私が感心した人々

水木しげる翁が遺したもの

dec348fb.jpg 戦後の日本を代表する漫画家、水木しげる翁。2年ほど前、調布駅の近くで乗用車に奥様、娘さんと一緒に乗り込む様子をお見受けしたのが私にとっては最後の姿だった。NHKの朝ドラマ、「ゲゲゲの女房」で全国区の知名度をさらに高めて晩年を締めくくった。
 

 お化けもの以外に実体験に基づく戦記物の漫画が多い。「総員、玉砕せよ」が最も有名だが、この他にも水木先生は多くの戦争漫画を描いている。その中には慰安婦、戦地の女性への性暴力、略奪、歪んだ軍規などが水木先生自身の実体験を中心に、余すところなく描かれた。


 最近は、小林よしのりの漫画の影響もあって少なからぬ若い世代に、本気で大東亜戦争は素晴らしい聖戦だったと思いこんでいる人たちがいることに驚かされる。彼等にはあの戦争が領土獲得の侵略戦争だったという認識がない。西欧列強が当時、世界中で同じことをしていたことは事実だが、日本だけはその解放戦争をしていたなどという馬鹿げた作り話は話にならない。


 南京大虐殺の被害者が30万人というのは虚偽であり、慰安婦に関する吉田清治証言も捏造であったが、だからといって南京事件で多くの虐殺があった(少なくとも3万人から8万人前後の間くらいと推定されている)ことも、過酷な植民地支配下で慰安婦を狩り出すために様々な(強制連行以外の)動員が軍民合わせてなされたことも否定しようがない厳然とした事実。逆にその大日本帝国の支配に加担した朝鮮民族や現地人が多くいたことも事実である。


 ことは欧州も同じでかつてはナチスに加担した仏ヴィシー政権もあった。全フランスでレジスタンスだったわけではない。旧ソ連兵の一兵卒にとってはソ連軍、ソ連体制そのものが敵以上の大きな脅威であった。酷寒の中、何の補給も物資もない中、地獄の苦しみ。耐えかねた敵前逃亡は即刻射殺。名もなき兵士は上層部の非情な戦術によって命を多く落とした。


 古今東西、戦争とは一切、人権や法の支配を吹き飛ばす、あられもない剥き出しの組織暴力。植民地を獲得するぞと鼻息も荒く、列強と競り合って日本はその中に支配者、加害者として突っ込んでいった。跳梁する軍閥はそれを暴力支配に神州、皇国の優越観念を重ね合わせた極端に歪んだ全体主義で最後まで押し切ったのだった。


 GHQ統治、冷戦勃発という戦後の復興の特殊事情から、日本は戦争の総括をしないままにその後半世紀を走り抜けた。こうした枢軸国側の国家は他にない。日本を一歩でも外に出れば微塵も通用しない自慰史観にいつまでも国内でだけ浸りきっている人たちに、日本の将来を担う資格はない。

鹿島の金崎 余裕の対応で

9d232d53.jpg 金崎の提案で撮影された写真。さすがにキムの表情が固い・・・。
 

 サガン鳥栖のキム(韓国)が行った悪質なファール。この問題について、アントラーズも金崎も懐が深い大人の対応で悠然と受け止め、たちの悪い後腐れを残さない賢さを見せた。この対応に釈然としないファンもいるだろうが、被害者がこうしたら外野は何も言えない。


 たしかにキムの反則は非常に悪質だった。しかし、欧州、南米はおろかアジアの他国リーグを含めてJリーグは凋落が目立っており、互いに盛り上げ合って行かなければならない状況で、内輪でいがみあっている場合ではない。


 4試合の出場停止になってわざわざ鹿島を訪ねたとはいえ、キムは鹿島と金崎、トニーニョ・セレーゾに感謝しなければいけない。海外のリーグならば、普通はこう丸く収めてもらえることはない。下手をすれば命の危険がある。


 https://twitter.com/atlrs_official/status/586119072179294208

 https://twitter.com/atlrs_official/status/586119935400648704


 世界のセレーゾ、コメントもさすが歴史的な名プレーヤー、名監督に相応しい。まだリーグは序盤戦。今後も圧巻のプレーでファンを魅了するためにがんばってほしいと思う。


 鹿島アントラーズ 公式 on Twitter

 “今日、鳥栖のキム選手が、夢生選手に謝罪しました。謝罪を受け入れ、夢生選手は「肩を組んで笑って撮ろう」と提案。「今度対戦する時もお互いに全力でプレーしよう!」と声をかけました。 #antlers #sagantosu #jleague”

 TWITTER.COM|作成: 鹿島アントラーズ 公式


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 キム選手はセレーゾ監督にも謝罪しました。監督は、

 「謝罪に来たということで、あなたの人間性がの素晴らしさが十分に伝わってきた。これからもがんばって欲しい」

 と励ましていました。

大嶺のじいちゃん

e859169d.jpg私は八重山商工の時代から大嶺祐太のファンだった。圧倒的に不利な沖縄県立の離島高校から甲子園に行っただけでも素晴らしかったが、そこからプロ入り。あのバズーカ砲のように力強い投球は、引退したマック鈴木を彷彿とさせる。弟の翔太と合わせてロッテで兄弟で活躍している。


彼らを育てたのは祖父母。両親が訳あって兄弟を育てられず、高校を出るまでは祖父母が預かった。祖父は漁師。野球を始めてからは遠征費や道具で金がかかり、非常にたいへんだったという。


練習が辛いと辞めたいと兄弟ともに言い出した時には、家から叩き出すとまで気色ばんで辞めさせなかった。なぜだかわかりますか?


野球を辞めることを認めたら、きっと鬱陶しくなって学校にも行かなくなるだろう、たばこを吸い出したり酒を飲み出したり、学校を中退して暴走族になったりもありうる。だから、絶対に野球だけは辞めさせなかったという。それは結局、正しい選択で二人を成功に導いた。


今、二人は沖縄でキャンプ中。キャンプの期間は日頃、遠い千葉にいる孫を自転車20分で見に行けるとあって、毎日、球場へ。仲間の漁師がどれほど漁が大漁で沸いていても漁には出ない。


沖縄の若者は、経済の停滞や基地問題、家庭不和、その他の理由などで非常に多くぐれたり荒んだ生活を送ることが多い。それを食い止めるのは体当たりの育て親の愛情と責任感だと見ていて痛感させられた。
キャンプのオフ日に実家を訪問した大嶺兄弟。ボールとバットを贈呈して宴会に花を添えた。じいちゃんは泣いていた。テレビの前の私も泣いていた。

時代に阿ることがない弁護士

d2427bcd.jpg ロック好きではないが、気に入ったロックの曲はある。忘れられない青春時代を彩った珠玉の曲は、Eaglesのボーカルとして活動した後、解散してソロになりデビューしたDon Henleyのヒット曲。今はすっかり恰幅を増した渋い老人になったが、かつては精悍な顔立ちのスリムでいかした男だった。

 ソロデビューアルバムは、The end of the innocence。無邪気な時代の終わりという名で、アルバム名と同じ曲がファーストカットシングルであった。

 この曲は旋律もさることながら、歌詞が非常に秀逸で、この中に弁護士について皮肉を籠めて歌った箇所がある。

 lawyers dwell on small details, since Daddy had to lie

パパが嘘をつかなくちゃいけなくなった時から弁護士どもが細かいことをあれこれ突き始めた

 
lawyers cleared up all details, since Daddy had to fly
 
 パパが夜逃げしなくちゃならなくなってから、弁護士どもが何もかにも一切合切、持って行っちゃった


 My favirite song memories:
 https://www.youtube.com/watch?v=8VazBRA0SOc


 これはある男の子が子ども時代からやがて大人の時代に入っていく時、両親と幸せだった時代を回顧しながら、しかし、これからは無邪気であってはいけない、最善の防御を固めることだ、と人生を悟る歌である。


 筑波大駒場高から東大法学部へ進み、そのまま司法試験に合格して弁護士になった男がいる。学生時代、薬害エイズ問題で学生の会を大学間を越えて作った時に知り合った、ほぼ同世代の弁護士である。彼がつぶやいていた。自分の母校(高校と大学)からは多数の法律家が輩出されているが、弁護士になった人たちの進路を見てみると圧倒的に四大法律事務所が多くなったが、それは一概に悪いとは言えないが、市井の人権や不正義の問題に取り組む人材が激減したことは嘆かわしくも情けなくもある、と。

