり報道されていない。Wikipediaの安倍記述欄でもそのことがわいわい書かれているが、統一教会と好意的な繋がりがあること間違いない。もともと、教祖の文鮮明を頂点にした統一教会は、日本人にも桜田淳子など著名な入信者がいることと並び、もう一つの際立った特徴として反共産主義の牙城、「国際勝共連合」の中心的役割を担っていることで有名。文はそれによって多くの政界人と人脈を作った。かつては中曽根康弘らも統一教会、国際勝共連合とは接点が深かった。
 
 安倍晋三は安倍晋太郎の息子でもあるが、岸信介の孫でもある。対外的には重要な戦争指導者(戦中の農商務担当の閣僚だった)の一人であった岸の孫、という点でより強く認識されている。実際、安倍は政治家としても人間としても祖父、岸信介を強く尊敬し、政治家のありかたとして手本にしていると言っている。産経の「正論が愛読誌だといい、大東亜戦争の価値を強調し、遊就館史観をそのまま自分のものとしている。祖父を慕うことは悪いことではないが、祖父の為したこと、祖父の考えを強く尊敬し、模範としているということは別の問題。

 靖国神社、遊就館の歴史認識それ自体に私は全く賛成しないが、少なくも小泉純一郎首相は、靖国を参拝することは戦没者全員の慰霊のため、人類普遍の平和を祈るため、という論理を持っており、大東亜戦争史や遊就館史観をそのまま自分の認識とはしていない。しかしながら、安倍晋三はそうではない。より踏み込んで一線を超えた認識を持ち、かつ、それを公言してきた政治家でもある。
 
 憲法改正にも非常に積極的。変えると言っているのは9条の戦力不保持条項だけではない。憲法全体の「全面改正」を目指して取り組むと公言する。9条を変えて自衛軍を保持すべきだというだけならばまだましなのだが、彼の憲法観を見てみるとそのどれもが非常に国家主義的、全体主義的な内容に傾斜しており、国家の基本法、憲法の要諦である基本的人権原理から考えれば、「安倍版憲法改正」は実に深刻な脅威となる。

 こういう人物が今、日本の次期首相になろうとしているのであるが、民主政治にとっては極めて危なっかしいことである。彼を支持している主権者はそのことをどこまで理解しているのであろうか。また、「小泉改革路線」の継承と約している安倍政権以降は、これまで以上にどっと押し寄せる諸々の、政治的、外交的、経済的な大津波をかぶることになる。その覚悟は出来ているのだろうか。小泉政権を遥かに上回る強烈な劇薬を服用することを次の日本は選択する直前にある。
 
 安倍も小泉と同じく、靖国参拝を継続すると思われるが、こういう政治家がこれからもこうしたことを続けているうちは、靖国神社が、海外、国内を問わずだれにでも受け入れられる沖縄、「平和の礎」と並びたつ、人類普遍の平和、慰霊の思いをこめた施設にはなることは決してない。

永沢外科医院

0652884b.JPG 吉祥寺駅から北へ。女子大通りに面したところにある永沢外科医院は吉祥寺では老舗の古い病院。診療科目は主に外科、整形外科。
 
 昭和中期の古い建物で今も診療している。永沢医師は男性の方。丁寧で人当たりの良い診察をなさっている。個人開業の病院で、このクラスの規模でこれだけ長く続けている外科というのは少ないのではないかと思う。

 個人的にも私は昔、小学生時代、左手親指の先を怪我した時、ここにお世話になったことがある。

永沢外科医院
〒180-0002
東京都 武蔵野市 吉祥寺東町 1-9-9
電話  0422-22-3611
診療時間帯: 午前9:00〜11:50、午後16:00〜17:50
休診:  木、日、祝、土曜午後

パン&ケーキ屋 多奈加亭 FARM HOUSE

f74cbfab.JPG この6月24日にオープンしたばかりの「FARM HOUSE 多奈加亭」。多奈加亭は吉祥寺に他にも店舗を持っているが、ここはそれらの店からやや離れた駅から歩いて5分ほど、女子大通りに面したパンとケーキの専門店。店内で食するスペースは無い。

