超瞑想状態の劇的効果を体験した医師の脳覚醒ブログ

超瞑想体験、トランス状態(脳覚醒状態)の体験記を主に書いている医師のブログです。 瞑想を中途半端にやってしまうととても危険です。 やるからには、超瞑想状態になるまでやらなければいけません。 この世には瞑想状態をはるかに超えた想像を絶する超瞑想状態(覚醒瞑想)があるのを知っていますか? その摩訶不思議で神秘的で衝撃的な体験(至福体験・恍惚体感)をブログに掲載したいと思います。 この超瞑想状態になれば、あらゆる可能性が開けることが実感できます。ホントに。 超瞑想状態や脳覚醒状態をとことん追求していこうというブログ。 建設的に人生の生き様を突き止めていこうというブログにしていきたいです。 岩波先生(希代の鬼才であり脳と潜在意識の魔術師!)の元で、あるいは自力で超瞑想体験を更に深めるべく頑張っています。 本物はある! 瞑想を本当の武器に変えるためにも、中途半端にやらずとことんやりましょう!

希代の脳の魔術師岩波先生の脳覚醒プログラム(覚醒瞑想)体験記と私の瞑想追求体験記。
すべての瞑想の深さを簡単に超越させてしまう『魔法』に私はかかりました。
瞑想を勉強してきても、医学を勉強してきても、説明不可能な世界最上級の瞑想体験でした。

脳覚醒状態から得た絶対感と真理の体験

岩波英知先生誘導の覚醒瞑想による絶対感と真理の体験

なぜ人は瞑想をやるのか?

瞑想状態が深まれば深まるほど、普通の意識でいてはありえない収穫を得ることができます。
日々の不安を取り除くために、瞑想やマインドフルネスをや座禅をやっている人はとても多いのではないでしょうか。

その中に「瞑想による真理到達」を目的にしている人もいます。
また、別の人は神との一体感を得たいというでしょうか。

さらに言えば、自分は何者かということを追求します。
哲学的にいうと「自分はどこから来て、どこに行くのか?」といったことへの答えを求めてです。
とはいえ、明確に意識しているわけではなく、真理の到達の折には、何かが見えるだろう、という漠然としたもの、が正解かもしれません。

瞑想はとらえどころがないという弱点と悟りへの道

瞑想はわからないからやるのです。私もそうでした。
でも、なにかあるぞ、と。
そこに達すれば、必ず何か変化がある、と。

瞑想の弱点として、わからないまま暗中模索の中、皆さん瞑想をやります。
そこで道に迷ってしまう人も多いのですが、私は道に迷いながら、やっと本物の瞑想法に出会うことになりました。

そして、ある真理を得ることができました。
かといって、悟りのようなものではありません。
私のいう真理は『気づき』の強化版みたいなものです。

真理といっても高尚な「悟り」と捉えないでください。
話を変な方向に歪められてしまいますし、お前はそんなすごいのか、と言われると、全然すごい人間でもありません。

ただ、そんな私ですら、脳が覚醒する状態を経て、何かとても大きな収穫を得られたんだという事を伝えたかったんです。
私の思う真理は、そこら中にあると思います。
また感じ方も人それぞれです。

やっぱり瞑想はやるべき引力がある

でも、ある種の気づきが強固なものになって、しっかりと心に定着するものなんだと、勝手に思っています。
もしかしたら、真理にゴールはないのかもしれません。
どんどん見つかっていくものかもしれません。

だからこそ人は瞑想をやるのです。
と、振り出しに戻ってしまいました(汗)

私が覚醒瞑想で到達した真理

私が何の真理に脳覚醒状態の中で到達できたかというと、『私は私しかできないことがある』ということです。
これは絶対感とも密接に関連していました。

他の人が無理でも、私にしかできない。
私ならできる。

岩波先生のよく言う『不可能なことを可能にしてこそ人生』という心境です。
そして、私は真理を知っているんだ、ということです(思うのは私の勝手なのであえて書かせてもらいます。)

私だけが真理をつかんでいる意識といっても大げさではありませんでした。
この気持の高揚感は筆舌しがたいものです。
なんでもできる気持になっているのです。

怖いものがない
状態です。
脳のスイッチが入り、私の中で、何かが作動している感じでした。

真理は最高の自信を超えた自信

じゃあ、お前は何の真理をつかんでいるんだ?と質問されたら、具体的にうまく答えられません。
でも、それでいいと思っています。
あくまで、私の心の中でのことなのだから。
お前は間違っていると指摘されても、なんとも思わないし、修正する気もありません。

なぜかというと、私が真理を知っているからです。
真理は、真(まこと)なのだから、偽物はありません。
その人には正解ではなくても、私の中では正解というか,まさに真理なのです。

かといって、排他的になることもありません。
皆それぞれの真理があっていいのではないかと思っています。

もし排他的・敵対的になると、カルト教団やカルト宗教家になってしまいますから。

私が超瞑想状態になっていた時の絶対感こそ、真理なのだと思っています。
何度も書かせてもらいますが、思うのは勝手ですから(笑)

達観、悟り、絶対感、肯定感

結局、私は何かをなし得る人間という大きな自信をもらいました。
それは『お前は存在していい』という絶対的肯定感でもあります。
このような心境になることができる瞑想って、ほんとうに素晴らしいと思います。

それまでは、私は私ではなくとも、替えはたくさんいるのではないかという不安を抱いていました。
医師をしていても、私でなくとも別の医師が取って代わったら、誰も私のことなど覚えていなくなるという孤独感がありました。

私がいなくなっても誰も困らない
思いに取り憑かれた時、言い知れぬ不安が襲われたものです。
そんな私が絶対感に至れたのだから、脳覚醒状態、超瞑想状態はすごいものでした。

瞑想をして、苦労しながら、さらに本物に出会って、もっと瞑想状態が深まるに連れて、真理をつかめるようになって来ました。
それは人から見たらちっぽけなものかもしれませんが、私の心のなかでは本当の宝物を見つけた気分でした。

もしかしたら、宝物を探しに人は瞑想をするのかもしれませんね。
だから、瞑想に興味を持ち、取り組み続けている人は、そこまで至って欲しいと思っています。
途中であきらめないでください。 

瞑想は焦りと不安と苛立ちとの戦いです。
それは自分の心を投影しています。
瞑想をして自己投影を意識してしまう戦いに入るのではなく、そこを乗り越え、真理の心境に到達してみてください。

生きていてよかったという感覚はなにものにも代えがたいものです! 

超瞑想状態に入るための脳覚醒プログラムと瞑想のコツ5

瞑想と潜在意識の底につながる方法と岩波英知先生の覚醒瞑想方法

瞑想や潜在意識の世界をとことこん突き詰めたい人へ

岩波先生がやっている心理・脳内プログラムなら、どのプログラムを受けてもいわゆるトランス状態・超瞑想状態の体験ができるでしょう。
それがまずベースです。

その中で一番瞑想に近いプログラムが『脳覚醒プログラム』になるかと思います。(『覚醒瞑想』のサイトもオープンしています。)

脳覚醒の宣伝文句に偽りなし

『世界最先端の瞑想体験』と書いてありましたが、これは誇大広告ではありません。
まさに地球上で最も進んだ最も深い誘導瞑想技術です。
岩波先生にしか見えない脳の世界があり、何をすれば脳の深い位置にある扉が開き、覚醒させることができるのか長年の末研究し発見したそうです。

私なんかの凡人には及びもつかない脳内の世界を確実に知っている人です。

岩波先生のプログラムはたくさんあって、何をしたらいいか迷うと思います。
まあ、あんまり厳密にこのプログラム(脳覚醒プログラムなど)を受けなければ瞑想体験ができないと言うことはなく、かなりファジー(死語か)でアバウトだから、迷う必要もないと思います。
心の悩みが強い方は、それ用のプログラムがありますから。

やはり瞑想や自分の脳内や無意識・潜在意識の世界に興味を持つ同士はいるもので、こちらに瞑想や脳覚醒について議論している掲示板がありました。
脳覚醒プログラム(脳内覚醒・能力開発・超瞑想体験)掲示板 体験者の集い
みんな刺激しあって頑張っています。

非常に人気の引く手あまたの先生

>岩波先生の作り込む瞑想状態や脳覚醒状態を体感したい人は、1コース料金を払う必要があります。
料金システムについてはサイトを参考にして下さい。
ただし人気抜群で世界中から引き合いがある先生なので、申し込めば受けられるわけでありません。
倍率はかなり高いものと思われます。
間接的に断られている電話を私はしょっちゅう聞いていました。

瞑想は、座禅など座ってやりますが、岩波先生のプログラムはやり方も想像を超えています。
こんな方法なんだ! と私は驚きました。
瞬間瞑想と言われるぐらい、瞬時に岩波先生は、ある意識の世界に誘導してくれます。

先生の指示通りやれば間違いありません。
色々な情報が出回っていますが、本物です。
体験した時に色々と驚いてください。

先生の技術は信じられないことばかりですが、自分が体感すれば信じられます。
そして瞑想をやってきた人ならば、瞬時に本物だと悟るでしょう。
楽しみにしていてください。

結果から物事をすべて逆算して考えられる岩波先生

岩波先生の哲学は「こうなったら理想、瞑想状態に入れたら嬉しい」レベルを追っているのではなく、「超瞑想状態に入る」ことから、そのためにものごとを逆算して考えていくものです。
「超瞑想状態に入る・誘導する」ために、様々な方法をそれで編み出してきたそうです。

結果からものごとを考えるやり方です。
これは成功者の発想と同じです。

だから、今までの方法とは違う瞑想誘導アプローチがたくさんあります。
ここでも固定観念を捨ててください。

最初の立ち位置から、トランス状態・超瞑想状態が始まるため、いきなり驚きから入ります。
そして、次第に脳と体と防衛本能が馴染んできて、極上の超瞑想状態に変性していきます。

先生の指導のもと、どれ一つとっても、超瞑想状態に入るために生み出されたものばかりなので、すべてにやる意味があります。
他ではない方法ばかりなので、固定観念や定番の発想では取り組まずに、白紙の状態で、岩波先生の言うことを聞いてがんばってください。

無になろうとしても無になれない、だからバカになれ

あとは取り組む時の思考が重要です。
これは瞑想をやってきて成果を上げている人なら、すぐにコツが掴めると思います。
見返りを求めず、どんな違和感とも消そうと戦わないことです。

岩波先生は「バカになれ」というのもそれと同意語でしょう。
理性や知恵は瞑想や潜在意識の世界には何の役にも立ちません
害毒に過ぎません。

これは瞑想法を続けてきた人なら同意してくれることだと思います。
とはいえ、それを外すことは非常に難しいものです。
私は瞑想をやっていた時、うまくいかなかったのもそこです。

しかし、岩波先生と出会ってから、瞑想への入りを阻害する要素を外すテクニックを先生が持っていたことから、非常に参考になりました。
理性や知恵を外すコツも私なりに掴めてきたと思います。

小利口は深い瞑想に入れない、馬鹿ほど瞑想で自分を変えられる

複雑に考えないこと、子供のような無邪気な心、それにつきます。
世の中も瞑想も単純明快でいいのです。(それが一番単純で難しいことなので、誘導瞑想状態で気づいていくのです)

考えに考えた末に、瞑想状態に入れると思っているのであれば、永遠に入れません。
考えに考え、考えることの無駄を悟った時ならば、入れますが。
世の中の極致は単純明快につきます。

単純ですが奥が深いのが瞑想の魅力ですね。
だから、現代人は瞑想状態に深く入れないし、入れても単発で打ち止めになるのです。

覚醒瞑想 A10神経と脳内麻薬物質のここがすごい!

瞑想による何ものにも代えがたい幸福感

瞑想で非常に心地よくなったり、恍惚感に浸ったり、幸福感に包まれた人はいるでしょうか?
深さのの差はあっても、うまくいったとき、ただのリラックス感を超えたありえないリラックスを感じた人も多いと思います。

瞑想は脳内麻薬物質や快楽ホルモンを脳が分泌してくれるようになったら成功とも言えます。
真理に達するには、非日常的な精神状態と意識の流れになっている必要があります。
天国にいるような、とても心地よい脳内麻薬に全身包まれている状態こそ、非日常です。

さまざまな神秘体験、至福意識、真理到達は、これからの脳内の神経伝達物質のなせる技といえるでしょう。
とくにA10神経が鍵になります。

A10神経

A10神経とは、快楽を刺激する神経です。images


瞑想を行う意味とは、脳内から出た神経伝達物質によりA10神経を刺激するとも言えるかもしれませんね。
(しかし、意識上でも理性でも気力であっても、自力ではA10神経は刺激できません。これがとても難しい)

私は岩波先生の脳覚醒技術による誘導で瞑想状態が劇的に深まったわけですが、こんな気持よく感動に満ち溢れた体感をして初めて、A10神経の話に納得がいきました。


A10神経が神経伝達物質によって刺激されればされるほど、ますます心地よくなります。
そのレベルもどんどん深まっていきます。

多幸感、生きていてよかった幸せ

ありえない快楽を味わえます。
快楽といっても性的な意味ではありません。
薬物・麻薬でラリっていることでもありません。

もっと高尚な喜びです。多幸感です。
自分の存在を認められ、その価値に気づき、ストレスもすっかり消え失せ、マイナス面も浄化されていく心地よさ。
宇宙や世界との一体感、人との一体感などとにかく幸せな感覚に満ちています。


神経伝達物質の力を引き出せる瞑想法

脳の可能性は無限大というのは、この脳内麻薬の観点からも言えるでしょう。
脳内麻薬のある神経伝達物質は、大麻などをはるかに超える気持ちいい体感を得られます。

私は、瞑想とは別に、何かに一心不乱に集中して、集中力を超えた集中力を発揮することがあります。
それがもうとても心地よくてたまりません。
そんな経験をよくしたことがあります。
これもおそらくは脳内快楽物質がA10神経を刺激してくれたおかげで、能力が全開したんだと思っています。

せっかく瞑想をやるのだから、自分で脳内麻薬を自由に出せるようになれば、能力にも制限はなくなりますよ。

自分の脳への企みは自分の脳が一番知っていることに瞑想の難しさがある

脳内麻薬はどうやったら自力で出せるのか(ひいては瞑想がうまくいく方法)、そのひとつの方法を書いていきたいと思います。

脳はバカではありません。
自分の意図や企みを見抜いています(自分の脳だから当たり前ですね)

「脳内モルヒネを出してやるぞ、気持ちよくなってやるぞ、エンドルフィンを出して瞑想状態をもっと深めてやるぞ」という意図はすべて逆方向の結果をもたらします。
雑念と白けです。

脳は理性だけでは作動しません。
もちろん意図があって、人は瞑想なり呼吸法をやるわけですし、岩波先生の脳覚醒プログラム通う事自体、意図的なものです。
これは否定しようがない事実です。

それを踏まえた上で、その意図を捨ててください。

A10神経や神経伝達物質をコントロールできる方法

見返りは求めず、無駄なことですら甘受して、トランス呼吸法をしてください。
集中は必要ですが、だからといって雑念が集中力を妨げるからといって、排除しないでください。
A10神経を刺激するには、これらは絶対的に必要不可欠なことです。

どんな雑念やマイナス思考という悪条件でも、それを覚悟して受け入れて、見返りを求めないで淡々とやり続けることこそ、自分の脳みそを攻略する方法です。
すべてを捨ててやった人に、瞑想の神様は微笑んでくれるのです。

もしあなたが瞑想の神様(まあ、お釈迦様でもいいです。)だったならば、不埒な意図や企みの気持ちを抱いたまま瞑想や呼吸法を行う人間を引き上げようとするでしょうか?
より逆方向の気持ちを味あわせて、その考えがいかにまずいか思い知らせることでしょう。

私もさんざん神様やお釈迦様にいじめられてきました(笑)

覚醒瞑想やトランス呼吸法による絶対的安心感

さて、脳内麻薬物質がA10神経を刺激してくれた時、私は怖いものはなくなる感覚になります。
なぜそうなるのか、私自身哲学者のごとく考えた結果、心地良い脳内麻薬に包まれたからだという結論に至りました。

おそらく、お母さんの子宮にいた時、一番安心感を得ていたはずです(母体が不安を感じていたら、その限りではありません。)
そうです、まるで子宮にいる時のような感覚なのでしょうね。
これが私の思い至った真理の1つであり、この安心感が、頑張れる自分を作ってくれていると思います。

中途半端に瞑想をやる危険性

もう一つ、注意点を書きたいと思います。
安心感どころか、瞑想を独力でやって、不安感がひどくなった人がたくさんいます。
瞑想の危険性は、瞑想のすごさを説く者にとって、ちゃんと書いておかなければならないと思います。

瞑想をやるからには、不安感がなくなり、安心感と多幸感の中にひたれるようになるまでやるべきです。
途中であきらめないでください。
道に迷ったら、自力でも追求に見切りをつけて、最終目的である心の平穏を目指して、専門家の力を借りることも大事です。

私もそのための力になりますし、相談に乗っています。 

自己破産する医師たち 地に足をつける必要性と瞑想

医師は社会性がない人が多い

瞑想では自分を深く知ることができます。自分が何者か悟れます。
そんな話です。

医師といえばお金を稼げると思われるかもしれませんが、実は結構シビアです。
一番自己破産する職業の対極にいると思われるかもしれませんが、かなり多いです。

原因は気が大きくなったり、自分という存在を勘違いして金遣いが荒くなったり、不動産投資に失敗したり、開業するときの借金が返せなくなるなど、社会性が欠如したためです。
私の周りにも不動産投資を薦められて、その口車に乗ってしまったあげくに、借金だけが残った医師が二人います。

