2007年06月

小坂忠

 フォークギターを弾き始めたのは、中学生の頃。偶然、年度末の引越しシーズンに自宅近くのゴミ捨て場にSuzuki製のギターが捨てられていた。あちこちにへこみや傷があり、糸巻きは壊れかかっていてひどい状態であったが、幸いなことにネックが折れたりひびが入っていたりしなかったのでストリングスを新品に交換すれば演奏は可能な状態。それを叔父が見つけてくれたのでそのまま使い始めた。以来、何と30歳を過ぎるまで私の使っているギターはそれである。今も使っている。30歳を過ぎてから別のギターを買ったが、その後も身の回りに置いているのはそれ。Suzukiなどというメーカーはギターメーカーとして全く知らない。作りからしても高いギターではないことは明らかである。ただ、これは私の青春時代そのものを彩ったギターであるので、ギターとしての価値はゼロだが一生、売らないし、捨てないことだろう。

 当時の私にとって憧れのギターといえば、マーチンでもギルドでもなく、ヤマハのLLシリーズであった。胡蝶貝のインレイ装飾が施され、希望すれば自分の名を指板に入れてもらうこともできるカスタムモデル。御茶ノ水のクロサワ楽器店などでは当時の価格で軽く40万円以上の値段がついていた。眺めてため息をついたものである。
 
 そして、そのヤマハのギター開発、生産について特別のアドバイザーになっているギタリストたちがずらりとカタログに名を連ね、そこには垂涎の歌手たちが。憧れのさだまさしを筆頭に、長渕剛、松山千春、小椋佳、中島みゆき、南こうせつ、チェット・アトキンス、そして、ポール・サイモン。その中に一人、キリスト教徒としてゴスペルソングをオリジナルで作って歌っていた小坂忠というシンガーソングライターが混じっていた。彼は岩渕まこととともに当時1970年代から大活躍していたフォークギター歌手。私も何度となく彼の演奏、ライブを聴いたことがある。

 彼は華奢な体で丸いめがね、温厚なパーソナリティで人気があった。若い頃から女性ファンにも熱狂的な人気があった。今はちょっと渋いおじさんになっている。彼の本職は牧師。埼玉県所沢市にあるプロテスタントのペンテコステ派、日本フォースクエア福音教団・秋津福音教会(Akitsu Gospel Church)の牧師である。妻である高叡華さんとともにここに暮らし、妻とともにミクタムレコードというゴスペル専門のレコード会社も経営している。
 
 日本フォースクエア福音教団・秋津福音教会
 〒359-0025 埼玉県所沢市上安松96
 http://www.hat.hi-ho.ne.jp/~fsq-akitsu/top.html

 私は小坂さんとと直接、親しい間柄ではなく、互いの面識はない。どういう人であるのか、信頼に足りる人であるのかもわからない。人間としての信用は見極めることができない。

 その彼、一つ極めて心配な点がある。このウェブログでも散々ご紹介したように私に損害賠償請求(名誉毀損による)の民事訴訟を吹っかけてきてあえなく敗訴し、他にも「ゆうきの会」被害者たちから、榊山が信徒らに行った暴行などを理由とする巨額の民事損害賠償請求で係争中のハレルヤコミュニティチャーチ浜松教会(主任担任牧師・榊山清志)で7/29(日) でライブコンサートを行う予定になっていること。以前から小坂さんは榊山と親しい間柄にあり、何度となく榊山の教会、および支部教会などでコンサートをしてきた。

 小坂忠コンサート 7/29(日) am10:00〜 pm 3:00〜
  小坂忠先生をお迎えしてのライブコンサート。
  午前の礼拝と午後のコンサートの贅沢なプログラム。
  ハートフルな小坂先生の演奏にご期待ください。
 
 彼ほどの人物が、榊山清志のやってきたこと、やっていることを全く知らないわけがない。もはや私のウェブログのみならず、多くの媒体を通じて、また、他ならぬ静岡地裁浜松支部の法廷を通じて彼の悪行三昧は世に知れ渡っている。小坂さんは少なくも榊山に関する色々な話は多く耳にしつつもそれでもなお榊山と袂を分かたずにいる。これはたいへん問題が大きいと思われる。すでに榊山と親しい関係にあった他の教会も一斉に距離をとり、彼を警戒している。例えば、神奈川県の大和カルバリーチャペルはかつて牧師が榊山とその牧会を絶賛するウェブサイトの記述を載せていたがすでにこれを削除している。大和カルバリーチャペルの責任も決して小さくないと私は思うが、それでもこうした状況になって榊山との関係を清算しようとする程度の冷静な判断能力は持っている。

 小坂忠はこれまで色々紆余曲折を経た人生遍歴を経験しているが、HCCの榊山と足並みを揃えて活動しているのは非常に望ましくないこと。そのことに早く気がついてほしいと思う。

7月7日 人形劇 木ぐつの木

 7月7日 日曜 午後2時から3時 
  
 本宿コミュニティセンター (本宿小学校横)

 東京には多くの人形劇団があるが、その中の一つ、木ぐつの木による無料の人形劇がある。ヤギが主人公の人形劇というあたりが非常に良いと思う。

 人形劇団、「木ぐつの木

 題目: ヤギさん郵便配達、タマと遊ぼう

ウルスラ会修道院

5be6f295.JPG 吉祥寺駅の北口から北西循環線のムーバスに乗っていくと、ぐるっと一回りしてから最後に吉祥寺駅へ向かって西から東へ、東急百貨店脇に到着するまっすぐ伸びる道を走ってくる道路がある。成蹊大学の学生らが通学路にも使っている一方通行の道であるが、この道に面してカトリック・ウルスラ会の東京修道会がある。ちょうど成蹊大の正門からまっすぐ南へ伸びる道を歩き、東の駅方向へ曲がる四つ角のところにある。

 一見すると単なるワンルーム、学生専用のアパートのようにも見えるがこれが修道院である。北へ歩いて2,3分でナミュールノートルダム東京修道院がある。ノートルダム修道院は広くてきれいな芝生があり、高いケヤキの木なども聳え立つ立派な建物であるが、こちら、ウルスラ会はたいへんに質素なつくり。そのせいか、中にいらっしゃる修道女たちも非常に庶民的、素朴で気取るところがない。ウルスラ会といえば、宮崎駿監督、「魔女の宅急便」の中にも森の中に佇む修道院として描かれたことがあった。

 正式な名は、「聖心のウルスラ宣教女修道会」といい、女性しか所属しない。イタリア、ローマで創立された。1575年のこと。創立者はマッダレーナ・モリナリ。日本の本部は福岡市にある。

 聖心ウルスラ幼稚園を経営しており、また、その卒園生向きに白ゆり会という日曜学校も行っている。

 http://www17.ocn.ne.jp/~omsc/

8月3日 金曜 吉祥寺ホーム 夏祭り

 私のご近所でもある吉祥寺北町2丁目、武蔵野第四小学校近く、高齢者総合福祉施設の吉祥寺ホームが夏祭りを予定している。

 8月3日 金曜 夕方5時から8時 
 場所: 吉祥寺ホーム 
 
 やぐらを組んで盆踊りも開催される。小ぢんまりとした良い感じの祭りである。

 夏祭り当日、特注のうちわも作成、配布される。この資金に当たる広告を出すお店として私たちのパソコンオンサイトサポートと、クリスマスイブコンサートも掲載しているので、ぜひ、ご高覧いただきたく。

 1800001 武蔵野市吉祥寺北町2−9−2
 吉祥寺ホーム   0422−20−0800

牧師・榊山清志、弁護士・松下泰三 控訴せず 判決が確定

 私に対して静岡地裁浜松支部の民事部に損害賠償請求の提訴を行った、牧師・榊山清志、弁護士・松下泰三は、全面敗訴の判決を受け入れて控訴しないことが決まった。控訴期限の2週間が過ぎたことによって一審の判決が固まり、確定判決として既判力が生じることになる。

 静岡地裁浜松支部 民事部 平成18年 (ワ) 第300号 損害賠償請求事件
 口頭弁論終結日 平成19年2月19日 
 平成19年6月1日判決言渡  裁判長 矢作泰幸 
 裁判所書記官 安野雄晴

子どもに与える暴力の傷

 世に暴力の魔力にとりつかれた人間は紛れもなく存在する。それは古今東西、変わることがない。そして、残念なことに女性よりも男がこの闇に足を取られることが圧倒的に多い。それはその人物が例えば医者や法律家であろうと、聖職者(牧師、僧侶など)であろうと変わることはない。スポーツの世界の指導者、コーチのように一定程度こうした愚かな暴力人間が多数存在し、体罰が常態化している世界はあるが、人間である以上、暴力に手を染めたまま落ちていく人間が生まれることに変わることはない。