 ここはずっと以前はスイスのお菓子を製造・販売していたゴッツェ(Gozze)という店であり、それが何年か前、ほんの2,3年前だったように記憶するが閉店した。その後、同じお菓子屋さんのカレル・チャペックに代わった。ところが、これがまた2年と持たずに再び店舗テナントの交替。短期間に3軒目のお菓子屋、パン屋入居となった。
 
 真っ赤な日よけ布のひさしがトレードマークだったカレルチャペックが閉じ、何やら内装工事が始まったな、と思っていたら恐ろしい勢いで工事が進み、最後の3日間の劇的な変貌ぶりには驚いた。まだ、工事がようやく終盤に入ったくらいかと思っていたら一挙に壁が緑に塗られ、そこにFarm House Tanaka Tei と文字がペンキで描かれ今の店構えにかわるまで、ほんのわずかの時間であった。ただ、開店日までの期限に追われて時間切れになったためか、コストを削減する工夫か、最後はちょっと手抜きをしたような面が感じられ、店の看板部分などは壁をペンキで緑地に塗ったところへ文字を描いているだけであるので、プレハブっぽい印象を少し持たせる。

 ゴッツェはずいぶんと長く営業していたが、あれはこの場所の持ち主が個人店としてやっていたからではなかったか、と思う。この場所は商売をするにはちょっと向いていない場所といえる。目の前を関東バスの路線である女子大通りが通るが、人通りが非常に多い場所であるとまではいえない。
 
 また、目の前の信号機からまっすぐ吉祥寺駅に向かって伸びる道路は広々としていて通りやすいが、駅の方面からこの道に曲がって自動車は折れてくることができない。また、サンロードの北側出口と直結しているわけでもないのでほんの10mちょっとほどしか離れていないのに人の流れが大きく減る。それでも依然として人通りはそれなりにあるが、ほとんどが通過していく人たちとなっている。店の目の前、女子大通りとぶつかるところも、駅のほうへ向かって五日市街道とぶつかるところも、歩道が余りに狭くて通りにくいので、自転車でさえゆったりと止まりにくいこともある。

 隣り合って鈴木内科が自社ビルで開業しているが、ここもあまり有名な医院とまでは言えない。診察を受けに来る患者の数はもしかしたら多いのかもしれないが、そのようにはあまり見えない。鈴木内科の隣はかつてオートバイショップだった。ヤマハのモデルを中心に商い、かなりバイクショップとしては大きかったが、十年以上前に廃業。今は空き地になってビル開発が進むようだ。

 オリジナルの菓子パンと食パンをためしに買ってみたが、食パンの味は悪いものではなかった。さすがに西友や都民生協で買うものよりは値段が高いが。
 
Bakery&Cake shop 多奈加亭 FARM HOUSE Tanaka Tei 吉祥寺店
東京都 武蔵野市 吉祥寺東町2-18-16

「鷹揚」 と 「無節操」

 * 今回のコラムは、以下の文章を読み、その言及されていたリンクなどを参照した後、私が「日本国民として」ではなく、「キリスト教徒として」感じたことをごくかいつまんで述べたものです。

 http://fruitsofloquat.seesaa.net/article/22354136.html#more

 *******

専断的な統治や、独裁政治の嵐、戦時の限界的な緊張といった例外的な場合を除いて、時代や社会の文脈からそれが可能であるならばキリスト教は「鷹揚」な性質を保っていかなければならない、というのが私の考え。頑固で偏狭であったり、怨恨の憎悪に燃え粘着質であったり、誇大妄想の神経症的であってはならない。そのことは長く思い、感じてきたことであるので、今までに何度も折に触れて意識的に強調してきたと思う。

 だが、私が感じているそれとは全く違う意味で重大な勘違いをしている人もいる。「鷹揚」と「無節操」とは似て非なるものである。「鷹揚」であるということは、一定の明確な「Principle」を持ち、その一線をしっかり意識した上での柔軟、寛容な態度ということであって、規律や倫理の限界線が曖昧不明確なまま、

