私の散歩道

愛犬、逝く

f98bf64d.jpg 死別の悲しみは急にやってくる。ずっと実家で飼っていた愛犬が昨日、死んでしまった。最後は心筋梗塞のようにしてぱたっと息を引き取った。18歳という往生だった。3年ほど前には悪性腫瘍が腹部にできて摘出手術を行ったこともある。がんの転移があるだろうと思っていたが、このガン再発はなく術後は元気に過ごした。

 
 数年前から腎臓機能が弱っていて特にこの1年は悪化していたことが影響して最後は意識が混濁していたようで、白内障で目がほとんど見えなくなったこともあるが朦朧としながらよたついていたのがこの4,5ヶ月ほどだが、この1週間ほどは急激に衰弱し、自力で立ち上がることが難しくなっていた。排尿のために4,5時間ごとに外に連れ出したりするのを私も交代で自分の家から実家に帰ってやっていたが、死の前日の夜は爪が引っかかるので自力歩行ができたアスファルトの路面をよたよた歩き、数分後に塀際でお尻からへたり込んで座ってしまった。それを抱え上げて室内に戻したのが最後だった。先が長くないなとは思ったが、翌日に死ぬとは思っていなかったため、夕方にそれを知ったときには驚いて動揺を感じ、足が地に着かなかった。

 
 弟が学生時代の下宿先で寒い冬の日、雨に濡れて震えながらふらついていた子犬のメスを情がほだされて後先を考えずに拾ってしまったことが話の発端だった。下宿のアパートはペット禁止のためひっそりと半年ほど室内で飼育していたが明らかに限界があり実家にSOS。すでに別の犬を一匹飼っていた実家は無理だと断ったが、火が付いた弟の情熱はなぜか激情の人生論に発展。しかたなく遙々、往復20時間もかけて車で引き取りに行った犬である。こちらへ連れてきた後、もらってくれる人を探していたが、ものの数日で情が移った両親があえなく陥落。結局、二匹を飼うことになったのだった。その後、1年ほど二匹で暮らしていた。


 命の恩人を弟と思っているため、日頃世話をしている親よりも全く別の場所に暮らしていて滅多に会うこともない彼に熱烈に懐いていた。がん手術のための診察も含め、狂犬病の注射やフィラリアの血液検査・診察など、愛犬にとっては嫌いなことの多くを私がやっていたため、私がいつもと違う方向へ散歩道を向けると徐々に愛犬は不穏な空気を察知して散歩の足が鈍り、動物病院近くになると逆方向へ引っ張り出す。最後は抱えて診察室へ入っていくのが恒例だった。診察台の上で押さえるのもたいへんであった。私は動物取扱の知識や資格があるがこれが役にたってくれた。一緒に散歩したたくさんの思い出は大切な記憶になっている。

 
 テリアと柴犬が混ざった雑種だったような気がするが、獣医師も正確なところはわからないと言っていた。死亡したことを知らせると残念がっていらしたが、獣医から見ても良く生きたと言う。ガンの手術がうまくいったことには非常に助けられ、深く感謝する気持ちを早めに直接伝えたかった。


 他界した愛犬は生年月日もわからない、母犬もわからない、捨てられた飼い犬だったか、野良犬だったのかさえ定かではない。人知れず捨てられたまま凍えて野垂れ死にするところを奇跡の幸運で弟に拾われ、その後にバラ色の一生が待っていた。ほぼ満点に近い幸せな一生だったのではないかと思う。


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著者:松田朋子
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ペットたちは死後も生きているペットたちは死後も生きている
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田無農場 休日特別公開

fa423730.JPG 私のとっておきの場所の一つに西東京市にある東京大・田無試験地がある。かつて農学部が駒場から本郷へ移転した際に1929(昭和4)年に東京帝大農学部・林学科田無苗圃として林学第二講座によって創設された。造林学研究を主たる目的に作られたもの。入り口を入った瞬間から別世界の森であるが、すぐ左手に昭和初期の雰囲気を実に良く伝える白い木造の平屋建て庁舎がある。
 
 隣接して広大な東大附属農場、敷地内に東大アジア生物資源環境研究センターなどがあり、農学生命科学の研究・教育拠点になっている。杉、檜、松、欅、メタセコイヤ、ポプラなど多くの樹木が育てられており、中でも杉は充実していて京都、秩父、海外の品種など各種いくつかを比較することができる。庁舎前のメタセコイヤは都心で見られる樹木としては有数の巨樹。

