こんにちは。
また蒸し暑さが戻ってきた東京ですが、今日はどこからかキンモクセイの香りを感じました。
秋は間近です。

kinnmokusei

今日はこんなニュースを。

高齢出産を揶揄のイタリア政府「子作りの日」キャンペーン広告が炎上、取り下げに

出生率低下を食い止めようと、イタリア政府が9月22日に行う予定のキャンペーン「子作りの日」に向けた事前広告などがネット上などで非難を浴び、ベアトリーチェ・ロレンツィン保健相は9月2日、キャンペーン変更を命じたことを発表した。ガーディアンなどが報じた。

キャンペーンはイタリア保健省が実施しているもの。9月22日を「子作りの日(Fertility Day)」と設定し、不妊治療や高齢出産、家族計画についての啓発イベントなどが予定されている。イタリアの合計特殊出生率は1.39と日本(1.43)よりもさらに低く(ともに2013年で比較)深刻な社会問題になっているためだ。

ポスターは、砂時計を持った女性がお腹をさすっている写真を使い「生殖能力には年齢の限界がある」と示唆したものや、滴り落ちる水の写真に寄せて「生殖は共通の利益」などと書かれたもの「若い両親が最良」とするものもあった。

これらのポスターに対して、「大きなお世話」「年齢差別」と不快感を表明する意見が殺到。急先鋒である作家・ジャーナリストのロベルト・サビアーノ氏はイタリアのメディア、ラ・リパブリカで「自己決定の原則を損なう全体主義的なもの」と厳しく批判している。

(HUFFINGTON POST より)

日本も出生率の低下が問題視されていますが、「子どもを産むのが女性として当然」、という考え方は、一昔前のものです。子どもを持つかどうかは、人それぞれですし、出産をする年齢も個人の自由。
身体的に子作りが可能な年齢の上限は確かにありますし、高齢出産のリスクもありますが、子どもを持つか、いつ出産するか、という決定は、自由意思でなされるべきですし、国が管理するものでもないはずです。

日本でも以前「女性は子どもを産む機械」という発言で大ブーイングを浴びた大臣がいたことを思い出しました。
子どもを持つことは素晴らしいことですが、「誰もが子どもを持つのが当然」という考え方を政治が国民に押し付けるのは、全体主義のようにも思えます。

子どもを持たないという選択で、素晴らしい人生を送れる人もたくさんいます。
イタリアにも、「女性は子どもを産む機械」と同様の考えが根強くあるようで、なんだか考えさせられたニュースでした。


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