 「良いんじゃないか。」

 「それもありじゃないか。」

 「前向きに行こう。もっと建設的になるべきだ。」

 というおそろしく幼稚なフレーズを自己中心的に振り回した挙句、「Principle」の雪崩を打った大崩壊を来たすことを意味しない。そういう人たちが残念ながら少なからず存在する。譲れぬ一線としての「Principle」、そのことが自覚できていない姿を目の当たりにさせられることがあるが、心底、わけのわからぬ頭の中身だと思わされる。

 洋の東西を問わずそう思わされる人間は存在するが、日本の内側には外側と比べてやや特殊な性質があるように思う。日本人として、大和民族として感じることは、日本人は常にパトス(Pathos、感性、感情、情感)が先行し、ロゴス(Logos、論理、言葉、認識)がそれに釣られて引っ張られるように遅れてついてくる傾向がある、ということ。

 同時多発テロが発生してからまもなくに逝去したエドワード・サイードという学者がいた。必ずしもその認識や指摘、論旨に賛成できない面は多々あったが、しかし、正鵠を射た指摘も多くある有能な学者であった。同時多発テロ発生以降、アメリカの大手の新聞、テレビ局らマスコミの開戦論礼賛報道や、キリスト教教会の好戦的な舵きりをおそらくもっとも強烈に批判したアメリカ人の一人でもある。

 彼は言っていた。アジアにはある程度共通の性質であると言えるが、少なくも日本人や日本文化もその点で同様の性質を持っている際立った特徴として、何につけ「曖昧不明確」であるということであり、この「曖昧さ」は時に全く理解不能に近いことがある、と。

 私は日本に生まれ、日本に育ち、その学校教育を受け、日本社会に身をおき、母語として日本語を話す、大和民族の日本人であり、本能的、感覚的に日本文化や日本人の心が持つこの「曖昧さ」、「いい加減」について、皮膚感覚としては「わかる」し、脳裏をよぎるこの世の捉え方として、程度の差こそあれ私の中にもそれらが内臓されている。
 
 しかし、同時に私はキリスト教世界を通じて知った西洋社会の思想の骨格についても、本能的、感覚的に「わかる」面があり、何もかも「日本的」であることに飲み込まれてしまうと水蒸気爆発のように破綻を来たしてしまうので、意識して避けていかなければならない日本人や日本文化についての「わかる」面を強く感じてきた。

 二つを比べて今、鮮烈に感じることは、やはり、「鷹揚」と「無節操」とは違うものだということ。Principleを備えるも柔軟で開かれた態度と、自分本位で無責任で曖昧な態度とは全く異なるものだということ。
  
 おそらく今日、行われる靖国神社参拝について、一部のキリスト教徒(自称、キリスト教徒を含むかもしれない)が、キリスト教の教えを自己流に引用し照らし合わせた、およそ手前勝手な自己意見の開陳らしきものが洪水のようになされるであろうことが予想されるが、少なくも本当にそれらが「鷹揚」な態度のとり方、解釈と評するにふさわしい中身を備えているかどうか、その点をきっちり見極めなければいけない。

 「鷹揚」と「無節操」とははっきり、明確に区別して考える必要がある。それなしには、軸になる論理も、規律も、倫理も、何もかもを水浸しにしたNHK教育テレビ、「しゃべり場」的お子様認識の域を出ないものとなろう。

被昇天祭

 8月15日は日本の終戦記念日である。およそ310万人の戦死者を出し、敗北を抱きしめ、灰燼に帰した焦土から戦後の再生に取り組み始めた初めの日。今年、この日に小泉純一郎総理大臣が靖国神社を公式参拝するかどうかが国内的にも国際的にも注目されている。任期を終える締めくくりとしての今年、おそらく彼はこれを実行するのではなかろうか。
 