普通の社会人ならば、眉に唾をつけて聞く『うまい話』でも、ついつい乗せられてしまうのです。
不動産を売りつける側からしたら、カモに思われているので、注意しなくてはいけません。

学校の教師もそうですが、医師ももっともっと社会性と社会経験を身につけないといけないと思います。
地に足がついていない「先生」は、人を導いたり救えたりできないのですから。

騙されてメンタルがぼろぼろになっていった外科医

5e7840a103229f3db18206554f5938b9[1]私の知人の借金漬けになってしまった外科医は、それは大変な腕の持ち主で、ゴッドハンドといっていいくらい腕の良さを誇っていました。
しかし手術でいくら神技を有しているとはいっても、次第に借金苦で生気が顔から消えていったのは残念でした。

心技体、すべてにおいて揃っていなければ、手術の腕も落ちるのだと思いました。
彼は、以前のような腕の持ち主ではなくなり、黄金の手もブロンズハンドあたりに落ちていました。

アルコールにも依存するようになり、しかも安酒をあおるようになり、仲間にたかったり、病院内でも厄介者扱いされるようになったことは、とても残念です。

この話をしたのは、地に足をつける、つまり自分を知らなくてはいけないということです。
そこで瞑想が大事になってきます。

マインドフルネス、瞑想、心を知ることの重要性

人生は思い通りにいかない事は、誰でも知っていますが、一部の増長した医師は、全て思い通りに行くぐらいになってしまいます。
その人に瞑想、マインドフルネスをやらしてみたいのです。
きっと、うまくいかないで、はじめて自分がいちばん思い通りにいかないことに気づけると思います。
(しっかり長く瞑想に取り組んだらですが。すぐやめてしまって気づけないのがオチでしょう)

自信は生きる上で必要不可欠なことだと私も思いますが、うぬぼれが入っている自信は身を滅ぼします。
瞑想は、ちょうど中庸を教えてくれます。

知識だけでは伸びしろの限界がすぐ来てしまう

医師は忙しい人が多く、社会性を身につけることができない状況にありますが、毎日瞑想を10分でもいいからやってほしいと思います。
社会性がなくても、自分を知ることができたら、その人は社会性がある人よりも魅力的になっていくと思います。

人間には知識では限界があります。
患者さんと向き合うにも、たしかに医師は知識を誰よりも持っていますが、そんなことは当たり前です。
しかし、本当にいい治療ができる医師は、知識だけに頼っていません。
感性や感覚や人間性など、総合的な力が必要です。 

医師は変人が多い。スピリチュアルにはまる医師仲間

医師は変人の宝庫


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お医者さんといえども、一人の生身の人間です。
悩んだり、傷ついたり、仕事が面倒くさくなったり、患者さんにムカついたり、愛人を作ったり、ストーカーをしたり、何ら他の人と変わりありません。

私の知る限り変人率は多いと思います。
社会的常識がないといいますか、当たり前にできていることができません。

高校生の時代から一生懸命医学部に入るために勉強し、大学では6年間過ごし、研修医として2年、その後も一人前になるために、社会的常識を得られる機会がないまま大人になってしまいます。

とても社会的にウブな存在で、結構悪質なセールスに騙されている人も多いです。
特に高額な買い物、不動産関係で口八丁手八丁で騙されて、不動産投資に大失敗する人を私はよく知っています。

ただし、医師の名誉のために言っていますが、社会性もあり常識もある立派な尊敬すべき人は他くさんいます。
私はというと、瞑想や精神世界に心を誰よりも惹かれてしまうことからも、ちょっと変わっていると思っています。

低レベルなスピリチュアルにはまっていく医師(本人は真剣)

瞑想はスピリチュアルの一種なのかもしれませんが、もっと先に「いっちゃった」医師仲間がいます。
どうも病院で何度も霊的な存在(お化けではありません)に出会ってしまって、そこから独自に研究が始まったそうです。

私もその話を興味深く聞いていましたが、霊感はないほうなので、仲間の話についていけなくなりました。
でも彼はすごく真面目で純粋でした。
おそらく、彼が体感したものに真実味を与える出来事が何回もあったのだと思います。

私も自分の体感した感覚をとても大事にして生きていますので、もし霊感があったり、霊的なものを信じるタイプだったら、騙されずに気をつけて生きていたほうが良かったでしょう。
彼はそういうタイプの人間だったために、自分をなくしていき、遂には消息不明になってしまいました。

医療現場には医学知識ではとらえられないことも多い?

臨死体験をした患者さんが、180°人生観が変わったり、霊的なスピリチュアリズムに目覚めていく話を私は現場でもよく聞いています。
いずれにしても、体感や体験はその人に決定的な影響を与えるということでしょうね。

スピリチュアル、オカルト方面にいってしまった彼には純粋さ故の危うさがありました。
自分で調べて自分の世界でスピリチュアル、オカルトを追求し、納得するのならばいいものを、スピリチュアル的な占いにはまってしまったのです。

占いは女性がはまるものという思い込みがあった私は、何度か忠告してやめさせようとしましたが、完全に洗脳されてしまったようです。
他の医師仲間も手をつくしたものの、彼の心に響かず、次第に皆彼から離れて行きました。

怪しげなスピリチュアルに注意

芸能人にも良くある洗脳騒動と似た構図です。
彼は、洗脳され続け、地方病院で医師をしながら、どんどんオカルト方面に傾倒して行ったようです。
かなりスピリチュアル占い師にお金を費やしたと聞いています。

その後どうなったか詳しくわかりません。
かなり借金を抱えて、遂にはその占い師に縁を切られたと聞いています。

金の切れ目が縁の切れ目なのでしょうか。
その時、彼は自立できたのか、また占い師などの依存先を探しているのか、今の私にはわかりません。

幸せを求めるために、自分探しのためにスピリチュアルにハマってしまう人も多いことは理解できます。
しかし、それらは低レベルなものばかりで、それにお金と時間を奪われてしまうことは避けなければなりません。
それはすなわち、不幸せなことなのですから。 

悟りと気づきと直感と圧倒的な感覚体感と心の闇 覚醒瞑想体験

真理を掴めたものは、自分に対する絶対感にいい意味で支配されます。
しかし、どんな一生懸命勉強しても、本を読んでも真理をつかめるものではありません。
瞑想をやることで到達する道もありますが、私自身の体験から、非効率的な逆に道に迷ってしまう危険性(瞑想の罠)の高い方法でもあるので、あんまり期待してはいけないと思います。this-is-spiritual-enlightenment-mind-sky

真理を掴むということは、知恵、知識、理性を超えた第六感的な世界、絶対的な感覚の世界に入ることが必須です。
それは直感の世界で、そこで悟ったり、気づきを得た人だけが、はるか高みを目指すことができます。
同時に悩みや苦しみから解放され、脳が覚醒状態に入れます。
この時の清々しさ、生まれ変わった、再生できた喜びといったらありませんでした。

しかし、圧倒的・絶対的感覚の世界は、体験した人にしか想像できません
一億回理屈を積み重ねようとしても、一つの深いすごい感覚に勝てないのです。

私たちの生きる世界は、全て体感です。
それ以外の得られたものは、ただの知識です。
幸福に生きる上では、はっきりいって役に立たない代物なのです。

知識をいくら積み重ねても、自分の内面に革命が起きたこと、覚醒したことがありますか?
私にはありませんでした。

まあたしかに本を読んで知識を得る喜びがありますが、それすら感動体験があるからこそ、一生ものの智慧になり、宝物になります。
書いていることにいちいち「なるほど!」 と納得するということも感動という名の体感であり、その数が多いほど、どんどん脳が吸収してくれるのです。

私が医師になれたのも、やはり人間の身体や心に非常に興味を持ち、その仕組み、働きを知ること一つ一つ感動を覚えたわけです。
私の大好きな祖父が、名医によって命が救われた時の感動が、それを加速させました。
また医師になりたい! という子供の時の夢が消えなかったのも、医者が登場する映画やテレビドラマ、漫画を通して、私の心が感動体験で満ち溢れたからです。
医大に入るためにあんまり好きではなかった科目に一生懸命取り組めたのも、その原初体験があったからだと思っています。

ただし感覚は、悪い方面にも存在しています。
もし人が感動といった明るい方面ではなく、暗く沈んだ恐怖と不安の世界で過ごしたら、今後の世界もそれで満たされて生きねばならないのです。
いくら抜け出るために努力したとしても、知識の世界でもがいて終わるのがオチだと思います。

心の闇はまことに厄介です。
心の闇から生み出されるすべてのものはネガティブなものです。
焦って瞑想をやっても、落ち着くどころか、より焦りが加速してしまう危険性があります。
だから、中途半端に瞑想をしてしまうと、ネガティブを増幅させるだけに終わるのです。 

だからこそ、どうしようもない悪循環を壊すために、圧倒的な感覚体験が必要になるわけです。
感覚は一生消えません
脳が覚えてくれています。
良くも悪くもです。

トラウマは、一生その人の人生を決定づけるぐらい半永久的に、その人を苦しめます。
トラウマは決して自然に消えてくれません。
向精神薬をいくら飲んでも、カウンセリングを受けても、精神療法を受けても、ずっと存在し続けます。
その間トラウマに支配された人生は、喜びも感動も少なく、悪い思考に取り憑かれていきます。
悪い感覚だけに支配され、二度と自由で幸福感を得られることはなくなっていきます。

自殺者が年間3万人を超えてしまうその原因も、精神的な病みがほとんどです。
それぐらい追いつめられていってしまいます。
それは苦しむためだけに生きているようなものです。
自殺まで行かなくても、生き地獄を味わうことしかできないまま生きざるを得ない人が多くいます。

一方で、愛情をたくさん受けて育った子供は、何か実態のない自信に包まれて、不安をあまり感じず生きることができます。
その感覚は、何も子供時代、思春期時代だけで決定づけられるわけではありません。
大の大人になっても、それまでの感覚をリセットしたり、上書きできたり、組み替えることができるのです。

そこで絶対的な超越した、第六感、いや第七感を味わったのならば、それまでの悪い体感もリセットできるようになるわけです。
人には、理性や理屈では決して解決できない手強い問題があります。

そして、逆にますます状況を悪化させてしまうことを、思い知っている人もいるでしょう。
私もそんなことの繰り返しだったので、いかに私たち人間が素晴らしいと思っている知恵など、人生の大きな問題の前では無力であることをわかっているつもりです。

しかし、第六感を伴った時の直感は、すべてを飛び越えてくれます。
生きる上での悩み解決もアイデンティティも真理も悟りも

そして、そこで得た真理は決して自分自身の懐疑心でも人から否定されようとも、打ち壊されることはありません。
そんな脆いものではありません。
その真理が自分の中で積み重なっていくと、絶対的な強さを獲得できます。

私が超瞑想状態の凄さを何度も述べるのも、ただ体感がすごいからではなく、限界のない世界がそこを出発点として始まるからです。

ただの体感ならば麻薬でもやればいいのです。
しかし、それでは悟りは開けません。
ただのジャンキーです。
一時的な逃避と快楽の果てには、最悪の闇と苦しみが襲ってきます。

しかも、薬物の類(医師の処方する薬や危険ドラッグ、麻薬)は、身体慣れていってしまい、同じ効果を出すには量を増やすしかありません。
それは依存と廃人をもたらします。 


自分の中の真理をつかんだものは、どんなに大金を出しても獲られない宝物になるでしょう。
私はいま、その消失しない宝物を心の中に抱えて生きています。
超越的な、覚醒した脳の状態のすごさを味わった人だけが見られる絶景を、私はいま見ています。

覚醒瞑想を一人でも多くの人が味わうこと、それが私の願い

私は究極といえる超瞑想状態を味わってから、このすばらしさとすごさを一人でも多くの瞑想や精神の世界に興味を持つ人に伝えたくてウズウズしています。
その一つにブログでの表現活動もその一貫です。

大きなお世話かと思われるかもしれませんが、このブログを通して岩波先生誘導による覚醒瞑想状態を味わった人が、感謝のメールを私にくれます。
その内容は要約すると──

・教えてくれてありがとうございます
・常識が一変しました
・こんな世界があるなんて思っても見ませんでした
・本当にすごかったです。今もそのすごさをまざまざと覚えています
・今まで自分がやってきた瞑想が子供だましに思えました
・今も信じられないけれど、信じられます

こんな感じです。

そのメールをいただくと、やっぱり私も嬉しいですし、どうせこの世界に興味をもったのならば、本物をやったほうが絶対いいに決まっています。
人生は限られており、無駄なことをしている時間はないはずですから。
光陰矢のごとしです。
自力では限界がかならず来る瞑想の壁を、一気に突破しましょう。

私も本物に出会うまではけっこうな無駄足を踏んでいるので、後に続く人たちには、その思いをしてほしくないです。
人間が真の能力を目覚めさせるためには、普通のことをやっていたのではまず無理です。
人智を超えたものだからこそ、自分を変え時代を変えることができるのです。
今まで瞑想をやってきて成果を得られなければ、今後も得られることはありません。
それはそれまで瞑想で失敗をしてきているからです。
失敗の経験値からやりつづけたら、やるごとに失敗と自信の喪失と自己不信をもたらします

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ブログ以外でも、私は何人か岩波先生の存在を教えました。
知り合いでテレビにも出ることもあるカリスマ医師が瞑想の世界に興味を持っていると知り、岩波先生の存在と評判ぶりを教えたことがありました。
まあ、カリスマ医師と言っても、本人はただテレビ番組がそう紹介しているだけと言っています。
テレビに出る医師は、みなカリスマにも名医にもなれると本人も笑っています。

それはさておき、彼はやはりとても感動していました。
想像を絶する本物のカリスマに出会えたと言うくらい、岩波先生のことを人間的にも気に入っていますし、その神技を尊敬しています。
瞑想を私ほどやっていない彼ですら、自分の絶対的体感から、これは別格だと悟るぐらいの段違さなのです。
実感が桁違いすぎるのです。

最初はびっくりしていて、とても信じられないようでしたが。
サクラを雇っていて、ヤラセをしているとてっきり思っていたそうです(皆そう思うものですが)
しかし、みな嘘偽りのない現実に岩波先生が起こせる世界です。
瞑想を少しでもかじった人は、人生最大の感動が待っています。

人間にとって、実感、これがすべてです。
悟りも実感です。
感動もやはり実感です。
感じること、それは人間の最も重要なファクターなのです。

岩波先生の脳覚醒誘導技術は、私達を一瞬のうちに『強烈な実感の世界』に入れ込んでくれます。
受けた人が皆口をそろえて、感動の言葉を発するのも、理性の世界を超えた、究極の実感の世界だからです。
どんなに頑張っても味わえない世界に簡単に入れるからこそ、驚くし感動するのです。

私のように瞑想で苦労してきた人間でも、まったくの瞑想初心者であっても、その絶対的体感の前にはひたすら驚き感動するしかありませんでした。
全生命の歓喜の歌が全身に流れるほど、生まれて初めての最高の感覚です。

私が紹介した「カリスマ名医」の彼はかなり冷静な人間です。
自分が実感していないことは信じないという信念を強烈に持っている人間です。
瞑想やスピリチュアルなことに興味を持ちつつも、その実信じていないような男です。
これは本人も後で言っていたことです。

だから、彼は超瞑想状態というべき脳覚醒状態を味わった時、すべてわかったと思います。
本物に今触れている、という究極の実感が実際にあるのだから。

彼もこれは誰かに知らせたいと言っていました。
私も彼も、岩波先生が最も気軽に脳覚醒技術を人々に提供してくれたらと何度も話し合いました。
脳覚醒瞑想プログラムなどの料金システムでは、その入口ですごそうでも受けることをあきらめている人は多いでしょう。

ただ、誰でも体験できるようになってしまうと、岩波先生の負担がかなりのものとなるからしょうがないかとも思います。
先生もゆくゆくは選ばれし者だけが受けられるようにしてく意向のようです。

一般に広く先生の奇跡の技術が広まるのがいいのか、VIPだけが受けられ、秘伝となっていくのがいいのか、それは私にもわかりかねます。
でも、VIPにもかなり受けがいいことは容易に想像つきますし、岩波先生が長く元気に動き続けられるためにも、今の忙しい状態から脱出した方がいいかなとも思うのです。

健康体の塊のような先生ですが、やはり年も年ですし、先生の現役期間が長ければ長いほど、それだけ救われる人がいるということなのだから。

完全に限定される前に、ぜひ岩波先生の脳覚醒技術で、己の脳に革命を起こしてください。
体験してがっかりということは決してないのだから。
そして、一人でも多くの人が、自分の可能性の限界を打ち破るきっかけにならんことを。

ある意味40万円で、日本の岩波先生のいるところでしか体験できない瞑想状態に何十回にも入れ、その後も自力瞑想の効果もあがることになるのならば、安いと思います。

うまくいかない瞑想や瞑想をしようと思った動機のせいで、多くの時間を無駄にしてしまった人は、脳覚醒技術を受けないままだと、一生後悔することになると思います。

覚醒瞑想状態が深まれば深まるほど疲労を感じなくなる

瞑想の効果の大きな柱の一つに、疲労しにくい体とストレスを受け流せる心になれるということがあります。
私も医師という職業柄忙しい時は寝る時間もなくなるときがあります。
平均睡眠時間が人の3分の1の時期がずっと続いていました。
そんな時にやっていてよかったのが、瞑想法であり呼吸法でした。

いくら瞑想を追求していても、私達は社会人であり労働をしなくてはいけません。
山奥に引き篭もる仙人のように、時間が有り余っているわけではないのです。
日々労働をし、その対価としてお金をもらいます。
この社会活動を無視しては、現代の瞑想は決して語れません

