私の「散歩道」とまではとてもいえないが、私は富山の越中八尾、「おわら風の盆」が好きで、今までに3年連続で3度、見に行っている。大学時代の友人3人と一緒に行ったこともある。この2年は間が空いてしまっていたが、今年はまた見に行く予定である。
 
 「おわら」は毎年8月下旬の前夜祭に引き続き、9月の1,2,3に行われる。曜日は関係ない。最終日は徹夜。本当に夜通しですっかり夜が明けた朝の5時くらいまで踊っている。最後は「町流し」ではなく、「輪踊り」で終わることが多い。終わる頃には踊っている方はもちろんのこと、見ている方も疲労困憊でふらふら。6時過ぎに越中八尾駅を出る始発のディーゼル列車は乗車率300%ほどの大混雑になり、福島地区の若者たちが線路のホーム上で最後に見送りの踊りを踊りながらの発車になる。
 
 さて、私が一度だけ自分で自動車を運転し、おわらを見に出かけたとき、日本海沿いに走っている国道2号線、北陸道を走っていたのだが、ちょうどその時非常に腹が減ってきたことがある。まだ富山駅周辺に着くにもちょっと掛かりそうだった。そこで、どこかで何かを食べたいなと思い始めたところ、ちょうど朝日町のあたりだったか、「たら汁」という看板が掲げられた店がぽつぽつ車窓をかすめ始めた。直ぐ横は北陸本線のレールと、その向こうに日本海。港が近い地域である。道路の両端にはほとんど民家などもなく、とても寂しい地域であった。
 
 やがて、大型トラック20台ほどは楽に止まれそうな巨大な駐車場を備えた「たら汁」看板が3つほど道路を挟み固まって開店しているところが出てきたので、そこで自動車を止め、駐車場も小さく線路と海に近い方の小さな店へ入ったのだった。名前が「栄食堂」といった。

 そこの3つのお店は大型トラックの運転手がしばしば足を止めて休息し、食事をとるためのお店だったらしく、店内の雰囲気からしておしゃれではなかった。「労働者の食堂」という雰囲気が醸し出されていた。もしかしたら反対側の車線にあった大きなお店には「たから温泉」と書かれて大きな看板もあり、憩える風呂があったようなので少々、違ったかもしれないが、いずれにせよメインのお客がトラック運転手など仕事人向けであることが明白のお店だった。

 そこには刺身やその他のメニューもあったのだが、自信作が「たら汁」だったようなので私はしばし眺めてそれを頼んだのだった。私はお洒落な格好をしてもいなかったし、西日がまぶしかったので眼鏡にクリップ式の茶色いサングラスを挟んでいたため、どう見ても都会から来た観光客には見えなかったからだろう、お店のおばさんは、私をトラックの運転手だと勘違いしたようだった。

 「ごはんはどれくらいつけるの?」
  
 いつも私に話しかけているかのように聞いてきた。何度かこの店を利用している人と思いこんだのかも知れない。
 
 「大盛りで。」

 献立表に書いてあったので即座にそう答えた。何だかそのやりとりがとても印象的で嬉しく感じたことを良く覚えている。

 さて、出てきた「たら汁」。大盛りのごはんと合わせてやや大きな煮込み鍋にどっしり出てきた。アルミで出来た銀色の、いかにも家庭で普通に使っているようなお玉が添えられて。どの様な味がするものかとちょびっと飲んでみた。

 私は今までにあれほど美味しい「鍋」というものを食べたことがない。ひとくち飲んだ瞬間に、

 「おいしーい!」

 と心で叫んだ。その後はあっという間に白飯とたら汁を平らげてしまった。たら汁のうまみと白米とが合わさって喉を通っていく時のその満ち足りた感じといったら例えようもなく、誇張ではなく、

 「世の中にこんなにうまいものがあったのか・・・。」

 とさえ思った次第である。
 
 ちょうどおわらのことが店内に備え付けられたテレビのニュースで取り上げられていた。本日が最終日で延べ20万人が訪れる見込みだ、と。食事の最中にそのおばさんとおわらの話になり、見に行ったことがあるかと聞くと、このあたりの富山の人間は逆に近いがほとんど見に行かないといっていた。彼女たちも家族のだれも見に行ったことがないらしい。その様なやりとりもまた面白かった。おばさんが喋ったついでにつばが飛び、鍋に入ったこともまたそれはそれで良い想い出である。

 今年のおわらは諸事情から青春18きっぷで電車で行くことになりそうであるので、途中下車してがんばらないとこの「たら汁」は食べられそうにないが、またいつか必ずもう一度足を止めて見たいと思っている食事処である。