 総理大臣とはいえ彼が神社にお参りする自由はもちろんあるので、

 「神奈川県横須賀市 小泉純一郎」
 
 と記帳して参拝するのであれば、全く賛成はしないが法律的には何も異議は無い。しかし、
  
 「内閣総理大臣 小泉純一郎」
 
 と記帳するならば政教分離の憲法原則に抵触することでやってはいけない。お寺であろうと、キリスト教の教会であろうと同様。同じことは官房長官の安倍にも当てはまることでどうしても参拝したいのであれば、自分の靖国神社への信念が固いのであれば、その信仰上の立場を貫く方法としては、

 「山口県下関市 安倍晋三」

 と記帳して純粋な一個人の参拝をすれば良い。国務大臣の肩書きをあれこれ書くからいつも話が歴史観問題以上の司法問題になりややこしくなるのである。

 *****

 さて、この8月15日という日、キリスト教世界のある重要な日と偶然、重なっている。聖母マリアの被昇天日である。西暦(グレゴリオ暦)のこの日、母マリアが逝去したとされている。「聖母の被昇天」と書いて「せいぼのひしょうてん」と読む。

 西方教会たるカトリック、東方正教会などにおいては、イエス・キリストの母、マリアは他の人物とは別格の位置づけがなされており、彼女はその人生の締めくくりに肉体と霊魂を伴って昇天した、と考えられている。「無原罪のお宿り」と並び、母マリア理解をする上で極めて宗教伝統的な理解であり、これは国教会などにも同じように存在する理解であるが、プロテスタント諸宗派には全くない。欧州に古くから存在した女神信仰の観念に、母マリアの存在感、母マリアへの思いいれとが重層的に重なり、現在の様なマリア崇敬の体系ができあがっていった。「マリア崇敬」であって、「マリア信仰」ではない。ここのところは多くの人が勘違いしている。

 そのため、南ヨーロッパや中南米など、カトリックが発展したラテン語源流地域を中心に、8月15日が祝日になっている国が多い。歴史的に見て暦の読み方の違いからキリスト教の他の宗派、例えば、ロシア、セルビアなど東方正教会では「生神女就寝祭」と呼び、ユリウス暦の8月15日(西暦、グレゴリオ暦では8月28日頃に当たる)に祝うこともある。

 日本ではこの日が偶然にも終戦記念日であり、かつ、国民的な大移動が行われ、各種夏祭りのある「お盆」とぶつかっていることからほとんど知られない日だが、日本を含む、世界のカトリック教徒にとって節目の日でもある。

 したがって、カトリックでは、今年も8月15日(Tue)に必ず母マリア・被昇天祭のミサを行う。簡単なお茶会、納涼会などを行う教会もちらほらある。カトリック吉祥寺教会もその一つ。

 私の高校時代の先輩が聖歌隊の指導者を務めるここ、吉祥寺のカトリック吉祥寺教会でも、3回、ミサが予定される。
 
  朝7時ミサ
  午前10時30分ミサ
  午後19時ミサ

  ちなみに夜7時からのミサはラテン語のグレゴリオ聖歌が奉唱される予定で、珍しい機会なので聴きにいってみると面白いと思う。18時40分頃から特別に数曲、奉唱もなされる。

日本の出版業界

 つい先日、小中学校時代の幼なじみが勤務している出版社が、ウェブサイトで自社の本、雑誌を通信販売する電子商取引の部分がやや時代遅れになってきたので改良したいということで仕事の話があった。幼なじみの人が勤務しているのでこちらが何らかのへまをするとその人が社内的に気まずい思いをすることもあり得る。いささかでも相手の条件をクリアできそうに無い不安な面があったら率直に申し上げようということで腹をくくってディレクションに臨んだ。

 結果として物理的、時間的にどうしても手に負えない面があったので、とてももったいないと思いながらも話を流してしまったが、今回、一つ思ったことがある。日本の出版業界、新聞業界は「再販制度」がありそれに守られて一定の競争原理の緩和が図られている。私は「再販制度」それ自体は必要であり、これを廃止するべきだとは到底思わない。そのような暴挙に踏み切ったならば、並み居る学術出版は皆壊滅してしまうであろう。劣化した出版物しか世に出回らなくなる悪夢よりはずっとましである。