岩波先生の著作に書いてありましたが、あくまでも私達は現実社会の厳しい状況の中で「悟り的気づき」を得なくてはいけないのです。
一生懸命働いて、心と脳に瞑想で栄養を与え、また一生懸命働くためのエネルギーを貯蔵する。
その中で瞑想や呼吸法の質を深めていくこと、現代社会ではそれしかないと思います。

そこで大きなアドバンテージとなるのが、劇的な威力を持つ瞑想法(あるいは呼吸法)による疲労軽減効果です。
瞑想はうまくいった時、睡眠の疲労回復よりもはるかに上質なリラックス効果を与えてくれて、すっかり頭が冴えて体も軽くなり、次へのモチベーションが湧いてくるものなのです。

睡眠は寝てしまえば、心地よさなど感じていないし、いい睡眠ができたと感じるのは、目覚めの質によってです。
しかし、私が日々味わっている超瞑想状態、覚醒瞑想状態に入った時、睡眠をはるかに深い次元で超えた極上のリラックス感、変性意識状態を、ちゃんと実感しつつ、その中でまどろみ、その効果に自分でも凄いと驚きながらも、ちゃんと味わえているのです。

これ以上の安心感と心地よさと凄みに包まれた瞑想状態に入れるようになってから、睡眠時間の長短や医師としての過酷労働への将来への不安は無くなっていったのです。

最初は瞑想をしても呼吸法をしても、疲労感はとれません。
それにリラックスしようと瞑想をすると、普段激務で体が硬くなっている人はリラックスの感覚が寄ってこないものです。
遠くにその感覚を置いてけぼりにしてしまったがゆえにです。

記憶は上書きされます。
かつて幸せな感覚に包まれ生きてきた人でも、つらい時期が長いと、幸福感を思い出せなくなってしまいます
脳はそれでも、その深い位置に幸福感の記憶を貯めこんでいます。
しかし、決して脳から失われることはないとは言っても、それを再生できなくなれば、日々生きていく上では無いものと同じです。
だから、中途半端に瞑想法や呼吸法をしても、脳の奥深くの扉は解き放たれないのです。

またリラックスを求める心にリラックスはやってこない性質もあります。
追い求めれば逃げる厄介な感覚の性質と特徴であるがゆえにです。

ここで最初多くの人が挫折するでしょう。
効果が上がらないことをやり続けることほど苦痛はないからです。

しかし、それでもやり続けた人が見える景色があります。
まずはリラックスすること、疲労回復することを諦めてください。
あと瞑想や呼吸法中にぎりぎりまで眠らないようにしてください。
結果が出なくてもやりつづけること、それだけです。

これはバカにならないと到達できない世界です。
中途半端に利口で、少しでも得をしようと知恵を働かせる人ほどバカな結果に終わり、見返りを求めずバカになって取り組めた人ほど、どんな利口な人が頑張っても到達できない高みに行けるのです。

これができた人だけが、睡眠以上の疲労回復力が瞑想・呼吸法によってもたらされることになります。
こすっからい考えで取り組んではいけないということです。
心地良いまどろみの世界は、求めない努力ができた人にだけ訪れます。

もしなかなか効果が上がらず焦っている人は、一回効果をあげようという考えを捨ててください
そこは覚悟や器量が必要になりますが、せっかく瞑想、呼吸法をやっているのだから、そのすごい効果を味わえるまでやらないともったいないことです。
時間は二度と取り戻せないのですから、一度頭を突っ込んだ以上前に進むしかないのです。

この効果を感じなくてもやり続けた人のみ、ちょっとした瞑想、呼吸法で疲労感がとれる魔法使いになれます。
私もある時に20分ほどの瞑想をしていたら、一週間の激務の疲れがスーッと抜け出た軽い体の感覚を味わいました。
あれほど頭が重く眠たく考えも散漫になっていたのに、体と脳の軽さを実感してからはじめて私は瞑想の威力に感動しました。

岩波先生はたった数分で深い眠りに入り、簡単に疲労を取ることができるといいます。
また仕事場から外に出て、違う空気を吸っただけで、それまでの疲労感を吹っ飛ばせるそうです。
その一端を私も味わうことができ、とても自信になりました。
少しでも先生の域に近づけたことが嬉しかったものです。

けっして諦めてはダメです。
瞑想の世界に興味をもったからには、武器にしなくてはもったいないのです。
心は武器にできます。
この武器で私達は流れが早い社会という大河を渡りきって行かなくてはいけないのです。

この疲労をいつでも回復できるという私の自信は、医学的見地から言っても健康にも大きな好影響を与えてくれています。
昔ストレスからか医者の不養生的な血液検査の結果に私は悩んでいました。
医師としてこれはどうしたものかと。

しかし、疲労回復術を身につけてからは、ストレスもうまく受け流すことができるようになり、そこから血液検査の数値は非常に良好になっています。
ぜひ武器にしてください!

瞑想をやるからには、精神的健康だけじゃなく、身体的健康も獲得しましょう。
精神的不健康は身体的病気を作り、体の不調がますます心を病ませていきます。
悪循環を断ち切らないと、どんなに頑張っても、もっとひどい症状が出ていきます。

今やっている瞑想は本物の瞑想か? 瞑想をやり続けたら未来を失う

今多くの人がやっている瞑想、それは確かに瞑想であるのですが、ゴールに到達するためのパワーを与えてくれるほど威力ある瞑想法なのでしょうか?

瞑想と言っても、どの状態が瞑想状態なのか、人それぞれ定義があり千差万別です。
これは催眠状態も同じことで、どこからが催眠状態といえるのか、あるいは変性意識状態といえるのか、はっきりと決めつけられません。

そのあやふやなファジーな状態が瞑想の魅力と言ったら魅力です。
あんまり瞑想に定義付けは私自身好ましく思いません。
理ではかれないのが瞑想の魅力なのですから。
そして主観でどう感じたかが重要です。

ただし、そこに瞑想の罠があります。
いくらやり続けても、心に何かがっちりしたものがつきささらないのに、それでも挑戦してしまう魅力と魔力が瞑想にはあるのです。
だから、人生に無駄な時間を作ってしまうのです。
もしかしたら、瞑想をやっていなかったほうが時間を有意義に使えたのかもしれません。
瞑想をし続けても、これでいいのかという思いだけでやり続けたら、やる意味がありません。

今やっている瞑想法で得られる瞑想状態が実に大したことがないものであっても、他人がどれほどの瞑想状態に入っているか比べることができません。
二人を横に並べて、どちらが深く瞑想状態(変性意識状態)に入っているかは、まぶたの上からの二人の目の動きをみれば、私でも判別できます。

しかし、違う場所、違う時間で、私のほうが深く入れた、いや私の方こそ! という比較に決着を着けることは実に難しい。
まるで魚釣りで、実物がないのにどちらが大きかったなどと言い争う釣り人のようです。

ここで一つ言えることは、私の経験から、座禅を組んだり何なりして入れる瞑想の深さは実は大したことはないということです。
いや、比べられないのが瞑想だといったじゃないか!と言われるかもしれませんが、私が経験した岩波先生の脳覚醒技術による瞑想状態(トランス状態)のほうが、とんでもない体感を得られるのです。
それは体感されれば瞬時にわかりますが、その圧倒的瞑想体験が、いかに従来の瞑想に入る方法が威力不足か悟ると思います。

エンドルフィン、セロトニン、ドーパミンなどの脳内麻薬は普通の瞑想法でもうまくいけばちょっと出てくれます。
その心地よさといったらありませんが、岩波先生の技術では、ほとばしった感覚になります。
恍惚感と感激の極みと一生味わっていたいとんでもない感覚になれます。

生きる勇気も湧き出し、その気持ち良い脳内麻薬がどんどん泉のように出てくれるのです。
その人の体の硬さや防衛本能の強弱により、その余韻の長さは変わっていますが、一瞬にして従来の瞑想で得られる感覚の1000倍は超えていると実感できるでしょう。

1000倍というのはあくまで主観なので、100倍と表現する人もいれば、100万倍という人もいます。
ともかく圧倒的に違う瞑想体験なわけです。
そこまで脳が開き動くと、今まで気づけなかったことに気づけるようになります。
先生の言う悟り的気づきの段階に入れます。

それは自己肯定感を運んでくれます。
そして覚悟も身につけさせてくれます。
今まで大きく感じていたことも小さく、悩みを作り出していた出来事も遠くに感じることができます。
これらは実際に私が感じたことです。
いかなる時でも、余裕のある人間になれるのです。

岩波先生が瞬間瞑想と名づけているのも、一瞬に瞑想で10年以上修行をしても難しい瞑想体験に至るからですが、現実的時間は一瞬ですが、本人が(私が)感じている時間は1日寝ていたような、人によっては30年寝ていた感覚にまで、時間的観念がずれてしまうのです。
脳は時間的感覚を超越するということをまさに実感できます。
十年雑念と己自身と闘いながら得られてもまだ満足できない瞑想状態が、ほんの短時間でそれも本人の感覚では10年、20年と感じてしまう瞑想状態です。

いままであなたがやってきた瞑想法、これからやる瞑想法は、そこまであなたをもたらしてくれるものでしょうか?
そうなれる自信がありますか?
それによって、大きく人生を花開かせることが確実にできていますか?

瞑想による脳栄養学 いいイメージと悪いイメージと脳への影響5

私達が生きているのは栄養を体内に取り込んでいるからです。
この飽食の時代、栄養過多で逆に人は病んでいる皮肉な時代を私達は生きています。

当然、脳にも当たり前のように栄養は届いて、まともに私達は考え感じることができているわけです。

ただし岩波先生の脳覚醒プログラム(脳覚醒瞑想)ではちょっと違っています。
より深く超瞑想状態を味わうためには、お腹を満杯にして参加しないように言われてましたが、ハングリーな方が脳がより深く作動するようです。
実際にお腹がパンパンの時と、朝から食事を取らず昼飯も取らずに参加した時とでは、はっきりとした深さの質の差が感じられました。

とはいってもプログラム参加前に食事を取らないほうがいいわけであって、栄養は結局は大事なものです。
要はハングリーなギラギラした精神状態のほうが、短期的に大きな力を出せるわけです。
脳に栄養を与える、どちらにしても必要なことでしょう。

ここから本題に入りましょう。
脳への栄養と言っても、何も栄養学の範疇で言われている一般的概念の栄養だけではありません。
人間には『』があります。
幸福感、愛、一体感などは、まさに脳に最高の栄養を与えてくれるものです。

しかし愛や幸せや感動を感じられない脳は病んでいきます。
脳内ホルモンバランスが崩れ、理由なき倦怠感、イライラ感、不安感、恐怖感、焦燥感、抑うつ感に苛まれ、食事や漢方でいくら脳に栄養を与えても、焼け石に水になってしまうのです。

これが常態化するとうつ病になり、日常生活もままならなく、毎日が死にたい感情におそわれ、ますます脳に精神的栄養が行き届かなくなる最悪の流れに入っていくのです。
瞑想をやる多くの割合で、うつ病までいかなくとも、この脳に精神的栄養が届いていないことに何処かで感じている人が占めていると思います。
いつの間にか人生が思い通りにいかず、脳力もなかなか発揮できず、妙に重いものを抱えて生きざるを得なくなり、こんなはずではなかったという人が瞑想に救いを求めている現実があります。

そして瞑想が、脳に栄養を与えられる方法なのです。
瞑想がうまくハマった時の安らぎ、あるいは高揚感、あるいは一体感、あるいは宇宙的体感などは、確実に脳に栄養を与えてくれます。
このストレスだらけの世知辛い世の中で疲弊している脳に、極上の栄養を補充してくれるのです。

ただし、瞑想はそう甘くはありません
うまくことが進むなどほとんどないのです。
逆にうまく進んだからこそ、不安とあせりと恐怖に苦しめられてしまう危険性もあります。
さらにやれば、それらの悪い感情も抜け出ていってくれますが、やれば瞑想が深まるものでもないため、悪い感情を味わっただけに終わる可能性もあります。

しかし、瞑想の可能性(脳への栄養補充)を知っているからこそ、効果が少ししか感じられなくてもやり続けてしまうのです。

問題は脳に栄養を十分に与えらえるかということです。
これがなかなか難しく、瞑想で心が安らいだとしても、辛く苦しい現実社会ですぐその効果などすり減っていくわけで、これも焼け石に水となってしまうでしょう。

そこで覚醒瞑想状態の出番です(私が以前から超瞑想状態と言ってきたものです)。
まず100倍、いや信じられないでしょうが、実際の感覚で1000倍も瞑想がうまくいった時の幸福感や愛に包まれた感覚を味わえます。
その時の感動といったら言葉にできませんし、文章にすること自体野暮なくらいです。

それだけで日常の疲れもすべて吹っ飛ぶぐらいの脳への精神的栄養が補充されますが、さらにものすごく感覚が深い中での最高のリラックス状態、まどろみ状態がしばらく続きます。
インパクトプラス余韻の長さを味わうことで、疲れもストレスも日々の悩みも未来への不安も全部なくなった安心しきった世界に身を置けるのです。

まさに無の世界でありながら、しっかりと異常に心地良い感覚を得られるのです。
そして、モチベーションの急激な上昇と、「私はなんでもできる、私しか成し得ないことがある、それをやれるのだ、できる!」といったような絶対感がむくむくと湧いてきます。
幸福感だけじゃなく、野心や夢といった前向きに走るための栄養も覚醒瞑想で補充できるのです。
これでは脳に悪いわけがないのです!

最近、精神的栄養を脳に与えていますか?
逆に、悪いストレスや抑圧しか与えたまま生きていませんか?

脅威の覚醒瞑想=超瞑想状態の絶大な効果 医師もびっくりの覚醒効果5

岩波先生の書いている(述べている)文章を拝見した所、私の言う超瞑想状態を先生は『覚醒瞑想状態』『脳覚醒状態』『トランス状態』などと表現しています。
ですので、私もそういう表現に統一していきたいと思います。

覚醒瞑想状態───まさにそのとおり。
普通の瞑想状態で変性意識状態には入れた深さを1とすると、覚醒瞑想状態は100を超えているとまさに実感します。
しかもそこから100の10倍、さらに10倍とどんどん深まっていくことがすごすぎます。

それを繰り返していくと、脳と魂は必ずや覚醒するでしょう。
それが可能なのは大げさじゃなく世界広しといえども岩波さんしかいないでしょう。

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思えば我々医師は患者さんと向き合う時に、最終的にはお薬を出します。
その薬の中には、人の精神に強い影響を与えるものがあります。
いま巷で騒がれている脱法ドラッグや危険ドラッグまがいの薬もあり、医師のもとしっかり服用しないといけない薬も意外なほど多いのです。
しかもそれらが簡単に手に入ってしまいます。

まあ医療問題や薬害問題について、私がここであれこれ述べるつもりは毛頭ありませんが、一種の麻薬的な薬(もちろん合法です)が人の精神や神経に与える悪影響(短期的には効果がある)は知っておいて損はないと思います。
その時、服用した人の精神はちょっと歪むというか、悪い意味で意識が変容していきます。
外部から無理やり投入した麻薬効果は、一時的に人を寛解に導いてくれるとはいえ、長い目で見ると人生を灰色に変えてしまう苦悩の薬となってしまいます。

さて私がここから強いいいたいことが、そういう麻薬的な副作用がある薬に頼らずとも、エンドルフィンなどの脳内麻薬を出し、しかも副作用もなく、もっといいことに私達の脳に無限の可能性を与える方法があるということです。
深く瞑想状態に入れた時、その人の脳にはプラスの効果がある神経伝達物質が放出され、脳や心に悪影響を与える神経伝達物質の放出が制限されます。
いわゆる脳内麻薬が流れでてくれるのです。

だからこそ心地良く、日常の流れと別次元の精神世界・脳世界の中で己も世界も見つめなおすことができます。
プチ覚醒みたいな状態でしょう。
瞑想の凄さは、それが薬にもなんにも頼らず、自分の力で創れることなのです。
しかし、いくら凄いと言っても、そこに至らずば意味が無いのは、さんざん瞑想を続けてきた人ならば納得すると思います。

岩波先生の脳覚醒技術は、非常に特殊で、オリジナリティあふれるテクニックですが、これも何の薬の力を使わずに先生の腕一本と我々という存在だけで、ありえない脳内麻薬の世界に入れます。
それは瞑想の比ではない陶酔の世界です。
そして強烈な世界です。
そのまどろんだ状態は至福の時です。

何よりも副作用が全くなく、逆に頭が冴えます。
心に余裕が出てきます。
私達を普段縛っている枷から解き放たれた自由さを獲得できます。
これらは私が実際に体験したことです。
医師としての立場と瞑想をやり続けた視点から見ても、ありえない信じがたいことなのです。

この世の中にこんな技術とそれを可能ならしめる天才がいたことはラッキーです。
瞑想をずっと続けてきて、効果を感じられるのかどうか疑り深くなった人でも、その固定観念が瞬時に崩壊するでしょう。
その体感が、これらが真実だったと悟ることでしょう。

私は医師でありながら、おそらく精神的なストレスのせいか、体の不調が続いていました。
もちろん働けるぐらいのうっすらとした不調でしたが、岩波さんの脳覚醒状態に入り、超瞑想状態を家でも引っ張り出すことができるようになってからは、その不調が嘘のように良くなりました。

かつてのストレスが私の脳に多大な損害を与え続けていたのが、脳内麻薬というすべてを癒してくれる効果でストレスから解放され、また脳覚醒状態で入れたプラス暗示(あるいはマイナス処理)の力によって、ストレスを感じにくくなったのです。

