cbd2cae0.bmp 浜松のハレルヤコミュニティチャーチ(別名、ライブチャーチ浜松)主任牧師である榊山清志の猥褻・暴行事件の訴訟で、この榊山を強く擁護する書面を裁判所に提出、榊山を訴訟支援し今も親交を保ったままの名古屋教会牧師、毛戸健二らが所属する教団、基督兄弟団。戦後に成立した新興プロテスタントであり、以前に日本福音自由教会協議会・武蔵野福音自由教会の小川国光・元牧師が理事長を務めていた日本福音同盟(JEA)に加盟している。毛戸は教団付属の聖書学院神学校の学長職も務めたことがある。
 
 この教団の成増教会教職であった松沢秀章事件が発生したのは2006年12月21日の午後であった。ホテルアメリカ(埼玉県新座市野火止8)というラブホテルの4階にあった部屋のベランダから松沢(当時53歳)と同じ教会の信徒の女性(52歳)が転落死した事件である。女性には家族があった。
 
 2人は前日の23時過ぎにチェックイン。どういう経緯か不明であるが、翌日の午後、松沢は室内で覚醒剤を使用した。それで異常な興奮状態に陥り、女性をベランダから下に投げ落とし、その後、自分も飛び降りて死亡したのだった。松沢は下半身が裸体のまま飛び降りた。転落直前、ホテルのフロントに女性から松沢が裸で部屋で暴れて困るという電話があった後のことであった。基督兄弟団もこの事件については公式に教団として謝罪声明を出して認めている。
 
 松沢は生前、アーサー・ホーランド(Arthur Hollands)と親友関係にあるとして互いに行動を共にすることが多かった。彼らはしきりに自分たちがかつて荒んだ生活を送っていたことを強調し、今は救われて人生が変わった、という講話を何度もしている。アーサー・ホーランドも荒れ果てた少年時代だったと述懐しているが、松沢もちんぴらとしてシンナー中毒、千人切りという女好き。「どうしようもないちんぴら時代を経て」、クリスチャンとなったとされている。結局、「救われた」はずの松沢は最後まで本質的には変わることができていなかった。
 
 元ヤクザのクリスチャン集団、「ミッション・バラバ」は有名であり、アーサー・ホーランドも彼らと一緒にあちこちを回って伝道活動をしたこと知られる。「神の天使たち」という意で「ロードエンジェルズ」も作って活動している。
 
 http://www.netpal.co.jp/barabbas

 http://www.lords.jp

 松沢秀章とアーサー・ホーランドは六本木でゴスペルライブを行うイベントをやっていた時期があり、今でもそのウェブサイトが残っている。アーサー・ホーランドと松沢が上下に今も並んでいる
 
 http://page.freett.com/blessing_night/host_messenger.htm

 かつてやくざ、極道であろうと、刑務所に服役していた人物であろうと、キリストの道に入って改心し、人生を全く新しくやり直すことは良いことである。教会はそれを拒むことはない。だが、信徒になった後もなお、かつてのスタイル、様式をそのままに、自身の悪に染まった経歴をことあるごとにPRの素材に使うのはいったい、どういうことだろうか。服装や話し方、言葉遣い、歌い方、生活様式に至るまで、まるで以前の「ちんぴら」時代とさして変わるところがないように外側から見られるやり方を彼らが続けていることが私にはどうしても賛成できない。こういうことは東方教会やカトリック、聖公会、ルーテルやカルヴィニズムの教会などには金輪際、見られないことである。入れ墨が入った背中、金属装飾がじゃらじゃらついた黒皮のブーツやジャケット、パンツ、サングラスに振り乱した長い髪型といった姿を見せつけられれば、普通の人はぎょっとして言葉を失い固まってしまうであろう。子どもならばなおさらである。彼らがあえてなぜ、「怖い」と思わせるような姿をするのか、さっぱり理解できない。

 仙台ラブリ聖書教会の藤本光悦も説教の際、しばしば自身がかつて暴走族で荒れ果てていたという経歴を話すのだが、結局、彼もまた本質的にかつて悪に染まった時代と変わっていないことがわかっている。むしろ、やっていることはかつてより悪質化しており、妻子もある「牧師」の立場で悪を為せば以前より遙かに強い非難に値する。

 http://www.geocities.jp/narafukuin/narec-senkyo.html
 
 人の世ではやくざやちんぴら、暴力団、服役者だったという経歴は決してプラスに作用するものではない。その時点で大きなハンディを負っており、人の倍以上努力して周回遅れになった人生を取り戻そうという気持ちにならなければいけない。以前、私の知り合いに服役したことがあるそういう男が一人いて、そのことを伝えたことがある。特に酒癖が悪かったので彼には禁酒するように言った。

 悪の人生を歩いたことは反省すれば良い。だが、その後、その悪の経歴を自分の人生のためにPRしてはいけない。それはキリスト教の教えの勘違いに直結している。実際、望ましい実りはもたらされていない。松沢事件や藤本事件のように最悪の結果に直結してしまえば取り返しがつかない。悪の人生遍歴を宣教の手法として用いることは許されない。

 * かつてビュン・ジェーチャンの小牧者訓練会にも出演していた松沢秀章。

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