 だが、出版社が独自にオンラインで書籍を売ろうとする時の工夫はおそろしく不足していると思う。ウェブサイトの作り方にしても、発送の方法にしても、課金のやり方にしても全てがそう。限界までコストを削って格安に届けようという努力が全然足りない。

 日本には書籍の販売については、新刊から古書まで数多くのオンライン通信販売が存在するが、アマゾンはその中でも別格の利便性、格安で迅速な発送、安全性、情報の豊かな供給に成功した巨人である。アマゾンは本、雑誌の通販についていうならば「お手本」といってよい。

 だが、アマゾンは出版社ではない。本屋でもない。ビデオもCDも、その他のものも何でも売る。だからこそ使いやすいウェブ作りに注力してきた。同じことを日本の他の出版社も自社のものについてやらなければならないのではなかろうか。友人の出版編集をしている人間に聞いても、効率的で現代的な業務改善についていうならば、実際の努力も、そもそも発想力それ自体が大きく遅れていると断言した。本人は内側にいる立場なのであまり大声ではいえないことであるが、日本の出版業界は大きく遅れている面がある。

 そういう面での努力を怠りすぎると、やがて「再販制度」それ自体を弾劾するための引き金にもなりかねないのではないか、と思えてならない。

金谷山 大法寺

a1845223.JPG 鎌倉新仏教の一つ、公案の他、風変わりな読経でも有名な臨済宗。元々、臨済宗の寺というものは数が少ない。吉祥寺には妙心寺派の寺が一つある。金谷山、大法寺。非常に小さな寺である。つい最近、裏手の道路に面した土地を全て購入し、檀家さん専用の駐車場を作ったばかり。

建物は全て普通の一般住宅とあまり変わらない近代建築。法事をやっているなど、よほどのことが無い限り山門はぴったり閉まっている。

 門を入るとすぐに駐車場。これがあまりに狭隘だったため、裏手に広い駐車場を作ったようだ。門の正面にグレーのコンクリートで出来た「お徳地蔵尊」がある。塀越しに頭の部分だけ見える。三枝惣太郎の作によるという。

 本堂も小さい。吉祥寺通りを北へ進み、武蔵野八幡宮を通り過ぎて、「四軒寺」信号の次の信号機を右に入ったところにあるが、ここは日中、自動車が入れないようになっている。ガードをどけてどんどん入っていってしまう自動車もあるが、交通違反で取り締まられることもあるはず。

 ちなみに右に曲がらず、左に一方通行路を入るとすぐに武蔵野市立第四小学校がある。
  
 金谷山 大法寺
 吉祥寺東町2−9−13

武蔵野古物商防犯協力会

 武蔵野警察署管内で古物商を営む個人、法人は、漏れなく武蔵野古物商防犯協力会に登録しなければならない。私も登録している。東京都公安委員会の許可を受けて武蔵野警察からプレートや資料など一式をもらう。

 古物商でも会を作っている。今年は谷合睦郎さんが世話人。
 
 0422−31−6717
 180−0023 武蔵野市境南町3−8−4

産科フィスチュラ

f20b025a.bmp 今世紀の世界をざっと見回してみると、だれもが容易に気がつくことがある。あまりに目を覆うべき地獄の現実に苦しむ取り残された大陸が一つある。それがアフリカ。内戦、専制政治、対人地雷、エイズ爆発、砂漠化、飢餓、環境破壊、難民、女性虐待、資源の奪いあいによる殺し合い。数え上げれば全くこれほど絶望に満ちた大陸は他にない。つい先ごろ、NHKがNHKスペシャルでアフリカ大陸の惨状についての特集シリーズを組んだが、その内容たるやすさまじいものであった。

 さて、あまり知られていないアフリカの女性問題の一つに「産科フィスチュラ(Obstetric Fistula)」という言葉がある。「ろうこう=瘻孔」、「ろう」ともいう。「女性割礼」問題と並び、アフリカ女性を悩ませるたいへん深刻な問題である。

