7b5f9812.jpgビン・ラディン掃討作戦のアフガニスタン戦争、そして、その後のイラク戦争を経てISが登場、主にシリアとイラクで活動を始めて以来、内戦になってシリア国内の治安が崩壊。大量の難民が周辺各地や欧州へ殺到。中でもハンガリーとギリシャ、トルコに押し寄せた難民が溢れかえっている。ハンガリーやギリシャに人が多いのはトルコから簡素なボートで海を渡って陸路を歩こうとするからである。米軍がタリバンの抑え込みに失敗して治安が崩壊したアフガニスタンからの難民も西へ散って難民の大グループを作っている。

  
移民に寛容だとされているドイツなど西欧へ向かう列車へ乗ろうとしたシリア難民、アフガニスタン難民が押し寄せたハンガリーでは駅舎、ホームにシリア人が難民キャンプのようになってしまい、1つの国の鉄道機能が止まる異常事態に。トルコの海岸には難破した船から海へ落ちた幼児を含む人たちが海岸へ遺体で続々と打ち上げられ、経済危機にあるギリシャにもボートピープルが大量に接岸。すでに徒歩でウィーンなどへ歩き出した難民家族もいて幹線道路が麻痺しつつある。


 あまり知られていないが、イラク戦争が開始された後、イラクでは100万人を超える難民が発生し、その多くがシリアへ入国して命を拾っている。独裁者アサド政権だったシリアであるが、同じシーア派のイラクであったこともあって当初から難民を受け入れ、イラク戦争の戦禍を吸収するのに非常に大きな役割を果たした。

 そのシリアが今、国全体が崩壊し、シリア国内の人々が国外へ逃げ出さなければ命がない状況になったが、周辺国の協力がなくISの勢力も強いために塗炭の苦しみを味わっている。急に大量の難民が出たため国連も対応がまるで取り切れない。

 本来、世界中の反対を押し切ってイラク戦争を始めたのはアメリカ、イギリス、オーストラリア。そして、その延長線上にイラクの宗派対立、シリアの崩壊、ISの台頭と膨張に繋がった。ビン・ラディンを暗殺した後もアルカイダは活動が続く。アメリカが日本に安保法制の成立を強く求めているのも対IS戦争でアメリカが手を焼き、数多くの国から支援を取り付けなければどうにもならない事態に落ちたからである。
 
 せめてシリアから着の身着のままで逃げ出すしかなくなった難民については、アメリカ、オーストラリア、イギリスが受け入れるべきで、3つの国には十分に余っている土地もある。自分たちがしでかした戦争でこの戦禍と混乱を生んでいる以上、他人事の顔をしていないで積極的に国連を通じてシリア難民問題解決に金と人を出してもらわなければどうにもならない。現状、ギリシャやハンガリーなど自国の経済危機に四苦八苦している小さな国に津波のように押し寄せる難民に対応することなど全くできようがない。アフガニスタン戦争、イラク戦争を開始した主たる責任がある国家、つまり、米、英、豪がその対応に乗り出す大きな義務がある。戦争の責任とはかくも重い。今更、顔を背けて知らぬふりをするわけにいかない。