 これが極限的に膨張し、しかも政治権力を握って専制化したものが独裁者と呼ばれる。金正日もサダム・フセインも、古くはネロやソロモン、西太后もそうであった。そうした世界に生まれついた市井の人間は考えうる最悪の辛酸を舐めさせられることになる。

 感受性が強く、可塑性に富んだ人格形成期の子どもの心に刻まれた暴力の傷は、その後、何をやっても一生癒えることがない。私もとある公立中学校を卒業しているが、その時に目の当たりにしたサッカー部やバスケットボール部の顧問の教師、あるいは体育教師、偉そうにふんぞり返って出入りするOBと称する煮ても焼いても食えないごみのような連中の大人が見せた横暴と暴力については今なお、思い出すだけで身の毛がよだつ思いである。

 自宅を児童養護施設として運用しているある女性がこんなことをおっしゃったことがある。初めて引き取って育て始める時には子どもは不安から怯えきっていることもある。しばらく一緒にすごしても心を完全には開けず、大人に対して媚びたり、へつらったり、お世辞をいったりするような態度があると。食事の後のお礼の挨拶(それ自体は何も悪いことではない)が度を越して丁寧すぎたりすることも、かえって不自然な印象を拭いきれないと。自然体で安心して子どもたちが振舞えるようになるまでには個人差もあるが、かなりの期間が必要だ、という。

 子どもに与える暴力の傷はあまりにも根深い。実の親がしつけでやったものではなく、他人の大人に理不尽になされた場合はさらに深かろう。そして、そのようにしてガラス細工のように繊細なこどもに暴力をふるった大ばか者の愚か者男たちの圧倒的多数は、そのことをその子どもにただの一度でも詫びることなどないのである。また、そのことを直接、間接に見聞きして知っているその愚か者男の周囲のものは、それを見てみぬふりをしている責任をどのように考えているのであろうか。

 いずれ自身のなした罪に全て直面させられる日が来る。

無断転載を繰り返す阿修羅 

 以前、阿修羅という正体不明のウェブサイトを運営する日本人が、私のこのウェブログの文章を何度となく勝手に全文引用し転載を繰り返すことについて怒っていることを書いたことがある。阿修羅には何度もメールでそうしたことを辞めるように、また、すでに無許可転載したものは削除するようにと申し入れているのにも関わらず、一切、返事がなく完全無視状態。連絡先がメールアドレス以外にわからないので手の打ちようがない。

 文章は後から間違いがわかったり、推敲をして手を入れることもあるのでこういうことをされると本当に頭にくるのであるが、阿修羅の男にはそれがわからないようだ。また、こういう阿修羅のような男と同類項のように扱われるのはとても不愉快で不本意極まりないのだが、連中の思い上がりはとまることがない。

 硫黄島について書いた昨日の文章も再び、引用している。
 
 http://www.asyura2.com/0601/ishihara10/msg/545.html

 こいつらにきついお灸をすえる方法はないものだろうか。

花泥棒

 私はささやかな楽しみとして鉢植えを買ってきてプランターに植え替え、育つのを眺めることが趣味の一つ。夏は夕顔、また、年間を通じて観葉植物のアジアンタムが好きであるのでちょこちょこ植えている。両親はその他、あれこれ色々な種類の植物をいじって遊んでいる。

 ところが、その鉢植えのうち3つほどが忽然と消えてしまった。花泥棒の盗難に遭ったようである。金曜日まではあったのだが、60cmほどのアジアンタムの長いプランターと、小さなサボテンの鉢植えがなくなった。特に一つのサボテンは珍しく非常に美しいきれいな花が咲いたばかりということで父親が喜んでいたものでもあった。花は萎れたが、このようにして花が咲くのかととても興味深く眺めていたものである。

 かつて、バラや椿の垣根に咲き誇る花をいくつか切り取っていくようなものを花泥棒といい、それはそれで全く悪いことであるが、何十と咲いている花のうち一つくらい持っていっても罰は当たらないというような意味で使われた時代もあった。育てている植物好き、花好きにとってはそのようなことをされれば腹立たしいことに何ら変わりはなく、悪者の開き直り的な言い訳であるが、しかし、本当にその程度であれば花の主は気がつかなかったかもしれない。

 だが、私が被害にあったものは鉢植え、プランターごと持ち去ったものであり、完全な窃盗罪。誰が持っていったものかわからないが、もし、万一、見つけるようなことがあれば絶対に許さん。

 畑ばかりが周りを取り囲んでいたのだが、数年前から自宅近くはあれこれ小さなワンルームタイプのアパートが続々と建つようになり、全く名前も素性も知らない人たちが急激に増えはじめてやりにくい、暮らしにくい時代になった、と実感している。その頃から、ごみの出し方がでたらめなもの、真夜中に大きな声を出して歩いていくもの、夏の夜に駐車場や公園でロケット花火をしでかすもの、早朝や深夜に車のエンジン、クーラーをつけっぱなしにして長時間停車しているものなどが明らかに増えてきた。生まれて初めて自宅前に止めておいた自転車がかっぱらわれたのも2,3年前のことだった。結局、偶然、吉祥寺の駅のガード下に放置されているのを見つけ、盗難届けを出した3日後に自力で回収したものであった。きっと通勤、通学に時間が間に合わず、勝手に乗っていって乗り捨てていったのであろうと推測される。自宅前まで戻しておくならばまだしもふざけた人間である。

 花泥棒は実害よりもその被害者の心に極めて不愉快な心情を掻き立てる点がもっとも罪が深い。そのことを本人は思いもしないであろうが。

ブッシュJr. 支持率26%に低下

162dd89b.jpg 6月21日のブッシュJr.

 最新の世論調査でブッシュJr.の支持率が急落している。どれほどスキャンダルが続いても3割を切ることはなかったが、これが26%に。これまでの最低記録であり、また、不支持率が過去最高の65%になった。(ニューズウィーク誌)

 ウォーターゲート事件を引き起こしたリチャード・ニクソンのワースト記録(23%)以来、最も人気のない大統領はジミー・カーターであったが、ブッシュJr.はその記録をめでたく更新。

 私にはいまだに4人に一人があのおばかさん大統領を支持しているということが大いなる驚きであるが、徐々にこの支持率がより下がってくることを、そして、史上初、支持率が2割を切る大統領として大々的に名を残してくれることを切望している。

硫黄島

ea199b1b.jpg 小笠原村の一つ、硫黄島は「いおうじま」と時に言われてきたが、公式に「いおうとう」に変更された。国土地理院が名称変更を行ったことで公にはこちらに統一される。元々、「いおうとう」という言い方が正式な旧称であり、これを復活させただけである。

 第二次世界大戦中、日本とアメリカはこの硫黄島で激戦を行った。アメリカでは「イオウジマ」の名そのまま通じており、日本軍への勝利を象徴する地名として定着。摺鉢山に星条旗を数人の米兵がまさに立てようとする瞬間を銅像に仕立て上げて記念してきた。アーリントン墓地にこの銅像がある。海軍の保有する強襲揚陸艦も「イオウジマ」という名前である。加えてつい先日、イーストウッド監督が「硫黄島からの手紙」として映画を完成させたことで知名度もますます上がり、「第二次世界大戦で最も英雄的な戦闘」として認識されている。

 したがって、国土地理院が行ったこの名称の変更はアメリカ退役軍人の間で強い不満をもたらす。彼らは漢字を使わない、読めないので音読みと訓読みの呼称が変わっただけだということがわからず、読み方の変更は地名そのものが変わると同じである。

 イラク戦争にも終始一貫大賛成、超がつくほどの国家主義的報道で悪名がとどろくアメリカの右翼テレビ、フォックスは、

 「日本が歴史を書き換えた」

 と報じている。そうした内容の変更ではないことは日本の中学生でも容易に理解できることであるが、フォックステレビの編集者にはそれが理解できないらしい。ニュース報道をてがけるマスコミ、メディアとしての資質が初歩的な水準で達成されていないようだ。
 

