人から受けた恵み、助けの中でも、もっとも自分が苦しい時、しんどい時に受けたそれ、また、もっとも大切な時代の他に代えることのできないそれは、身にしみてありがたく、嬉しく思うものであろう。人はそれを恩という。

 恩を受けたことを忘れることを、新約聖書のルカ福音書は次のように記している。イエス・キリストがイスラエルのエルサレムに向かう途中、ガリラヤ、およびサマリヤ地方の境界線あたりを歩いていた。人里はなれた寂しい場所だったようだ。そこで10人の皮膚病患者(今のハンセン病患者のことだといわれている)が遠巻きにイエスに近づき、助けてください、哀れんでくださいと懇願した。当時、皮膚病の患者は他の人に近づいてはいけないと定められていたから、そういう辺鄙なところで共同生活を送っていたのである。

 キリストは彼らに祭司たちのところに行って体を見せなさい、と言った。旧約聖書のレビ記13章にあるように、まず祭司に見せよと命じたのであった。そこで彼らは祭司のところへ歩いていったが、そこへ行く途中でみるみるうちに病は治癒していった。

 ところが、この彼ら10人はその後、どうなったか?みな、病が治ったことを大喜びでそのままふるさとへ、町へ出かけていってしまったのだった。ところが、途中でただ一人だけがその喜びを賛美しながら、イエスのもとへ再び戻り、感謝の言葉を述べて足もとにひれ伏した、と記されている。その人はサマリア人であった。

 イエス・キリストは静かにその人に言ったのであった。

 「さあ、立ってお行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。」

 当時、サマリア人は差別を受けている異邦人、外国人とされており、かなり厳しい境遇にいた。そのサマリア人だけがイエスの元に戻って感謝の心を表した。他にもパリサイ人や司祭などが見ぬふりをして通り過ぎた中、サマリア人だけが負傷した見ず知らずの旅人を介抱したという話など、そういう例え話もある。

 「清くされたのは十人ではなかったか。残りの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、賛美するために戻って来た者はいないのか。」

 みなさんにとっての「恩」は、何でしょうか?