 アフリカは初等教育の水準が非常に低い地域が多い。公衆衛生という観念も概念も無い。したがって、適切な医療を受けることができないため、無謀に出産に挑むことを余儀なくされた女性たちは時に陣痛が長引いたりすることが良くある。こうした場合、出産後に膣部に多大の打撃受けてしまい、そこから、糞尿漏れ、合併感染症の発症、身体障害、下肢障害といったことが多発する。こうした場合、普通は酸欠状態になり胎児も死産で終わる。

 アフリカでは女性が非常に若い年齢で女性が結婚する。未熟な体、骨格の発達が未発達なままに妊娠、出産を余儀なくされる。このような難産は十代中頃という早い婚姻年齢が大きな原因にもなっている。ただでさえアフリカは栄養不良状態で女の子の発育は大きく遅れている。アフリカの一般的な婚期に達するまでに骨盤の成長が全く間に合わない。

 だが、このフィスチュラは、ほぼ9割前後は手術で治る。再び妊娠、出産することも問題ない。要するに、公衆衛生と初等医療が最重要ポイントということになる。医療が十分に受けられる先進国では、ほぼ19世紀までに撲滅された症状。帝王切開による出産もこれを回避する一つの選択である。適切な産婦人科医療の介入が必要な場合にそのような措置が受けられないと、こうした途上国の貧困女性に、膣の孔から流れる便や尿が抑えられず、自らの排泄物にまみれた生活を強いられるという悲劇を生む。彼女たちは負担のかかる出産で自分の子どもを失った精神的な打撃に加えて、さらに身体的な症状に苦しむ。

 こうした問題への果敢な解決を目指す団体がある。それがフィスチュラジャパン。アフリカの中でも政情不安、専制政治、飢餓難民などの多発にも悩むエチオピアに限定して、悲劇的な女性を救済するため、無料治療を続けるアジスアベバ・フィスチュラホスピタルを支援するために設立された。エチオピアのアジスアベバには國枝美佳さんが現地リエゾンとして担当駐在している。

 この病院は、フィスチュラ罹患少女・女性に無料で手術を施術する非営利の病院。手術が成功した患者の生活再建にも助力し、国際的なフィスチュラ研究教育機関に変貌しつつある。フィスチュラジャパンは、日本で唯一、産科フィスチュラ問題に取り組む団体。賛同してくださる方の支援を切望している。

 ちなみに最近は、先進国であるはずの日本でも、若い女性が極端な栄養の偏り、運動不足など食と生活が大きく乱れたことにより、体格、骨格面でかつての日本人女性よりも大きく劣ってきている。ちなみに現在の小中学生世代が史上最悪なのだという。これが20歳前後になった時が非常に懸念される。したがって、日本でも出産等に伴うフィスチュラが生じる場合も皆無ではなく、症例が稀で少ないため、診断や治療に苦慮することがある。小児科医、救急救命医と並び、産婦人科医がそもそも減っており、国内でもこれに悩んでいる女性が存在する。

 フィスチュラジャパン代表を務めるのは中山道子。憲法学、比較憲法学、英米法などを中心に活躍していた法学研究者で、今は退職し別の道を歩いている。フィリピンの小児性愛被害問題に取り組むプレダ(Preda)のカトリック司祭、シェイ・カレン神父の日本来日時にシンポジウムをアレンジしたりといった活動を為していた。西洋政治思想の理解に深い。英語の語学力にも優れる。
 
 女性割礼の問題はしばしば知られているが、フィスチュラはまだ圧倒的に知名度が低い。アフリカの悩みはますます深い、と思った。
 
 フィスチュラジャパン代表 中山道子
 104-0061 東京都中央区銀座1-22-12 ノルン株式会社気付 
 電話03-5159-9890
 メール info@fistula-japan.org

 フィスチュラジャパン
 郵便振替口座 00150-9-630504
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