フォークギター

Yamaha Chord tracker

 アコースティックギターは和音を構成するコードを指で押さえて音を鳴らす仕組みが基本になっているが、このコードが何なのかを西洋音楽を専門に学んでいない人が直感的に把握するのは難しい。電子的にこれをやるには、パソコンにFinaleなどのアプリケーションを組み込んで、音符を入れてコードを出してもらうというとんでもなく手間のかかる作業になる。また、Finaleは価格が非常に高い。

 
 これをスマートホンでやってしまうヤマハの、しかも無料のアプリがある。

 Yamaha Chord tracker

 http://app-review.jp/ios/262145

 
 コードの判定は正確でないところが少なからずあるが、それでもおよそのコードの流れは十分にわかる。無料でここまでできるのは非常に優れている。

 
 それにしてもスマートフォンのアプリ向上は目覚ましい勢いで、スマホは携帯電話という範疇ではなく、超小型コンピューターに電話番号が割り振られて通話ができるもの、と分けた方が適切である。スマホと同じサイズでキーボードを装着できるプロテクターカバーもある。こうなるともう、マウスがないだけでパソコンそのものといって良い。

ボブ・ディラン

2d5cdbac.bmp * 写真はこの21日、ディランが学生時代、書きためた詩集。クリスティーズのオークションで売りに出され、実に7万8000ドル、1000万円近い高値で落札された。欧州の個人収集家が買ったもの。1960年代、ミネソタ大時代に手書きで綴り、16ページの詩集になっている。その表紙には、青インクで「Poems Without Titles」と書かれている。

 ボブ・ディラン。この人の名前は知らなくとも、「風に吹かれて」という曲はご存じの方、聴いたことがある方が圧倒的であると思う。”Blowin' in the wind”。 ベトナム戦争時に歌われ、反戦フォーク曲として熱烈な支持を受け、世界中で歌われたものである。彼自身は全然ヒッピーではないが、その後、ヒッピー文化の隆盛に繋がっていった曲でもある。

 私は彼を尊敬してやまない。そんじょそこらに転がっている軽薄な歌手とは比較にならないほど、鉄の意志とぶれない軸を持っている。スターの階段を上がり、金持ちになるに従って若かった頃の清冽な存在感を微塵も残さず変節してしまったいんちきを何人も知っているから。

 さて、NHKがディランの特集を放映した。再放送も予定されているが、なんとBSハイビジョンのみ。BS1,2でさえ放映が予定されていない。NHKも不振を極めるBS、特にハイビジョンBSをてこ入れしようと必死だが、こういうところがますますNHKをしてさもしいと印象づけるように私には思われるのだが・・・。
 
 私は彼を全然尊敬しないが、イタリア系アメリカ人、マーチン・スコセーゼの申し出に応じて10時間ものインタビューをしたものをまとめたもの。ディランがこうしたメディアに出てくるのは極めて珍しい。


風に吹かれて
How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
Yes, 'n' how many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

How many times must a man look up
Before he can see the sky?
Yes, 'n' how many ears must one man have
Before he can hear people cry?
Yes, 'n' how many deaths will it take till he knows
That too many people have died?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

How many years can a mountain exist
Before it's washed to the sea?
Yes, 'n' how many years can some people exist
Before they're allowed to be free?
Yes, 'n' how many times can a man turn his head,
Pretending he just doesn't see?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

エリック・クラプトン

e42b96aa.bmp エリック・クラプトン。じーんと痺れるシンガーソングライターである。本名、エリック・パトリック・クラプトン(Eric Patrick Clapton)。英国の貧困地域に生まれた。かつてロンドンの街中に

「CLAPTON IS GOD.」

という落書きがされたほどカリスマを発揮し、「ギターの神」と呼ばれた男。

1945年3月30日生まれであるから、そろそろ還暦近い。彼の人生はバンドマンに良くありがちな紆余曲折を経ている。「ルースターズ」、「ヤードバーズ」、「ジョン・メイオール・ブルースブレイカーズ」を経て、あの「クリーム」を結成。その超絶的な演奏技巧と天性の才能、実験的な取り組みにも果敢に挑戦するスタイルですさまじい人気を獲得した。

しかし、こうしたバンド内でのメンバーの仲間割れ、言い争いはつきものであり、クラプトンもその道を辿る。すでに「ヤードバーズ」などからも内輪もめによる脱退を経験していたが、「クリーム」も人間関係が非常に悪化し、バンドが解散。以降の彼は、基本的にソロ活動が主軸になる。多くのバンドのセッションにギター担当で参加してきた。

ビートルズのマッカートニーやハリスン、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーらもそうだったが、ロックミュージシャンに非常に多い薬物中毒にはまり、1970年代にはかなり危険な状態に。また、1990年代に自分の男の子が高層マンションから事故で転落死。人生のどん底を経験する。この亡き息子を歌ったのがあの「Tears in Heaven」。私は最初、この歌は恋歌だと勘違いしたのだが、息子のことを思って書いた曲だと知り、痛く感じ入ったことがある。彼の作品中、私が最も好きな曲である。1992年に全米シングルチャートで2位まで上がった。

その後、薬物中毒を辛うじて克服。1991年、親友でもあった元ビートルズのギタリスト、ジョージ・ハリスンの応援のために自らのバンドを引き連れて何とハリスンのバックバンドに徹して参加。日本でのみのツアーを行った。ライブの途中で、体が弱っていたハリスンの休憩を兼ね、自曲を演奏する程度に奉仕役に徹した。ジョージ・ハリスンの世界ツアーはこれが最初で最後になっただけでなく、その後、ガンで死亡するハリスンにとって最後のライヴツアーでもあった。

すでにこのハリソンとのツアーの前、クラプトンは、「Tears in Heaven」の作曲を終えていたが、何とこの息子の為に作った曲の録音を、ハリソンのツアーについて行くために延期したのだった。

クラプトンは日本好きでもある。何度か来日してライブも行い、また、世界のあちこちでツアーを行ってきた。99年にベスト版の「BEST OF」が発売されて200万枚売れた。私も買い込んだものである。

私はアコースティックギターが好きで自分でも演奏するが、Guildというギターに思い入れが強い。ギターといえばやはりMartinが横綱であるのだが、クラプトンが愛用したギターにGuildが多かったのである。

「Clapton’s Choice」

とギルドのギターパンフレットに彼が載っていたのを今も良く覚えている。もちろん、クラプトンはMartinも使っていたし、YAMAHAもわずかに使ったことがあるが、Guildのできばえについては絶賛していた。Guildを用いる演奏者には、他にポール・サイモン、スザンヌ・ヴェガやリンダ・ロンシュタット、インディゴ・ガールズなど私が好きな歌手が多い。
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