 
 先日、フジテレビで京都大を卒業して四大法律事務所の内定を蹴って「石綿アスベスト被害者訴訟」を担当した岡千尋弁護士が紹介されていたが、被爆三世でもある彼女の奮闘は感動を呼ぶ内容として記憶に残っている。

 
 時代に阿ることがない弁護士たちは減ってしまったが、そういう骨のある人たちを私は心の底から尊敬する。
 

 



 
End of InnocenceEnd of Innocence
アーティスト:Don Henley
Geffen(1989-06-19)
販売元:Amazon.co.jp

インサイド・ジョブインサイド・ジョブ
アーティスト:ドン・ヘンリー
Wea Japan(2000-05-16)
販売元:Amazon.co.jp

インサイド・ジョブインサイド・ジョブ
アーティスト:ドン・ヘンリー
Wea Japan(2000-05-16)
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山崎ミズナラ  福與 伸二

555a5be0.png NHKの朝ドラ、マッサン人気でウイスキー売り上げが伸びているという。 サントリー山崎のチーフブレンダーが輿水精一さんから次に替わっている。かつてNHKのプロフェッショナルで見たのが輿水さん。今は福與 伸二(ふくよ しんじ)さん。


 福與さんは画期的なブレンド手法を採用。味を決めるブレンドの試行錯誤をチーフが独占で行うのではなく、若手ら4人との合議で決める。最後に決定して責任を持つのは彼だが、若手が最もおもしろい開発の中心に参加できるため、意欲が段違いに高い。また、味覚の外れも減り、風邪を引いたりした体調不良の時にも5人いれば大きく崩れない。世界的にもチーフブレンダーが自らの「特権」を共有する例は非常に珍しく、サントリーのブレンド技術が飛躍的に高まった。


 君臨するボスが支配するのではなく、民主的に開いた方がイノベーションに繋がることも実は多い。


 それにしても「山崎ミズナラ2014」は高い。工芸品か芸術品に近い。


 サントリーシングルモルトウイスキー

 「山崎ミズナラ2014」 700ml アルコール度48% 25,000円

 主に飲食店様用の商品。酒販店では購入できない場合があり。

 http://theyamazaki.jp/yamazaki_club/009_02.html

 福與 伸二

 1961年愛知県生まれ。名古屋大学農学部農芸化学科卒業。

 サントリー酒類株式会社 スピリッツ事業部 ブレンダー室長 チーフブレンダー。

84年サントリー株式会社入社。白州ディスティラリー(現在の白州蒸溜所)、ブレンダー室を経て、96年に渡英。
ヘリオットワット大学(エジンバラ)駐在や、モリソンボウモア ディスティラーズ(グラスゴー)への出向勤務の後、02年帰国。
03年に主席ブレンダー、09年にチーフブレンダーに就任。

山崎の各種限定シリーズをはじめ、数多くのサントリーウイスキーを手掛ける。

PROFILE : 福與伸二(ふくよ・しんじ)

昭和36年(1961年) 生まれ
昭和59年(1984年) サントリー入社 白州蒸留所配属
平成 4年(1992年) ブレンダー室
平成18年(2006年) ブレンダー室長
平成21年(2009年) ブレンダー室長・チーフブレンダー 現在に至る
Pen (ペン) 『大地が生み、人が育て、時が磨き上げる。愛すべきは、ウイスキー』〈2014年 11/15号〉 [雑誌]Pen (ペン) 『大地が生み、人が育て、時が磨き上げる。愛すべきは、ウイスキー』〈2014年 11/15号〉 [雑誌]
CCCメディアハウス(2014-11-01)
販売元:Amazon.co.jp

日本ウイスキー 世界一への道 (集英社新書)日本ウイスキー 世界一への道 (集英社新書)
著者:嶋谷 幸雄
集英社(2013-12-17)
販売元:Amazon.co.jp

ウイスキーは日本の酒である (新潮新書)ウイスキーは日本の酒である (新潮新書)
著者:輿水 精一
新潮社(2011-08)
販売元:Amazon.co.jp

ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる

784e5459.gif アマゾンの先住民族、アユトン・クレナックは1953年、ブラジルのインディオ先住民族ヤノマミのクレナック族に生まれた。15年ほど前にNHKのETV特集で取り上げられたのを見たのが初めて彼を知ったきっかけであった。

 その後、日本人写真ジャーナリストの長倉洋海がアユトンに出会い、以来、旅に同行してまとめた

 「鳥のように川のように −森の哲人アユトンとの旅−」(徳間書店刊)
 
 が出版されてからアユトン・クレナックの名は広く知られるようになる。
  
 アユトン・クレナックは、アユトン開発の波をくい止めるため、先住民族の権利を主張するべく超人的な勉強で英語など各種言語や法体系を学習。伝統生活を守るための運動を進め、同時に絵画を通して知ってもらいたいと、政治的な活動とは別に先住民族の生活や文化にまつわる絵を描き始めた画家でもある。99年には日本で個展も開催された。

 彼がNHKのETV特集で語っていた英語のインタビューが忘れられない。

 「この世界は単純に線形的(liner)にできているものではなく、円環的(cyclic)に動いているものだ。」
 
 今でもあれをありありと覚えており、学生時代に衝撃を受けた言葉である。以来、私はアユトン・クレナックを心から尊敬するようになった。

 ヤノマミとは現地の言葉で「人間」という意味である。アマゾンの最深部に1万年以上、独自の文化・風習を守り続ける部族。1万年以上、生活様式が変わらない人類は世界でもおそらくここを含めてあと1つあるかないかだと思われる。それゆえ、“最後の石器人”と呼ばれることもある。原初の暮らしの中で人間を深く見つめたドキュメンタリーの再放送が今夜放映予定。

 24:45〜25:45 NHK総合

NHKスペシャル「ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる」

取材班は、ワトリキと呼ばれる集落に150日間、同居した。森の中、女だけの出産、祝祭、森の精霊が憑依し集団トランス状態で行われるシャーマニズム、集団でのサル狩り、深夜に突然始まる男女の踊り、そんな原初の暮らしの中で、人間を深く見つめていく。

周曙光

5755aea8.jpg ノートパソコンとデジタルカメラ、Gmailのアカウントのみでブログを展開。中国共産党政府の悪政、腐敗、人権弾圧を告発しているアルファブロガーに周曙光という若い男がいるとフジテレビでやっていた。周曙光は共産党にとって要注意人物であり、中国語版グーグルなどで検索しても現地の法律に合致しないため検索結果を表示できない、とされるほど警戒されている。

 http://www.zuola.com/weblog/

 検閲なしに直接、情報の発信を行われることを政府は極端に嫌い、激しい嫌がらせを彼に行ってきたそうで、暴行や拘留なども含めて生活は圧政との戦いそのものであった。

 かつてアメリカ連邦最高裁の名裁判官、ブランダイス裁判官

 「太陽は最も優れた検察官であり、電球は最も効果的な消毒薬である。」
 
 と記して民主主義社会、自由な政治体制における情報公開の重要性を説明したことがある。

 悪を行う者、権力を振り回すものにとって何があったかをガラス張りにされ、詳らかに外側へ開かれることは大変な打撃であり、古今東西、いずれの人間もこれを極端に嫌う。やや小さな話で、かつ個人的な事柄になるが、私がライブチャーチ群(ハレルヤコミュニティチャーチ浜松教会)の自称、牧師である榊山清志の悪行を徹底してえぐり出し完全敗訴でたたきのめすことができたのも、日本が市民社会であり司法制度を通じた対応を効果的に行えたということの他に、インターネットのブログというメディア、手段によってプロ弁護士を雇った榊山を質量ともに常に圧倒できたことが何といっても大きい。自業自得、身から出た錆とはいえ、現在の榊山にとって私がこのようにキーボードをこつこつと叩き続けることが何より腹立たしいことになっているはずである。

 周は実際、大変な危険を承知で命がけの行動に奮闘しており、驚かされた。それを可能ならしめた技術革新もさることながら、さしもの中国にさえそういう時代がやってきたのだと感心させられた。

