記者会見は一度きりで終わり、検証実験のために理研に戻った小保方晴子博士は現在、厳重な録画や点検が整えられたチェック体制の下、STAP細胞の生成再現に取り組む。200回以上成功した実験であれば再現は容易なはずだが、世紀の発見とされた実験結果がES細胞との混合があったから出たものであることについて、本人が勘違いで気がついていなかったか、あるいは確信犯として知っていながら故意に虚偽の発表としてまとめたかはまだわからない。しかし、客観的疑義や事実が多く提出された現段階でほぼ彼女の立場を支持する科学者はいなくなり、四面楚歌にある。
NHKがドキュメンタリーにまとめたものをみると、個人としての小保方さん論は科学論とは異なった内容になるのでとりあえず除外すると
1.理研の内部運営が非常に組織防衛的で末期的な独自の倫理がまかり通っていること
2.iPS細胞の山中教授と並び、世界の再生医療研究の最先端を走っていた笹井・副センター長が、研究者としても研究プロジェクトマネージャー役としても優れた人材であったこと
3.論文不正について、単純なエラーやミスがあり得ないほど多く存在し、それを国内からではだれもチェックすることができなかったこと
4.ユダヤ人研究者4人兄弟の一人、ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授が、日本の研究費付きでやってくる小保方さんを最大限戦略的に利用していたこと
5.騒動が起こってから後、日本の科学界、研究者たちが、立ち止まって検証する機会をことごとく失ってきたこと
がわかった。
番組の中で、笹井博士と小保方さんとの間のメールが一部、紹介されていた。また、若山照彦教授(山梨大)の小保方さんの当初の印象についての発言も映されていた。これらをみると、二人が小保方さんの将来性に非常に期待していた様子がわかる。捏造の可能性があるかもしれないとは露も思わず本気で信じ込んでいたことがわかる。厳戒態勢の部外秘実験で行われていた上に、万能プレーヤーである副センター長の笹井博士自らが管理していたため、鉄壁のプロジェクトについて外側から何一つ点検ができなかった。
「小保方さんとこうして論文準備ができるのをとてもうれしく楽しく思っており、感謝しております。」
笹井博士から小保方さんへ出されたメールにはこうあった。
「新発見」の内容では、生後1週間程度のマウスから取り出した体細胞をおよそ25分間、オレンジジュース程度の弱酸性の液体に浸した細胞が、その後、数日間分裂を繰り返すと万能細胞になるという。しかし、数十億年に渡る地球の発展史ではこの程度の条件が整う環境は膨大な回数になる。こうしたことがこれまでの科学の歴史の中で全く見落とされ続けてきたということはそれ自体が考えにくい。小保方発表が公表されてからすぐに、上昌弘博士ら数人の科学者が公然と論文内容に疑問を出したことからもそのことがわかる。なぜか疑問の声とチェックがなかった。
論文不正が発覚後に同じ理研の遺伝子解析専門家である遠藤高帆博士が検証すると、精子の発現と関係がある「アクロシンGFP」が見つかったが、これはスタップ細胞研究と何の関係もないもので、ES細胞が混じったとしか考えられないとされていた。事実、小保方博士が、nature、 Cell、 Science に一度ずつ論文掲載を申し込んだ時、全体にプレゼンのレベルが低い、分析が不完全で説明が不十分だ、ES細胞がコンタミ(混入)しているのではないかと具体的に指摘されていた。
ところが、論文を理路整然ときれいに美しく、わかりやすくまとめることについての秀才である笹井博士が論文の再整理に力を貸し、40カ所以上の写真やグラフ、表を作成して入れるように具体的に助言を出してまとめると、一度はかつて掲載拒否されたはずのネイチャー誌(ロンドン、フィリップ・キャンベル編集長)から、2013年3月にネイチャーに申し込み投稿された論文が、専門家、編集部ともに大きな可能性を感じて掲載を検討すると評価が一変。一挙に新しく展開し始めた。
論文には、確証となるTセルレセプター=TCR再構成が見つからなかったが、この点、論文内では再現性を確認したという記述は、わずかに rearrangement analysis としかなかった。この点、笹井博士がこれに気がつかなかったということがあり得るのかどうか、検証した分子生物学会の仲野徹、篠原彰(以上、大阪大)、中山敬一(九州大)らも指摘していた。
思うに、今回の論文事件では、特に理研を中心として日本の科学界の信頼が揺らぎ、科学と予算獲得との暗い側面が見えた打撃があったが、最大の損失は、笹井副センター長それ自体の研究者人生が破壊されたことである。笹井博士はまがい物の研究者ではなく優れた科学者であったが、たった一つの部下の論文不正を見落としたミスで自分の研究者人生そのものが壊れてしまった。これは本人にとってはもちろん、日本にとっても大きな損失になってしまったと私は思う。笹井博士の事件後の対応はお世辞にも誠実だったとは言えなかったが、これで彼を永久追放にしてしまうようなことはあまりにも打撃が大きい。
NHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」
2014年7月30日(水) 24時40分〜25時30分
「世紀の発見」から、科学界を揺るがす一大スキャンダルへと一転した“STAP細胞”。独自に入手した資料の分析と関係者への徹底取材を通して、論文の不正の実態に迫る。
今月、英科学誌ネイチャーは、STAP細胞の論文取り下げを発表。研究成果は白紙に戻った。しかし、執筆者の小保方晴子研究ユニットリーダーは徹底抗戦。現在も理研で再現・検証実験を行い、STAP細胞の存在を証明するとして真相の解明には至っていない。番組では、独自に入手した資料を専門家と共に分析。関係者への徹底取材を通して、論文の不正の実態に迫る。
嘘と絶望の生命科学 (文春新書 986)
著者:榎木 英介
文藝春秋(2014-07-18)