 総面積9.12haと広大。誠に残念なことに、ここの一部を道路整備のために売却し目の前の所沢街道、新青梅街道からひばりヶ丘駅に直結するバイパスを整備することになっていて農場そのものは道路以外の部分で残るがかなりの面積が道路で分断され、交通量が激増する。本当にもったいないことだと思う。

 平日は一般の人が散策することができる。特別の許可がないと園内の自転車走行、お弁当や飲み物の持ち込みは不可。また、普段は平日の9時から16時30分までしか見学はできないが、年に二度ほど、休日に公開される日がある。春と秋が恒例。今日、27日はちょうどその日に当たっていた。東久留米へ出かけた帰り、前を通り過ぎたら「休日公開」の看板が出ていたので立ち寄ってみることに。
 
 学生時代からすでにここは全面的に売却されて道路になったり、開発されることになると聞いていたが、計画が変更になってまだ当時と変わらず同じままだった。技官の職員と20分ほど立ち話をしたら今年から測量が始まりついに道路建設が始まる予定らしい。元々、大学関係の利用率が極端に低く、むしろ一般公開利用が多い千葉県検見川の運動場をこの農場の代替施設として農学生命科学研究地に模様替えする予定だった。検見川に隣接する千葉大の農場も購入する予定であった。だが、その後千葉大が売却を渋って中止することになり、また、体育会系組織の発言力が強く猛反対に。サッカー、アメフト、テニス、ゴルフなどの競技ができる施設として残すことになり、そのあおりで田無の試験地は道路整備のために部分的に売却されるだけで残ることになった。体育会系の強い声がこれに限っては良い方向へ響いた。
  
 休日公開とはいえ知られていないためか私以外ほとんどだれも人がいない。懐かしい風景が続く園内を歩いていたら、明るい日の光が大きく差し込む林の草地に。空中を黄緑色の小さな青虫が浮遊していた。見上げると上空の梢から糸を吐き出しながらゆっくり下降している真っ最中。30秒ほど見つめているとそのまま草地にゆっくりランディング。珍しい光景だった。天から舞い降りる青虫の静かな佇まいをしばし凝視し楽しんだ。

 「やあ、おめでとう。」

 天空の青虫からのお祝い。
 
 悲しいことがあったり、気持ちが落ち込んだような時にここへ来ると良い。別世界の樹木たち、梢から差し込む木もれ日が夢を見ているかのように美しい。新緑が輝くゴールデンウィークの最後、6日に休日公開がもう一度予定されている。
 
 東大・田無試験地、付属農場
 〒188−0002 
 東京都西東京市緑町1−1−8

・西武池袋線・ひばりヶ丘駅南口、西武新宿線・田無駅北口から
 西武バスで「六角地蔵尊前」下車 すぐ

富山の「たら汁」

 私の「散歩道」とまではとてもいえないが、私は富山の越中八尾、「おわら風の盆」が好きで、今までに3年連続で3度、見に行っている。大学時代の友人3人と一緒に行ったこともある。この2年は間が空いてしまっていたが、今年はまた見に行く予定である。
 
 「おわら」は毎年8月下旬の前夜祭に引き続き、9月の1,2,3に行われる。曜日は関係ない。最終日は徹夜。本当に夜通しですっかり夜が明けた朝の5時くらいまで踊っている。最後は「町流し」ではなく、「輪踊り」で終わることが多い。終わる頃には踊っている方はもちろんのこと、見ている方も疲労困憊でふらふら。6時過ぎに越中八尾駅を出る始発のディーゼル列車は乗車率300%ほどの大混雑になり、福島地区の若者たちが線路のホーム上で最後に見送りの踊りを踊りながらの発車になる。
 
 さて、私が一度だけ自分で自動車を運転し、おわらを見に出かけたとき、日本海沿いに走っている国道2号線、北陸道を走っていたのだが、ちょうどその時非常に腹が減ってきたことがある。まだ富山駅周辺に着くにもちょっと掛かりそうだった。そこで、どこかで何かを食べたいなと思い始めたところ、ちょうど朝日町のあたりだったか、「たら汁」という看板が掲げられた店がぽつぽつ車窓をかすめ始めた。直ぐ横は北陸本線のレールと、その向こうに日本海。港が近い地域である。道路の両端にはほとんど民家などもなく、とても寂しい地域であった。
 
 やがて、大型トラック20台ほどは楽に止まれそうな巨大な駐車場を備えた「たら汁」看板が3つほど道路を挟み固まって開店しているところが出てきたので、そこで自動車を止め、駐車場も小さく線路と海に近い方の小さな店へ入ったのだった。名前が「栄食堂」といった。