野茂英雄、復活

f948c737.bmp 解雇され、南米リーグなどをどさ回り、どん底を味わった野茂英雄。10日、N.Y.ヤンキース戦に7回中継ぎで登板、1000日ぶりにメジャー登板を達成した。今年、39歳である。3イニングで2本塁打含む被安打4、2四球、2失点と内容は良くなかったが、カンザスシティーに勇姿を見せた。
 
 サンフランシスコ・ジャイアンツで同じようにメジャー登板を実現した元阪神の藪も39歳。二人とも今年がおそらく最後だと思われるが、不屈の闘志に圧倒される。

発酵食品 東京農大の小泉武夫

5bce6cc8.bmp 発酵の力を利用して人間の食べ物を作り上げる発酵食品は世界中に広く存在するが、高温多湿、モンスーン地域の多いアジアにはとりわけこれが多い。もちろん、日本にも。納豆、ひもの、くさや、麹、味噌など多種多様。この発酵学を一級の水準で研究し、知名度も高く大人気の研究者に東京農大の小泉武夫博士がいる。この大学にはこうしたちょっと変わった研究で業績を残している人がいる。

 この人はたいへんユーモアがあり、文才が豊か。とても興味深い構成の文章を多く執筆している上に非常に行動半径が広い。世界のあちこち、日本のあちこちに出かけては旺盛に研究に取り組んでいる。ゼミは屈指の人気ゼミでなかなか入れないそうだ。

 発酵食は人類の見つけ出した偉大な生活に活用できる知の体系である。最近、世界中で寿司が大ブームになってきているが、アメリカでは味噌汁などの和食もブームとか。だが、納豆は不人気らしい。あれは要するに、小さい頃からの慣れだと思う。

 納豆はとても体に良いし、安価。私はビーフと納豆だったら迷わず納豆を選ぶ。あれこれ心配な上に気に入らない点が多いビーフはここ10年近く努めて口に入れないようにしている。

 運動神経はさほどでもなく自転車にも乗れなかったらしい私の祖父はこの東京農大を卒業したそうで学問好きで2番で出たとか、祖母から聞いたことがある。1番でないあたりは何とも・・・。

ルビー

324eb333.bmp つい先日、新聞の記事で地方発のIT化について、挑戦的、先進的取り組みが為されている事例をずらっと並べて紹介しているものがあった。田舎を紹介するブログを集めた村ブロなどもあったが、ダントツ一位が島根県出身のまつもとゆきひろさん、通称Matzが作った新しいプログラミング言語、ルビーであった。

 Javaはプラットフォーム非依存型で広まり、開発元のサンはオープンソースにされるようである。ジャバはすでに広く普及したが、どんどん専門領域化していって広がりが複雑になっている。ルビーは "Ruby on Rails" というアプリ開発のフレームワークが登場してから一挙に人気が沸騰したらしい。Linux、マッキントッシュでもスムースに動く。もちろん、Windowsでも動く。

 ここ吉祥寺に近い三鷹駅南口のまちづくり三鷹でまつもとさんは講演をなさったりしている。30数万円かかるが、プログラミング講座も開催される。私は以前にこのまちづくり三鷹のオフィスに入居していたことがあるので今も出入りしているが、三鷹市はIT先進自治体として強くPRしていく方針であるらしい。

 Windows は明らかに斜陽期に入っている。Vistaは重すぎる上にメリットがなく、ほとんど売れていない。にもかかわらず2010年にWindows7 という新OSが出るともう発表しているし、そちらの方が軽く、筐体やハードウェアへの負担も少ないということである。ますますVistaが売れなくなるんじゃなかろうか。

 Linuxが劇的に進化しているし、Rubyがそれでするする動くということは、つまり、第三世界の天才プログラマーが大活躍できる時代になったということである。ルビーはとても将来性が高そうだ。
 
 参考ウェブサイト。 

 http://www.ruby-lang.org/ja
 
 http://jp.rubyist.net/magazine/?0002-FirstProgramming

 http://rubyforge.org

泣き寝入りをひっくり返すために戦う人

b35a066f.jpg 国=中央政府を相手取った行政訴訟、民事訴訟は弁護を担当する弁護士としてもたいへんな負担であり、全く割に合わない。アメリカのように懲罰的損害賠償が加算されていたりすれば、例え手弁当で弁護を引き受け苦しい弁護活動に尽力したとしても獅子奮迅の活躍が実を結び、相手方の責任を認めさせるところまでこぎ着ければ大きな成果となって戻ってくることも期待できるが、成功報酬制と合わせて日本にはそういう仕組みがない。
 
 アメリカにはジュリア・ロバーツが主演し大ヒット映画になった「エリン・ブロコビッチ」のように、同じく環境破壊物質を大量に垂れ流してカリフォルニアに大規模な公害病を引き起こした大手企業PG&Eを相手取って訴訟を起こし、1993年、実に3億ドルという超巨額の和解金を勝ち取った事案など、日本では夢のまた夢。四大公害病裁判でさえ、まともな手当はほとんど為されない。
 
 薬害エイズがあったばかりだというのにすぐに、その訴訟の過程と同時並行で薬害C型肝炎が引き起こされていたことがわかった厚生労働省など、根本的に解体再編成した方が良い。かつては菅直人、今は舛添要一という二人の破壊的政治家の手によらねば基礎情報、重要資料が公にされることさえない政府であった。何でも厚生労働省の役人の説明によれば、資料があることを忘れていた、どこにあるか(倉庫にあった)もわからなかった、のだそうである。幼稚な言い訳もいい加減にしていただきたい。なお、この事件で厚労省の説明を担当している黒川達夫審議官は製薬会社から報告を受けた当時の担当課長だった人物。自身の責任に直結する真相究明を絶対に行うわけがない。民主党の追及に対して舛添の許可なしに勝手に無断で出鱈目回答を為していたということで罷免要求が為されている。

 さて、新潟地方裁判所の民事部で係争中、新潟水俣病第三次訴訟も注目される。戦後、一貫して疑獄事件や公害問題を継続してきた重化学工業、昭和電工が起こした公害についての裁判。

 この裁判について詳しく述べられているウェブログがある。

 原告の訴訟代理人弁護士は高島章。ルーテル派の教会に通う教会音楽好きのキリスト教徒、情熱を持った法律家である。

 〒951-8061 新潟市中央区西堀通七番町1551番2 ホワイトプラザ西堀2階
 電話 025-229-3902 FAX 025-229-4316

 ルカの福音書18章に、神を恐れず人を人とも思わない裁判官の話がある。あるやもめの訴えをしばらくの間取り合おうとしなかったが、そのやもめがしつこくうるさくてかなわないので、仕方なく裁判をしてやろう、ひっきりなしにやって来られては逆に散々な目に遭わされるから、と言ったのだった。それを聞いたイエスは、

 「この不正な裁判官の言いぐさを聞きなさい。」

 と強く彼を非難、神の教えを説いたのであった。
 
 権力を横暴に振り回す連中は古今東西、どこにでも存在する。現在の日本の官僚制度はその極みに立っていると言っても良い。彼らを相手に、弱きものの泣き寝入りをひっくり返すために戦う人たちを私は心底、尊敬する。

 * Erin Brockovich
 1960年6月22日生まれ。正式な法学、法律教育を何一つ受けていなかったが、獅子奮迅の活躍で被害者救済に今もなお活躍している。

芸術を庶民に近づけて

1651b515.jpg 私はオペラが好きではなく、何万円も出して見に行く気持ちに全くなれないが、しかし、オペラは西洋音楽の重要な世界を作り出していることに間違いはない。他のクラシック音楽についても同じことが言えようが、その世界に通じた玄人ファンしか集まってこないような状態が続くとその世界の将来はあまり明るいとはいえない。庶民や次世代の若手をひきつけるような内容と仕掛けがどうしても必要である。

 アメリカのオペラは少なくもそうした課題をずっと抱えてきた。大都市ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場は通称、メットといわれる。120年を超える伝統を背負ったメットはそれはそれは華やかな劇場を持ち、一級の歌い手を集めて公演を行ってきたが、しかし、客として集まるのは固定ファンの玄人、しかも年配の富裕層ばかり。徐々に総観客数も減り始めこのままでは10年後のメットは尻すぼみになるということが明白であった。

