d09adda9.JPG 辿り着くことさえなかなか難儀なフランスの片田舎、テゼの村におよそ半世紀前入った修道士、ロジェ。彼が始めた輪唱形式の音楽の集いをテゼと呼ぶ。地名がそのまま名前になった。これで一躍、テゼ村は世界にその名を知られるようになっていく。
 
 美しい旋律のラテン語曲、素人でも容易に歌うことが出来る様式性、静謐で荘厳な空気感、キリスト教の諸派はおろか、キリスト教徒でない人や異教徒でさえ参加することができることで「こころの時代」の現代人の琴線に触れる魅力を発揮したことで人気を呼び、徐々に世界に広がって参加する人たちの数を増やしていった。

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 このロジェ氏、惜しくもつい先日、精神疾患を抱えたとされる旧共産圏ルーマニアからやってきた若い女性参加者にナイフで刺されて死亡。テゼの祈りの真っ最中であった。テゼをそのまま続けることを言い残して病院に搬送されたが逝去。享年90歳。

 日本でもテゼの集いは各地で行われている。東京を中心にした首都圏では、 「黙想と祈りの集い準備会」があり、何百人かの人たちが登録して年数回テゼの集いを行っている。有名で規模も大きいものは四谷駅、イグナチオ教会・中聖堂で行われるもの。奇数月つまり、1,3,5,7,9,11月の第一金曜日、夕方7時から行われる。もちろん、その他にも首都圏全域で多くのテゼがある。

 テゼの音楽の集いについては好みが分かれる。好きな人はかなりのめり込んではまってしまうが、逆に嫌いだという人は気が滅入るので近づきたくないものであるらしい。カトリック教徒で「あんとに庵」という人がいるが、テゼについてこの共同体の人々がいつもにこにこしていたり、hand-in-handの感じがどうも合わない、彼らの単調な歌を聞くとしばらく脳裏を離れてくれないので気が狂いそうになるといった理由で非常に苦手だそうである
 
 確かにテゼにはそういう面が場合によってはある。単調な歌の繰り返しを輪唱で行うのでじれったい、頭に曲がこびりついてしまうということはあろうし、参加者の歌唱レベル、奏楽奉仕者の演奏水準によっては中学校の「学芸会」のようになってしまうこともある。
 
 だが、セミプロ並の実力者たちだけで行うのであれば間口が狭まる。敷居を低く保ち、心の平穏を作るために行っているのであるからそれはそれで悪くない割り切りであろう。また、やりたくなければ、握手についてはただ作り笑顔をせずにいれば良いだけ(私はいつも「主の平和」の挨拶においてそうしている)である。ちなみに吉祥寺のテゼでは、ハンドインハンドといったことはやらない。
 
 明らかに精神的に鬱屈した引きこもりのような人であっても、テゼの活動には生き生きとして出かける人もいる。音痴はずれで歌われたとしても、思いあまって自殺されるよりは遙かにましである。このような様式性と雰囲気を必要とする人々もいて、気持ちの支えに望ましい働きをしていることも多いようだ。
 
 ちなみにこの「あんとに庵」氏、私は面識はないが、電脳空間を通じて若干の意見交換らしきものをしたことがある。私とは考えも人格も著しく異なる人のようであり、お世辞にも仲良くなれそうな印象はない。自身のウェブログにもリンクとして設定している「 * 園丁日記 *」、「金田一輝のWaby-Saby」、「アジアの真実」、「愛・蔵太の気ままな日記」など、私は間違っても好印象を持てないあちこちのコラムにもかなり精力的にせっせとコメントを書き込んでいる。それらを読み、この人の投稿内容と照らし合わせて読み取ると、なるほど確かにテゼを好きになれそうにないなと思われた。

「まぁ近づかない程度に評価はしていた。」 
 
 と言うのであるが、あれこれぶつぶつ文句を言っていないでもっと前向きに体験してみると良かろう。もしかしたら、目を見張るようなきれいな若い女性が隣に座って美しく歌ってくれる僥倖に与れるかもしれない。
 
 ということで、昨年に引き続き吉祥寺教会にて1日の夕方6時半からテゼの集いがある。どなたであっても無料で参加できる。遅刻参加も可能。気にくわなかったら途中で静かに黙って出ていくこともできる。およそ1時間ほどでおしまい。終わった後はホールでお茶会が予定されている。その後はおそらく深夜までの飲み会になろう・・・。心を洗った後に飲んだくれるとは不届きの極みだが。

フルート、ギターなどの奏楽奉仕もあり、ソロを引っ張るのは、ソプラノ宮部さん(元国立音大)とテノール松本くん(元上智大聖歌隊)。まだ2人とも20歳代前半、若さ溢れる「吉祥寺のかおり姫」と「吉祥寺のカッちゃん」が奮闘予定。

 なお、本場フランスのテゼがどういうものかわからない人は、30分でそれをまとめたVHSビデオがある。

 「テゼ−信頼に生きる -信頼に生きる Trust is at hand -」 
  観想修道会 テゼ共同体


 制作と販売ともにサンパウロAVCが行っている。内容的にはあまりに短くあっさりとしているのだが、税込4300円と高い。ばかばかしいので昔、私が古本屋で安く見つけて買ったものを教会に寄付してあるので吉祥寺に来れば見ることができる。

 なお、以下は逝去したロジェ司祭のメッセージを含む、このビデオの裏面に書かれている説明文。ご参考までに。
  
 
 信頼に生きる Trust is at hand.

 テゼ共同体の創始者ブラザー・ロジェが、中央フランスの孤立した小さな村「テゼ」に初めて足を踏み入れたとき、彼はそこがいつの日か世界中から人々が訪れる巡礼の地になろうとは想像していませんでした。

 その初めから、テゼ共同体の中心には模索と確信とがありました。模索とは
 
 「今日という日をいかに神のために生きるのか」

 ということ、また確信とは
 
 「同じ招きによって集められたキリスト者が、復員のために生涯を捧げきることができたなら、無関心という山さえも動かすことができる」

 ということです。

 現在テゼは、観想修道会のひとつとして、また一年を通して数え切れないほどの青年たちが訪れるところとして知られています。またテゼは、世界各地の都市で大会を準備します。そして、そこに集う何万人もの青年たちにとって、その大会は新しい出発への機会となっています。
 
 ローマ、プラハ、マドラス、ロンドン、マニラ、また北アメリカの都市で、青年たちがテゼの大会に集まってきます。青年たちはそこで「内に息づく生命」と「人びととの連帯」を探し求めます。また、彼らはこの二つを一つにして生きていくこと、そして共に捧げる祈りの美しさと活力、人類の苦悩のただ中にみずからを捧げていくことを探し求めるのです。
  
 「あなたのすぐ近くに信頼の道があります。
    その信頼のうちにこそ喜びがあるのです。」
                    (ブラザー・ロジェ)