 ヘインズ退役中将(海兵隊)
 「率直にいって好きになれない。イオウジマの名はわれわれの伝統であり、遺産の一部だ。」

  デービス広報官(退役軍人協会(VFW))
 「旧称への差し戻しは日本のやったことだが、イオウジマの名はアメリカの軍事史に燦然と輝く。」

 「偉大な大統領」にあやかったロナルド・レーガン空港(あるいは図書館)から、新記録達成のスラッガーを記念したマグワイヤーストリートに至るまで、土地や通り、建物の名前をお気軽に変更する文化はむしろアメリカが日本よりも遥かに強い。自分たちがどう思おうと勝手だが、他国の地名変更についてまでありもしない難癖をつけて横暴に振舞う傲慢な連中につける薬はない。

Pentium 4 と Core 2 Duo

8b9e98d4.gif パソコンの中身でパソコンそのものの処理を行う中央演算装置のことをCPUというが、現在、もっとも新しい新世代のプロセッサーとして使われているのが、コア2デュオ。インテルが開発したCPUであり、電力効率に優れている上にマルチメディアに優れている。処理速度が速い。これの弟分でCoreDuoというものもあるが、2という数字が入っていることからわかるように2つの処理を同時に行う仕組み、マルチコア技術を採用しているのでコア2デュオは非常に速い。

 完成度が高いCPUということで、従来はインテルのCPUはウィンドウズ機にばかり搭載されてきたが、このコア2デュオについてはアップルのマッキントッシュ最上位機種にも採用された。マックとウィンドウズの違いがなくなってきている。

 つい1,2年ほど前まではそれまで最速とされたCPUはPentium4、あるいはその後のPentiumDであった。だが、これらは致命的な弱点があり、まず、発熱量がすさまじいこと。当然、電力消費量もすごかった。Pentium4をデスクトップ機に組み込もうとするとまず、電源を選ばなければならない。基本は500W以上のものが望ましいとされていた。3.2GHzといった最速のものでは550Wくらいがあって良いといわれた。

 実際、これらの電源を使ってみるとものすごいものである。フワーンという強烈な排気ファンの音の他に、かなりの温度になった熱い風がマシンから絶え間なく排出される。

 「これ、熱暴走して壊れないか?」
 
 と本気になって心配してしまうほどであった。ましてこれが熱のこもりやすいノートパソコンであった場合はさらにひどい。廃熱、電力消費は驚くべきものであった。私はノートでPen4、3.2GHzのものを使ってきたので全く頭が痛かった。あまりに廃熱ファンの音がうるさすぎて耳栓をしなければ使っていられない。熱が気になってしかたなく、真夏には扇風機を当てながら使っている状態であった。

 Core2Duoは徹底的に電力効率を追求したため、効率を落とすことなく同時により多くの作業を処理できるように開発された。電源は400Wもあれば十分に動いてくれるし、静粛性に優れて廃熱も少ない。

 超高速化が進みすぎた携帯電話と同様に、超高速化されたパソコンは実は相当に電力を使うものであるが、この新しいCPUはそういう点でも優れている。ようやく環境負荷を低く抑えられる方向へ電力消費と廃熱が下がってくれるモデルが出たことは、朗報といえると思う。私なぞこのままの調子でPentium5が出たとしたら、パソコンを使っているうちに低温火傷するのではなかろうか、と本気で心配していた。
 
 実際、FOMAや3D機など最新機種の携帯電話では長時間の利用で低温火傷するものがある。携帯電話にそこまでの機能を組み込むことが必要であり、また現実に要求されることかと考えると、私は相当に疑問だ。携帯は数ヶ月で壊れたり交換されたりする。バッテリーや液晶、チップの開発、生産にかかる費用や負担を考えると、とんでもない環境破壊要因になっていると感じられてならない。

「日の丸・君が代」 の判例

 小渕内閣、野中幹事長時代に立法化された「国歌・国旗法」は、当時、立法時の議論においては、明確にこれらの強制はしないことを明言していた。しかし、現在、実際上は全国で入学式、卒業式の時に、国旗に向かって起立せず国歌をしっかりとした声で斉唱しなかった場合、それを理由に校長から出された「職務命令違反」とされて処分を受け、これが勤務評定にも響き、昇進、昇給にも影響する事態となっている。 

 これについて、定年後の再雇用を東京都教育委員会に職務命令違反を理由にして取り消された都立高元教諭ら10人が、昨日の東京地裁一審判決(佐村浩之裁判長)で敗訴した。都を相手取って再雇用職員としての地位確認などを求めた争いであったが、これで原告の元教諭らは教員の職に戻ることはできない。

 「式典で起立、斉唱することは儀礼的な行為で、思想・良心の自由を侵害するものではない」

 君が代の斉唱を職務命令で命じた校長の行為を合憲、原告らをこれを理由に再雇用しなかった都教委の処分も裁量の範囲内、と判じた。

 さて、この判決をどう見るべきであろうか。

 この判決で合憲判断が出されたことについては、先に最高裁小法廷判決で合憲判断がなされたことが極めて強く影響している。この2月27日、君が代のピアノ伴奏を拒否した女性音楽教諭に対する訴訟で、伴奏を強制的に命じた校長の職務命令は、憲法が保障する「思想・良心の自由」を侵害しない、という判決である。最高裁としては初判断だった。

 少しでも法学部で法律を学んだ人はすぐにわかるが、日本では最高裁判所が出す判例の影響力が極めて大きい。今回は小法廷判決であるが、最高裁の判断となればその後の同種、同類の訴訟にあっという間に影響を及ぼす。同一の訴訟が最高裁から破棄差し戻しを受けた場合は下級審がその判断に拘束されることになっているが、同種、同類の裁判では事案ごとに内容が異なっているので必ずしも同じ色に染められることは理論上はないはずだが、日本では燎原に火を放ったがごとく、同じ判断の枠組みが一挙に広がっていく。日本において裁判官の独立という概念は、その実質においてとても脆弱である。

 その最高裁判例で合憲判断が出たことが今回の地裁・一審の合憲判決に繋がっている。だが、最高裁が扱った事例は、

 1.直接、声に出して「君が代」を奉唱することを拒否したものではなく、そのピアノ伴奏を拒否したもの。 

 であり、

 2.これを理由に再雇用を取り消しされ職を奪われた事案ではなく、現役の教諭に対してなされた懲戒処分を争うもの。

 であった。内容が大きく異なる。

 私は先の最高裁判決が、この女性教諭の考えについて

 「歴史観ないし世界観」、「社会生活上の信念」だ、と指摘しただけで、彼女の「思想・良心の自由」に当たるかどうかの判断をせずに逃げたことを非常に許しがたく考えているが、しかし、それでも最高裁判決では、、〈1〉思想の強制、〈2〉告白の強要、という二つの基準を示して侵害されるかどうかのラインを示した。

 「思想の強制」とは・・・
  → 国家が個人に対し、特定の思想を持つことを命じたり、別の考え方を持つことを禁じること。

 「告白の強要」とは・・・
  → 例えば「踏み絵」のように、内心で信じていることを強制的に表明させること。

 その上で最高裁判決は、ピアノ伴奏は音楽教諭にとって通常の職務の一つに過ぎず、思想を強制したり告白を強要したりしているとは言えないから違法ではない、結論づけたのだった。自分が気に入らず、嫌悪する曲であったからといって音楽教諭が歌うことではなく、伴奏することそれ自体を拒否しないように強制命令されたとしても合憲だ、と判じたものである。

 しかし、今回の東京地裁判決はこれに当てはまるだろうか。音楽教諭がピアノ伴奏をする事案ではなく、普通の教諭が声に出して

 「君が代は 千代に八千代に ・・・ 苔のむすまで」

 と実際に大きく声に出して歌え、と命じられている案件である。この世を「君が代=天皇陛下の世」と思わない、思いたくない人にとっては、ある意味で「踏み絵」よりもひどい仕打ちであると言うこともできる。しかも、これによって決まっていた再雇用が取り消しされている。単に厳重注意や訓告を受けただけではない。キリスト教徒の私が都立高校で教えているとして、「君が代=天皇陛下の世」を称える歌を必ず歌わねばならないと強制命令を受けたならば、耐え難い思想・良心の侵害以外、何ものでもない。深刻な人権侵害の典型例といっても良い。

 君が代=天皇の世の永遠の発展を祈念した国歌、国旗が好きだ、あれらに愛着を感じる、尊崇の念を示してあまりある、とお考えの方はそれはそれでよい。それもまたその人の「自由」であり、そのことも「基本的人権」として極めて高く尊重される。しかし、それと同じことは、そう感じない人たちがそれを行わない「自由」を保障した上で成り立つことである。日本はもはや天皇制国家ではない立憲主義国家であり、人権原理を採用した民主主義国家である。もし、今回の訴訟が自分たちがイスラム教徒、キリスト教徒であることを前面に押し出し、外国籍の原告も混じっていたような場合にはもっと深刻な論点になっていたことであろう。