 そのメットの現状を打開すべく総支配人が昨年の夏、16年ぶりに交代。新しく就任したトップは、元音楽プロデューサー、元ソニー・クラシカル社長だったピーター・ゲルプ(52)。彼の概念はクリアーだった。

 「オペラはすでに年老いた芸術。文化の主流として継承するには抜本的な改革が不可欠だ。」

 9月25日、就任後初のシーズン初日。オペラ「蝶々夫人」を公演した。何とその模様をあのタイムズスクエアの交差点で同時中継したのであった。 また、複数の映画館で、歌劇場で上演中の作品を同時上映するという計画もあり、メディアを通じたPRに全力を投入する。こうした前代未聞の改革については映画館に客をとられてしまい、劇場に来る人が減るだろうと反対する声もあるが、レッドソックスやヤンキースの試合をテレビで見てそれゆえ野球場に足を運ばなくなる人がどれほどいるのか、それよりも多くの人に知ってもらい、楽しむきっかけをつくるのが先決だというシンプルな考え。これが大いにあたったのだった。

 同時にチケット料金の大きな幅を設定。もっとも高い座席のチケットは据え置き、あるいはわずかに値上げしつつも、逆に一番安い25ドルの席を15ドルに引き下げた。これで今まで足を運ばなかった若手観客が増えたのだった。

 前の総支配人、ジョセフ・ヴォルピーは温厚な調整型。元々、この劇場で大道具や技術制作を担当していたのとは大きく異なる手法を採用。裾野を広げるという明確な理念を、新しい斬新な戦略で次々に実行していく。 

 毎シーズン4種の新制作を7種に増やし、ラジオ放送している土曜昼公演をネット配信。劇場に美術ギャラリーも創設。オペラが社会から切り離され孤立しつつある、という危機感が矢継ぎ早の改革をもたらしている。元々この劇場の天井を飾る大作はシャガールが描いていたりしており、ギャラリーは好評である。メットは、美術や演劇の人たちとの連携が非常に強いので、こうした異分野の芸術家の感性をどのように取り込んでいくかは重要な鍵になる。
 

 ゲルプ総支配人は、高卒後、広告営業の仕事を経験。その後、音楽業界でホロビッツのマネジャーを長く担当していた。小澤征爾の指揮していたボストン交響楽団のアシスタント・マネジャーも務めていた。フォン・カラヤンのドキュメンタリー映画を手がけたりとメディア経験が長い。

 9・11テロがメットにも大打撃になっており、テロ以降、8割を切った券売率が大問題であった。この数年を押し並べてもチケットの平均売り上げが85%。一部は大幅値引きで売られていたために利益が失われ過去3年連続運営予算が削減された。こうした危機を救うには客離れをとめるしかない。長い伝統と格式を持つメットゆえに、チケット収入、個人や法人の寄付といった自己資金で運営している以上、誰でもいいから客を入れようということはできない。一定の水準を保ち、理解と感覚を持つ観客を呼び込む必要があった。

 実際、日本でもオペラに限らず、クラシック音楽界も新しい観客層、とりわけ若い世代の観客獲得を怠ってきたツケが出ている。客層が圧倒的に60歳以上と思しき年配のカップル、あるいは年配の女性同士ばかり。メットも状況は同じで変わっている点は若い同性愛の男性カップルがちらほら混じっていたといったところであった。

 本来、音楽や舞台、美術といった芸術は老若男女を問わずに人をひきつける魅力を持つ。芸術を若者や庶民に近づけるような仕組み、仕掛け作りの努力をしてもらいたい、と思えてならない。

タテタカコ

53030835.jpg是枝監督の映画、「誰も知らない(Nobody's knows)」のBGMとして流れていることで聴いたことがある人も多い歌手、タテタカコ。長野県飯田市に今も暮らしている。先月12日にはここ吉祥寺のスターパインズカフェでライブも行なった。
 
 元々、国立音大で音楽をやっていたが、大学が性に合わなかったらしい。あまり授業には出ていなかったという。教員実習のために出かけた学校の生徒たちに請われて演奏した曲をまとめてアルバムに仕立てたのをきっかけに音楽の世界で活動するようになった人である。

 ピアノ一台を自分ひとりで演奏し、歌も歌うという弾き語りではアンジェラ・アキの方が遥かに有名で勢いもあるが、私は歌い方や歌そのもの、旋律に至るまでタテタカコの方がずっと好きだ。

 彼女は非常に変わっている。その言葉や行動を見ると変人に近いかも知れない。また、たいへん繊細で内面的な思索に暮れるタイプ。いい加減に曲を作ったり歌ったりすることがない。
 
 私が非常に驚いたのが歌っている時の彼女の表情。ちょっと表現が悪いが、とんでもない顔つきである。口を大きく開き、時に目を引ん剥きながら全身全霊で目の前のマイクに声を注ぐ。大きく開いた口は蛙のように見え、真ん丸に見開いた瞳は引きつけでも起こしたのかと錯覚させられる。あまり(というよりも全く)化粧っ気がなく、すっぴん顔のままありのままでステージに立ち、歌う。そういう姿から独特の雰囲気が醸し出される。

 私は思うに、歌い手というものは単に歌っているだけでよいのだけではなく、歌っている姿、表情がどういう印象をもたれているかということが大切だ。優れた歌い手、人気のある歌手は歌っている姿に特徴がある。それは必ずしも美しいとは限らない。このタテタカコのように強烈な印象を与えて記憶に残る人もいる。

 以前、リベラのコンサートを聴きにいったが、その中で一人、とても印象的な男の子がいた。それはジョシュア・マディーンくん。ソロも担当するところがある中心メンバーで、エースソプラノのトーマス・カリーと並び二人の褐色の肌が躍動的に踊っていた。非常に驚いたのは彼のエンターテイメント性。彼は常に笑顔で歌っている。非常に楽しそうに、幸福感に満ちた表情で歌っているのである。カリーやエドら他のメンバーにはそういう表情はない。ジョシュアだけが持つ柔和な表情に私は強い印象を持った。

 彼はステージの途中でMCを担当する時も気品がありながら軽妙な語り口を持っており、真正のエンターテイナーだと思わされた。実際、他のメンバーからもたいへん尊敬、信頼される「ハイパーな」人で、とても慕われているそうだ。鼻血を良く出す体質らしいのだが・・・。

 懸命に、必死に声を届けようとするタテタカコ、雲の上をふわふわ歩くように幸せの旋律を笑顔で歌うジョシュア。歌い手には歌っている時の表情が何より生命線だと改めて感じた次第である。

本日放映、その時歴史が動いた 「イタイイタイ病裁判」

 水俣病と並び、日本の公害病としてあまりにも有名になった「イタイイタイ病」。これについての裁判を描いたドキュメンタリーが本日放映される。

 その時歴史が動いた 「イタイイタイ病裁判」
 無報酬で闘った若き弁護士たち

 ぜひ、ご覧いただきたく。

弔うことと悼むこと

 自分にとって大切な人が他界した時、とりわけそれが何の前触れもなく突然、やってきた時、人は慌てふためき、心は動揺する。いるはずのその人がおらず、聞こえるはずのその声が消える。

 死者はきちんと弔わなければいけない。凛とした気持ちを持ってその死を悼まなければならない。弔うことと悼むことは死者のためでもあり、また、残された自身らのためでもある。

 もし、先に逝ってしまった人が、自分と同い年の最も親しい友人であって、同じ道を歩み、場所こそ違え一緒に同じ務めを果たし続けてきた唯一無二の人であった場合、そして、その人が人生まだこれからという円熟期に突然、突風で火がかき消されたがごとくにぴたりとその鼓動を止めてしまった場合、心を襲う衝撃は計り知れない。

 そういう時にはその人の人となりが試される。一切、涙を見せず、凛として、しかし、故人を思う気持ちが渾身にこめられた言葉と態度によって、周囲の人間にさえ清冽な、神々しいとさえ形容しうる存在感を示す人の姿には圧倒されることがある。

