3f010d5d.jpg細谷雄一 Yuichi HOSOYA

 安保法制懇のメンバーである細谷雄一が、ちょうど1年前、集団的自衛権の行使容認に関する閣議決定についてブログで「解説」を公開したが、今年度に入ってから安倍政権が安保法制の審議を急加速させたことに合わせて、この「細谷解説」が安保法制を是認する立場の人たちに「わかりやすい」と好評を博していると、細谷自らブログで述べている。


http://blogos.com/article/89900/

http://blog.livedoor.jp/hosoyayuichi/archives/1865199.html

http://blog.livedoor.jp/hosoyayuichi/archives/1906036.html

http://blog.livedoor.jp/hosoyayuichi/archives/1904626.html


 以前にも書いたように国際政治学者である細谷の憲法理解、解釈の筋道はおそろしく幼稚ごく初歩的な誤りを犯し続けており、また、解釈論を離れた国際政治の政策論としても、アフガン、イラク戦争を許容し続けてきた立場が露骨に表れており、都合の悪い事実を全て省略して論じられ、国際政治の選択としても議論の客観性がない。そのことがわからないまま、細谷解説を礼賛する無知な読者が多いことに驚かされる。



39d1a1f2.jpg 北岡伸一 Shinichi KITAOKA。東大法学部教授。駐米全権大使。国際大学長、政策研究大教授を歴任。細谷雄一の恩師にあたる。



 細谷は法制懇の座長代理を務める北岡伸一ゼミの出身であり、彼に呼ばれてメンバーに起用されたことからもわかるように、基本的に北岡の議論を継承している。恩師と同じく細谷もまた、30年以上前からの北岡教授の議論にあるように、日本は現行憲法のまま、集団的自衛権を行使することが可能であるという立場に立つ。彼等がその根拠法源とするのが、安倍晋三が懐刀として法制局長官に起用した小松一郎(外務省、一橋大法卒)、横畠裕介(検察官、法務省、東大法卒)と、現在まで続く内閣法制局長官が繰り返し国会の答弁で力説する「砂川判決」であった。


ab8a700d.jpg細谷雄一(慶応大法学部教授)


もう一つ、集団的自衛権を行使できるようにしたいなら、憲法解釈の変更ではなく、憲法改正をするべきだ、という誤った理解があります。これも理解に苦しみます。京都大学の大石真教授の憲法学の教科書でも記されていますが、日本国憲法にはどこにも、「集団的自衛権の行使を禁ずる」とは書かれていません。もしもそのように書かれていたら、当然ながら憲法改正をしなければなりません。禁じられていないのに、なぜ憲法の条文を改正する必要があるのか。それでは、誰が禁止したのか。それは内閣法制局です。内閣法制局は、司法府ではなく、行政府の助言機関です。もしも司法府である最高裁が、集団的自衛権を禁ずる判決を出していたら、立憲主義の精神からもそれは憲法改正が必要となるかもしれませんが、最高裁は一度も集団的自衛権を禁ずる判決を出していません。1959年の砂川判決は、周知の通り、日本の自衛権行使を認める判決を出しました。そこでは、集団と個別とを分けていません。集団的自衛権の行使を容認したわけではありませんが、禁止したわけでもありません。



 と細谷は砂川判決を引用するが、9条と前文の規定は以下の通りである。中学生水準の日本語として、到底、米、豪、韓、日本、フィリピンによる国連抜きの軍事同盟による行動が、遠くペルシャ湾や紅海を含む地球の全地域で許容されるという文言ではない。
 


9条1項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


9条2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。





 このように現行憲法の9条は1項と2項とから成り立っており、
  
 第1項で「戦争の放棄」
 
 第2項前段で「戦力の不保持」

 第2項後段で「交戦権の否認」

 が規定されている。また、憲法の全規定に先立って記載されている「前文」において、「平和的生存権」と呼ばれる文言があり、これらの明文から現行の憲法は「平和憲法」と呼ばれる。憲法に直接「平和憲法」という記述があるわけではない。





憲法前文

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、 われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。



 これらの規定により、日本国憲法は国連を中心とした集団的安全保障体制を想定しているということになる。集団的安全保障体制と集団的自衛権とは全く異なる。集団的安全保障体制は国連の総会や安保理での決議を基礎に、国連軍などを派遣して対応するものであり、国連抜きで一方の当事者が勝手に一部の軍事同盟国だけで軍事力を行使する集団的自衛権ではない。


 「集団的自衛権の行使」はほとんどが大国による都合の良い軍事行動への口実に使われ、違法な侵略戦争になった事例は圧倒的多数に上る。手がけた国家としては、圧倒的に中、露(旧ソ連)、米、英、仏の5大国による軍事力行使であった。ざっと列挙するだけでも、