 そこの3つのお店は大型トラックの運転手がしばしば足を止めて休息し、食事をとるためのお店だったらしく、店内の雰囲気からしておしゃれではなかった。「労働者の食堂」という雰囲気が醸し出されていた。もしかしたら反対側の車線にあった大きなお店には「たから温泉」と書かれて大きな看板もあり、憩える風呂があったようなので少々、違ったかもしれないが、いずれにせよメインのお客がトラック運転手など仕事人向けであることが明白のお店だった。

 そこには刺身やその他のメニューもあったのだが、自信作が「たら汁」だったようなので私はしばし眺めてそれを頼んだのだった。私はお洒落な格好をしてもいなかったし、西日がまぶしかったので眼鏡にクリップ式の茶色いサングラスを挟んでいたため、どう見ても都会から来た観光客には見えなかったからだろう、お店のおばさんは、私をトラックの運転手だと勘違いしたようだった。

 「ごはんはどれくらいつけるの?」
  
 いつも私に話しかけているかのように聞いてきた。何度かこの店を利用している人と思いこんだのかも知れない。
 
 「大盛りで。」

 献立表に書いてあったので即座にそう答えた。何だかそのやりとりがとても印象的で嬉しく感じたことを良く覚えている。

 さて、出てきた「たら汁」。大盛りのごはんと合わせてやや大きな煮込み鍋にどっしり出てきた。アルミで出来た銀色の、いかにも家庭で普通に使っているようなお玉が添えられて。どの様な味がするものかとちょびっと飲んでみた。

 私は今までにあれほど美味しい「鍋」というものを食べたことがない。ひとくち飲んだ瞬間に、

 「おいしーい!」

 と心で叫んだ。その後はあっという間に白飯とたら汁を平らげてしまった。たら汁のうまみと白米とが合わさって喉を通っていく時のその満ち足りた感じといったら例えようもなく、誇張ではなく、

 「世の中にこんなにうまいものがあったのか・・・。」

 とさえ思った次第である。
 
 ちょうどおわらのことが店内に備え付けられたテレビのニュースで取り上げられていた。本日が最終日で延べ20万人が訪れる見込みだ、と。食事の最中にそのおばさんとおわらの話になり、見に行ったことがあるかと聞くと、このあたりの富山の人間は逆に近いがほとんど見に行かないといっていた。彼女たちも家族のだれも見に行ったことがないらしい。その様なやりとりもまた面白かった。おばさんが喋ったついでにつばが飛び、鍋に入ったこともまたそれはそれで良い想い出である。

 今年のおわらは諸事情から青春18きっぷで電車で行くことになりそうであるので、途中下車してがんばらないとこの「たら汁」は食べられそうにないが、またいつか必ずもう一度足を止めて見たいと思っている食事処である。

原美術館

6bec66c0.bmp サッカーをやっている友人らが誘うので、風邪を引いて薬を飲んでいる体調ながら雨の中、品川まで出掛け、原美術館というところへ行ってきた。

 現在、タピエス ─ スペインの巨人・熱き絵画の挑戦 展覧会 
 
 が5月29日(Sun)まで開催中。私には全く理解不能。何の興味もかき立てられなかった。私は上野の美術館へ古典的、伝統的な芸術を見に行くのがとても好きで、あまり現代美術には関心がない。

 入館料が1000円もかかるのでなかなか高い。だが、展示物はともかくとして建物や庭は美しいので、学期中の土曜日は小中高生無料だそうだから見に行っても良いかも知れない。70歳以上の高齢者は無料だそうだ。原美術館メンバー制度があり、年会費を払うと何度入館しても(するようなところではないが)無料。
 
 ウェブサイトはこちら。だが、プラグインが入りすぎていて見にくいので、概略などは携帯電話用の下のサイトを見ると良い。
 
 http://www.haramuseum.or.jp/
 http://mobile.haramuseum.or.jp/

原美術館 〒140-0001 東京都 品川区 北品川 4-7-25
電話 03-3445-0651 E-mail info@haramuseum.or.jp

品川駅高輪口から歩15分 
都営バス 「御殿山」下車 歩3分。

開館 11:00-17:00
 ※祝日を除く水曜は20:00まで(入館は閉館時刻の30分前)

入館料 一般\1000、大高生\700、小中生\500

休館日 月曜 (祝日の場合は開館。翌日が休館に)
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