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国家を騙した科学者―「ES細胞」論文捏造事件の真相
著者:李 成柱
牧野出版(2006-10)
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Newton (ニュートン) 2014年 04月号 [雑誌]
ニュートンプレス(2014-02-26)
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NHKがドキュメンタリーにまとめたものをみると、個人としての小保方さん論は科学論とは異なった内容になるのでとりあえず除外すると
1.理研の内部運営が非常に組織防衛的で末期的な独自の倫理がまかり通っていること
2.iPS細胞の山中教授と並び、世界の再生医療研究の最先端を走っていた笹井・副センター長が、研究者としても研究プロジェクトマネージャー役としても優れた人材であったこと
3.論文不正について、単純なエラーやミスがあり得ないほど多く存在し、それを国内からではだれもチェックすることができなかったこと
4.ユダヤ人研究者4人兄弟の一人、ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授が、日本の研究費付きでやってくる小保方さんを最大限戦略的に利用していたこと
5.騒動が起こってから後、日本の科学界、研究者たちが、立ち止まって検証する機会をことごとく失ってきたこと
がわかった。
番組の中で、笹井博士と小保方さんとの間のメールが一部、紹介されていた。また、若山照彦教授(山梨大)の小保方さんの当初の印象についての発言も映されていた。これらをみると、二人が小保方さんの将来性に非常に期待していた様子がわかる。捏造の可能性があるかもしれないとは露も思わず本気で信じ込んでいたことがわかる。厳戒態勢の部外秘実験で行われていた上に、万能プレーヤーである副センター長の笹井博士自らが管理していたため、鉄壁のプロジェクトについて外側から何一つ点検ができなかった。
「小保方さんとこうして論文準備ができるのをとてもうれしく楽しく思っており、感謝しております。」
笹井博士から小保方さんへ出されたメールにはこうあった。
「新発見」の内容では、生後1週間程度のマウスから取り出した体細胞をおよそ25分間、オレンジジュース程度の弱酸性の液体に浸した細胞が、その後、数日間分裂を繰り返すと万能細胞になるという。しかし、数十億年に渡る地球の発展史ではこの程度の条件が整う環境は膨大な回数になる。こうしたことがこれまでの科学の歴史の中で全く見落とされ続けてきたということはそれ自体が考えにくい。小保方発表が公表されてからすぐに、上昌弘博士ら数人の科学者が公然と論文内容に疑問を出したことからもそのことがわかる。なぜか疑問の声とチェックがなかった。
論文不正が発覚後に同じ理研の遺伝子解析専門家である遠藤高帆博士が検証すると、精子の発現と関係がある「アクロシンGFP」が見つかったが、これはスタップ細胞研究と何の関係もないもので、ES細胞が混じったとしか考えられないとされていた。事実、小保方博士が、nature、 Cell、 Science に一度ずつ論文掲載を申し込んだ時、全体にプレゼンのレベルが低い、分析が不完全で説明が不十分だ、ES細胞がコンタミ(混入)しているのではないかと具体的に指摘されていた。
ところが、論文を理路整然ときれいに美しく、わかりやすくまとめることについての秀才である笹井博士が論文の再整理に力を貸し、40カ所以上の写真やグラフ、表を作成して入れるように具体的に助言を出してまとめると、一度はかつて掲載拒否されたはずのネイチャー誌(ロンドン、フィリップ・キャンベル編集長)から、2013年3月にネイチャーに申し込み投稿された論文が、専門家、編集部ともに大きな可能性を感じて掲載を検討すると評価が一変。一挙に新しく展開し始めた。
論文には、確証となるTセルレセプター=TCR再構成が見つからなかったが、この点、論文内では再現性を確認したという記述は、わずかに rearrangement analysis としかなかった。この点、笹井博士がこれに気がつかなかったということがあり得るのかどうか、検証した分子生物学会の仲野徹、篠原彰(以上、大阪大)、中山敬一(九州大)らも指摘していた。
思うに、今回の論文事件では、特に理研を中心として日本の科学界の信頼が揺らぎ、科学と予算獲得との暗い側面が見えた打撃があったが、最大の損失は、笹井副センター長それ自体の研究者人生が破壊されたことである。笹井博士はまがい物の研究者ではなく優れた科学者であったが、たった一つの部下の論文不正を見落としたミスで自分の研究者人生そのものが壊れてしまった。これは本人にとってはもちろん、日本にとっても大きな損失になってしまったと私は思う。笹井博士の事件後の対応はお世辞にも誠実だったとは言えなかったが、これで彼を永久追放にしてしまうようなことはあまりにも打撃が大きい。
NHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」
2014年7月30日(水) 24時40分〜25時30分
「世紀の発見」から、科学界を揺るがす一大スキャンダルへと一転した“STAP細胞”。独自に入手した資料の分析と関係者への徹底取材を通して、論文の不正の実態に迫る。
今月、英科学誌ネイチャーは、STAP細胞の論文取り下げを発表。研究成果は白紙に戻った。しかし、執筆者の小保方晴子研究ユニットリーダーは徹底抗戦。現在も理研で再現・検証実験を行い、STAP細胞の存在を証明するとして真相の解明には至っていない。番組では、独自に入手した資料を専門家と共に分析。関係者への徹底取材を通して、論文の不正の実態に迫る。
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著者:李 成柱
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