いまでは私は脳内麻薬をけっこうコントロールできるようになり、何が起きてもたくましく生きられる自信を得られたと思います。
瞑想をやるからにはそこまで武器としないといけません。
しかしおどろくべきことは、麻薬を使わずによくここまで脳の原始レベルにあるスイッチを押す技術を独自に、何も使わず腕一本で可能ならしめたということです。


うつ病では薬害問題が進行しています。本来飲むべきではなかった患者さんに抗うつ剤が大量に出されています。そういうことに関しても、岩波先生の技術は根本から薬なしに原因処理できる技術だと思います。

瞬間瞑想とは? 岩波先生の誘導する覚醒脳への道 瞑想で自信を失う危険性

瞑想は時間の積み重ねで、ある深い状態に進化していく。
こういう常識があると思います。
しかし、人間の脳というものは時間の積み重ねよりも、その体感の深さを非常に重視しています。

もし時間を費やせば、いつか瞑想状態が最高の体感をもたらしてくれると思っていたならば、その時は来ないものだと思ってください。
多くの人が、それで時間を潰し、それならば瞑想なんかに心を奪わわれなければよかったと思っています。
成果が得られないまま瞑想をずっと続けてしまうということは、瞑想への不信を産み、何よりも自分自身への幻滅と自信喪失をもたらします
瞑想は素晴らしいですが、怖いものでもあります。

さて、脳は時間よりも体感を重視するとはどういうことでしょうか?
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そのわかりやすい例が、命にかかわる事故にあった時、一瞬にして走馬灯のように人生が脳裏を横切るという体験です。
その一瞬に人生すべてが見える、これこそが脳の凄みと神秘性と可能性を表していると思います。

ちなみに岩波先生はアラスカで飛行機事故で雪原に不時着する際に、一瞬い人生の走馬灯をパッと見たそうです。
そのときのエピソードでとても興味深い別の話を先生から聞きましたが、ここで発表することではないので伏せておきますが、そのどれもが人の脳のすごさを教えてくれるものでした。

どうも長い間瞑想修行をしても、次のステージに行けないなと悩んでいる人がいると思います。
それでも時間を重ねて修行すれば、もしや?と思って続けていることでしょう。

その根気強さには敬服しますが、瞑想は苦痛の末に得られるものではないということをまず言いたいと思います。
たしかに修験道などは自分の肉体と精神をギリギリにまで追い込むことによって、悟りに近づこうとするものです。
そして確かに苦行の末に得られるものは大きいです。

しかし、それすらも脳内では麻薬が出ています。
そういう神経伝達物質に包まれているからこそ、様々な神秘体験、奇跡体験を私達は味わえます。
どちらにせよ、非常に心地よい感覚にいずれは包まれるわけです。
ランナーズ・ハイもそうです。
あれだけ苦しい思いをしているマラソンランナーも最後は素晴らしい精神状態に入り、また走りたくなるのです。

人はそういう見返りがあるからこそ、次を追い求めます。
ただし、前回ブログに書いた通り、見返りを得るためには見返りを求める自分を捨てることが大事です。

話が少々それてしまいましたが、脳は一瞬にして、時間を積み重ね、苦行を経た末に得られる感覚体験に入れるということを述べたいのです。

岩波先生の誘導する脳覚醒技術、トランス誘導技術と言われるものは、ほんの数秒ではるかに深くはるかに高い凄みとまどろみの入り混じった感覚に入れます。
その感動と凄さの体感は多くの人が述べていることですが、とにかくすごいものです。
奇跡の体験といっていいものですが、残念ながらそれを簡単に誘導できる人は世界広しと言っても岩波先生だけだと思います。

何だこれは!
やばい!
すごい!
・・・・(声にならない)

こういう声が多いです。
かく言う私も言葉にならない凄さと感動を味わい、その後に訪れる極上のまどろみといったらありません。
しかも、そんなすごい状態に一瞬で入れます。

人間の脳のどこをどうやったらそうなるのか、岩波先生は感覚的に把握しています。
どこをどう説明すればいいかわからないが、こうすればこうなるだろうということを感覚的に知っています。
だからこそ天才、脳の魔術師と呼ばれる所以(A社の伝説的なS.ジョブズ氏も生前、岩波先生の技術を受けたいと希望したそうです)なのでしょうが、先生の作る瞬間瞑想は、永遠瞑想修行をした末に得られる脳内神秘体験の遥か上を行っています。

そんなことはありえないと思われる人もいるでしょう。
体験すれば私の言っていることを把握できるでしょうが、今は雲をつかむ話のようだと思います。
常識を捨ててください。
常識は固定観念であり、そこで留まっていたら、高いステージに上ることはないでしょう。
常識と固定観念と『私』という枠を破壊してください。

以前にも話ししましたが、瞬間瞑想で得た脳内神秘体験を一生脳は覚えています。
そして、毎回更新されていきます。
前回と全く違う感覚を味わえます。
しかもレベルアップをして。
それで得られた土台からさらに超瞑想状態は進化していきます。

時間を重ねて得られた成果はたしかに尊いものですが、常識を一度覆す体験をしてみてください。
瞑想の定義も人間の脳のすごさもはっきりわかることだと思います。

捨てろ! 小賢しい知恵を使う者に真の瞑想状態は訪れない

深い瞑想状態に入れない人やスランプに陥った人は必ず原因があります。
修行が足りないからか?
それは確かにそうでしょう。
しかし成功体験(瞑想状態に入ること)が逆に瞑想の進化を遠ざけてしまう危険性があるのです。

だから、瞑想はとても難しく、道に迷いやすいのです。
そして、瞑想をやっていなかったら、別のことでいくらでも時間を有効利用できたのに、無駄に浪費していくのです。
瞑想をやった分だけ機会損失が発生してしまうことになります。

そして、もっと怖いのが、瞑想で挫折したことで、自分の内面を根本的に変化/改善させる手段を失ってしまうことです。
それなら、まだ瞑想に夢や希望を抱いていた時期のほうが良かったかもしれません。
なおさら、何故瞑想に入れないのか気づくことが大事になってきます。


『意図、スケベ根性、願望、知恵、理性、自意識』は、瞑想の障害となります。
小賢しい知恵ほど感覚を閉ざし、より雑念だけが増幅してしまうのです。
しかし、これらをなくした人間は逆に人間味がない。

では、非人間的になることが瞑想の達人への道なのか?
それは否です。
私達は山奥に篭もりっきりで生きて入られません。
仙人生活は現実的にできません。
私も医師という職業がありますし、様々な良くも悪くも人間的、社会的な生活にどっぷり使っています。

では、どう折り合いをつけたらいいのでしょう?
別に小細工を使って知恵を使ってもあれこれ考えて瞑想をやってもいいと思います。
『だって人間だもの』というわけです。
しかし、そこからが肝心です。

そういう下手な思考、小賢しい知恵を使って瞑想を深めようという自分に気づくことです。
そして呆れてください。
これじゃダメだと。
そして認め受け入れた上で瞑想を続けましょう。

そこからが真の瞑想の出発地点に立てます。
そして捨ててください。
何もないものを最初から捨てることはできません。
知恵、理性、小細工、意図、スケベ根性、見返りを求める心は起きても構いません。
そういう人間だから瞑想に興味を持っているとも言えるのですから。

そしてしっかりそれらを持つ私自身を認識して、よく岩波先生が言われる言葉を借りれば「どうでもいい、それがどうした、いくらでも(雑念など)かかってこいよ、それで俺はいくぞ、かってになってろ」という気持ちになること。
それが一番の超瞑想状態への近道です。

これも気づくことです。
また小賢しい知恵を使ってしまっておる俺がいるなと気づく。
そして捨ててください。

この繰り返しです。
これができれば、更に次の高い段階に足を踏み入れることができます。
しかし、ここで気づかないと一生同じ場所を行ったり来たりで、時々ホームランを打つけれど、アベレージの低い凡打者になるか、鳴かず飛ばずで瞑想自体が苦痛になってフェードアウトしてしまいます。

人はどうしても近道をしてしまいます。
それが小賢しい知恵、スケベ根性につながります。
どうしても意図が入って、むりやり瞑想状態に入ろうとしてしまうのです。
それが思考も脳も体も硬直化させて、窮屈な状態で瞑想を行うようになってしまう。
しまいには焦りと不安に飲み込まれてしまいます。

つまり『捨てる』ことができるものが真に拾いものがある人になれると思います。
捨てることは、体からも心からも重荷がなくなることにつながります。
一番理想な超瞑想状態に自分で入れる形になれます。


先に成功体験が瞑想を遠ざけてしまうことについて書きましたが、それについて述べていきたいと思います。
一度捨てることができて、瞑想を深く味わえます。
瞑想の素晴らしさを体験し、今までやってきたことの見返りを存分に味わえるでしょう。
それが次なる失敗の始まりです。
これを今後ずっと維持しようとしてしまいます。

私達はどこまで行っても煩悩たっぷり人間ですから成功体験に味をしめて、次やった時はもっと深く入ってやろうとしてしまいます。
あるいはもっと楽に入ってやろうとしてしまいます。
スケベ根性です。
そして意図を持って取り組んでしまうことになります。
いつの間にかそうなっている自分に気づかず、小賢しい知恵を使ってしまっているのです。

私達が瞑想をやるということは多分に意図を含んでいます。
願望も欲望もあるからやります。
これは消せない事実です。
欲望にとらわれている自分が嫌で、そこから抜け出すためにやる人もいますが、結局はそれも願望であり欲望です。
この矛盾の堂々巡りから抜け出すには、『捨てられる』人間になることです。

断捨離というものが一時流行りましたが、人生全てにおいて重要な事だと思います。
知恵も理性も捨てられる人間こそが、岩波先生の仰る本当の理性と知恵を発揮できる人間になれるでしょう。
知恵も理性も限界がありますが、捨てられる人間には限界はないのです。


これらは私がずっと瞑想がうまくいかなかった原因でもあります。
そこからつかめたことです。
瞑想で人生を大きくロスしないために、私の経験を活用してください。

なぜ瞑想に惹かれ瞑想をやるのか? 生きる意味を問う

私が瞑想法や潜在意識や潜在能力に興味を持った理由

なぜ人は瞑想をやるのか?

なぜ私は瞑想に興味を持ち、瞑想に執着してやり続けてきたのだろう?
ふと、時間ができた時考えたことがありました。

おそらく私は自分の能力のこれっぽっちも使ってはいないのではないか?
こう思い至りました。
だからこそ、私の眠れる潜在能力を知りたくて瞑想に関心をもつようになったのだろう、と。

幸い医師という希望の職業につくことができました。
金銭的にも余裕が無いわけではありません。
老後の心配もあんまりしていません。
そういう意味では、それなりに恵まれた人生かもしれません。

が、満足かと入ったら満足でもありません。
人生をそこそこ楽しんでいたと言えますが、もっと「何かあるだろう、あるはずだ」とどこかで感じながら生きています。

もっと自分の眠る潜在能力を発揮できるはず

私にもコンプレックスはたくさんあります。
人間関係のしがらみにも縛られて生きています。
自分だけじゃなく家族のことについての悩みもあります。
仕事ももっと何かできるはずだと思っています。

時々マンネリ化していないか、惰性に陥っていないかと不安になったりもします。
このまま無駄に時が過ぎていくことへの恐怖感もあります。
すぐに時間は過ぎ去っていて、私は何も成し遂げていないという焦りも出てきたりしました。

本当に私は自分の人生を生きているのだろうか?
一度の人生をこのまま無難に生きていて後悔をしないのだろうか?
虚しさをいずれは感じないだろうか?

満ち足りているのかもしれないが何かが足りない

禅の教えの1つに「あなたが今満ち足りていることを知りなさい」という言葉があります。
そう考えれば私は満ち足りていて幸せなのだろう、とも思います。
散歩の時、道端に咲く花を見て、ふと心が和んだ時、「ああ、幸せだな」と思うことだってあります。

しかし!
何かが足りないのです。足りなかったのです。

もっと私の情動と魂を全開にして生きなくてはいけないのだろうと。
瞑想をやっている分際で、禅の教えから外れることは大変おかしいですが、半人前なのだからまあしょうがない(笑)

しかし、私がまだあまりやり遂げていないことを追求しないことは、私の生命への冒涜なのではないか?
やらない後悔よりもやって後悔した方がいいに決まっている。
その結果私が「満ち足りていることを知る」事ができればいいと思っています。

まだまだその時ではないということです。
何も瞑想は禅だけの専売特許でもありませんし。

私の潜在意識に眠っているもの、そして潜在能力

たしかに私の中にはなにか可能性が埋まっている。
しかしどうやってその可能性を引っ張り出せばいいか術がない。
いや、ある。それは瞑想だと期待しました(しかし、そう甘くはなかったのですが)。

私が瞑想をやるのはただの気休めではなく、生きる意味とつながっている、と改めて気付かされました。
私の脳みその何かが作動すれば怖いものはもうない、不安になることも何もないと信じています。
私の追求は終わりません。

みなさんも、このまま人生が続いていっていいのかという不安を持っていると思います。
果たして満ち足りた人生だと本当に思えるのかというと、断言できない人が圧倒的に多いでしょう。

従来の瞑想法では心を満足させるには弱いと思う

しかし、私は瞑想がそれを救ってくれるほど甘くはないと思います。

人生がうまくいかないのと同じように、瞑想はもっと難しいものかもしれません。
だからこそ、心が惹かれてしまうのですが、瞑想の罠にはまって人生に迷いを増やすことだけはしないようにしてください。

そのために私のブログがお役に立つことができたら幸いと思います。 

超瞑想状態の体感記述 瞑想とは静謐だけに終わらない

瞑想とは静謐なもの、という誤解があると思います。
しかし、決して静謐なもので終わるのではなく、とてもダイナミックなものだと思ってください。
ダイナミックの中の静謐、静謐の中のダイナミックさという相反する2つの要素が、脳の中でグルグル渦巻いている状態です。

これは体感した人ならわかることだと思います。
脳が最も動いている瞬間こそが超瞑想状態ですし、脳が覚醒しているのです。

もしかしたら、普通の人が瞑想状態を味わっていると思っている体感の度合いは、リラックス感を超えたリラックス感のなかでまどろむ、といった感じかもしれません。
それも一種の広義の瞑想状態だと思いますが、人の心や未来を変えるほどのパワーはありません。
普段の意識の流れとは明らかに違う体感だとは思いますし、すばらしい体験だと思います。

しかし、それで人生の何が変わったでしょうか?
疲れがとれた、それぐらいだと思います。
それも次のステップに進むには重要なことなのですが。
殆どの人は、瞑想をやり続けても、そのレベルで終わってしまいます。

瞑想は決して静謐でも、ただのリラックスでも、変性意識状態を味わうことでもありません。
もっと情動的な魂が打ち震える感覚でなければならないと思います。
言葉にならないその感覚、ひたすら「すごい、すごい」としか思えない感覚、この時脳の扉が開きます

それは時間の概念を飛び越えます。
あらゆる気づきが発見されます。
気づこうとしなくても、何か真理に到達するのです。

真理なんてものは、それだけでは食べていけないものですが、やっぱり真理に到達した人は、達観したものを得ることができます。
迷いからの脱却であったり、信念であったり、覚悟であったり、様々でしょう。
人それぞれの置かれている状況や趣向によって違ってきます。
しかし、その人にとって、決定的瞬間で、非常に尊いものです。

私も真理の気づきに何度も直面しました。
その時の心の穏やかさこそが、静謐でした。
同時な心、スーッと穏やかな心、何かから解放された安心感、そして静かにみなぎる充実感。

瞑想の応えにあるものが静謐なのであり、瞑想そのものは静謐でもないのです。
それはまだほんの初期段階にすぎません。
真の超瞑想状態こそ、静謐を飛び越え、それをも含んだダイナミックさがあるのです。

超瞑想状態や脳覚醒状態の体感についてはいくらでも書けます。
これからも文章化することが難しい上で、書いていきたいと考えております。
しかし、私が体感したことは、同じ超瞑想状態を経験している人なら、必ずわかってもらえると思います。

瞑想をやっているからには、ぜひそこまで到達して欲しいと思っています。
私も一人で頑張っても頑張っても、そこまで到達できませんでした。
もし脳覚醒技術に出会えなかったら、私は瞑想にとても大事な時間を浪費し、その割に何にも獲得できない最悪な結果になっていたと思います。 

瞑想がうまくいかない理由 瞑想がうまくいく方法5

普段から理性を使う仕事をしていたり、感覚的になれない人ほど、瞑想をやるときに早くにぶち当たります。

・理性と知恵と思考

・感覚

この2つは対極の存在です。

瞑想は上の3つを捨てることが大事です。
さもないと、超瞑想状態どころか、瞑想状態の入り口にも届きません。
イライラ、ソワソワの落ち着きの無さを発生させることでしょう。
そうなったら、焦りが入り、ますます入れなくなっていくのです。
焦りは感覚を鈍らせ、マイナスの感覚を増幅させ、さらに打ち消せないほどの雑念を襲わせてきます。

瞑想は焦りと対極に行くべきものなのに、焦りを呼び込んでしまったら何の意味もありません。
せっかくの素晴らしい瞑想が、逆にあなたを不安と焦燥感に駆り立てる毒となるのです。
だから、瞑想は危険だと私が常々言うのも、そういう罠があるからです。
まして、心の底にずっと抑圧してきて抱えてきたものがある場合(トラウマや悪い感情の塊)、その扉を大きく開いてしまい、日常生活までコンディションが悪化し続ける危険性があるのです。