 今日、そういう人を見た。あれ以上の心のこもった立派な弔辞を聞いたことはない。これからもきっとない。あれほどの澄み切った鮮烈な印象を受けた人は今までにいない。これからもきっといない。彼のような人を私は一度も見た事がない。

だれにでも「開かれている」と思わせること

521193c0.bmp イビチャ・オシム。日本代表監督に就任してからの彼の言動には驚かされること、一再に留まらない。これほどの逸材指導者にめぐり合えたことを日本のサッカー界は幸運に思わなければならない。

 彼がもっとも優れれている点は、指導する選手たちに対して、チャンスの機会はだれにでも、いつでも「開かれている」と思わせることがうまいこと。「思わせる」といったが、思わせているだけでなく、実際に機会を開いている。実に今の全日本選手の背番号は70番代に突入。前代未聞のことである。19歳の梅崎のような選手であっても呼ばれる。身体能力、サッカーのセンスなどでは大したことがないと思われていた羽生のような選手が実際に活用される。欧州に移籍したスタープレーヤーといえど、実際にレギュラーとしてバリバリ試合に出て試合勘を磨けない選手はお呼びではない、とあっさり切り捨てるなど、欧州組選手を無条件で重用、えこひいきし続けたジーコとは雲泥の差。

 オシムジャパンになってからは、J1,J2はおろか、JFLの選手や大学生であってさえ、

 「俺にもチャンスがあるかもしれない。」
 
 と本気で思って鼻息が荒くなるだろう。こういう土壌を作っておくことが決定的にチーム作りには重要だが、オシムはそれが他を寄せ付けず卓越している。オシムは選手を育てよう、選手に期待して、愛情を注いで、もっと優れた選手になってもらおうという熱意に溢れている。だから、だれもがオシムを父のように慕い、極めてきついトレーニングや練習、移動日程、ミーティング、試合での動きの要求にも必死に応えようとする。

 同じことをうまくやれる監督はそうはいない。眠っていた若手の力を一挙に引き出すことに成功した横浜ベイスターズの牛島はその一人であったが、けが人続出の不運の責任を背負って辞任を決めた。横浜はだらしない。なぜ、もっと必死になって彼を擁護し、引き止めなかったのだろう。来季はよほどの人物を連れてきて、よほどの運に恵まれなければ今年より惨めな結果になるような予感がする。

飯塚哲也

2172d528.bmp 日本が世界屈指の水準を今も保ち、恐ろしい勢いで開発の進歩が進む領域がLSI。今も半導体は一発当てたらそれはそれは大きな収益が見込める分野である。一昔前、今から10年前は半導体設計に使うソフトウェアだけで1億円以上していたが、今はそれが500万円を切っていて、もっと安いものもありそれが粗悪ともいえないので小さい会社でも一挙に抜きん出ていくことができる可能性がある。

 工場を自前で持たず、設計、企画、開発に特化して経営するLSI会社にザインエレクトロニクスがある。社長は飯塚哲哉。NHKのプロフェッショナルに出演していた。

 「成功要因の30%は技術力だが、70%は顧客のニーズに応えること。」

 言うのはだれでもできるが実行するのは至難の業。年80億円の売り上げを出すのだからそれは徹底されている。

 彼も最初、起業してからは非常に惨めな思いをしたという。散々、裏切られたり、だまされたり、出し抜かれたりして最後に外資に会社を売って区切りをつけようとしたときに息子さんが

 「お父さん、たいへんだったね。」

 といたわりの声をかけ、好きなようにするのが良いよと言われたことが逆に闘争心に火をつけて逆境を登ったというのだから人生はわからない。昼間は下請けの受注開発、夜に独自に新製品開発を行った。

 仕事については私は無能なあんぽんたんだが、下請けの悲哀はよくわかる。本当に惨めな気持ちになるし、やっていられない。だが、私もそれを完全に割り切ってどしどし馬のようにやり始めると見えない世界が見え、経験も積める。下請けをどう自分の人生に組み込んでいくかは要するに、やりようだ、というくらいになってきて気持ちの上でも踏ん切りがついていく。

 甘いことばかり言っている人間は戦友にならない

 金のことをきちんと考えない人間はビジネスに本気とはいえない

 最後は人で決める

 朝令暮改を躊躇しない

 どこまでフルに努力しているかを顔から汲み取る

 リスクはとることそれ自体が良いことではなく、本来ならば最小化すべき

 など通常、そこらへんに転がっている信用できないいんちきビジネス本に書かれていることとは全く逆のことが言われていて、とても印象的だった。

人生後半戦からの出発

 私の知り合いには人生の後半戦に入った時期から全く新しい展開に持っていく人がちらほらいらっしゃる。仕事を思い切って変えた人、思い切って大学や定時制高校、高等専門学校に入りなおす人、語学を学び始める人、美術大学への進学の気持ちを抑えきれずに思い切ってデッサンの練習に打ち込み始めた人、ホームヘルパー2級の資格を取った人、サーフィンを始めた人、資格試験勉強を始めた人、宗教的な学びを始められた人など様々である。

日本代表監督に就任したイビチャ・オシムは実に60歳代後半。次のワールドカップまで務めると70歳。こういう年齢になってから重圧の大きいこうした仕事を請ける情熱、そして、あの周囲を固めるコーチ陣も青くなるほどの驚異的なミーティング量、練習量を切り盛りする体力、そして、ジーコには全くなかった各々J1クラブの担当者の心を一撃で射抜くカリスマ。おそれいった人物であり、底知れぬ将来の展開をもたらしてくれそうだ。日本代表は必ず強くなる。歴代最強にもっとも近いチームになるはず。

 自分が30歳を超えた時、漠然とこのままではいけないと思うようになり、32歳を過ぎてからそれをいよいよはっきり考えるようになった。これが50歳を過ぎると、あるいは60歳に近づいてくるとまた別の感慨が湧き上がってくるようであり、日本は今、団塊の世代、そのすぐ後に続く人たちがそうした局面に国民的に差し掛かった節目を迎えた。

 人生、残り時間はそれほど長くないと考えた時、残るエネルギーと可能性、時間、労力を精一杯有効に使おうという姿勢はとても重要ではなかろうか。私の身近な知り合いの一人、ある男性の方が、教会でキリスト教の勉強を始めていたのであるが、このたびキリスト教徒になるということになった。神道でも仏教でもイスラム教でもそういう人は多くはないと思うのだが、年をとってから宗教的思索の世界に足を踏み入れる人もいる。

 日曜学校に行ったこともなく、若い時期に教会での活動に参加したことも無く、全くの壮年期になってから西洋思想、キリスト教世界の世界観を目の当たりにされ、それに引き込まれていくという人は日本には非常に少ない。そのようにして捉えた、この人の世に対する自らの立ち位置、姿勢に肉付けをしていくために残された人生の時間に、現存在の存在者(あるいは考える葦、真の人間)としての生の実感が、深く、豊かに、実りある時間性を伴って満ちてくれることを願う。

早実のエース

a7351edf.bmp 私の小学生時代、甲子園に合計で5回出場した早実荒木大輔の姿を忘れることはできない。凛々しい顔立ちの「1年生エース」で有名であったが、決勝まで行ったところで無念の敗退という悲劇的な印象もまた、ドラマチックな印象を醸し出していた。今ほどメディアが発達していなかった当時、荒木の人気はそれでもすさまじく、その半生を紹介する自叙伝的な漫画も出版されたりしていた。当時は珍しいことであった。
 
 荒木はドラフトでは当然、争奪戦になり、どこのチームに行くのかなと思っていたが、当時は断トツ弱小だったヤクルトと決まり、子どもながらにがっかりしたことを良く覚えている。結局、荒木は高校時代の投げすぎがたたったのか、プロではさほど成果を残せず、最後は横浜に移籍。最後の試合ではヤクルトの古田が打席に入る時、ヘルメットを脱いで荒木に挨拶したシーンが印象的であった。