 だからこそ、同じ東京地裁が昨年9月、これら国歌、国旗の強制命令について違憲判断を示しているのである。今回の判決は、都の通達による職務命令を合憲とした初の司法判断。同じ東京地裁でも全く正反対の結論になっている。

 この判決をそのまま敷衍していけば、

 国歌を強制的に歌わせること
 国旗に強制的に敬礼させること
 国歌・国旗への尊崇を強制的に生徒に教えさせること


 といった権力的行為が人権侵害ではないと評価され、全て適法、合憲な問題ない行為として無自覚に膨張していくことになる。現在の国歌、国旗、つまり、日の丸・君が代は、国家神道としての祭儀を担い、その象徴である(あった)天皇制を中心に奉っている世界であるが、これらは例えば、イスラム教やキリスト教の世界観とは理論的に全く相容れない。
 
 しばしば日本のキリスト教徒において、特にカトリックや聖公会の人に非常に多いのであるが、自ら進んで積極的に国歌斉唱、国旗掲揚・敬礼、皇室への尊崇を示してにこにこしておられる方がいる。そういう人たちが書き記した文章を何度も読んできたし、そういう人たちの話を何度となく目の当たりに聞いてきた。しかし、あれは私にとって、何回読もうと、何度納得しようと努めようと、ついぞ理解できない理解不能で不思議な認識、態度の一つである。

トニー・ブレアをEU大統領にしたいサルコジ

 新しいフランス大統領になったばかりのサルコジが、現在、他のEU加盟国に大英帝国、トニー・ブレアのEU大統領就任構想を積極的に持ち掛けている。EUは21日から二日間、ベルギーのブリュッセルで首脳会議を開く予定であり、EU運営のベースになる新基本条約について話し合う。
 
 EU加盟国政府を代表するEU理事会議長は、各々の国家首脳が半年ごと、持ち回り担当だった。これを新条約成立後には常任で議長職として置きたいという計画がある。つまり、これがEU大統領というような位置づけになるわけである。
 
 しかし、アメリカのブッシュJr.と並んであの完璧な違法戦争であるイラク侵攻に手を染めたブレアを、この時期にEU常任議長職につけたいという感覚が全くわからない。

 今、英国はただでさえアラブ世界、イスラム教徒から猛烈な反発を買っている。というのも、イスラム教をおちょくり、揶揄した小説、「悪魔の詩」の著者である作家、サルマン・ラシュディ(59)に英政府がナイトの爵位を授与したばかりだから。ラシュディは最高指導者、ホメイニから死刑宣告を受け、そのままホメイニが他界してしまったため、ファトワとして発令された死刑宣告が取り消せなくなってしまい、今でも命を狙われる立場にある。この著作の翻訳者だった五十嵐一教授が勤務先の筑波大学エレベーター前で喉をかき切られ惨殺された事件もあった。今回のラシュディの受賞理由は、「文学への貢献」となっている。私は個人的な考えとして、ラシュディは作家、文学者としても全く優れているとは思わないが・・・。もちろん、人間としても単なるパーティ好き男に成り下がった彼に人格的魅力はない。

 現在、イラクの隣国、イランへ向けてアメリカは空爆をしたくてたまらない。イランはこれを警戒して大陸間弾道ミサイル=ICBMの配備まで具体的検討に入ってしまった。こういう極めて不安定な時期に、ホメイニがいたイランを大きく刺激するような叙勲を実行した意図がわかりかねる。

 イランは烈火のごとく怒り狂っている。「文化イスラム普及機構」はこの爵位授与に抗議するよう国際社会に呼びかける声明を出したし、外務省のホセイニ報道官は
 
 「イスラム社会で憎悪の対象になっている人物への叙勲は、英国政府高官のイスラム敵視の姿勢を明確に示す一例である。」

 強く非難している。英国がこのまま叙勲の撤回をしなければ、だれかが自爆攻撃をしても正当だ、とすでにパキスタン宗教問題担当閣僚が発言するように、実際、テロが行われるだろうと思う。

 ブレアは宗教の架け橋になりたいと財団設立を公にしているが、しかし、この世でそれにもっとも不適切な人物の一人がブレアである。その彼をEUの顔につけたいというサルコジは、少し頭が悪いのではないか、と思われてならない。ファーストレディ職をまるでやる気のない妻にも足を引っ張られそうな気配だが、サルコジは思わぬ落とし穴にはまって自滅する可能性が高いような予感がある。

ゾディアック

63d59950.jpg  実際にあった事件、“ゾディアック事件”をもとにして制作された映画、ぞディアックがただいま、吉祥寺のサンロード商店街の北端、バウスシアターで放映中。今も謎のままの事件である。監督は、『セブン』のデビッド・フィンチャー。

懐かしの風庵 foo-ang

3aa56354.jpg 吉祥寺の北口、ハモニカ横丁近くのレモンドロップ2Fに「風庵」というレストランがあった。foo-ang と綴る。なかなか素敵な店で人気もあったが、集客にやや苦戦したらしく、数ヶ月前に韓国焼肉店に変わっている。

 写真はかつて懐かしの看板。

サッカー ボールの蹴り方

cf7851a7.bmp * 写真はかつて屈指のキック力を誇った守備の専門家、オランダのクーマン。
 
 かつてあの”妖精=ピクシー”と呼ばれ、華麗なプレーで観客を魅了したユーゴスラビアのストイコビッチとともにプレーし、今は芸能人になった元エスパルスの中西が、中村俊輔のキックを参考にサッカーボールの蹴り方を指南、提案する番組をテレビ朝日系、「ナンだ?」でやっていたのをちらっと目にしたのだが、その内容に少しばかり違和感を感じたのでサッカーボールの蹴り方について少々・・・。

 サッカーではボールの蹴り方がいくつかあるが、基本は3つである。

 1.転がす  (インサイドキックなど)
 2.浮かす  (インステップ、イン&アウトフロントキックなど)
 3.打ち込む (シュート)

 これらを曲げたり落としたりするというのは高度な技術であり、アマチュアにそうそうできるものではないからとりあえず置いておく。番組ではこのうちシュートを取り上げており、キック力がない日本人は、体の左右をクロスさせるように絞って引き付けあいながらシュートを打つのが望ましいとされていた。それは日本人は欧米、ラテン系の人たちと比較して骨盤が垂直に近く立っているからという点が最大の理由とされた。

 だが、本当にそうだろうか。私の見る限りそれはかなり違う。蹴り方を変えれば強いシュートが打てるわけではない。強いキック力を手に入れるために必要なものは以下の3つである。
 
 1.足、足首の筋力
 2.柔軟な股関節
 3.強い腹筋と体幹

 体を左右で相互に斜めに引き絞るように使うという体の使い方の問題ではない。もし、そういう蹴り方をするようにと意識しすぎると、

 1.蹴るための時間が限られていて瞬間的にキックしなければならない時
 2.ボールを高く、遠くまで浮かさねばならない時
 3.ピッチの状態が悪くて軸足を抜けない時

 に全くうまくいかなくなる。しかもこういうキックの仕方は慣れて体得するまでにそれなりに高い技術が要求されるし、しかも膝や足首、腰、脇腹を捻ることにもなるので怪我をして筋肉を傷めることにもなる。中村俊輔のそれは小さい頃からそうした蹴り方をマスターしていた彼がやっているのでうまくいっているだけであり、それを普通の人間はそうそう真似できるものではない。しかも今の中村は決して非力な体重の軽い選手とはいえない。

 率直に申し上げれば、日本人の筋力トレーニングが少なすぎることが最大の理由である。それゆえ、まず、選手の体重が明らかに軽い。テレビの画面を通しても胴回り、腕や足の細さが際立っている。30年前ならばその細さでも通用したろうが、今はそうではない。ロベルト・カルロス、ロナウド、ルーニー、アンリ、シェフチェンコらの大腿部や体幹を見てみると、驚異的にがっしりしていることがわかる。マラドーナ、クーマン、中田英ら往年の名選手も、ロビンソンやカーンといったGKも、みなはち切れんばかりの肉体を持つ。だからキック力があるのである。

 また、日本人はストレッチや柔軟性を高めるための訓練が乏しい。本来、サッカー選手は体操選手並に体が柔らかくて良い。体が柔らかいということはつまり、可動域が広くなるということであり小さい体でも圧倒的にすでに持っている身体性を有利に発揮できる。また、怪我をしにくい体にもなる。
 
