560bda2f.bmp 国際福音キリスト教会信徒有志による声明文はこちら

 http://www.foe414.net/docs/20_090203.pdf

 2009 年2 月3 日

 卞在昌(ビュン・ジェーチャン)宣教師の性的不祥事に関する声明文  

 国際福音キリスト教会信徒有志

 今、教会は瀕死の状態です。主流派の教職者と多くの信徒との間の信頼関係は損なわれ、教会は廃墟の様相を呈しています。残された信徒同士がかろうじて連絡を取り合って、この教会の再生を祈り求めています。私たちは、国際福音キリスト教会の教職者を初めとして、信徒を含む全教会員が、現在のような状態になるまで事態を放置して来たことを深く反省し、悔いあらためるべきは悔い改め、教会の聖めを願ってゆくべきだと考えてきました。

 しかし、残念ながら現実は、国際福音キリスト教会教職者の多くの方々は、性的被害を受けた被害者に対して謝罪するどころか、かえって、教会の秩序を乱し混乱を招いたとして、これらの被害者を攻撃しています。国際福音キリスト教会の教職者たち(牧師、伝道師、宣教師)の多くは、懐柔と脅迫にさらされ、一部は自ら考えることを放棄し、無能力状態に陥っています。一部の心ある教職者たちは、すでに自発的に教会を離れ、または、離れようとしています。
 
 心痛むことには、教職代表たちが、心の底から教会を再生したいと願う信徒の働きを妨害し、その働きに賛同する者は戒規にかけると逆に脅していることです。多くの教職者に、神様の前に深く恥じいり、悔い改める姿勢のひとかけらも感じられないことは、まことに残念なことです。組織防衛に走るあまり、秩序を乱すとして、心ある信徒を排除しようという、その姿勢には深く失望しています。

 この事件は、巧妙に隠蔽されてきたため、ビュン師、その妻、側近教職者および被害者を除いて、事実を知る者は限られてきました。今回、被害者たちの証言によって、私たち信徒は、はじめて事の重大さに気づきました。この事件の背景には、ビュン師の個人的な性癖だけではなく、ビュン師の暴走をゆるし、その権威主義的な教会形成を黙認、放置、あるいは、助長してきた教職者の存在があります。加えて、そのような問題点を指摘できず、事態の悪化を防げなかった信徒の責任も含め、教会全体の構造的な問題があります。この修復もしくは清算なしには、教会の再生はあり得ないと考えます。

 「(あなたがたは)弱った羊を強めず、病気のものをいやさず、傷ついたものを包まず、迷い出たものを連れ戻さず、失われたものを捜さず、かえって力ずくと暴力で彼らを支配した。」(エゼキエル34:4)

 
 
 私たち信徒は:
 
 1.ビュン師が事実を認め、謝罪することを求めます
ビュン師から性的被害を受けたという女性たちの悲痛な叫び声を、私たち信徒の多くは、直接、聞いています。一方で、ビュン師は、「彼女たちが嫌がる愛情表現をしたことはいちどもない。」と、行為そのものは認める発言をしながらも、あとは黙秘を通したまま、私たちの前から姿を消してしまいました。私たちはビュン師の犯した行為を憎みます。被害者による告発の内容を信じます。何よりもまず、被害を受けた複数の女性たちに対して、ビュン師が公式に謝罪し、神様の前に悔い改め、赦しを乞うてゆかなければ、永遠の罪から逃れることはできません。また、このことの償いもなされなければなりません。ビュン師には、神と人との前に、真実を持って、向きあっていただきたいと、今もなお、切に求めます。