 都電荒川線に乗せてくれと父にせがみ、早稲田駅まで歩く時、ちょうどまだ早稲田に合った旧早実校舎の前を通りかかった。

 「ここがあの荒木大輔の早実かあ。」

 と独特の感慨があったことを覚えている。
 
 私が思うに、甲子園に出てくるどの高校のユニフォームよりも早実のそれはかっこいい。帽子からアンダーシャツにいたるまで全てが白。そこにえんじ色で単純にWASEDAとしか書かれていない。非常にクラシックなスタイルであって早稲田大学のそれと全く同じ。早実と早稲田高は実は後から早稲田への推薦枠を付与された系列高校であり、付属校の早高院や早大本庄と異なり、100%推薦進学できるわけではない。だが、早高院などはアメフトやサッカーが強いものの、硬式野球はそうでもないので早稲田系列の甲子園を目指す高校といえば早実で決定版のようなものだった。早稲田とは何のゆかりも無い私でも特殊な感慨がある。

 今年、この荒木を凌ぐスーパーエースのスターが誕生した。斎藤佑樹くん。ただでさえあの凛々しくハンサムな顔立ちが、あそこまでクールに振る舞えばこれに熱狂する国民が出るのは当然といえば当然で、甲子園のオールドファンから主婦、女子中高生に至るまですさまじい人気が一瞬にして沸騰した。

 しかし、この狂想曲はどうなんだろうか。もう、見るに耐えない。彼の使っていたタオルハンカチはどこのメーカーの何だと大騒ぎになり、各種マスコミが探し回り、国分寺のキャンパス周辺は騒然。彼はおちおち登下校もままならなくなった。ジャニーズ事務所所属でもないのにとんだ迷惑ではなかろうか。

 斎藤佑樹はたしかにかっこいい。私も見ていて引き込まれた。歴史的な試合になることがわかったから、よほど再試合の決勝を見に行こうかと思ったくらいである。男の私でも惚れ惚れするようなあの透明感ある存在感、フレッシュな雰囲気、そして、類稀なる野球の実力。4連投の最後、最終打者に147kmを放り投げる快速球と、切れのある変化球。三振数で松坂大輔を抜いているのだから本物の逸材であること言うまでも無い。

 茶髪でもなく、鼻に抜けたかったるい発音で話すわけでもない。育ちのよさを感じさせる風貌と青いハンカチということで

 「ハンカチ王子様

 となった。思うに、この呼称を彼自身は全然喜んでいないと思う。要するに、今の世になかなかいなくなった日本人の良さを持った「良い男」だから彼があれほど国民的に人気を博したのであろう。彼がピアス、茶髪でチューインガムを噛んでいたらああはならない。

 これで、来年度の早稲田大進学希望の女子学生はかなり増え、体育会硬式野球部マネージャー志望者も激増することが予想される・・・。いずれにせよ彼はまだ減益高校生なのであるから、周囲が度を越えた大騒ぎをするのは厳に慎んでおくべきだと思う。

宮崎吾朗

 吉祥寺駅から南へ徒歩10分ちょっと。世界に誇る日本のアニメーション文化を確立したスタジオジブリが三鷹市と共同で設立した三鷹の森ジブリ美術館がある。つい先日までここの館長をしていたのが、今、劇場公開中の「ゲド戦記」監督である宮崎吾朗。

 彼は非常に地味な性格でマスコミにもほとんど知られていなかったが、今回の監督ということで脚光を浴びることに。しかし、それもあくまで

 「宮崎駿の息子」

 という扱い。偉大な父を持った子どもが共通に味合わされる悲哀をもろにかぶってきている。

 彼のことはほとんどまともに知らなかったが、ここ吉祥寺在住のオタク文化の王様、岡田斗司夫が出版した同人誌に非常に面白い記事が掲載されている。それに言及したコラムがあるのでご紹介しておきたい。

 これの中で、壮絶な父と息子のやりにくい関係が読み取れると同時に、その間に挟まって宮崎吾朗と二人三脚を組みながら巧みに均衡をとっていく鈴木敏夫プロデューサーの舵取りには驚かされた。私がしばらく腹を抱えて笑ってしまい、久々にびっくりしたエピソード、鈴木が思案の挙句に決めた映画の配給用宣伝文を決めたくだり、窮余の一策で、

 「父、宮崎駿」

 としたというところは本当におもしろい。

 http://d.hatena.ne.jp/settu/20060817/p2

オランダ人の男

 立ち技最強の格闘技を目指して始まり、今の世に蘇った「現代版コロッセオ」のK-1。私はあまり詳しくないし、あまり興味もないがホーストやアーツ、シュルト、サップという格闘家がどういう人物であるかくらいは知っている。

 オランダ人のアーツとホースト。どちらもK-1草創期から活躍した強豪。どちらも36歳、40歳とこうした競技をするにはあまりに身体的に無理が大きくなってきた。故郷オランダにサップを迎え、これがホーストの引退試合だったらしい。

 が、サップが試合直前にめちゃくちゃな無理難題、いちゃもんを吹っかけて試合をすっぽかしたため、試合が不成立に。元々サップは非常に頭の良い男であるものの、その頭脳を常軌を逸した拝金主義に使う男で非常に嫌いなタイプだったのでどうでもいいのだが、驚いたのがピーター・アーツ。

 試合を解説するためにテレビ中継の解説者ゲストで来場していたのに、満員のお客をこのまま帰すわけには行かないという興行場の理由から、実に試合開始1時間前にいきなりこれからホーストとリングで試合をしてくれと頼まれたという。ドタバタなどというものではない。

 同じオランダ人の巨漢チャンピオン、セーム・シュルトのパンツを履いて、柔軟体操も、ウォーミングアップのスパーリングもそこそこにざわついた会場に出てきた。緊急事態の状況を理解したアーツは、3月5日のシュルト戦以降は練習もしていなかったというのに、超緊急ピンチヒッターを受けた。あまりに無謀かつ危険。妻も止めたが、盟友ホーストの引退試合であるゆえ、やらなきゃ男じゃない、と決断したらしい。結局、試合はホーストが勝ったらしいが、ホーストもアーツを評して、準備をしていない中で受けてくれたことに感謝する、彼が万全の状態で戦うのも悪くない、仕切りなおしの対戦を望んだ。

 こういう話を聞くと何というか戦闘的なオランダ人の男というものの心意気を見せ付けられる気がする。吉祥寺のウマンス神父もオランダ人だが、80歳の彼からも時々、不屈の精神力を感じることがある。

NHK高校講座 駒田和幸

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 NHKの教育テレビに「高校講座」という番組がある。文字通り、高校生の日頃の勉強の一助に開講されているもの。全ての科目が展開される。私も高校生時代、数学が苦手だったので見ていたが、これほどわかりやすく教える先生がいるものか、と自校の教員の超ハイスピード授業と比較して感嘆したものである。結局、続かなかったのは私の怠惰以外の何ものでもなかったが・・・。

 さて、現在、この高校講座で日本史を担当しているのが駒田和幸。私立校の桐蔭学園の教諭である。桐蔭学園は高校野球やサッカーなど運動系の選抜も行っており、強豪校として有名だが、進学指導にも非常に力を入れており、大学進学実績で毎年、上位に顔を出す。

 初めて彼をブラウン管で見たときには何だか暑苦しい話し方をする男だな、とあまり良い第一印象ではなかったのだが、ところがどうして、ぼんやり眺めていたら非常に良い番組の進行ぶり。そんじょそこらの日本史の教諭とは比較にならない立派な存在感である。

 柔軟にして軽快、多面的な洞察と分析がある。また、10代の若者の興味を引いてくれるようにとあれこれ工夫している様子が良く見て取れる。NHKの講師とは大した謝礼も出ないはずであるが、いやいや見上げた奮闘ぶりである。

 これからも時間があれば見ていきたいと思っている人である。

星野佳路 「どうしますか。」 

25ae529e.JPG 鳴り物入りで始まり、相次ぐやらせや誇張が頻発して終わってしまったNHKのドキュメンタリー風番組、「プロジェクトX」。それを継承しつつ衣替えした番組が「プロフェッショナル」である。
 
 毎回、各界で活躍する気鋭の人物を取り上げてはその様子を克明に描く。田口トモロヲのような癖のあるナレーションは影を潜め、黒いスクリーンに白い文字でキーワードが静かに浮かび上がりながら番組が進行する。アナウンサーはICU卒のバイリンガル、住吉美紀。もう一人、「アハ」体験という言葉で有名な脳科学研究者、茂木健一郎を揃えて本人をゲストに迎え話を聞くスタイル。初回からかなり反響が高かったようである。
 