 蹴り足を中国武術のヌンチャクに模して見れば、後方に振り上げた足が柔軟性があって高く後ろまで振り上げられていれば、その遠心力で非力であってもキック力に反映することができる。さらにまた、足を振り上げた時、体がバランスを失ってふらふらしないためには腹筋を中心にした体幹の強さがなければへっぴり腰になってしまう。

 中年が混じる庶民サッカーではとたんにキック力が乏しくなるのは、これら筋力不足と股関節が固くなった人が多いからである。ピッチ横で見ているだけでよくわかる。庶民のサッカーでは全く足を大きく後ろ上に引き上げられる人が少ない上に、筋力不足でボールが浮かず、また飛ばない。

 あらゆる点において才能に乏しいこの私が少しばかり自慢できる、本当に数少ないことの一つが、一般人としてはキック力があるという点。今でも35歳の年齢を考えればかなりのものだと思う。だから今でもGKやセンターバックをやっていても、パンとキックやゴールキックを蹴る時にもそれなりに様になってくれる。股関節も柔軟だった全盛期の高校時代と比較すると見る影もないが、それでもまだ下半身はがっちりしているほうだからできることである。

 本当にサッカーでボールを強く蹴りたいのであれば、一にも二にもまずは力士のように左右と前後にぺたんと足が開くくらいまでに股関節を柔軟にするべく日々、ストレッチで努力することと、腹筋やスクワット、踵上げ下げ、膝下の振り抜きを強める筋力トレーニングをすることだと思う。蹴り方だけを技術的に工夫するだけではボールの弾道は見違えるように変わることはない。

 * これだけ偉そうなことをいっておきながら、先週の試合で試合終了5分前、決勝点がかかったPKを豪快にゴールポスト上の青空に打ち込んだ大ばか者はこの私です。

超絶技巧 エリック・モングレイン

cd4eddba.bmp NHKの世界音楽遺産という番組で、ゴンチチがカナダのギター奏者、エリック・モングレインを訪ねている様子が放映されていた。ゴールデン・ウィークのただなか、5月4日という日程で、しかも衛星放送BS2で放映されたのでほとんど見た人はいなかったはずだが、しかし、それでも放送直後からNHKに問い合わせが殺到。そこで総合テレビでの再放送となったらしい。

 モングレインはカナダ、モントリオール出身、1980年4月12日生まれ。ちょうど27歳である。子供の頃、クラシックギターをプレゼントされたことでそれを独学で弾いていたが、その後、エレキギターも手にする。だが、18歳の時にドン・ロスに魅了され、エレキから金属弦のアコースティック・ギターに持ち替え、マイケル・ヘッジズの「ヘッジズ奏法」を独自に発展させ、前人未到の演奏法を確立した。ギターのサウンドホールを真上に向けて膝の上に載せ、左手はまるでピアノを弾くように、右手は人差し指でドラムを叩くかのようにストリングスの上を軽快に叩いて音を出す。

 こうしたラップ・タッピングによるハーモニクス演奏の様式、技術は彼以外にほとんど使いこなせないのではなかろうか。不遇のストリート・ミュージシャンとして活動していたが、注目が集まるようになってきて、自らがYouTubeにアップロードしてPRしたオリジナル作品「AirTap!」の演奏、映像が大きな反響を呼び、アーティストとしてブレイク。初めてのソロ・アルバム、『FATES』が発売された。この12月、来日コンサートも予定されている。

 NHKの番組では、教会の礼拝堂の中で彼が聖壇前の階段に腰掛けて「AirTap!」を演奏していた。彼は頭髪をきれいに短く切りそろえていることもあるが、あれで典礼用のアルバ(侍者服)でも身にまとえば修道士のように見える。この曲はスペインのサン・セバスチャンで朝9時、彼が木陰の下にある石段に座ってギターを膝に置きながらモーニングコーヒーを楽しんでいる時に旋律が浮かんだものだという。夢中でそのメロディを弾き続け、喜びでいっぱいだったそうだ。

 お金儲けや名誉には興味がない、自分が楽しいことをやって生きて行ければそれが幸せで満足だ、と欲がない。まだ若手だが、今後、期待のギタリストといえよう。

四季の讃歌 発売

df7a52f8.bmp カトリックの典礼の中では多くの歌が用いられる。それをまとめたものが典礼聖歌集。しかし、それら全てが満遍なく歌われるわけではなくほとんど使われないために知名度が低い曲もある。あるいはまた、歌われたとしてもそれがユニゾン、単旋律で歌われることが多く、和音がどのように聴こえるのかがわからず合唱用に作られた作品のハーモニーを知ることが少ないという残念な現実があった。

 そこで典礼で実際に歌うための弾みをつけるべく、曲を4声で録音してCDが作られた。 
 
 「四季の讃歌」

 制作なさったのは久松祥三さん。歌ったのは主に久松さんの知り合いを中心にしたアマチュアの人たち。典礼暦の季節ごとに彼が選んだ親しまれやすい曲を録音した。四ツ谷のパウロ会聖堂にて行われた。伴奏を担当なさったのは浅井寛子さん。聖グレゴリオの家の音楽講師でもある。

 四ツ谷のイグナチオ教会売店やサンパウロで購入することができるし、通信販売もされている。実はこの録音のために練習が何度もあり私も下手くそながらそれに参加させていただいていたのだが、肝心の録音日程を勘違いしていて参加できず、久松さんに猛烈な迷惑をかけた前科がある。あの時は自分が情けなくまた、惨めでかなり落ち込んだ。

 教会の聖歌隊の参考資料、練習素材としても役に立つのではないかと思う。なお、この録音に参加なさった方々を中心に、今年の11月、カトリック築地教会でスターバト・マーテルの奉唱を予定なさっていて、その参加者を広く募集している。

日本語聖書検索ウェブサイト e-Bible

03907210.bmp 日本語で聖書の言葉をあれこれ検索できるウェブサイトはいくつかあるが、その一つが、e-Bible。英語との対訳が優れている。音声のサービスもある。

 ただ、コンテンツ作りの際に特殊な言語を用いたらしく、文字化けすることがある。ブラウザーの表示でエンコードを行い、「自動選択」にするか「日本語」を選択しないと文字化けが直らない場合がある。
 
 http://ebible.echurch-jp.com

捨て身で応戦した成果

 先週の金曜午後1時20分に判決が出た判決文が、今日の昼になってようやく特別送達で届いた。実に判決日から10日も経っている。静岡地裁浜松支部・民事部3Aの裁判所書記官、安野雄晴による手抜かりで発送が先週の7日(木曜)になったことから今日までかかった。何の連絡もなしに待ちぼうけを食らわされ業を煮やしてこちらから電話連絡をしたところ、そうした事情がわかったのだった。

 この安野という書記官は声の調子からいうと私よりも年下30歳前後くらいの若い男という印象。しかし、自身のへまから送達の遅れを招きながら、とにかく官僚主義的、慇懃無礼な男でどうしようもない。判決直後の問い合わせ時から非常に嫌な印象があったが、今日は電話口でいい加減怒鳴りつけてやろうかと思われた。3月末までこの訴訟を担当していた門松という男性書記官は非常に礼儀正しく、きちんとした人だったのでなおのこと安野の無礼が際立ち、腹立たしいことこの上ない状態。たかが一人の公務員がずいぶんと偉くなったものである。

 さて、10ヶ月に及ぶ長い訴訟がようやく終わり、榊山清志、松下泰三が私に対してなした請求が全て棄却されるという結果で一区切りがついた。遠く浜松まで引っ張り出され、プロの弁護士相手に素人単独の本人訴訟で対応することは普通の人には理解できない不安と孤独感との戦い。実際、たいへんな苦労であったが、しかし、今、私が思うことは、私が捨て身で榊山や松下と戦ったことで思わぬ波及効果があったということ。
 
 今まで彼らを表立って批判したりすることはすぐに訴訟問題にされるという恐怖から多くの人たちができなかったことであったらしい。東京に暮らし、直接彼らの異常性を知らなかった暢気な私が思いもかけぬきっかけでいきなり訴訟に巻き込まれ、結果としてその壁を偶然の要素の積み重ねから初めて壊すことになった。松下や榊山は少しばかり私を見くびり過ぎていたようだが、私が彼らへの対抗のため訴訟過程の公開にインターネットというメディアをフル活用した結果、あっという間に全国にこの反響が広がりそれが思わぬ形で彼らへ撥ね返る大打撃になったようである。

