b60818e4.JPG 男性でありながら、高音域を歌い上げる歌い手は少ない。だが、この数年、「もののけ姫」でカウンターテナーの米良美一が、そして、最近、ソプラニスタの岡本知高が活躍しはじめ、そうした歌い手の存在はすっかり有名になった。2人とももちろん、下手くそな人だとは思わないのだが、例えば、米良には時々素人っぽい部分が少し感じられることがある。また、岡本の声はたしかに男性が達しうる最高音域だと思え、驚嘆以外の何ものでもないが、声そのものにどこかしら「苦み」というか、無理な面が出ていて実際にソプラノのパートを歌ったりした曲は美しいものだと必ずしも思えないものがある。

 そういう点、その歌うほとんど全てに涙しそうになるのが、私が世界で最も優れた天賦の才を持つと考えている高音域を歌う男性歌手、アンドレアス・ショル。なんといっても断トツで、おそらくこの地球上で最も美しく高い声で歌う男性であろう。

 1967年11月10日生まれ。キートリッヒに生まれた。小学生時代から教会音楽に親しみ、数百年の歴史を持つ少年合唱団で歌う。多くの優れた指導者の下で研鑽を積み、1990年代に歌手として活躍し始めた。もはや、世界最高のカウンターテナーとして認められているといっても過言ではない。J.S.バッハは当然として、ヴィヴァルディの教会音楽、ルネサンス音楽、ヘンデルのオラトリオ、アイルランドのダウランド歌曲集などに至るまで屈指の歌唱力を持つ。バロック音楽の埋もれていた歌曲を歌う挑戦的な試みも行ってきている。レコード会社としては、移籍後、今はDECCAに在籍している。
 
 オペラについては得意とはしていないようだが、90年代後半にオペラデビューも果たしている。音楽が好きで、作曲が趣味だという。人柄も実直で誠実、穏やかで人気がある。ポップスの曲も書きためており、遊びで作ったこうした歌をアルバムにしたこともある。

 彼の歌声は息をのむ。

 「どうしてこんな高音がこんなにきれいに出るの???」

 高音に自負がある人であっても真似したところで多くが聴けたものではなく、声がかすれとてもできるものではない。彼はこうした高音域において、しかも超高速での音階変化を楽々とこなす。あれを初めて聴いた時には一瞬、この世の現実と思えなかった。

 彼の声はつまり、少年合唱団の声がそのままやや低くなってアルトの領域で歌われているものだと思って良い。だが、少年ではなくしっかりした体格を持っているので非常に力強い歌唱になる。少年合唱団のような弱々しさや線の細い印象はない。だからこそ驚き以外の何ものでもないのである。

 「オンブラ・マイ・フ〜ベスト・オブ・アンドレアス・ショル」 キングインターナショナル
 
 には、ダウランド歌曲集などを含む彼の傑作が収められている。

 彼の声と姿を見てみるに適切なウェブサイトとして、リアルプレーヤが必要だが、こちらがある。ヴィヴァルディのMotetsを歌ったもの。ほとんど人間なしうる業とは思えない。
 
 http://www.deccaclassics.com/media/ram/Scholl_NisiDominus_EPK_10.00.00.00-10.02.50.00_ISDN.ram