 その初回を飾ったのが軽井沢で環境保護型リゾートにも力を入れる観光業再生人、星野佳路。老舗旅館の跡取りとして生まれ、アメリカでホテル業を学び、それを直輸入したトップダウン経営で大失敗した経験を活かして今に至っている注目の人物。私はこれを見るまで星野を知らなかった。

 根っからの軽井沢っ子らしく、1960年生まれ。名門、慶應大経済を卒業し、その後、アイビーリーグのコーネル大ホテル経営大学院で修士号をとる。今のJALホテルズやシティバンクを経て、1991年から星野リゾートの社長になった。

 詳細は省くが、かつて若い頃の彼の顔は魅力的ではなかった。小生意気で思い上がり、傲慢が良く現れ出た表情をしている。しかし、今の彼は非常に柔軟性に富んだ人間としての幅が感じられる人物になっている。社長が強烈な指導性を発揮してトップダウンで決めていくスタイルをとらない。得意な台詞は

 「さて、どうしますか。」

 決めるのは社員。自分ではないという様式。これは非常に珍しいと思う。確かにあの台詞を口にしている時の彼は格好が良く決まっている。一瞬、あっと思った。

 私も何かの機会にこれをいただき真似してみよう。

Semele

51f4e5b1.JPG ボーイソプラノのグループが流行している。ボーイソプラノ、声変わりになるまでに許されたあの美声はこの世のものと思われず、一級品のそれを初めて聴いた時の感動はまさに気絶せんばかり。わずかに数年間だけ与えられた神からの恩寵である。

 日本で知られているもの、そして、私も気に入っているのは、エアー・クワイヤークワイヤー・ボーイズリベラである。
 
 リベラ(Libera)の出している”Luminosa”というアルバムがあるが、その8曲目に”Semele”という歌がある。ギリシャ神話の女神であり、またの名を「テュオネ(Thyone)」。カドモスとハルモニアの娘、ディオニュソスの母である。

 このセメレに惚れてしまったゼウスが、思いのあまり人の姿になって彼女の前に。愛を訴えた。そのセメレが妊娠したことを知って怒ったのがヘラ。彼女はセメレの子守りに化けてセメレを唆した。
 
 「彼は本当にゼウスなのでしょうか?お確かめになっては?」

 この教唆にのってセメレは、ゼウスに真の姿を見せてくれるように頼み、ゼウスはやむなく本当の姿に戻ろうとした。セメレの願いは何でも叶えてあげると約していたからであった。
 
 だが、神の姿に戻るときには天変地異が起こる。人の姿から神の姿に戻ったその時、雷が落ちてきてセメレはその直撃を受けて命を落とす、という話。

 セメレという名は、トラキアの言葉で「大地」という意味の「ゼメロ」が変化していったものではないかといわれているらしい。ちなみに落雷に遭った時、セメレの胎内にいた子供を助けたのがヘルメスであり、生まれたのがディオニュソス。
 
 この曲は、ゼウスの心さえ揺り動かしたセメレの美しさを歌った歌であるが、その声の美しさはセメレの美を超える。
 
 私は今までにこれをパソコンで文書を作ったりしながら100回くらいは聴いただろうか。 

Where’er you walk
Cool gales shall fan the glade
Trees where you sit
Shall crowd into a shade
Trees where you sit
Shall crowd into shade

Where’er you walk
Cool gales shall fan the glade
Trees where you sit
Shall crowd into a shade
Trees where you sit
Shall crowd into shade

Where’er you tread
The Blushing flowers shall rise
And all things flourish
And all things flourish
Where’er you turn your eyes
Where’er you turn your eyes
Where’er you turn your eyes

Where’er you walk
Cool gales shall fan the glade
Trees where you sit
Shall crowd into a shade
Trees where you sit
Shall crowd into shade

Where’er you walk
Cool gales shall fan the glade
Trees where you sit
Shall crowd into a shade
Trees where you sit
Shall crowd into shade

アンドレアス・ショル

b60818e4.JPG 男性でありながら、高音域を歌い上げる歌い手は少ない。だが、この数年、「もののけ姫」でカウンターテナーの米良美一が、そして、最近、ソプラニスタの岡本知高が活躍しはじめ、そうした歌い手の存在はすっかり有名になった。2人とももちろん、下手くそな人だとは思わないのだが、例えば、米良には時々素人っぽい部分が少し感じられることがある。また、岡本の声はたしかに男性が達しうる最高音域だと思え、驚嘆以外の何ものでもないが、声そのものにどこかしら「苦み」というか、無理な面が出ていて実際にソプラノのパートを歌ったりした曲は美しいものだと必ずしも思えないものがある。

 そういう点、その歌うほとんど全てに涙しそうになるのが、私が世界で最も優れた天賦の才を持つと考えている高音域を歌う男性歌手、アンドレアス・ショル。なんといっても断トツで、おそらくこの地球上で最も美しく高い声で歌う男性であろう。

 1967年11月10日生まれ。キートリッヒに生まれた。小学生時代から教会音楽に親しみ、数百年の歴史を持つ少年合唱団で歌う。多くの優れた指導者の下で研鑽を積み、1990年代に歌手として活躍し始めた。もはや、世界最高のカウンターテナーとして認められているといっても過言ではない。J.S.バッハは当然として、ヴィヴァルディの教会音楽、ルネサンス音楽、ヘンデルのオラトリオ、アイルランドのダウランド歌曲集などに至るまで屈指の歌唱力を持つ。バロック音楽の埋もれていた歌曲を歌う挑戦的な試みも行ってきている。レコード会社としては、移籍後、今はDECCAに在籍している。
 
 オペラについては得意とはしていないようだが、90年代後半にオペラデビューも果たしている。音楽が好きで、作曲が趣味だという。人柄も実直で誠実、穏やかで人気がある。ポップスの曲も書きためており、遊びで作ったこうした歌をアルバムにしたこともある。

 彼の歌声は息をのむ。

 「どうしてこんな高音がこんなにきれいに出るの???」

 高音に自負がある人であっても真似したところで多くが聴けたものではなく、声がかすれとてもできるものではない。彼はこうした高音域において、しかも超高速での音階変化を楽々とこなす。あれを初めて聴いた時には一瞬、この世の現実と思えなかった。

 彼の声はつまり、少年合唱団の声がそのままやや低くなってアルトの領域で歌われているものだと思って良い。だが、少年ではなくしっかりした体格を持っているので非常に力強い歌唱になる。少年合唱団のような弱々しさや線の細い印象はない。だからこそ驚き以外の何ものでもないのである。

 「オンブラ・マイ・フ〜ベスト・オブ・アンドレアス・ショル」 キングインターナショナル
 
 には、ダウランド歌曲集などを含む彼の傑作が収められている。

 彼の声と姿を見てみるに適切なウェブサイトとして、リアルプレーヤが必要だが、こちらがある。ヴィヴァルディのMotetsを歌ったもの。ほとんど人間なしうる業とは思えない。
 
 http://www.deccaclassics.com/media/ram/Scholl_NisiDominus_EPK_10.00.00.00-10.02.50.00_ISDN.ram

クリストフ・ゲンツ

7a565e44.JPG 一昨日日曜日の深夜、NHKの教育テレビで、「芸術劇場」が放映されており、ライプチヒ・バッハ音楽祭の様子を見ることができた。ドイツのライプチヒ、聖トーマス教会。圧倒されるほどの高い天井と長い礼拝堂は堂々たる存在感である。2005年5月8日に行われた「ミサ曲 ロ短調」であった。
 
 この音楽祭は、およそ100年の歴史を持つ。ヨハン・セバスチャン・バッハにゆかりの深いこの街は、毎年5月にこの音楽祭を開催。世界的な古楽の演奏家やバッハ演奏にかけては一級品の音楽家たちがやってくる。高い水準の優れた演奏が行われることで有名である。今回は、ヘルベルト・ブロムシュテットが指揮を行い、地元のゲヴァントハウスのオーケストラと、合唱団が参加した。

 私は自分がテノールであり、かつ、宗教曲、教会音楽が最も好きでもあり、得意であるのでテノールの歌い方には興味があった。今回のテノール・ソロは、地元のドイツ生まれ、聖トーマス教会合唱団(トマーナーという)のクリストフ・ゲンツ(Christoph Genz)である。