 事実審たる第一審、全ての公判が終わって訴訟が終結して以来、私のところにはあれこれ彼らに関する情報が入っている。弁護士でもカウンセラーでもない私がこれだけの情報をもらってもどうすることもできないのであるが、しかし、私はこれらの貴重な情報をもっとも効果的に利用できるよう、情報の利用について慎重に手続き、打ち合わせをしながら活用していかねばならないだろうと思う。

 私の見る限りこれだけのでたらめ、悪事を公開の法廷で明らかにされた榊山は、牧師としては当然のことながら、もはや人間としての対外的な信頼という点で完全におしまいである。これは私の個人的な観測であるが、すでに判決文の複製を送付した朝日新聞社会部からペンテコステ系キリスト教新聞のみならず、三流タブロイド週刊誌に至るまで榊山が係争中の訴訟には注目が集まっていることを鑑みると、やがて集中的なマスコミ報道で彼が炎上する日もそれほど遠くないと推測される。彼らはすでに被害者へ謝罪しようにもその機会すら失ってしまっている。
 
 彼にとって最悪の展開をたどれば、今後は刑事事件になり今のような民事訴訟の被告では済まされず、逮捕、拘留されて刑事訴訟の被告人になってしまう可能性すらある。暴行行為を彼が認めている以上、その結果発生した傷害について時効にかからない限り告訴があれば彼は責任を問われうる。私の知った限り彼が行ってきた暴行、傷害行為は目を覆わんばかりの慄然とさせられる戦慄すべき内容を伴っている。

 今後、彼がどういう立ち回りをするか、非常に注目される。榊山の暴行によって被害者となったゆうきの会の人たちと私は何の面識もない。また、イエス福音教団の稗近氏らとも今日に至るまで何らの面識もない。しかし、私が榊山に訴えられた民事訴訟は彼らゆうきの会の動き、展開とは全く無関係に独立して動いたものの、絶妙のタイミングと形を持って有効に彼らへの援護射撃として役に立っているようだ。
   
 冗談でも何でもなく訴訟への対応はたいへんであったが、微力ながら榊山、松下に捨て身で応戦した成果がもたらされた今、必死に彼らと戦って良かったと思う。彼らが控訴し霞ヶ関の東京高裁で再度、激突することになったとしても手綱を緩めることはせず、大手メディアの傍聴者を集めた上で榊山の本人尋問の請求も含め、考えうる最も厳しい対応をとる予定である。

悪い冗談は辞めましょう

6b9b6c09.jpg レームダック状態の中、先月の退任表明発表を行い、今月27日の退任日を目前にしている大英帝国首相、トニー・ブレア。最後の締めくくりとしてドイツ、ハイリゲンダムのサミットに「盟友」、ジョージ・ブッシュJr.と参加中である。

 どこまで本気であるのか知らないが、ブレアは今後、財団を創設、異宗教間の対話、教育活動に専念したいという気持ちを公にしている。早ければ来月にも、本格的に創設の準備に入りたいそうだ。目的としてはキリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒の対話を促し、その相互理解を深めたり、アフリカ諸国などで貧困にあえぐ子供に教育の機会を提供するといった活動。さらに英国内でも特にスポーツ振興に力を入れた教育活動に尽力する予定らしい。

  御説、まことに素晴らしいが、そういうことは自身が首相として政治権力を握り在任してきたこの10年にこそもっとも効果的にいくらでもできたこと。何をいまさら全ての信頼を失ってぼろぼろの退任をしてから貧困救済の国際支援や国内の教育振興と言い出すのか、理解に苦しむ。

 挙句の果てに、何の正当性もない人類史上未曾有の間違った戦争、イラク戦争をブッシュJr.、チェイニーらと一緒にイスラム教徒相手に開戦した当事者が、今後は異宗教間の「懸け橋」になりたいとのたまうに至っては悪い冗談も良いところである。
 
 本当にそういう気持ちがあるならば、全てをなげうって世界を巻き込む違法な戦争をしでかしたことを衷心から懺悔し、許しを乞い、やり直してからの話。今もって戦争をはじめたことそのものを反省はしないと公言しているブレアがはじめることとしてはもっとも適さないことであろう。ブレアはそうした財団を創設するにブッシュJr.の次に不適切な人物である。
 
 お寝ぼけでない。

バルトーク国際指揮者コンクール 菅野宏一郎、3位入賞

以前にこのコラムで紹介したこともあるルーマニア在住の指揮者、菅野宏一郎。彼がこのたび、地元ルーマニアで行われたバルトーク国際オペラ指揮者コンクールで3位に入賞した。このコンクールでは1位も日本人指揮者、橘直貴が占めた。ロシアでは西本智美が活躍し、東欧での評価を高めている。日本人が男女を問わず、指揮者としてこれほど多く活躍する時代になったということは隔世の感がある。

菅野はトランシルヴァニア・ヴィルトゥオーゾ室内管弦楽団指揮者として現在は活躍。今回のコンクールは、クラシック音楽の若手指揮者を対象にしたものであり、今年で2回目である。橘も菅野も桐朋学園大を卒業している。

 菅野は高校時代、アメリカンフットボール部、私はサッカー部。運動会の時、彼の下で楽しませてもらったこともあった。彼と一緒に高校時代、筋力トレーニングに打ち込んだことはいつも思い出される。人柄の魅力が何といっても抜群の人だったゆえ、これからも指揮者としての活躍がきっと広がると思われる。

吉祥寺 クリスマスコンサート イブに開催決定 

6ad9f844.jpg 昨年も開催した吉祥寺駅南口、武蔵野公会堂ホールを会場にしたクリスマスコンサート、「吉祥寺のクリスマス」、今年もクリスマスイブに開催決定。

 12月24日 月・祝 午後3時から 
 
 武蔵野公会堂・パープルホール
 
 出演予定者は調整中。詳細未定。

 入場料は
 
 S席:  1000円 (楽曲などの解説プログラム付) 
 A席:  500円 
  
 程度を予定。あるいはもう少し高くなるかも知れない。
 
 ヤングママにも楽しんでもらおうということで、無料で乳幼児を預かるベビーシッターサービスをつけるべく、ただいまあれこれ奮闘中である。

守屋武昌 自衛隊が憲兵隊気取り

03834215.bmp 汚職や不祥事続出の中、庁から省へ格上げになった防衛省の管轄である陸上自衛隊には情報保全隊という部署がある。主に相次ぐ機密漏えいなど省内からの情報流出防止を図るための機関であるが、ここがイラク戦争への自衛隊派遣に反対する市民運動、報道機関の取材に関する情報について広範囲に監視活動を行い、情報収集・分析していたことがわかった。しかもこのことは彼ら自身や警察庁など政府が自主的に発表したニュースではなく、共産党が内部密告の情報として「内部文書」を入手したものが公表されたことを受けてのもの。

 監視活動の内容としては集会の日時、場所、発言内容などを詳細に記録している。写真撮影もしている。もちろん、関係者の個人名も含まれている。表現の自由、思想・信条の自由は憲法上、最大級の保護を受ける極めて重要な権利であるが、それらの情報を大規模かつ包括的に、司法に関与する公務員でもないたかが自衛隊の一部署ごときが集めて資料にしていたとなると前代未聞の大問題である。個人情報保護法などどこ吹く風、違法の極みといってよい。

 ところが、防衛省の事務次官、守屋武昌はこうした一連の情報収集活動についてはあっさり認め、しかも自衛隊の「隊員、家族の心配に応えるため」の活動として必要であり、問題ないものと考えていると開き直っている。文書そのものの存在や真贋についても
 
 「コメントしない」

 と言っている。たかが一人の公務員がずいぶんと偉くなったものである。

 だが、これらは自衛隊の秘密保持が目的である情報保全隊の本来任務には何の関係もない諜報、公安調査活動に他ならず、国防とは関係がない。それを主権者たる国民に対して大規模かつ包括的に行っていたのであるから主権者を著しく侮辱した認識と行為であるが、そのことが東北大法学部卒の守屋には理解できないそうだ

 彼はすでに8年間も事務次官を務めるが、すでにNECらが長期の公共事業入札停止処分などを受けたかつての調達実施本部諸富、上野両名の贈収賄事件以降、完璧に再発を防いだはずの大規模な防衛庁汚職事件が大規模に再発。にもかかわらず辞任せずのうのうと居座っている驚くべき男である。石破茂元長官は当然のこと、2002年6月23日には千葉県内のゴルフ場で額賀福志郎(元防衛長官)、久間章生(自民党政調会長代理)、浜田靖一議員(元防衛政務次官)、東祥三議員らと防衛庁幹部7人を従えゴルフをするなど政界との人脈が太い。