私も理性を使う部分が多い仕事です。
私にかぎらず、芸術家やスポーツ選手じゃない限り皆さんそうでしょう。
だから、瞑想をする時、いきなり理性を捨てろなんて言われてもやり方がわからないのです。

しかし、感覚の比重が高まれば、理性の比重は少なくなります
今持っている理性なんてすぐには捨てられっこありません。
だから、感覚を大事にする人間になってください。
あとは想像力が大事になります。

しかし常に思考と知恵ばかり脳みそを使っている人ほど、知らず知らず想像力が欠如しています。
また体が固い人ほど、想像力がないのです。
遊びが少ない人ほど、感覚が死んでいっています。
子供の心が無くなっていった人ほど、瞑想ができなくなるということです。
固定観念の塊の人ほど、感じることができなくなっています

そんな人は、当然生きづらさを感じやすいため、瞑想をはじめやすいのです。
だから、瞑想をどんなにやってもうまくいかないのは当たり前です。
必ず理性を使って理性を消そうとしてしまう
感じることが大事だといっても、ピンと来ないのです。
また馬鹿になることがなかなかできないないため、すぐ見返りを求めてしまう。

瞑想は見返りを求めたら、必ず意図とは別の無残な結果に終わります。
瞑想がうまくいかない人は、そういう理由があります。
瞑想をやるってことは、自分の残酷な部分を見つめなくてはいけない。
そして、それを消化したり乗り越えるためにやるものです。
中途半端になって、瞑想をやっただけ苦しむことになったら大変です。
それだけは避けなければなりません。

このジレンマを突破する方法は、とにかく瞑想を行う時間を増やし、知恵と思考に囚われ、雑念に邪魔されながらもやり続けることです。
これによって、いかに邪魔で無駄なものか悟ることです。
食傷気味になるぐらいにです。
ただし、気づかなければ中途半端になって、やっただけ無駄になります。

瞑想においても、より良く生きるためにも、それらが有効ではなく、本当に大切なのは感じること、想像することだとはっきり気づくことができたら、いままでの無駄だと思える瞑想もとても意味があるものに変わります。
そして、無駄をたくさんしてでも瞑想をやるのだ! ということは、すなわち『馬鹿になる』ことです。
つまり、理性を少しは捨てられていることでもあります。

それが感覚としてつかめた人は、超瞑想状態に入れる人でしょう。
私もたくさんのそういう経験をしたからこそ、いまは感覚的になれますし、理性や意図を捨てることができます。
だから、変な思考にとらわれることがなくなりました。

もう一つ、先に圧倒的な感覚体験を脳に味合わせる方法です。
これが一番直接的で、簡単で、最高の方法でした。
これは私の先生の岩波さんしかできないことで、圧倒的な脳の感覚体験=超瞑想状態・脳覚醒状態から、瞑想や呼吸法をやるときに引っ張りだして、自力で瞑想状態に入る方法です。

圧倒的な感覚体験は、どんな人間でも思考で凝り固まっている人でも、思い出すことができます。
再生しやすいため、眼を閉じて、あの時はどんな感覚だったのか、ちょっと想像すると、脳からじわじわとあの時に近い感覚が蘇ってくるのです。
もちろん、体が柔らかく想像力のある人ほど、再生能力が高いわけですが、どんな人でも思い出すことぐらいはできます。
しかし、しっかりと岩波先生から言われる訓練はやっておいたほうがいいです。
やるとやらないとでは大違いですから。

どちらにせよ、自分の思考や理性、意図を、はるかに超えることができないない限り、瞑想は成功しません。
残酷なくらい、自分という存在が壁に感じることでしょう。
しかし、自分を乗り越えられなくして、真の未来はやって来ないと思います。

瞑想に失敗すると、自分の壁を誰よりも高く意識してしまう結果に終わります。
そうなったら、乗り越えることをあきらめるしかありません。
不可能に思ってしまうからです。
それでは、せっかく瞑想をやり続けた意味がありません。 

脳は必ず感覚を忘れない 超瞑想状態になるコツとマイナスの感覚の恐怖5

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五感と瞑想と想像力

脳は必ず、とある感覚をいつまでも覚えています。
これは瞑想と精神世界の深みを追求する者にとって、利用しない手はありません。

「とある感覚」、これはどんな感覚なのだろうか?
五感と密接に結びついた感覚といっていいと思います。

何も非日常にだけ起こる感覚ではなく、生きていれば当たり前に味わってきた感覚です。

プルースト効果と潜在意識の記憶

その例として、思春期の男の人ならよくわかると思うのですが、部屋ではじめてHな雑誌を読んだ時の興奮、AVビデオを見た時の感覚は、例えば嗅覚と非常に密接に思い出すことができたりします。

あのとき、どんな感じの「匂い」だったのか、目を閉じて思い浮かべるだけで、あの時の感覚が蘇ったりします。
あの古き良き青春時代のドキドキ感を味わえたりするのです。
これは『プルースト効果』などと呼ばれています。

つまり自分にとって、決定的で絶対的な出来事は、脳は覚えているということです。
スポーツ選手なら、優勝した時の歓喜を味わっている脳は、必ずそれを覚えているはずです。

問題は、それをどうやって引っ張りだすかだけです。
引っ張りだす方法は、先ほど述べたような五感をフル活用することが大事です。
けっして知恵で導き出すことはできません

瞑想状態、それも超がつくすごい瞑想の感覚を味わえる人は、みなそれがうまい人だと私は思います。
目を閉じ、あのときのすごい感覚をフワーッと思い浮かべるだけで、そんなに時間をかけずとも、ある世界に到達することができます。

瞑想がいつまで経っても効果が上がらない理由

ただし、超すごい感覚体験を味わったことがない人は、それができません。

そこに瞑想を一人で続けて暗中模索の中頑張り続けることの、一番の欠点があります。
自分で深い瞑想状態を味わえば、次からは知恵さえ使わなければ、感覚を思い出すだけで、再び深い状態に入っていきます。

しかし、その深い瞑想状態が脳に刻み込まれるレベルには達せないのです。
だから、永遠と堂々巡りをしてしまいます。
リラックス状態では、脳はすぐ忘れてしまいます。

いい想像力があれば瞑想もなんでもうまくいく

瞑想するにあたって想像力はとても大事な要素です。
この忙しい世の中で、あまり想像力を発揮する機会はないため、意図的に訓練をした方がいいと思います。
いかに知恵を使わないか、という思考もとても大事でしょう。

できる人間は、知恵が発達しているのではなく、感覚が発達しています。
カリスマ外科医は、技術が優れているのは当たり前ですが、何より感覚が抜群に優れています。
腕があるということは、そういうことなのです。


先に強烈な脳覚醒状態から瞑想を始めれば必ずうまくいく

そこで、瞑想状態を劇的に最高のレベルまで深めるために、脳が劇的な感覚を味わうことが大事ということになります。

そこで、私の先生である岩波先生がなぜすごいのか、なぜすごく絶賛されるのかは、その劇的な感覚を脳に一瞬で味合わせることができる技術を開発したからです。
誰でも何度か脳覚醒状態といわれる深い瞑想状態に誘導されたら、名僧の瞑想状態すら上回ってしまう深さを味わえます。

ちなみに自力で瞑想の訓練を経験したきた人のほうが、より深い超瞑想状態(脳覚醒状態)に早めには入れるでしょう。
独力での瞑想自体効果がなかったとしても、心に向き合う修業をすることが、ある意味において、心の扉を開くための訓練になっているから、劇的な超瞑想状態を味わえるのです。
その無駄になってきた蓄積が、岩波先生の神技の誘導技術で引き出されます。

ただし誘導技術がないと、無駄だったことは本当に無駄で終わってしまいます。
だから、瞑想を頑張ってきた人は、壁を破るためにも先生の技術を利用したほうが絶対にいいと思います。

岩波先生のプログラムを受けている人は、その劇的感覚体験を、眼を閉じ呼吸法をするときに、いやストレッチで脳と体の緩みを引き出す作業の時でも、少し想像力を駆使して思い浮かべてください。
何もしていないより、何倍もはるかに深く瞑想状態に、自力で入れるようになります。

これが脳は感覚を忘れないという性質を利用した瞑想法です。
だから、最初に脳が覚醒した状態を味あわせることが、何よりの近道なのです。


脳は忘れない、トラウマとフラッシュバックの恐怖

逆に脳の怖さを書いておきたいと思います。
脳は忘れないという性質の怖さは、トラウマとフラッシュバックです。
その辛い記憶があるかぎり、人は幸せに生きることはできません。

何年たってもその感覚が、その人の人生を苦しめてしまいます。
理性や忘却の力や意志の力では無くすことも隠し通すこともできません。

だから、なおさら超瞑想状態でトラウマ処理とリセットをしなくてはいけないのです。
脳に強く焼き付けられた悪い出来事は、脳に強く影響をあたえることができる超瞑想状態になってはじめて処理ができて、心が悪しき出来事から解放されるのです。

瞑想の訓練をする人は、自分の脳をまずは信じてください
そして、かつて経験した強い感覚体験(もちろんプラスのものです)を知恵を使わずに、想像と五感で呼び出すことが出来れば、今の訓練は劇的に向上していくでしょう。

瞑想に深く入れるコツ。ありえないほどの瞑想状態の凄さについて

瞑想がうまくいく人は脳か体が緩んでいる人

深い深い瞑想状態に入るために、体の緩み、軽さが大きく関わってきます。
ということは、瞑想をする前にしっかりと柔軟体操やストレッチをして、体が緩むようにしてください。

身体が固いと、脳も固まり、緩みを脳が指令できなくなり、瞑想状態に浅くすら入れなくなります。
瞑想でリラックスしたいと思うけれど、リラックスしていない状態だから瞑想状態に入れないという悪循環に入り、一生かかっても瞑想で価値を得られるようになりません。
やるだけ無駄という最悪な結果に終わります。

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医師の仕事はとても激務で、体があちこち凝ります。
その時はなかなか超瞑想状態に入りにくいため、ストレッチで脳の緩みを作り、体を柔らかくしています。
固い体よりも柔らかい体にいたほうがあらゆる面においてプラスになります。
瞑想も例外ではないし、一番影響が出る分野なのかもしれません。

瞑想がうまくいかない人は不健康とも言える

体の固さは病気と密接です。

体が柔らかい人は病気になりにくい体です。

体が固いということは、それだけ思考が硬直化しています。

体が固くなると、思考がますます硬直化し、固定観念で自分の考える枠を狭めてしまいます。
つまり、瞑想を頑張っても意味が無い人になります。

瞑想に入りやすい人は、体が柔らかいか、普段固くても想像で体と脳を緩めることが出来る人です。
瞑想状態に入れないか長続きしない人は、やはり体が固く、脳も緩みを味わうことが下手すぎるのです。

つまり病気になりやすい人は瞑想がうまく生きませんし、瞑想がうまくいかないということはストレスが多く病気になりやすい人です。

瞑想の効果を一番必要とする人ほど深く入れない矛盾

瞑想を一番必要とする人は、心に平穏をもたらしたい人(悩みを解消したい人)であると思いますが、そういう人に限って体が防御反応で固くなっています
だから、一番必要な人ほど瞑想に入りにくいという皮肉な結果になるのです。


また瞑想はストレス解消や健康維持にもいいといわれるのも、瞑想の訓練を通して、脳がリラックス感を味わえるからであり、それが体の柔らかさへとつながるからです。

つまり、逆に考えれば、ストレッチをしっかりして、瞑想に入る準備をしなければいけない、ということになります。

呼吸法を通じて瞑想状態(変性意識状態)にしょっちゅう入れるようになった人は、ストレッチを飛ばしても大丈夫だと思いますが、体が固いと落ち着くものも落ち着かなくなるため、やったほうがスムーズに入れます。ストレッチといっても、ラジオ体操みたいなものではなくて、もっと脳に緩みを味あわせるためのストレッチです。

トランスストレッチ法

岩波先生の教えるトランスストレッチ法が一番理にかなっているので、それを教わった人はそれをやりましょう。
独力ですとどうしても迷いやすいので、指導を受けてください。
もちろんのこと、しっかり脳に味あわせ緩みを焼き付かせて、眼を閉じたり呼吸法をした時に、いつでも引っ張り出せるくらいに訓練しておきましょう。

コツは、ストレッチで伸ばした時に負荷がかかった部位を、眼を閉じて感じつつ、ゆっくりとストレッチを緩めた時、その解放感を脳で味わうことです。

想像力豊かな人は、その解放感のほかに、気持ちい思いをしている想像でもいいと思います。
瞑想が得意な人はその瞑想状態を。
トランス状態の強烈な恍惚感を味わったことがある人は、その感覚を。
(誘導技術で超瞑想状態に入れていない人は、想像ができないので無理に考えることはしないほうがいいです。逆効果になります)

瞑想もストレッチも呼吸法も脳を反応させなければ意味がない

脳が緩みを感じないことには、いくら鬼のようにストレッチを繰り返しても意味がありません
逆にその部位が過度の負荷がかかることで、疲労を起こして逆に固くなりかねません。

瞑想は脳へ訴えかけるものです。
ですので、ストレッチも脳に訴えかけなければいけません。


瞑想状態の飛距離(余韻)は、その人の体の固さと緩みによって、大きく変わってきます。
瞬間的に変性意識の感覚が終わる人は、しっかりと脳に緩みを味あわせましょう。
体が柔らかくなり、脳もしっかりとそれが刻印できた人は、自分自身の力でも想像もしないほどの深い超瞑想状態に入れるでしょう。
少なくともそのベースはしっかりと出来上がります。


小さいことの積み重ねよりも一気に深く瞑想に入ったもの勝ち

できれば、岩波先生の脳覚醒プログラムで誘導してもらえば、別の人生を送って戻ってくるような感覚、宇宙に飛んで旅をして戻ってきたような感覚、30年寝て目覚めた感覚など、常識ではあり得ない体感をするでしょう。

そうです、時間と空間を一瞬にして飛び越えてしまうのです。
その時は決して不快な感覚はありません。

もう味わった人だけの特権である「世界一の至福の体感」が、そこにあるだけです。

もっといえば、眼を閉じた時、その感覚の100分の1でも思い出して味わうことができたら、どんどんと一人で深い深い瞑想の世界に入ることができます。

それはもう坐禅や精神修行を何十年修行した偉い方々の体感を、遙か高みで超えている状態なのです。

そこまで行くためにもまずはベース作りです。
頑張って訓練をしてください。

瞑想は一人でやるものではありますが、ずっと一人でやると道を外れてしまいます。

ヘタをすると雑念地獄、不安地獄、イライラ地獄に入ってしまうので、誘導技術で脳に先に極度のリラックス感を刻みつけてからやるほうが絶対にいいと思います。 
 

瞑想の頂点を極める 究極の内面パワーを身に着ける

究極の瞑想を極める

脳の魔術師に偽りなし

脳の魔術師岩波先生の元で、私は超瞑想状態を極めるべく、プログラムに励んでいます。
圧倒的な超瞑想状態(脳覚醒状態)を味わうと、瞑想の頂点まで駆け上りたい気持ちでいっぱいになります。

至福感に満たされた感覚
を味わったら、「もういいだろう」と普通は思うのかもしれませんが、人間の脳はまだまだ至福感で終わるほど満足はできないようです。

私は岩波先生こそが、瞑想の極地に至らせてくれる最高の先生だと思います。
私だけが思っているのではなく、私の医師仲間もそうですし、大企業の経営者も先生の覚醒瞑想を受けたら虜になっているようです。

つまり本物を味あわせてくれる人ですし、世界最高の瞑想を誰であっても確実に体験できるのが、先生の技術のすごいところです。

脳覚醒技術による脳内麻薬には依存性も副作用もない

とんでもないすごい脳内麻薬を味わっているわけですが、麻薬中毒やニコチン中毒のように、脳内麻薬がないときにイライラするかというとそんなことは一切ありません。

逆に、普段から脳が満ち足りている感じがします。
そのことからも脳内麻薬には副作用がないどころから、日常への精神的・身体的持続力も半端無いということです。

従来の瞑想法のやり方ではどうしても自力では限界があります
それで頂点まで行くわけでもありません。

たしかに頂点に立っている成功者は瞑想をやっている人が多いですが、かといって瞑想をやったから頂点の位置に行っているわけではありません。
そこは注意しておいたほうがいいです。
頂点の人は瞑想をやらなくても、頂点に別の方法で到達していたでしょう。

瞑想で効果を得られない人もいる

だから、頂点の人が超越瞑想が良い、ヴィパッサナー瞑想がいい、マインドフルネスがいいと人に薦めているとはいえ、みんながああなれるわけではないのです。
ほとんどの人が、瞑想で挫折したり、パッとしないまま時間が無為に過ぎ去るのに任せていることを見ても、あまり過度の期待をしないほうがいいでしょう。

しかし、深い超瞑想状態に一気に誘導される方法では、誰でも彼らを一瞬にして超えるトランス状態を体感できます。
そこまで行って初めて、瞑想が強力な武器に変化してくれます。

瞑想が飛び抜けて深くなっていった理由

私の脳が理想の状態に誘導・開発されているため、今度は自力でも瞑想が簡単にいってくれるようになっています。
ソファーに座り、眼をほんのうっすら開けて、鼻からすって口から吐きます。
全身の力を抜いていって、脱力感を感じながら呼吸法を行なっていきます。

そうすると、次第に深い深い意識の底にくつろいでいる自分になっていきます。
どんどんと脳内麻薬が私の体を包み込んでくれます。

ストレスも簡単に解消できてしまう

それはもう心地よいなんてレベルを超えた状態です。
30分ほど呼吸をして、超瞑想状態に自分で入っていると、目を開けた時、ものすごく体も心も軽くなっているのです。

医師の仕事は忙しい時はほんとうに忙しいので、時間が10分でもあいたら、それを行うようにしています。
そんな短時間ですら、心がすっきりして、体も軽くなり、どこか私の内部からエネルギーが出てくるのがわかります。

これを突き詰めていけば、私の内面からもっと強いパワーが出ることは容易に想像できます。

瞑想の効果を実感するまでが苦難の修行

最初、瞑想をやる人は、「その先の何か」に期待してはじめると思います。
そんなに具体的にこうなる、こうやる、というものは、瞑想はひどく抽象的なものですから、想像できません。
しかし、ある程度やりこんで行ったり、超瞑想状態といえる体感をすると、はじめて「瞑想状態の可能性」に気づきます。

はっきりと予感がするのです。
この時の私のワクワク感といったらありません!

