中村 フォトジャーナリスト、伊藤詩織さんの一審判決が出たばかりで連日、そのニュースが報道されるようになった。民事訴訟の結審の際はほとんど注目が集まらなかった中、勝訴となると途端に大手新聞社、キー局が集まって連日の報道合戦。日本のマスコミは非常にご都合主義的な取材、報道をしている。結審の時、取材にやってきたのは東京新聞(しかも望月記者のみ)だけであった。そのため、時事通信などを通じて配信された簡単な概略が少し報じられただけであった。

 この事件については、山口敬之が成田空港に帰国、到着する直前、逮捕状が執行されずに握り通分された経緯がある。山口本人が自分の逮捕状について知っているわけもなく、この事件が高輪署での事件化を回避された唯一にして最大の理由は、当時の警視庁刑事部長だった中村格が現場の刑事に逮捕しないように指示を出したからに他ならない。中村は野党の調査にも応じず、伊藤詩織さんに街中で声をかけられて追いかけられても全速力で走って逃げている有様であった。この事件は「中村格事件」と呼ぶのが最もふさわしい。それほど彼がやったことは重大な権力行使であった。

 中村格は現在、警察庁長官官房長の地位にあり、次期の警察庁長官の最有力候補である。このような人物が全国47都道府県の自治体警察を取りまとめる桜田門、警察庁の長官に着任することは日本の民主主義にとって重大な危機であって、絶対の適正手続きが求められる刑事手続きを平気で歪め、時の政権与党、現職総理への忖度壁がある人物が、刑事司法、行政機能を歪め、ひいては政治、社会全体を汚染することになる。そのことについては、元東京地検特捜部長、国会議員だった若狭勝が2017年の段階で指摘している。

 以下、引用して広く全ての国民向けの参照に。

 

 若狭勝 2017年06月10日
 警視庁本部 中村格刑事部長(当時)の暴挙と法治主義

元TBS 記者山口敬之氏に係る準強姦罪の被疑事件につき、所轄警察署が告訴状を受理した上、カメラ映像の分析などの捜査をした結果、その疑いが相当程度にあるとして、裁判官に逮捕状を請求した。

所轄警察署の現場警察官も、昨今のえん罪事件に留意し、記者という身分にかんがみて逮捕時の影響も考慮しながら、慎重な判断のもとで、逮捕状の請求に至ったと思われる。

その上で、裁判官も逮捕の理由と必要性を認定し、逮捕状を発付した。

しかし、山口氏が空港に到着次第逮捕するべく、所轄の警察官が態勢を整えていたところ、こともあろうに、なんと、警視庁本部中村格刑事部長(当時)からの突然の指示で逮捕状の執行が見送られた。

私は、逮捕状とその執行実務に精通している。その私の目からすると、通常ではあり得ない事態。この種の犯罪で、所轄警察署が入手した逮捕状につき、警視庁本部刑事部長がその逮捕状の執行をストップすることは通常絶対にあり得ない。

裁判官の判断は何だったのか。そもそも、裁判官は、逮捕する理由も相当ではなく、逮捕の必要もない、ひいては、逮捕するに適さない案件に逮捕状を発付したということなのか。

私は、珍しく怒りを抑えきれない。

中村刑事部長(当時)に問い質したい。

裁判官の逮捕を許可した判断と、何がどう変わったのか。逮捕状の発付後に、裁判官の判断を覆す特殊な事情が生じたとでもいうのか。

逮捕状の執行を阻止した説明を納得のいく形でしない限り、私は中村刑事部長(当時)を許せない。

これまで多くの人が、何にも代え難い法治主義を守るため、我が国の刑事司法の適正に向けて努力してきたのに、警察内部からその適正を崩壊させることは絶対に容認できない。

ちなみに、昨日、国会において、性犯罪については、被害女性の心情に配慮して捜査などを行なうべきと議決した。この精神にも甚だもとる。

現在、アメリカ大統領が、FBI長官に対する捜査妨害をした疑いで窮地に追い込まれている。捜査ないし刑事司法への不当な圧力は、どの国でも法治主義を危うくするものとして由々しき問題となる。