 現在の日本には公安警察、公安調査庁以外に(もちろん、こうした組織がやること自体にも深刻な立憲主義上の問題があるが)こうした諜報、監視活動をしているところはないはずであったが、いつの間にか自衛隊がかつての特別高等警察、憲兵隊気取りの組織になっていたようである。

 ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン戦争などとは異なり、イラク戦争は何の大義もない、どこから見ても素晴らしく立派な国際法違反の侵略戦争であることは、当事者のアメリカさえ認めざるを得ず、全く疑いの余地がないのだが、それを集会で意思表示するだけで防衛庁の警戒者リスト入りという現実に、何の問題もないと開き直るふんぞり返ったトップ官僚や国防総理、防衛大臣の頭がどうかしているのである。
 
 これが「美しい国」の「国と国民を守る」自衛隊がやることであろうか?もし、このようなことが「良いこと」、「許されること」としてどしどし行われるようになっていったとすれば、背筋が凍りつくようなおそろしい話。日本が重層的な「警察国家」、「公安国家」になったということである。

* 参考資料

 自衛隊 情報保全隊
 2000年、前代未聞の海上自衛隊幹部による秘密漏出事件をきっかけに当時の防衛庁の下に情報保全体制の強化が検討された。2003年3月、陸海空の各自衛隊の「調査隊」を改編して発足。2006年度末で定員は陸自668人、海自103人、空自156人、合計927人。
その任務内容については

 「自衛隊に対して不当に秘密を探知しようとする行動、基地、施設などに対する襲撃、自衛隊の業務に対する妨害などの外部からの働きかけから部隊の秘密、規律、施設などを保護するのに必要な資料や情報の収集など」
 
 (2002年4月の衆院安全保障委員会 中谷長官の答弁)

  
 防衛省事務次官 守屋 武昌 プロフィール
 1944(昭和19)年9月23日生 宮城県出身

 1969(昭和44)年3月 東北大学法学部卒
 1971(昭和46)年   防衛庁に入庁
 1976(昭和51)年   長官官房総務課部員 人事教育局人事3課部員
 1978(昭和53)年   長官官房総務課部員
 1980(昭和55)年   経理局会計課部員予算・決算班
 1982(昭和57)年   防衛局運用1課部員
 1983(昭和58)年 防衛局防衛課部員年度班長
 1984(昭和59)年 防衛局防衛課部員
 1986(昭和61)年 大阪施設局施設部長
 1988(昭和63)年 防衛局運用課長
 1990(平成2)年 装備局航空機課長
 1992(平成4)年 長官官房広報課長
 1995(平成7)年 長官官房防衛審議官兼防衛局防衛政策課長
 1996(平成8)年 長官官房防衛審議官 併内閣審議官内閣官房内閣内政審議室
 1997(平成9)年 兼情報本部副本部長
 1998(平成10)年 防衛施設庁施設部長 防衛参事官(長官官房長)
 2001(平成13)年 1月12日 斉藤斗志二防衛庁長官の航空自衛隊初度視察(百里基地)に随行
 2002(平成14)年 1月18日 防衛局長
         7月5日 首相官邸で小泉首相、太田文雄統合幕僚会議情報本部長と会見
         7月28日 内局幹部人事内定
         8月1日 防衛事務次官

シャンティクリア

2d1e0936.jpg アメリカに男性ばかりで結成されたア・カペラ合唱団、シャンティクリアChanticleer)がある。全員が男声ばかり。女性はいない。グループ名の由来はイギリス中世文学、『カンタベリー物語』に登場する、澄んだ声で鳴く雄鳥、シャンテクレールちなんで命名された。それゆえか、「声のオーケストラ」というPRフレーズを用いている。アメリカのクラシック合唱団としては、唯一、音楽活動を職業として活動しているプロ・アカペラ・コーラス。全員がこの仕事のためだけに所属している。アルバイトをしているようなメンバーもなく、副業をしてしのぐことがない。普通、歌い手はコンサート、レコーディングごとに出演料で生活しているが、このシャンティクリアはそうした区別はなく、演奏会や録音があろうがなかろうが、アメリカ連邦政府、カリフォルニア州からの手厚い補助金、奨学金で成り立っている。常に安定した一定収入が保証されているので、メンバーには生活の不安がない。

 1978年結成。当初は他の合唱団と同じように、中世ルネサンス期の音楽を歌っていた。パウロが述べた言葉、

 「女性は教会にて黙すべし。」

 の伝統に依拠して女性を混ぜない聖歌隊として始まった。男であることから、超低音を歌うことは当然ながら、クリアな高音を歌いこなすメンバーもおり、多くの珍しい、特殊な発声法による効果音、擬音を取り入れる。特に彼らアメリカ人の真骨頂ともいえるのゴスペルやスピリチュアル音楽は、サウザナーたちの教会に伝わる黒人霊歌の伝統的な歌唱法を再現しているために他の追随を許さず評価が高い。豊富な練習量が多彩な表現を可能としており、超絶的な技巧、声の制御、ハーモニー、ピッチ、リズムなど全てに細心の努力が見られる。

 しかも彼らのレパートリーは広い。グレゴリオ聖歌からゴスペル、現代音楽やポピュラーソングまで教会音楽を中心に全般的に取り組んでいて幅広い。中でもスペイン人宣教師がメキシコに持ち込み発展していった中南米古楽の教会音楽を発掘、録音していることは他の聖歌隊にない特徴。1998年に、メキシコの聖堂で「グアダルーペの聖母マリアのための夕べの祈り」を奉唱し、大きな反響を呼んだ。

 こうした広い範囲に手を広げられるのも他に類例を見ない手厚い経済的裏づけがあるからであろう。そのかわり、新作を絶えず高いレベルで初演・紹介するための研究、練習が求められる。新作普及活動を可能にするための補助金であるので、生活不安を取り除いた反面の取り組みということになる。メンバーは、惜しみなくアンコールを歌い、それが終わったあとはだらだらと楽屋でくつろいだりせず、お客様を出迎えるためにロビー、ホワイエへダッシュ。来場した聴衆ににこにこ笑顔でサインを行い、同時に新作の感想や意見を積極的に聞き出している。このあたりのプロ精神はさすがに素晴らしい。2003年には、日本ツアーを行っている。

芸術を庶民に近づけて

1651b515.jpg 私はオペラが好きではなく、何万円も出して見に行く気持ちに全くなれないが、しかし、オペラは西洋音楽の重要な世界を作り出していることに間違いはない。他のクラシック音楽についても同じことが言えようが、その世界に通じた玄人ファンしか集まってこないような状態が続くとその世界の将来はあまり明るいとはいえない。庶民や次世代の若手をひきつけるような内容と仕掛けがどうしても必要である。

 アメリカのオペラは少なくもそうした課題をずっと抱えてきた。大都市ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場は通称、メットといわれる。120年を超える伝統を背負ったメットはそれはそれは華やかな劇場を持ち、一級の歌い手を集めて公演を行ってきたが、しかし、客として集まるのは固定ファンの玄人、しかも年配の富裕層ばかり。徐々に総観客数も減り始めこのままでは10年後のメットは尻すぼみになるということが明白であった。

 そのメットの現状を打開すべく総支配人が昨年の夏、16年ぶりに交代。新しく就任したトップは、元音楽プロデューサー、元ソニー・クラシカル社長だったピーター・ゲルプ(52)。彼の概念はクリアーだった。

 「オペラはすでに年老いた芸術。文化の主流として継承するには抜本的な改革が不可欠だ。」

 9月25日、就任後初のシーズン初日。オペラ「蝶々夫人」を公演した。何とその模様をあのタイムズスクエアの交差点で同時中継したのであった。 また、複数の映画館で、歌劇場で上演中の作品を同時上映するという計画もあり、メディアを通じたPRに全力を投入する。こうした前代未聞の改革については映画館に客をとられてしまい、劇場に来る人が減るだろうと反対する声もあるが、レッドソックスやヤンキースの試合をテレビで見てそれゆえ野球場に足を運ばなくなる人がどれほどいるのか、それよりも多くの人に知ってもらい、楽しむきっかけをつくるのが先決だというシンプルな考え。これが大いにあたったのだった。