 ハンガリー軍事介入(1956年、旧ソ連)
 レバノン軍事介入(1958年、米)
 ヨルダン軍事介入(1958年、英)
 ベトナム戦争(1964年、米、トンキン湾事件)
 チェコ侵攻(1968年、旧ソ連など)
 アフガニスタン戦争(1979年、旧ソ連)
 ニカラグア侵攻(1981年、米)
 チャド軍事介入(1983年、仏)
 グレナダ侵攻(1983年、米)
 イラン・コントラ事件(米)
 アフガニスタン戦争(2001年、米、NATO、タリバン政権を破壊)
 イラク戦争(2003年、米、英、豪など。大量破壊兵器の行使阻止を目的にした予防的先制攻撃)

 などがある。


 砂川判決は、1959年に出されたものであるが、これは在日米軍立川砂川基地への立ち入りが刑事事件として起訴された事件を巡る訴訟であり、日米安保条約の合憲性が問われた案件である。自衛隊の合憲性が問われたり、集団的自衛権の存否が問われた争訟ではない。刑事法廷で争った被告人も一切、それらの論点について国・検察と争っていない。


 日本の司法は違憲立法審査権を持つが、この審査権は手広く行使される権限ではなく、具体的な提訴(刑事の場合は起訴)の内容に沿って、その内容の範囲においてのみ行使される。具体的争訟の範囲を超えて裁判官があれこれリップサービスで憲法解釈のお手本を判決に示すことは原則としてない。これを「具体的違憲審査制」という。対義語としてこの違憲審査制には「抽象的違憲審査制」があり、これは具体的な争訟事件(民事、刑事、行政)とは無関係に、抽象的な違憲審査を行う司法の仕組みであり、諸外国で「憲法裁判所」などが別途、設置されていることもある。例えば、婚外子への相続差別は合憲か、国公立の女子大は合憲か、といった憲法判断を、抽象的に法律や条約、条例などを丸ごと専門の裁判所に訴えて司法が判断を行うことができる。日本にはこれがなく、全て「具体的違憲審査制」になっているため、地裁、高裁、最高裁が各々の事件に応じて、具体的な事件の中で憲法判断を必要な範囲において行うことになる。


砂川判決は日米安保条約の合憲性が問われたもので、自衛隊や集団的自衛権の合憲性は争われていないため、それらについての憲法判断は一切、されていない。一審で駐留米軍を違憲と判じて無罪判決を出した伊達秋雄裁判官の「伊達判決」にさえ、自衛隊、集団的自衛権の判旨はない。最終的な判断を行った最高裁判所大法廷判決(当時の長官は田中耕太郎だった)では、



「憲法第9条は日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、同条が禁止する戦力とは日本国が指揮・管理できる戦力のことであるから、外国の軍隊は戦力にあたらない。したがって、アメリカ軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しない。他方で、日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」 (最高裁大法廷判決昭和34.12.16 最高裁判所刑事判例集13・13・3225)



 と判じた。これは統治行為論と言われる。政治問題論(political question)とも言う。高度な政治性を持つ国政上の事柄については、「一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り」、司法は違憲審査権を行使しないという判例。この判例の当否にも大きな争いがあるが、これも最終的な判断は主権者たる国民に委ねるとしたものであって、時の政府、政権が自由に判断して良いという内容ではない。後にアメリカの機密文書の公開によって、田中長官がダグラス・マッカーサー2世・駐日大使と秘密の交渉を行い、今日では全く信じられないほど判決へ強い内政干渉があったことが判明して大きな反響を呼んだ判例でもある。

  
 この判例をきっかけに、時の自民党歴代政権は「自衛隊は戦力ではない」という政府公式見解を打ち立て、国会の答弁で貫くようになる。戦力なき実力部隊が自衛隊であるという論理であった。自衛隊は「戦力」ではなく、専守防衛のための実力部隊であるから9条2項に反することはなく合憲であるという理由付けであった。

 
 司法が違憲判断についてひとまず判断を横へ置いておくとしてという判旨をして、砂川判決が「集団的自衛権」を認める根拠になるなどという暴論は、金輪際、成立しようがない究極の曲解であるが、小松、横畠の法制局長官、安保法制懇の柳井座長、北岡座長代理、細谷、中西、細谷ら委員は揃ってこれを正当な法解釈だと主張する。細谷に至っては純粋にそう思いこんでいるが、

 