 2.宗教法人小牧者訓練会がビュン師の疑惑に対して釈明し、連帯して、道義的責任、損害賠償責任等の責任を果たすことを求めます

 ビュン師の形だけの辞任は、私たちや社会を欺いています。宗教法人小牧者訓練会はその代表役員卞在昌氏の為した行為に対する、道義的責任のみならず、損害賠償責任をも連帯して負っています。すみやかに、法人として、この問題に正しく対処することを求めます。国際福音キリスト教会真相解明委員会なるものができているそうですが、その実体は不明であります。いつ発足し、誰がメンバーであり、何が討議され、何が決まったのか、私たち信徒はもちろん、対外的にも、その実態は何も知らされておりません。残念ながら、ここにも、国際福音キリスト教会教職者たちの隠蔽体質が現れております。真相解明委員会の存在を百歩譲って認めたとしても、国際福音キリスト教会教職者、さらには、サーバントカウンシルを名乗る、あくまでも自分たちの体制を守ろうとする教職者たちと、実態はイコールです。ビュン師に与する教職者たちこそ、ビュン師に加担し、一体となって、この性的虐待状況を許してきた、共同責任を問われなければならない存在です。加えて、国際福音キリスト教会の権威主義と依存の体質を醸成してきた、責任も問われなければなりません。

 すなわち、国際福音キリスト教会真相解明委員会こそ、今回の一連の事件の当事者なのです。その当事者が、あたかも、仲介者のような顔をして、事態を収拾しようとしている、その姿勢に疑問を感じます。しかも、この仲介者は、自分たちを、ビュン師と切り離して考えており、すでに、そのように行動しています。最悪、ビュン師が司直の手に落ち、その行為の責任を問われたとしても、仲介者たる自分たちは、その連帯責任を問われるどころか、安全地帯へと逃れ、ビュン師ひとりを犠牲にして、組織の存続を図ろうとしております。「心を入れ替えて、再出発します。」と言われても、誰が信じ得ましょう。神様の御目の前に、このような理不尽なことや、責任転嫁、論理のすり替えが許されるはずはありません。

 3.信徒の思いはひとつ。主にある愛の交わりを回復したい。

 この教会が分裂し、破壊されることを喜び、望んでいる人は、教会の中には、誰もいません。だれもが、初めの愛に戻りたいのです。この教会を、真に「信徒」のものとして、その手に取り戻したいのです。教職者の方々も、信徒の方々も、ともに一体となって、御国を来たらせたまえと祈り求めることが、神の御からだである教会の歩むべき道ではありませんか。多くの信徒が、祈りつつ、涙を流しています。傷ついています。教職者たちの中にも、心ある方は残っておられるでしょう。しかし、この教会の主流は、目を覆われた教職者たちに牛耳られているのです。

 この教会が、ビュン師の個人的な所有物ではなく、真に神様のものとなり、信徒が喜んで集える教会へと、ふたたび変えられますように。神様ご自身がご介入されて、この教会が新しく生まれ変わりますようにと、祈ります。

 私たちの心からの叫び声に耳を貸さず、信徒を「裏切り」、なおも暗闇の権威の底に沈んでいく、国際福音キリスト教会の教職者たちに、驚きとともに深い哀れみを覚えます。今までの、教職の先生方たちとのよき交わりを思い出しながら、自然と、涙が流れて参ります。
多くの信徒の方々が、もう限界ですと言っています。そのような信徒の方々を無理に引き留めるわけには参りません。また、黙って教会を去る方々も増えています。みな、さまざまな思いを持って、静かに去って行かれます。このような方々を悪し様に非難し、また、人格的に傷付け批判することは、教会の徳を高めることにはなりません。愛を流す教会を標榜するアガペーチャペルに相応しいことでもありません。

 私たちは、同じキリストのからだです。教会が新しく生まれ変われば、また、喜んで戻ってきたいという方々もおられます。かくなる上は、やがて、破滅の底から帰還してくる帰還者たちを受け入れるための受け皿作りを、心ある信徒たちや一部の教職者たちともに、外部の先生方のお力を借りながらでも早急に進めるほかありません。この教会は、私たちにとって、かけがえのないものです。大切にしたいのです。信徒の皆さんとの交わりは、まさに、宝物です。この教会の行く末を見届けないままで、去るわけには参りません。

 主は言われます。

 「わたしは失われたものを捜し出し、迷い出たものを連れ戻し、傷ついたものを包み、病気のものを力づける。わたしは、肥えたものと強いものを滅ぼす。わたしは正しいさばきをもって彼らを養う。」(エゼキエル34:16)

 国際福音キリスト教会信徒

 署名:

 加藤生一
 小野村一博
 陳央仁
 河口賢雄