せっかく長い間この分野に興味を持って励んできたのだから、私は瞑想の頂点を目指して頑張って行きたいと思います。
多くの日本に限らず世界の有名人が瞑想に惹かれているのも、何か予感がするのでしょう。

凡人よりも誰よりも脳が開かれているからこそ、著名になる人達でしょうから(瞑想だけで大成功をおさめたわけではないのですが)。

深い瞑想状態に入るのにそんなに時間はいらない

浅い瞑想状態にしかなれず、ずっと試行錯誤している人は、時間を無駄に過ごさないためにも、誘導技術で一気に飛び越えて、超瞑想状態を味わったほうが、目的に達するのは早いと思います。
脳が開いた時、はじめて、瞑想に「興味を持ってよかった、はじめて良かった!」と、思えることでしょう。

それなしには、そんな感動を味わうにはあまりに時間がかかり過ぎます
やっと瞑想の神髄の域に達した時が、死ぬ間際だったなんてことは悲しいことですから。 

心の満たし方 心の脆さと孤独からの解放 覚醒瞑想ブログ

覚醒瞑想体験記 瞑想マニアになった理由と原因

瞑想を追求してきた一つの理由

私が人より瞑想とその果てにある成果に興味を惹かれるのも、私の中に脆さと孤独感があるからなのだと思います。
社会的成功、金銭的成功を私は一応得ることはできました。
でも、満たされない心がいつもどこかにあったことはかつて言いました。

社会的成功や金銭的成功、名誉、プライドを満たすということに、私は頑張って来ました。
その時は確かに上を向いて走っていたので、充実感はありました。
でも、その代償に何か大切な心を落としてしまったのかもしれない、と今思います。

満たされたつもりが何か違うという虚しさ

そして、成功をある程度おさめた時、何かポッカリと心に穴が空いた感覚に襲われました。
むなしさなのか、孤独感なのか。

ストレスと疲労を重ねていたので、そのせいかとも思いましたが、どうやら違う。
そこで禅や瞑想に興味を持ちました。

いや、それ以前から瞑想への興味は人よりも持っていました。
人の心の内面についてです。
その本格的追求が、その時に始まりました。

自己分析とルーツ分析

私は自己分析すると、基本的に脆い人間です。
もろいからこそ頑張ってきたとも言えます。

元々もろいから寂しさを感じます。
そして、私がいなくとも誰も困らないという虚しい思いもムクムクと生じてきました。

その寂しさは、金銭的な成功や社会的成功だけでは決して埋まるものではありません。
どんなに手を尽くしても手に入らないもの、心の空虚感を埋める、ことに私は無意識的に心惹かれていったのだと思っています。

孤独感と寂しさを感じる

以前書いたように、私の脳力を全開させるためにも瞑想に励みましたが、そもそもの私の内面に対する興味の原点は、自分自身の心の脆さ、寂しさだったんだと思います。

とはいえ、私は普段から寂しさを感じて、もろい心で生きているのではありません。
自分の脆さを知っている人が一番強いとも言えますから。

今では「私は脆いから強い人間」だという思いに至るようになりました。
これは岩波先生のアドバイスもあってそう思えたのですが、不思議と孤独感は心から消えていってくれました。

その意味では、私の心は以前よりも満ち足りている、と言えそうです。

現在は、何か心のなかに確固とした芯がある感じです。
岩波先生の脳覚醒プログラムを受けてから、劇的に短期間にその考えに至りました。
超瞑想状態の中で、すっかり私の心が洗われましたし、その上で強いエネルギーが注入された感じです。

岩波先生誘導の脳覚醒状態が深まっていくと、自動的に心の傷が埋まっていく働きがあるようです。
つまり、深い瞑想状態に入っていくほど、心の隙間が埋められていくのです。

そこが脳覚醒状態のすごいところであり、みなさんのやられる瞑想やマインドフルネスが深まったときに得られる効果です。
諦めずに続けて励んでみてください!

瞑想状態が覚醒したときの未来の明るさ

もし社会的・金銭的成功が外に向かっての成功であるならば、内側に向かっての成功は、心が充たされているかどうかによると言えなくありません。
前者だけでは必ず心で空しさを感じます。

瞑想は突き詰めれば突き詰めるほど、内面への成功につながることは間違いありません。
お金で決して買えない心の満足は、まずは深い瞑想状態から始まります。

満足がいかない心の障害となっているものの処理も可能です。
もちろん、精神力や能力の全開だって可能です。

まだまだ書き足りないほどの可能性が超瞑想状態にはあります。
心も脳もすべて超瞑想状態(脳覚醒状態)に入ることではじめて、自分がコントロール可能になります。

自分が一番の強敵になると瞑想やマインドフルネスでは言われていますが、そんな強敵も「とも」に帰ることができるのです。(北斗の拳を読んでいる人はご存知だと思います)

超瞑想状態(脳覚醒状態)で神仏に会えるか? 心の悪魔に直面しないために

岩波英知先生の作り出す脳を覚醒させる瞑想状態

脳覚醒状態の感想

鬼才岩波先生の作り出す超瞑想状態(脳覚醒状態)は、人によって様々な感想があると思います。

  • 「すごい」
  • 「すごすぎる」
  • 「やばい」
  • 「なんだこれ」
  • 「ありえない」
  • 「えっ・・・・」
  • 「・・・・・(無言。ひたすら圧倒される)」
に結局集約されると思いますが、瞑想をやる人の「神」との対話、対面、一体化はあり得るのでしょうか?
いわゆる神秘体験です。
単純に言えばありえます。

瞑想の神秘体験の感動

宗教観がない人はそれが「神」とは認識しないでしょう。
しかし、常に宗教的な思考や感受性を持っている人は、「神に出会った」「我こそは神であり、すべての存在も神」「神の愛に包まれた」など思うかもしれません。

どちらにしても、そのような『高度な気づきと発見』は、瞑想が深ければ深いほど増えてきます。

  • 悩みがある人は、悩みの対象であるモノ(あるいは人。)のことが「どうでもいい」という気づきを導き出すかもしれません。
  • 潜在能力を発揮したいと願っている人は、自分のどこが制限してしまっているのかわかるかもしれません。
  • 漠然とした不安を抱えて生きている人は、やっとその原因がわかって、一本の線でつながり、すーっと心が軽くなる経験をするかもしれません。

どの気づきと発見にしても、これは本当の幸せなことです。
神の真理に触れたり、神と触れ合う感覚はまことに至福なものです。

まさに瞑想は人の心を豊かにするものだと言えるでしょう。
人は気づきの数だけ、成長していくものだと思います。
これは老齢になっても関係ありません。

瞑想を極めたい動機は人それぞれ

岩波先生は、自分の作り出す超瞑想状態を「神様・仏様に触れる」定義付けはしていません。
神秘主義者でもありません。
宗教色のないプログラムなので、そういうものが嫌いな人でも安心できます。
受けてから別料金が必要となることも一切ありません。

ただ神と出会いたくて瞑想をやり続けてきた人でも、その感覚を否定するようなこともしないと思います。
解釈は人それぞれに委ねられています。

それが神秘体験だろうが、宇宙の真理だろうが、過去が全てわかったり、未来の自分が見える、などといったものは、受けた人の心次第です。

瞑想はあくまで自分の脳の中で起こる現象です。
その認識や感覚が人それぞれでも、その人が至福感や恍惚感を持つならば、それはそれで素晴らしいではありませんか。


そういう意味では神に出会えるかといえば否ではなく是です。
神と出会った認識がなくとも、脳の神秘性は誰でも味わえるものですから。

ただし一人で瞑想をやり続けていると、神仏と出会えるどころか、自分の心の悪魔(抑圧や心の傷)と出会ってしまう危険性はありますのでご注意ください。 

なぜ瞑想がさっぱりな私でも深い瞑想状態に入れるようになったのか?

瞑想が駄目だった医師が瞑想が得意になった方法

深い瞑想を味わえるようになった

私は未熟者ですが、それでもはるかに次元の違う瞑想状態を同じ志を持つ仲間よりも体感できています。

岩波先生が誘導してくれる瞑想状態(いわゆるトランス状態)と、自分で作り上げる瞑想状態がありますが、岩波先生誘導のトランスのすさまじさは、体験した人がたくさんの驚きと感動の手記を発表しているので、そちらにもお任せしたいと思います。
(オフィシャルにも覚醒瞑想状態の体験談が書かれてあります)
私も折があれば書いていきたいと思っています。

瞑想が急に深まった理由


なぜ私は、ずっと別の所で瞑想や座禅、内観、自律訓練法をやっても、なかなか変性意識が上達しなかったか?
それは雑念や様々な自意識に邪魔されて、それに振り回されていたからです。

では、なぜそんな私でも深い瞑想を自力で作り上げられたか?
人間技ではない技術を開発した岩波先生が脳の条件付けをしてくれたから、そのすごい体験を脳から引っ張り出すことさえすれば、よくなったからです。
まあ、引っ張り出すと言っても、これもコツがあるのですが・・・・トランス呼吸法やイメージの力とかですね。


岩波先生誘導のトランス状態を私の脳が体験することで(衝撃と感動、言ってみれば「凄み」)、次から私が呼吸法や想像に浸ることで、簡単に瞑想の回路が開いてくれるようになりました。
第二次世界大戦のアメリカ軍の対日戦略じゃないですが、飛び石作戦みたいなものです。

コツコツ瞑想をやってもたった一日で深さを更新してしまった衝撃

私のチャレンジしてきた瞑想法は、どれも一歩一歩進んでいくものです。
私のような人間は、やっと5歩進んでいても、性格や取り組みのまずさもあって、3歩後退してしまうのです。

後退のまずさを知ってしまうと、焦りが生じてしまって、遅れを取り戻そうとしてしまいました。
そうすると一進一退の攻防が続いて疲労だけが残ります。

私の知人友人仲間に聞いても、みなさん同じような体験をしていました。

そして中途半端に自分の心を覗いてしまうと、押さえつけていた悪い感情が出てきてしまし、しかもそれを処理できない最悪な状況になる可能性もあります。
ただリラックス状態に浸れればいいけれど、そういう瞑想の危険性もあります。
特に、瞑想を頑張ろうとする人は、心に抱えるものがある人が多いので気をつけなくては取り返しがつかなくなります。
それで向精神薬に依存するようになったら、何のための瞑想かわからなくなりますよね。

深い瞑想状態を味わえたらこちらのもの

脳の条件付けについて書きましたが、脳は一度体験したものを、いつまでも覚えている、ということです。
その性質を逆利用したのが、岩波先生の技術だと思います。

先生の瞑想誘導法は、最近どんどん進化していて、「え、なんでそれで?」と思えるぐらいすごいものです。
なぜ単純なこんなことで、人は一瞬に夢をみるのか? 別の世界にいってしまうのか?(すぐ戻れますのでご安心を)
おそらく技術は進化するほど、単純化していく、ということでしょう。
ピカソが、子供でもかけるような抽象画に到達したかの如く、ですね。


その岩波先生の条件付けを、私の脳が覚えてくれていることで、私は次から簡単に(というと語弊もありますが)深い瞑想トランス状態に入れるようになるわけです。
だから、飛び石作戦のように、後退することなく、ぽんぽんと上達していきました。

瞑想はすごいといえども効果のない瞑想をやってはいけない

加算の瞑想法をやっていた私が、積算の瞑想法(もしかすると二乗の瞑想法か?)をやったことで、私自身でも驚くほど深い心地よい瞑想状態に浸りきることができるようになりました。


加算の瞑想法をやっていると、脳がなかなかインパクトを感じてくれません。
脳の原始的な本能部分までおそらく届いていないのです。

だから、いつまでたっても私のような非達人は、脳が進化せず同じ所をグルグル回ってしまうだけなのでした。
人によって、もう引き返せない状況で、悪い感情だけを味わう危険性もあります。

岩波先生の人柄や理念が究極の技術を生み出せた

最後に書いておきたいことは、岩波先生は特殊な能力(超能力など)を持っているわけではないということ。
超魔術とか気功とかのたぐいではありません。
長年の研鑽と勘とデータとノウハウで、人の脳を変化させる方法を掴んでいます。

脳科学者のように理論だけの世界ではなく、かといって、超能力系でもなく、人の脳の動きにのっとって、実際にすごいすごい特殊な脳と潜在意識の世界を味あわせてくれます。
私自身、超能力、オカルトや変な宗教には興味がありません。
密教や座禅、ヨガの本を読んだりしますが、かといって信者でもありません。

また医師という職業柄、原因があるから結果がある、という考えの持ち主です。
逆に言えば、結果があるからにはその原因があると思って生きています。

しかし、脳の世界だけはどんなに研究しても、まだまだ理解が及んでいません。
だからこそ、私達人間の可能性は、脳にしかないと思っています。

だから、ずっと私は瞑想を通して、それを突き詰めたいと思っていました。
その究極系が岩波先生のもっている技術ノウハウだと思います。

早く強烈な瞑想状態に浸る方法

瞑想状態とは脳が活性化していること

前回のブログで、瞑想状態とは、脳が特殊な状態になっている、と書きました。
逆に脳が特殊な状態になっている場合、すなわち瞑想状態だったり、その入り口に立っているということでもあります。

lgf01a201310281500瞑想が深くなるために、そして「すごい」と形容するしかないトランス状態に浸るためには、脳を活性化すればよかったのです。
しかし、活性化するのを待っていたら、その時は永遠に来ません。

長い時間を費やして瞑想をしてきても、雑念や自意識、苦痛、焦りなどと結局戦う羽目に陥ったのが、私でした。

雑念や自意識が出たら最後、排除をたくらみますが、所詮騙し切れません。
哀しいことに、自分が自分に一番嘘がつけないのですね。

雑念や理性を少なくする方法

雑念をとる方法には、岩波先生の脳覚醒プログラム覚醒瞑想もあり)では、さまざまなアプローチ法がありました。
トランス呼吸法だったり、動きやリズムを使った方法であったり、ストレッチ方法であったり、と多種多様です。
その中でも、私が特に好んだ方法が、光の点滅です。

いまはLEDライトがだいぶ安くなっていて、性能も上がっていますので、光を点滅させている証明をぼんやり見ることで、どんどん自意識を取り除くことも簡単になっていると思います。

強い光だと目が潰れてしまいますので、ずっと見ていても眼に負担が来ないライトがいいです。
もし、光が強くて見ていられない場合、まぶたを閉じても大丈夫です。(でも一人では絶対にやらないでください。岩波先生の指導が不可欠です)

トランス呼吸法などと組み合わせることで、光の点滅は、ものすごい効果を発揮します。
ある一点に入り込んでいく感覚に襲われました。
外界と隔離されていて、その時に私は暗示を効いていたり、ひたすら呼吸をゆっくりしていたりするのですが、光の点滅を使わないでやるより、何倍も深く早く瞑想状態に襲われました。

どうやら光の点滅は、自意識を吸い取ってしまって、別の脳が作動する効果があるようです。
軽い変性意識状態の時に行うとなおさら初速がついて、吸い込まれていく感覚になりました。
普通の冷めている状態でやっていても、徐々に脳が何かの分泌物でくるまれていく心地よさを味わいました。

ただしてんかんの人は一人では絶対にやらないでください。
また一人でやって、中途半端な瞑想状態に入ってしまうと、押さえ込んでいた恐怖や不安や焦燥感が押し寄せてきて、それを消すこともできないまま苦しめられる可能性もあります。
だから、再度いいますが、岩波先生の指導のもとやってください。

自力瞑想ができるようになった

さて、脳がある種のインパクトを得ているため、非常に質のよい瞑想状態に入ることができます。
その時、プラス暗示を入れたり、抑圧された感情を根こそぎ解放することもできます。
まさに万能の脳になっていると思います。

雑念が邪魔で瞑想状態に入れない人は、光の点滅をつかって、取り除くことも可能です。
でも、ベースとしては雑念は、あって当たり前で、排除しないで、瞑想を続ける心構えが必要です。
光の点滅を意識せず、ただぼんやり目を向けたり、感じるだけで大丈夫です。
その時に呼吸法や暗示などを組み合わせると、そのどちらかだけやっていても、到達できない不思議な精神世界に入れることでしょう。

そして、最高に脳みそが休まります。
これ以上のリラックス方法はありません。
超激務の医師もそれで日々乗り切っているようです。

私も訓練のおかげもあって、雑念にとらわれず深く入れるようになっています。
戦ったりしない、打ち消しもしない、その中でやらせてもらう、という感じなのですが、ではまた今度で。

くれぐれもこれを読んで真似しないようにして下さい!
自力での呼吸法や瞑想が危険なことはこちらをお読み下さい。 

超瞑想状態になぜ入れるか、あなたが瞑想で結果を出せない理由

岩波英知先生の覚醒瞑想と脳覚醒状態の感想

深い瞑想状態を求める心

瞑想の可能性は果てしなく広い。
なので、瞑想に興味を持った人は、自分の目標を達するべく、深い瞑想状態を目指します。

そこから私達の心の奥で何かが開けるだろうと。
ある特殊な瞑想状態を目指して、座禅を組んだり、呼吸法をしたり、ひたすら己を見つめたり、修験道や修行、インドの苦行者のようなこともやっているかもしれません。

でも、何年経っても、ちょっと掴めたかな、ぐらいで終わっている人が私の周りでも多いです。
つまり、瞑想に入れば色々な特典がある、と言われても、実際に特典を得られる人なんて一握りです。

瞑想の現実は甘くありません

プロのお坊さんが座禅をいくらしても、浅いレベルで終わっていることが多いのが現実です。
そのレベルで『わしは開眼した!』と思うお坊さんがいたらお笑い話です。

瞑想は奥が深く迷いやすい

瞑想は下手をしたら、中途半端な瞑想状態に入ってしまうことで精神状態が悪化する危険性もあります。
(深まれば心の奥底が掃除されすっかりリセットされます。だから中途半端で終わらせることは危険なのです)

私も長い間様々な試行錯誤をしてきました。
あれもだめ、これもだめ、それならあれならどうだ? たまたまうまくいったが、どうにも壁が立ちはだかっている…
この繰り返しで、深い瞑想に入ろうとする行為自体、負担に感じました。

なぜ、うまくいった次の日にダメになるのだろう?