 「あまりにも、誤解が多く、あまりにも表層的な議論が多い」、

 「今回の集団的自衛権に関する問題も同様です。私自身、安全保障については多少勉強してきましたが、それだけでは不十分なので主要な憲法のテキストや、国際法のテキストや論文、英語での主要な集団的自衛権に関する研究書や研究論文をこれまでかなりの数にわたって読んできて、ようやく全体像がつかめてきました。これはとても複雑な問題で、なかなか容易には理解できないテーマです。今度もまた、誤解に基づく批判があふれています。」



 などと、法律学の解釈論について大幅に学習不足の世間知らずのお坊ちゃま学者に日本国の主権者が愚弄されるいわれはない。改憲派の小林節(慶応大名誉教授)などを含め、国内の憲法学者の95%以上が憲法違反だと断じ、主権者の圧倒的多数が問題があると考えている安保法制や憲法解釈のごり押しを、まともな論理の貫通がないままにごまかしているのはどちらだろうか。安倍、柳井、北岡、谷垣、高村、麻生、中谷元、小野寺ら、安保法制を強力に牽引するメンバーは、みな揃ってイラク戦争への積極協力を推し進めてきたメンバーでもある。安保法制の推進とイラク戦争の賛成という2つの重大な案件についての態度を巡ってはこれらメンバーがほとんど全て符合している。いうまでもなく「新進気鋭の国際政治学者」ともてはやされている細谷雄一もイラク戦争に反対した国際政治学者ではない


78b23c9b.jpgYanai 柳井俊二 元外交官で駐米国連大使。9/11テロ発生時の駐米全権大使。日本のアフガン、イラク戦争後方支援などの外交折衝を担当した。



 ジョージ・ブッシュ、ディック・チェイニー、トニー・ブレアが強引に開戦し、20世紀の100年に引き起こされた全ての戦争と比較しても指折りのでたらめな侵略戦争となったあのイラク戦争。安倍晋三が例え話に持ち出した「泥棒」や「強盗」はいったい、どちらだったのだろうか。世界中の反対を押し切って違法な侵略戦争に突き進んでいった愚者はだれだっただろうか。100万人以上の無辜の市民を殺す羽目に陥り、世界規模に拡散したアルカイダ、また、現在も続くISの止めどない膨張へ道を開いたあの戦争を「正義の戦争」、「自由をもたらす戦い」、「対テロ戦争」と自画自賛した政治家たちはどこのだれだっただろうか。戦争まっただ中にあった小泉政権時の官房長官だった安倍晋三、国連全権大使として直接の当事者だった柳井と北岡、外相だった谷垣、防衛閣僚だった中谷元ら、現在、躍起になっている面々とメンバーが一致しているという厳然たる事実は微動だにしない。


 ありもしない「大量破壊兵器(WMD)」をあると言い張り、これが現実に行使される直前の明白かつ現在の危険(clear and present danger)があると強弁し、世界中からの反対を押し切って国連の決議なしの単独による「予防的先制攻撃」が必要だと言い張って破滅的な戦禍をもたらしたイラク戦争に荷担したのはまさに彼等だったではないか。莫大な金額の資金供与、インド洋上での洋上給油など与党自民党政府が行ったイラク戦争協力は大きな内容であった。こういった面々が今の安保法制の正当性を傲慢にも主権者たる国民に説く状況は、ほとんどブラックジョークである。



 日本の専守防衛とは何の関係もないホルムズ海峡の機雷除去にも日本が参加できるとなれば、日本と日本国民がISの憎悪の対象、攻撃目標になるのはこれ以上なく明白。海峡をタンカーが通れずに原油が運搬できなくなったとしても、ただちに日本が干上がって「存立の危機」に瀕するわけではない。一定程度、産業、経済に大きな打撃にはなるが、「存立の危機」に立つわけではない。購入価格は高騰してもそうした状況で原油や天然ガスを他から購入することは不可能ではない。その供給地は中東だけではない。


 長くイスラム圏と激しい敵対関係にあるアメリカと異なり、日本はムスリム社会との間に現段階では憎悪や敵対感情はない。集団的自衛権の安保法制を成立させ、対イスラム圏全体をわざわざ敵に回す愚行は決して取るべきではない。ごく単純な選択としてあり得ない暴挙である。


 日本の首都圏や大都市圏はテロを行うにはあまりに容易な条件が整いすぎている。すでに国内にもイスラム教徒はいくらでもいる。アメリカの次期大統領はヒラリー・クリントン、ジェブ・ブッシュなどだれであれ、イラク戦争に賛成した候補者たちばかり。将来、日本を再び引きずり込んで第2イラク戦争へ突き進む可能性は空想上の話ではない。そうなった場合、福島原発事故の十数倍以上の脅威が日本にのし掛かる。偉そうに「政治が責任を取る」といつも二枚舌で嘯いている三代世襲の戦犯の孫首相を初め、だれも責任を取りようがない末期的な事態に落ちることになる。

 
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