 同時にチケット料金の大きな幅を設定。もっとも高い座席のチケットは据え置き、あるいはわずかに値上げしつつも、逆に一番安い25ドルの席を15ドルに引き下げた。これで今まで足を運ばなかった若手観客が増えたのだった。

 前の総支配人、ジョセフ・ヴォルピーは温厚な調整型。元々、この劇場で大道具や技術制作を担当していたのとは大きく異なる手法を採用。裾野を広げるという明確な理念を、新しい斬新な戦略で次々に実行していく。 

 毎シーズン4種の新制作を7種に増やし、ラジオ放送している土曜昼公演をネット配信。劇場に美術ギャラリーも創設。オペラが社会から切り離され孤立しつつある、という危機感が矢継ぎ早の改革をもたらしている。元々この劇場の天井を飾る大作はシャガールが描いていたりしており、ギャラリーは好評である。メットは、美術や演劇の人たちとの連携が非常に強いので、こうした異分野の芸術家の感性をどのように取り込んでいくかは重要な鍵になる。
 

 ゲルプ総支配人は、高卒後、広告営業の仕事を経験。その後、音楽業界でホロビッツのマネジャーを長く担当していた。小澤征爾の指揮していたボストン交響楽団のアシスタント・マネジャーも務めていた。フォン・カラヤンのドキュメンタリー映画を手がけたりとメディア経験が長い。

 9・11テロがメットにも大打撃になっており、テロ以降、8割を切った券売率が大問題であった。この数年を押し並べてもチケットの平均売り上げが85%。一部は大幅値引きで売られていたために利益が失われ過去3年連続運営予算が削減された。こうした危機を救うには客離れをとめるしかない。長い伝統と格式を持つメットゆえに、チケット収入、個人や法人の寄付といった自己資金で運営している以上、誰でもいいから客を入れようということはできない。一定の水準を保ち、理解と感覚を持つ観客を呼び込む必要があった。

 実際、日本でもオペラに限らず、クラシック音楽界も新しい観客層、とりわけ若い世代の観客獲得を怠ってきたツケが出ている。客層が圧倒的に60歳以上と思しき年配のカップル、あるいは年配の女性同士ばかり。メットも状況は同じで変わっている点は若い同性愛の男性カップルがちらほら混じっていたといったところであった。

 本来、音楽や舞台、美術といった芸術は老若男女を問わずに人をひきつける魅力を持つ。芸術を若者や庶民に近づけるような仕組み、仕掛け作りの努力をしてもらいたい、と思えてならない。

平和の母親 シンディ・シーハン 力尽きる

a695ebc2.bmp アメリカで息子の米兵、ケーシー・シーハンさんをイラクで戦死(2004年、当時24歳)させられて以降、全米でもっとも強烈に反戦運動を行ってきた反戦母、シンディー・シーハンさん。このほど、反戦活動に一区切りをつけて中止すると29日に発表した。

 徹底して戦争反対の運動を続けてきた彼女はアメリカではイラク戦争反対運動の象徴的な人物としてブッシュJr.も悩ませた。「Peace Mom」と呼ばれるゆえんである。

 だが、彼女も一市民としての座り込みを粘り強く続けるもマスメディアの注目を集めるのは難しく、最近は声が届かないことに無力感を感じていたようである。

 ウェブログのコメントとして自分がいくら自分を犠牲に運動したとしても米国民が戦争中止を望まない限り、この国は変えられないとして、イラク政策への批判が国民的な大きな声にならなかったことに失望感を表した。これからは普通の生活に戻るためカリフォルニアの自宅に戻るとしている。

 彼女は言う。

 「人々が理由もなく死んでいく問題は、“右か左か”の問題でなく、“正しいか間違っているか”の問題」
 
 であると。私もその通りであると思う。

 そして、共和、民主という2大政党制があまりに堕落しており、これに代わる政治制度を見つけない限り、世界の人々は我々のやっていることを冗談だと思うだろうと二大政党制の欠陥を指摘する。英国もそうであるが、二大政党制で非常に良好な政治体制が維持されている国は世界に一つもない、と私は思う。多数の政党の連立政権ではない、たった二つの政党だけでうまく機能するはずがない。日本も今、そうした流れに傾斜しつつある。全ての問題が政局として政治的な駆け引きに利用されてしまう。

 彼女の挨拶の締めくくりは

 「ケーシーの死は無駄であった。彼の尊い命は、戦争する機械となった祖国に奪われた。・・・さようなら、米国よ。私の愛する国ではなかった。」

 であった。つい先日、実に1000億ドルもの巨額の戦費予算が民主党員の賛成も多数出た結果、通されてしまったアメリカ議会。あれほど明白な国際法違反、あれほど大義のない侵略戦争、あれほど出口が見えずおびただしい犠牲者と負担を生み続ける戦争を今もアメリカ国民とその代理人たちが辞めようとしないという現実が全く理解できない。アメリカ合衆国とは、戦争を辞められず、反省できず、制御できない国である。

歌と心

 人は歌を歌う。幼子は言葉を覚えるより先に歌を歌うことから模擬的に言語を獲得していくとする言語学者すらいる。子供が喜んだ時に満面の笑顔とともに口にするあのころころと転がるような声は、人間にとってもっとも原始的な「歌」といえるのかもしれない。

 イタリア人は、愛すること、食べること、歌うことを人生の幸福であると指を折って数える。歌は幸せへ繋がる窓であり、その人の心そのものである。私もへたくそなアマチュアの歌い手の一人として思うことは、心の状態があまりにも率直に歌、歌い方に出てしまうということ。ほとんど隠しようがなく、嘘発見器よりよほど正確に検出できるのではないかとさえ思われる。不安、嫉妬、後悔、悲しみ、悔恨、拗ねた気持ち、憎悪など不穏な灰色の心情が混ざった状態ではまともな歌唱は望み得ない。

タリス・スコラーズ パルテノン多摩でコンサート

d7159c45.jpg 世界屈指の歌唱力、表現力を持つア・カペラ合唱団である英国タリス・スコラーズがただいま、来日中。本日午後5時、パルテノン多摩でコンサートを開催する。東京ではこの後、来週に四ツ谷の紀尾井ホールでコンサートを予定しているが、その回と今回とでは主催者も曲目も全く異なっている。

 仏フランドルやイタリアの音楽を中心に、教会音楽、カンタータなどが中心となる。不滅の名曲、秘曲9声「ミゼレーレ」が奉唱される。指揮はもちろん、あのピーター・フィリップス。

 予定曲目:
 ジョスカン・デ・プレ: ミサ・パンジェ・リングヮ(舌よ、歌え)
 グレゴリオ・アレグリ: Miserere
 ジョヴァンニ・ピエルルイジ・ダ・パレストリーナ: 五旬祭の日が来たりし時
 ヨハンネス・ティンクトリス: エレミアの哀歌
 パレストリーナ: 主よ、今こそ御身のしもべを(二重合唱のための)

 ちなみに2時からはピーター・フィリップスによる日本国内のアマチュア合唱団に対する公開レッスンが行われる。

 コルス・アンティクゥス (Chorus Antiquus )
    G.P. da Palestrina : Valde honorandus est
    Josquin Desprez: Pater Noster / Ave Maria

 アンサンブル・ラフィーヌ (Ensemble Raffine)
    Josquin Desprez :  Ave Maria
    Victoria :     O Magnun Mysterium

HCC 榊山清志と松下泰三、敗訴

 本日、午後1時20分、静岡地裁浜松支部(事件番号: 平成18年(ワ)第300号)において出された判決について。
 
 静岡県浜松市、ハレルヤコミュニティチャーチ主任牧師である榊山清志(同・代理人弁護士、松下泰三)が私を訴えた名誉毀損による損害賠償請求の民事訴訟については、原告である榊山、松下の敗訴という判断であった。

 原告の請求をいずれも棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、という内容のものである。

 これまでの論旨、展開、経緯から考えて、彼らが控訴することが強く予想される。その場合、管轄裁判所は霞ヶ関の東京高等裁判所。それまでに彼らは、私が全く何の面識もない
 
 「穐近祈牧師やJWILの池田氏と事前に共謀の上、「意を通じ」て名誉毀損の共同不法行為を働いた」

 という自分たちの訴えを補強するありもしない証拠を探して第二審に臨むことになる。現在、まだ浜松で係争中、ゆうきの会との大掛かりな民事訴訟ともあわせ、今後の展開が非常に注目される。
 
 なお、まだ判決文が届いていないので決めていないが、私はこの裁判における訴訟資料については、判決文も含め希望者に複製の上、公開しようかと考えている。
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