取り戻そうと焦れば焦るほど、泥沼にはまって行きました。
瞑想をすることすら恐怖感を持ったほどです。
一種のスランプに陥りました。

瞑想の効果を邪魔し潜在意識アクセスを邪魔する原因

こういうことは考えても解決しないものですね。
瞑想では、雑念や意図的な思考は、そのまま排除せずやることが大事ですが、いつのまにか私は考えに考えて、うまくいくための方法を模索していました。
簡単に人は罠にはまって、気づかないまま老いていくものです。

知恵という脳内の表面的な世界で追求すると、ゴールにはたどり着かないものでした。
知恵と理性、考え、思考、意図などといったものは、瞑想に何の役に立たないどころか、悪性腫瘍になるものです。

従来の瞑想法で究極の瞑想には至れない理由

従来の瞑想の方法は、一プラス一プラス一プラス・・・・と加算していって、ある意識の世界に入る方法でした。
そうやって脳みそが、様々な日常で使っていない部分が活性化して瞑想状態に入っていく、と私は認識しています。
つまり、特殊な脳みそになれば、瞑想状態に入れると言うことです。

徐々に徐々に前に進んで瞑想状態を深めていく(今となってはとても効率が悪いですね)。
理想は1が2,2が4,4が8と深まってくれることですが、至らぬ私は1が2になったら、次の日には0,5になってしまって、いくらやっても、せいぜい4の深さがいいところでした。
でも、みなさんそう簡単にいっていないようです。

一瞬で過去最高の瞑想の深さに入れさせてくれる方法

私の瞑想の師匠の岩波先生は、そういうありきたりの方法をしていません。
特殊な脳みそ=超瞑想状態、ならば、最初から特殊な脳みそを構築したら、簡単にしかも究極の瞑想状態になれるということを突き止めました。

卓越した思考や発想の転換など、常人の発想を持っていない岩波先生は、そういう意識のもと、トランス状態を究極に高める技術を何十年も開発してきたそうです。

もともと天才的な感覚的な人なので、そういう分野に執着して研究して技術を開発していけば、誰も追いつけない圧倒的な技術を開発するまでに至ったそうです。

しかも、肝が座った人なので、人がやらないことでも平気でやっていくことができ(よくできるなと医師の立場からも感心します)、今では普通の人では理解不可能な超瞑想状態を作り出せるノウハウを持っています。

現在世界最高の誘導瞑想の達人

私がこうやってブログで偉そうに書いていることは、私の体験記をのぞけば、岩波先生の受け売りが多いです。
私みたいな者が、理論を振りかざしても、岩波先生のように技術として確立できないのですが、先生は実際に成し遂げてしまっていることがすごいです。

なぜみんなトランス状態とか究極の瞑想状態を岩波先生のもとで受けて、「すごい!」「やばい!」「ありえない!」という感想ばかりなのかといいますと、特殊な脳みその状態を作り上げることがすごいからです。
岩波先生は脳がどう作動するかのスイッチを知り尽くしています

これは物理的にここを押せばそうなるといったものではなく、その人の思考の流れから脳の意識の流れまでちゃんと把握して出来る事なので、真似は決してできないなと思わせるほどです。
贔屓目なしに世界で最も脳内の深淵に迫ることができる人です。

どうやれば脳がインパクトを受けて、活性化したり、作動し始めるのか、隅々まで知っている人です。

岩波先生の誘導瞑想法の発想がすごい

いわば逆算の瞑想構築法なんですね。
スタートラインが、他がゼロから一に、そして、二、四・・・・・とどんどん深めていく方式(あくまで理論上では。)なのに対して、岩波先生のトランス誘導技術は、いきなり100に脳の状態を一瞬にして作り上げてしまいます。
100の状態は、とても特殊な脳みそになっています。様々な脳内の神経伝達物質が出まくる状態です。

体験した人なら、「あああれが!」と思うかもしれませんね。

脳内が100の状態から始まるので、すぐに200,1000、・・・・・と深まってくれます。
積算の状態で深く深く究極の瞑想状態に入っていってくれました。

極上の深い体感を脳が覚えていてくれる

脳みそは、一度体験したインパクト(100とか1000の状態)を必ず覚えています。
そして、その体感を下回ることはないのです。
瞑想状態の体感レベルがどんどん引き上げられていくのです。

麻薬をやった人間が、もう自分の脳がその味を忘れられなくて、中毒が治らないという状態があります。
これは非常に不自然なドラッグを使うから、中毒になって身も心も廃人となってしまいます。

でも、脳覚醒状態=超瞑想状態は、自分の脳みそが作り出す脳内モルヒネやエンドルフィンなので、まったく中毒性はありません(そこは心配しないで大丈夫です。非常に自然な神経伝達物質の分泌ですから)
しかも、脳が「味」を覚えていてくれます。

だから、回数を行うごとに、100が200,200が400、時には400が2000になったりします。
もう『ドラゴンボール』のサイヤ人の戦闘力状態です(笑)

一方で、私のやってきた瞑想方法は、レッドリボン軍と戦っていた時の孫悟空の戦闘力でしょうか(笑)
いやひたすらうろたえるだけの一般人の戦闘力だったかもしれません。

誰でも深い瞑想状態に一瞬で入れることが奇跡

そういう革新的な方法を使えば、誰でも!深いあり得ない瞑想状態を味わえます。
私が実際どんな人でも深い状態に入るようになっているのを見ているので、それは間違いありません。

それは雑念や理性を超えたものなので、瞑想を突き詰めたい人にとっては、語弊があるかもしれませんが、とても簡単に入ることができます。

しかし、一瞬で何十年分の座禅やヨガの訓練を超えてしまうことに、岩波先生の技術の凄さがあると思います。
特別な人間だけに許されるものではなく、誰でも入れる、これは凄いことです。

瞑想とは固定観念を捨て去ること、固定観念を捨てれば道は大きく開ける

もしかしかたら、そんなものありえない!と決め付ける人がいるかも知れません。
それまでの努力の無駄を認めたくないからです。

またある固定観念を捨て切れないからです。
でも、前に書いたように一切の固定観念を捨てることから、瞑想は始まると思います。
それがないままだと、瞑想に励んだ時間だけ、人生の貴重な時間を無駄にしていくことになります。

そんな人生は私は嫌です。
瞑想に期待をかけていただけに、瞑想に裏切られる(ひいては自分の心の裏切られる)ことはもう二度とたくさんです。

岩波先生の誘導する脳覚醒状態ってどんな瞑想状態のことか?(覚醒瞑想体験)

岩波英知先生誘導の覚醒瞑想状態とは


瞑想状態を言葉にすることは難しい

精神的な世界を言葉で表す時、雲をつかむような文章になってしまうのは、しょうがないことなのでしょうね。

深い瞑想状態が「かくかくしかじか」で「こういうものなんだよ」と書いても、おそらく瞑想状態の体験を実感としてわかっている人にしか理解できないものだと思います。
瞑想に興味があっても、まだ大きく意識の流れが変容することを味わったことがない人は、それこそ雲をつかむような話なのでしょうか。

私も、「瞑想状態とはこういう状態である」と書かれてある本や体験談を読んでも、ピンとこなかったものです。
「私でもなれるだろうか、他の人はできても私は到達できないのではないか」と自信なさげになりました。
ただ、すべて実感していないから、こんな思考になる。
これに尽きます。

ある次元に達した瞑想で人生が一変してしまう

なので、ほんとうにそんなすごいことがあるのか? と半信半疑な人は、自分でやって実感してみてください、としか言いようがありません。

しかし、絶対的なすばらしい瞑想状態(超瞑想状態・脳覚醒状態ならば驚異的に凄い)があることだけは、体験者の声として強く訴えたいと思います。
それが私のブログの趣旨ですから。

今まで瞑想や座禅やヨガ、そして呼吸法などで瞑想状態に入れた人なら、これから書く超瞑想状態について、少しはご理解頂けると思います。
ちんぷんかんぷんな人は、こういう状態になれると知るだけでも価値があると思います。
しかも誰でもなれるものであることは固く約束します。

聖者や修行僧だけがなれるものではないのです。
実感が湧かない人もいるかもしれませんが、もしその人が超瞑想状態(=トランス状態)を経験したら、すごく感動すると思います。

自分が考えている固定観念が崩壊していきます。
同時に脳の可能性、ひいてはあなたの可能性がとんでもなく広がっていることにも。
心とは精神とはいかに奥深く神秘性に溢れ、高尚なものなのかわかってしまいます。

私の深い覚醒瞑想体験

私も思い出すと、はじめて実感として強烈な意識の変容した流れを体感した時、あれほど感動したことはありません。
岩波先生の神業的な誘導技術で入れたとき、とにかくすごさと感動で、「何なんだ、これは!!」状態でした。
思考も動きもストップする無のすがすがしい世界って、本当にあるものなんですね。

無念無想に至れた人間は、ストレスが完全になくなります。
浄化されていきます。
それがとても気持ちが良いのです!

そして心地よさと感動に浸りながら、深い脳の部位が活性化していくこともわかります。
いつもの理性を使う脳の部位とは違うのです。

無の自分に至り、直感が研ぎ澄まされていく感覚

空白の後、私ははじめてのすごい瞑想体感に、子供のように、いい大人がはしゃいでしまったぐらいです。
あの時、私は子供の純粋な脳になって、まっさらな気持ちで感動していたと思います。
ああ、解放感や自由っていいものだと思えました。

同時に感覚と感情がものすごく揺り動いていました
渦巻いていたといっていいと思います

自分の想像を超えた体験をしたら、誰でもそうなると思います。

しかし、私のように瞑想や座禅、ヨガなどをかじってきた人間でもそうなるのですから、初心者がトランス状態や脳覚醒状態を体感したら、しばし呆然とするでしょう。
おそらく自分の状態に自分が一番信じられないと思います。

直感、いわゆるインスピレーションが湧いてくる感覚にも入っていきます。
自動的にこちらの努力もなしに、直感を生み出す脳が作動してくれます。

理論的に捉えたい私も究極の瞑想状態は表現が難しい

私の超瞑想状態の感覚を文字にしていきますが、「ぽかーん」となる人、「わかる!」と膝を打つ人、様々な受け止め方があると思いますが、一人の人間の感想として温かい眼で見守って下さい。

私は決して感覚一辺倒の人間ではありません。
一応理性もあり、またその限界を知っている人間でもあります。

これまで多くのことを学んできましたが、そのほとんどは本からでした。
だから、私には深い瞑想状態を経験したところで、従来の表現しかできないことがつらいです。

シュウの瞑想体験

私の超瞑想体験(脳覚醒状態)は以下の感じでした。
毎回変化するので、これがすべてではありません。また人によって感覚も表現も違ってくることを最初に書いておきます

岩波英知先生誘導の脳を覚醒させる技術について私の体を何かベールのようなものが包みこんで、どんどん意識が一点に収縮していく感じを覚えた。

そこには難しい考えも思考回路も何にもなくて、ひたすら心地よい。

私の内部の中の意識の流れと外界が完全にわけ隔てられて、外界の雑音、騒音すらも心地よい。

次第に手や足の感覚、お尻の感覚もなくなっていき、体がふわふわ浮いた状態になった。

眠るよりも非常に心地よい状態で、しかも意識はある。

しかし自意識や雑念といった重たい嫌な「意識」ではなく、無意識が有利の状態なのだろうか、ひたすら感じる脳みそが優位になっている。

感情も非常に沸き立ち、しかし嫌な感情はない。

心地よすぎて、おそらく外から見た私は、幸せ満面な浸りきっている顔になっていることだろう。

泣こうと思えば泣ける状態でもある。

いつも感情を抑え込んで人間は理性を使って生きているけれど、その時の私には理性はなく、すべてが高度に調和していた。

しばらくその超瞑想状態に浸っていると、もう何もかも動きたくない状態が増した。

しかし、めんどくさいから動きたくないのではなく、あまりの心地よさを味わいたいから動きたくないのだ。

どんどん心地よい感覚に浸っていると、ますます脳内モルヒネ、エンドルフィンなどがますますベールに包んでくれる。

静かだが、意識の流れはダイナミックな感じがしたり、体のパーツに意識を向けると、キリのようなふわーと分散していく感覚になったり、体が落ちていく心地よさを味わったり、ベロベロに気持ちよさに打ちのめされる。

リラックス感はゆっくりと流れていると思うかもしれないが、強烈な力強さを持ったリラックス感だ。

それがどんどん私に注ぎ込まれる感じだった。


これは岩波先生のみ作り出せる脳覚醒状態やトランス状態の感想です。
(こちらに脳覚醒プログラムを受けた人の体験記が掲載されています)

一番直近の感覚体験を描写してみました。
呼吸法の訓練や思考の流れの訓練を励めば、誰でもいけます。

自己暗示の力と呼吸法

ちなみに岩波先生は呼吸法の達人でもあり、トランス呼吸法と自己暗示で(痛くないという暗示かな)、麻酔なしで顎の骨を削ったことがあるそうです。脱帽です。
いくらその道の達人だとしても、自らチャレンジするなんて、すごすぎます。

痛くなかったそうです。
麻酔医泣かせですね。
執刀医も執刀医です。
いくら、岩波先生が「やってほしい」と言っても、よくやれたなと思います。

が、通われている人で深いトランス体感をした人は、少なからずそれができるようになるそうです。
私もできるよと言われました。

それにしても、自らチャレンジしてみるなんて、岩波先生は豪傑ですね。
そういう肝の座った人だからこそ、あのような技術を開発できたのでしょう。

岩波先生の脳覚醒技術と言われるものは、神業の次元に達しています。
人間技を超えています。

私も自己暗示をかけられるようになっている

今の私なら想像できます。
なぜなら脳内モルヒネやエンドルフィンが出て着る状態は、本当に痛いという感覚すら鈍ってしまうのですから。どんなにつねられても(試してみました)、私でも平気でした。
だから、超瞑想状態を自分でつくることができたら、無限の可能性があるということですね。
本当に可能です。

みなさんも麻酔なしの手術にチャンレンジしてみましょう(笑)
自己暗示の力は偉大なのです。
私もいつかはチャレンジしてみたい。

オペ患として。
しかし、患者さんに麻酔の暗示を変えて、麻酔薬なしに手術できれば、麻酔医はいらなくなりますね(笑)

誘導瞑想法で深い潜在意識・無意識の世界に短期で到達する方法5

医学を超える世界

00831-450x337瞑想の一つの目的に、潜在意識・無意識のレベルに己を到達させるというものがあります。
私も内面世界である、深い深い深い潜在意識・無意識の世界に強く惹かれていました。

医学部に入り、研修医になり、医師として経験を積めば積むほど、その医学を超えた世界に心惹かれるようになっていったのです。
私の周りにも多くの人が瞑想や精神的な内面の世界に興味を持っています。

人間の最も秘められた世界がそこにあり、いまの医学では計り知れない『何か』がある
潜在意識や無意識、第六感と言われる世界に、好奇心が高まっていったのです。

瞑想と潜在意識の理想と現実のギャップ

しかしそういう神秘的な世界があるとは言っても、実際に自分がそこに身をおくことなど非常に難しいことでした。
私にかぎらず、生半可なことでは誰であっても深い潜在意識のレベルには到達できません
瞑想のプロでも、偉いお坊さん(『神秘と魅惑の瞑想トランスへようこそ』お坊さんのブログ)でもなかなかできません。

私は、本当の瞑想状態の歓びを知るまでにかなり長い間かかりました。
まして岩波先生誘導の脳覚醒状態やトランス状態など想像もつかないことで、そんなものがあるなんて実際経験していない私には、雲をつかむような話だったのです。

瞑想は本当に甘くはない

とても瞑想は難しいものです。
それは雑念と自意識とイライラと焦りと不安との戦いです。
いや肉体的にも腰痛、背中のハリ、肩のこり、首の疲れ、足の痺れとの戦いです。
すべてのことが邪魔をしてきます。

それで瞑想が失敗した人はたくさんいますし、中途半端に瞑想状態に入り、心の悪い部分を覗いてコンディションが悪化し続けていった人も山ほどいます。
瞑想は中途半端でやってはいけないものです。