 長髪を後ろでまとめた個性的な髪型。トマーナーコーアだけでなく、英国の名門、ケンブリッジ大学で音楽学を専攻し、あのキングス・カレッジ・コーアにも所属していた。彼は例えばオペラなどもできなくはないようだが、おそらく私の聴く限り、教会音楽を最も得意としていると思う。実際、オペラなどは主役を張って活躍ということはあまりないようだ。

 気品と教養がある、父性的な響きを持つ声であり、ふくよかで実にきれいに良く響く。私は個人的にはもう少し澄み切った透明感のある声の方が理想であるが、私自身の声がそういう響きを持たず、このゲンツの声を理想とした方が望ましいタイプの声質であるので、その口の開き方や喉の使い方、呼吸の取り方などをしげしげと見つめていた。

 やはりプロは全てが違う。良くあそこまで呼吸が持つものだ、とまず感心し、あそこまでの高音が全く濁らず、しかも全然苦しそうに見えずに幸福そうに歌っているのにはため息が出た。決定的に違うのは口の開き方。唇、頬、顎、喉など全てを最大級に大きく使いこなして声を作っている様子がよくわかり、こりゃ、とてもかなわんと思った次第である。
 
 いつも聖歌隊のアドバイスで言われている通りであるが、やはりお手本になるような歌い手を聴くだけでなく、見るということは良い勉強になるように思う。映像ではなく、直接横で見ることができたらもっと感激いっぱいで実りある勉強になろうに・・・。

ライプチヒ・バッハ音楽祭 2005年
ミサ曲ロ短調BWV232(バッハ)
出 演 
ルート・ツィーザク (ソプラノ)
アンナ・ラルソン  (アルト)
クリストフ・ゲンツ (テノール)
ディートリヒ・ヘンシェル (バス)
合 唱   ゲヴァントハウス室内合唱団
管弦楽  ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
指 揮   ヘルベルト・ブロムシュテット

アンサンブル・プラネタ 5つの光

7a7835d7.bmp 本日夕方7時から、四谷の紀尾井ホールにて、アンサンブル・プラネタのコンサートを聴きに行ってきました。

 素晴らしかったですよ。

アンサンブル・プラネタ

422b8965.bmp この1,2年ほど、美しい「言葉」と「音楽」とが静かに復権しつつある。まだその潮流は小さいが、目に見えてわかるようになってきた。長く続いた騒々しい騒音と退廃の悪夢を抜け、ようやく明るい夜明けの光が少し見えたようなそういった気がする今日この頃である。

 アンサンブル・プラネタという女性5人組のコーラスグループがある。バッハ、シューベルト、ショパンといったクラシックの名曲や、数々の人気声楽曲、民謡、宗教曲などをほとんどア・カペラのみで歌い上げる美しい歌い手たち。メンバーは全員大学時代に声楽、音楽を専攻した経験があり、非常にうまい。そのまま天国まで昇っていくのではないかと思われる透き通ったきれいな声で歌い上げる。

 戸丸華江、池城淑子、高橋美千子、村田悦子、伊藤美佐子の5人。5人とも声の質が違っており、何というか独特の組み合わせである。全てのアルバムからおのおの30秒ほど視聴できるようになっているので、お試しに聴かれてみると良いと思う。

 演出を手がけるのが、作曲学の専門家、書上奈朋子女史。すでにアンサンブル・プラネタは、彼女をアレンジャーにして数枚のアルバムを発表している。クラシック・チャートでは上位にランキングされる人気。テレビ、ラジオ、雑誌など各種メディアにもちらちら出始めている。また、CMソングにも多く起用されている。全国各地でコンサートを精力的に行っており、知名度が高まってきた。

 今月28日・金曜夜には四谷の紀尾井ホールでコンサートを予定。滅多にないチャンスであるので、私も見に行きたいなあと思っているが、どうなるか・・・。

「ヒロシです・・・」 はおもしろい

39c417f2.bmp 現代のお笑い芸人はあまり好きでない。むしろ圧倒的に嫌いな人物が多い。だが、一人だけ例外がいる。それが
 
 「ヒロシです・・・。」

 のヒロシ

 彼はおもしろい。彼のギャグは2つの点で優れている。
 
 まず、だれも傷つける事がない。自分のみがピエロになって人を笑わせることに全てを注いでいる。

 また、笑いの質がシンプルでわかりやすく、明快。老若男女、だれでも楽しめる。あまり嫌な感じの毒がない。

 「ヒロシです。・・・だれでも良いから彼氏になって欲しいといっていた人に・・・ふられました。」

 「ヒロシです。・・・『いつからいたの?』って聞かれて・・・最初からいました。」
 
哀愁漂う音楽を背景に流しながらの独特なスタイルはすっかり定着した。自らの不運な体験をぼそぼそと語っていく。かなりの部分、実話らしい。

 熊本出身。上京後、芸人として全く芽が出ず、一度はあきらめて何とホスト生活を年間送ったという。その間に味わった惨めな思いをノートに書き留めていたのが今の持ちネタになった。売れないホストなぞ最も惨めなもので、歩合制であるため全く儲からない状態に。相当に物心両面で追いつめられたという。そうした思いを単に愚痴にするだけでなく、恨みつらみを込めて書きためたノートが役に立つのだから人生とはわからないものである。

 「笑い」というものについて、色々勉強させていただきました。

はな 不思議な存在感

cbacc379.bmp NHKの「新・日曜美術館」でこの度、女性初の理事待遇・アナウンス室長になった山根基世アナウンサーとともにレギュラー出演しているのが、モデルの「はな」さん。インターナショナルスクールで育ち、英語、フランス語、中国語が得意。170cmと女性としては長身。港町の横浜出身。前から不思議な魅力のある人だと思っていた。

   早見優西田ひかるが出たことでも有名な上智大・比較文化卒。国際的な感覚溢れる人である。リサ・ステッグマイヤーヒロコ・グレースアグネス・チャン角田ともみなど上智大を出た国際的できれいな芸能人は多い。キャンパスは自由な空気に溢れ、きれいな人が多いと聞く。


 比較文化学科は来年4月から「国際教養学部」と学部名を変え、現在の市ヶ谷から四谷の本部キャンパス内に移動予定。国際教養学部は多くの講義を英語で行う方式。日本にいながら留学しているのと同じような教育を受けられる。三鷹のICUが先駆的存在だが、早稲田大・国際教養学部と並び、上智大も三つ巴に。


 「はな」さん、私よりも1歳年上だと知って驚いた。そう見えない。若々しくボーイッシュな短くまとめた髪型。中性的な魅力がある人である。羨ましい限りである。私はいつも40歳前後くらいに勘違いされるのでどうしたものだろうか・・・。  


 はなさん、大仏や仏像を見て回るのが非常に好きだとして有名。また、料理が好きで、とりわけお菓子づくりについてはかなりの入れ込みよう。やってきたゲストにあれこれ作った創作お菓子を振る舞っていた番組があった。きっと小さくてかわいいお菓子屋さんが数多くある吉祥寺をすぐに気に入ってしまうだろう。街並みにも似合いそうな感じである。


  ひっそりと可憐に咲いている野の花のような雰囲気。そういう雰囲気を狙って「はな」とつけたのだろうか。ひらがな2文字で書く芸名というのも珍しいと思うのだが、余計にそれが透明感のある不思議な存在感を醸し出している。  コラムを書いて執筆しているが、その内容もあれこれ詰まっている盛りだくさん。賢い人だと思われる。嫌みが無く、きれいな心を持った人という印象がある。


  「新・日曜美術館」で区切りの数秒間、山根アナと椅子に座った様子が映るのだが、その時にかなりの確率で両足がぷらぷらと椅子の下で揺れている。あえてやっているというのではなく、自然にそういう癖になっているようだ。まるで小学生のようで滅多にブラウン管では見ない光景なので、それが妙に記憶に残っている。

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 元ホーリネス平塚教会牧師、「星の子どもたち」 小松栄治郎事件の手記、
 「性暴力被害の家族として」  以下で販売しています。 
 http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/52128088.html
「Amazonライブリンク」は提供を終了しました。
 






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