瞑想の世界に憧れる人はたくさんいますが、ほとんど挫折しているのは、それだけ難しいからです。
努力の割に見返りが得られないからです。

しかし、見返りを求めると瞑想は成立できません
雑念を排除しようと頑張れ頑張るほど、雑念にとらわれます。
周りがうるさければ静かな環境で瞑想を行うけれど、今度は鈴虫の鳴き声ですら邪魔になります。

人の心は厄介です。
心を中途半端にのぞきこめば、もっと厄介な目に遭います。

人生最高の瞑想体感と感動

しかし、脳は一度経験した絶対的感覚を忘れない性質があります。
私が瞑想の『求めれば求められず、求めないから求められる』矛盾を一気に突破できたのは、岩波先生の誘導瞑想技術でした。

岩波先生の作り出す【超瞑想状態、脳覚醒状態、トランス状態】と言われているものは、人外のような圧倒的絶対的な感覚です。
あらゆる理性も思考も日常的感覚もはるかに飛び越えた、私には宇宙的、根源的奇跡体感としか表現できません。

だから、脳はそれを記憶し、私が瞑想状態に入ろうとする時に、すぐに再生させてくれました。
自力での瞑想没入にもとても役立ちました。

瞑想の達人も歯が立たない

岩波先生は高名な人で、無意識、潜在意識の分野では知る人ぞ知る存在です。
プロの瞑想の達人でも衝撃を受けて、かつ、それ以上に感動すると言われる岩波先生の作り込む超瞑想状態は、容易に瞬時に瞑想体感をはるかに超えて誰でも経験できるものです。
だから心配いりません。

これは100%に近い数字だと思います。
先生もこれに関して常に研究していますし、天才的で鋭い人ですから、深い瞑想状態に入るための「脳のスイッチ」といわれるものを見つけ出しています。

私も先生と出会ってはじめて、自己の中に圧倒的な本能の強さや感情的抑圧のすごさ、どんどん湧き出てくるインスピレーションの力があることを発見できたのです。
これはいくら専門書を読み込んでも、50年瞑想に励んでも、私にも到達できない深さでした。

岩波先生だけが極度に深い瞑想状態に入るスイッチを知っています。

実際の体感に勝るものはない

それは理性や知恵では何万年かかっても到達できない、直感(インスピレーション)の世界です。
感覚オンリーの、それでいて無の世界でもある、とんでもない感動を運んでくれる精神状態でした(ちょっと意味不明でごめんなさい。体感した人ならわかりますよね)。
ここまでは、岩波先生のプログラム(脳覚醒プログラムや心理脳内プログラムなど)で近いうちに到達できることと思います。

それから先にあるもっと深い世界に到達するためには、さらに訓練が必要になるでしょう。
そこまで行かなくても、その世界の入り口ですら、人生でこれ以上の感動は私にはありませんでした
これ以上にもっと深まるってありえないだろう? と思えるものでも、次やると軽々と更新してしまう。

ここまで脳がすごいことになると医学知識は役立たない

ここにいたって、私は脳の無限性と可能性をはじめて実感できました。
医学知識では推し量れない世界に私はやっと到達できたのです。
それがとても嬉しかったです。

権威のある脳科学者が「脳は無限の可能性を秘めている」と言っても、その人が実際に心から感じ取って言っているのかというと、ちょっと疑問ですよね。
言葉だけだと思います。

体験に勝るものはありません。
私がブログに書くのもその体験をしたからです。
それも超越したものを体感することができましたから。

この誘導瞑想技術を体験しない人は後悔する

私は医師という職業柄、肉体について詳しいです。
でも、あくまで肉体的、器質的、内臓的反応に関することであって、脳内の出来事や無意識レベルに起こる内的体験に関しては、わかりようがありません。
どんな精密な顕微鏡でも見えないものですから。
だから、私はますます超瞑想体験、脳覚醒体験に惹かれているのでしょう。

自己の潜在意識に到達するってことは、日常では絶対あり得ないですし、普通に瞑想をやっていたのでは、変性意識に入ることすら難しい
その敷居の高さを軽々と(?)取っ払ってしまったのが岩波先生でした。

(別の意味での敷居の高さがあります。料金や人気殺到による予約のとりづらさがありますし、2017年の時点では岩波先生70歳となっているので、いつまでやっているかわかりません。先生が一般向けにプログラムを行わなくなる可能性もあり、そうなりますと今しか受けるチャンスはなくなります)

潜在意識のそこに到達すると深い気づきに至る

そういう意味では、私は非常に有意義な時間を過ごしていることになります。
みんなが追い求める目的や感動を達成して体感しているのですから。
潜在意識のレベルに到達すると、自分がわかると言いますが、そのとおりでした。
小さな悟り、深い気づきにどんどん至れたのです。

かつての私はどんなに瞑想に励んできても、無駄にした時間だけを過ごしていたようなものです。
これが覚醒しないままダラダラと時間を過ごしていたことを思うと、恐ろしいです。
思えば、心の抑圧だけ中途半端に瞑想で見て、心の底の処理もできないまま、生きづらいまま年をとっていたことでしょう。

瞑想のゴールだと思っていた体感がスタートラインにもなっていない

話を戻しましょう。
脳みその偉大さ・神秘性、潜在意識の奥深さを改めて実感してしまいました。
最初の目的・ゴールだと思っていたことが、実は入り口に過ぎなかったのです!
脳覚醒状態・超瞑想状態は主観的体験のため、この凄さ、喜びをそのまま伝えられないのが悔しいです。

そのため、意味不明なブログになってしまい申し訳ありません。
同じ体験をした人なら、少しは分かってもらえると思います。
みなさんが体験するときに、私が言っている意味がわかるかどうか、楽しみをとっておいてください。

確実に深く入れる方法があるのに実践しない人はもったいない

浅い瞑想状態ですら、なかなか入れず苦闘していた今までの私は何だったんだ?! なんて今は思っていません。
でも、もっともっと深く、別の世界があるということを皆さんにも知って欲しいなと思っています。
だって、もったいないですから。
せっかく心の深淵をのぞこうと頑張ってきたわけですから、後悔しないためにも知って欲しいです。

人生の奥深い歓びの半分以上も味わっていないまま、命を終えていいですか?
まあ、知らなければ知らないで、幸せに生きて人生を終えることができますが・・・瞑想の世界に一歩でも入り込んだ人は、心の中に抱えているものがある人です。
やり始めたのなら、やろうと思っているのならば、もう引き返すことができません。


こちらに超瞑想状態についての体験記があります。
SOMATAさんのブログです。
参考にしてみてください。

この広い世界には想像を超える世界があります
究極の瞑想体感をぜひ皆さんにも味わってもらいたいです。
固定観念が音を立てて崩れるでしょう。

超瞑想状態(=トランス状態=脳覚醒状態)作り込みの”神”岩波先生について5

誘導覚醒瞑想 驚異の天才的な技術をもつ岩波先生


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私が長い間瞑想をやってきて、想像を絶する、そして感動と衝撃を受けたのが、岩波先生が作り込む超瞑想状態(=トランス状態・脳覚醒状態)でした。

どなたかがブログで、プロの人間でも岩波先生の脳覚醒技術にかかれば、ショックを受けると書いていました。
どんなに瞑想を続けてきて、神秘的な体験、内面の発見を強烈に体感した人ですら、私も必ず驚くと太鼓判を押しましょう。

実際に世界中から(日本語の解する人、先生は英語を話せません)その道のプロがやってきています。
瞑想や催眠状態を経験した人ほど、感動して帰るそうです。

岩波先生の無意識・脳内訴求技術とか脳覚醒技術と言われるものは、厳密に言うと瞑想と似ていて、それでいてかなり違っているものかもしれません。

とはいっても、瞑想が追求する世界を、軽々と達成させてしまうのです。

岩波先生という世界でただ一人の存在

岩波先生は心理・脳内コンサルタントであり、各種心理・脳内プログラムやカウンセリングも行っていて、海外からもお客さんが通ってくるほどすごい評価とカリスマ性を持っています。
有名人や芸能人、企業の社長などのエグゼクティブな存在な人にとってもかなり引き合いがある人です。
また私のような職業(医師)も多く来ています。

※こちらが岩波先生のサイトです。
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Dream Art Laboratory(一般向け脳覚醒プログラム)



mimg01DAL(上級特別層向け)




覚醒瞑想のサイトもあります。(脳覚醒プログラムと同一だとおもってください)

宗教でも何でもありません。
変な思想を押し付けたり、何かを買わせることもありません。
変な暗示も知らず知らず入れたりもしません。
小狡いことを一切しない男気あふれたエネルギッシュな先生です。

自分の培ってきた独自の高度すぎる技術を、より高い目標設定を持って走れる人にどんどん使っていきたいそうです。
だから、地位が高い人、専門職の人、有名人から我々医師に至るまで、多くの人が世界中から通っています。

岩波先生の人となり

あとコミュニケーションの達人でもあります。
まさにカリスマなお人です。
しかし非常に明るく面白い!

元気いっぱいだから、そういう人が苦手な人はいるかもしれませんが、基本的に誰もが好きになるタイプでしょう。
岩波先生が街を歩くと、みんな声をかけたり、お店に言ったら頼んでもいないのに、必ず一品サービス品が出されるそうです。
私もそれを目の当たりにした時、コミュニケーション術の達人だと思いました。

先生の脳覚醒技術と脳内無意識訴求技術は、それこそ何十年も瞑想をやってきて、それなりの瞑想体験をした人ですら、一瞬で越したと思わせてしまうほど、すごいです。
世界で最も先端を走っていることは間違いありません。

あとはとても自分中心的な人で、話を遮られることもしばしばです(笑)
でも、真剣に話を聞いてもらいたい時は、ちゃんと聞いてくれると思います。
とても話しやすいですが、しばしば威圧感を感じる時もあります。
背は低いですが(ガタイは良い)、動じない強さも感じられます。

あと人をいじってくる発言が多いです。
といっても、人格否定とかそういう言葉は発しません。

別次元の存在と誘導技術

私のように瞑想を体感してきた人にとって、または催眠や内観や気功、変性意識体験と言ったものを経てきた人にとっても、比較する材料がある分、ショックを受けるでしょう。
それほど、何段階も飛び抜けた脳内無意識訴求技術持っていました。

私から言わせれば、驚かない人がいたら、その人は相当ズレた人だと思います(笑)
岩波先生の作り出す(あるいは私たちが作り込めるようにしてくれる)トランス、超変性意識、そして超瞑想状態のすごさは、インターネットでもさんざん体験記が書かれてあります。

感想として「すごい!」「あり得ない!」「やばい!」「なんだこりは!」「・・・・・(言葉にならない)」こればかりです。
それは、あまりにすごすぎて、語る言葉がないという状態です。
衝撃であり、恍惚感であり、摩訶不思議であり、感動であり、何といっていいかわかりません。

そのすべてがあたっているのでしょう。
体を知り尽くしているお医者さんですら、座禅のプロのお坊さんでも感動しています。
(お坊さんだったら、ショックを受けるでしょうが・・・・南無)→実際に体験したお坊さんのブログ

固定観念が崩壊した衝撃の体感

私も岩波先生誘導の脳覚醒状態を経験し、どう考えても単純に「なんなんだこれは・・・・」「すごい」としか言えないものでした。
常識というものを持たないようになるべく生きてきた私でさえ、常識を超えた体感の前では、固定観念に凝り固まっていたことに気づかされ、少なからずショックを受けました。

しばらく整理がつかなかったです(しかし後に脳がクリアになって脳が整理されるように変わっていきます)

一人の生身の人間としての感想は、言葉に表現できないものでした。
しかし、心がすごく洗われた感覚はあり、視界がすっきり楽になっていました。
医師として見解を持とうとしても、この不思議な瞑想状態は可視化できないため、とらえどころがなかったのですが、たしかにすごい感覚に全身が包まれているのでした。

瞑想の価値観が毎回大きく塗り替えられる

前のブログで瞑想の固定観念を捨ててください、と書いたのは、もしあなたが体感したものがものすごい深いものだったとしても、簡単に飛び越してしまっているからです。
ショックを受けるか、ものすごく感動するかは、やってからのお楽しみです。

ショックを受けても大丈夫です。
これからは、パワーアップした自分になれるのですから。
そして、この超瞑想状態はそれで打ち止めではありません。

どんどん進化していきます
前の比ではない、すごい深さと感動と気づきをもたらしながら。
そして悟りを得られる世界へと入っていきます。

瞑想を何十年も経験してきた偉いお坊さんが岩波先生の所に通って、「今までの修行は何だったんだ・・・・」と絶句してしまったとか。
私も同じ体験をしましたが、それまで瞑想のまね事に時間を費やしてしまった後悔よりも感激の方がはるかに強かったです。

やっと本物の指導者に会えた!という感動と、私が今まさに体感している超瞑想状態、脳覚醒状態のすごさ、恍惚感のほうがはるかに勝っていました。
きっとその偉いお坊さんも「やった本物に出会えた!」といううれしさの方が勝っていたと思います。

なぜならば、それまでの修行だって、決して無駄になっていないだろうし、私には他と比較する術を持っているからです。
脳みその世界はとても深淵で偉大です。
努力の蓄積は意味が無いと思っていたものですら、ちゃんと奥深くで生きているんですね。


私たちは脳みその一体何を知っているのだろう?
どれほどの可能性を捨ててしまっているのだろうか?
岩波先生の手にかかれば、無限に近いものだとはっきり認識できるでしょう。
それもインドの山奥にいかなくても、高野山に篭らなくても、新宿や大阪で体感できるのだから、日本に生まれてよかったと思えるはずです。

従来の瞑想が陳腐化する

岩波先生の超瞑想状態の体験について、こちらのサイトに企業の社長さんが書いてあります。
http://odn.matrix.jp/bigboss/meditation.html
私の超感覚的な瞑想体験  瞑想・禅寺・座禅体験

あ、タイトルの『超瞑想状態(=トランス状態)作り込みの”神”岩波先生』の”神”の意味は、箱根駅伝の「山の神」「サッカーの神様」という意味の神です。それぐらいすごい人だという意味。
現人神という意味ではないので悪しからず・・・・

宗教でもありません。
非常に岩波先生を尊敬していますが、どこぞの尊師に対するようなものとは全く意味が違うことだけは、知っておいてください。

岩波先生は、自分の技術を実際の人生充実のために役立てて欲しい気持ちが強いと思います。
岩波先生は人生を充実して生きていますから、他人を騙そうという小狡い考えは少しもありません。
自分は美味しい物を食べているから、人にも分けてあげよう、という本当の優しさを持っています。

一人の人間としての完成形が岩波先生だと思います。
といっても、完璧人間という意味ではありません。

先生にはたくさんの欠点があるし、繊細さがあるのかないのかわからないですし、デリカシーの面はたしかにありません(笑)
『俺は俺でいい』タイプの人間だし、本人も言っているように、非常にエゴが強い(だから人生が充実している)。
別の角度から見たら、聖人君子ではないのは確かです。
そこが岩波先生の魅力でしょう。

誘導瞑想技術は鬼才にしか生み出せなかった

しかし、誘導瞑想技術を独力で開発した事実はすごいことです。
まさに鬼才という表現しかできません。
そこを含めて、たくさんの魅力と人間味にあふれたことが、一種の完成形だと思います。

だから、瞑想に多くの時間とエネルギーを投入してきた人は、それらすべてをムダにしないためにも、そのすごい超越した誘導技術を使って、覚醒していってください。

でなければ、何のために瞑想をやってきたのかわからなくなりますから。
死ぬ間際に悟りを開いたって、何の意味もありません。

瞑想は古い? 効果がない? そもそも瞑想状態ってあるの?

瞑想の効果の可能性

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本当の瞑想状態に深く入れた人は、心の根底と人生までも変わっていってくれます。

でも、瞑想状態と言っても、ピンからキリまであります。
何年も瞑想の状態の入り口で止まっている人もいれば、神秘体験までいった人まで様々です。

  • ずっと雑念と格闘して、そこを乗り越えられない人
  • 瞑想状態になるために座禅を組んだら、途端落ち着かなくなる人
  • 瞑想を理性で捉えようとしてしまい、ますますわからなくなる人
  • 瞑想状態になると恐怖と不安でたまらなくなる人

がいる一方で、

  • 神秘的な体験としか表現できない体感を得るに至った人
  • 神様仏様に出会った人
  • 全世界生きとし生けるものとの一体感を味わった人
  • とんでもない至福体験をした人
  • 恍惚感や多幸感につつまれた人
  • 突如脳が覚醒した人
  • 悩みがすーっとひいていって楽になった人
  • 宇宙的意識に目覚め、宇宙の真理、宇宙の叡智、宇宙との一体感を実感した人

という人まで、実に多種多様です。

瞑想は求めれば求めるほど消え失せてしまう

そして、瞑想をやったとして、前の日に瞑想状態に浸れても、今日は入れるかどうかもわかりません。
神秘体験にたまたま入れた人でも、二度と何十年やろうとも体験できなくなった人は大勢います。

つかもうと思えば思うほど、逃げていってしまう幻のようなもの
でもあります。

瞑想といっても、人それぞれの体験によって、価値観や達成感が全く違っています。
神と一体化した、という人がいるけれど、同じ深い瞑想状態になった人でも、その感覚がわからないという人もいます。

でも、パチッと何かに気づき、目覚めた時すごいやる気になることこそが、瞑想最大の成果だと思っている人もいます。
どちらが上とかではなく、その人が満足か、何かつかめたかが重要です。

非常にはかなく繊細な瞑想というもの

とはいえ、瞑想を伝えることはとても難しいですね。
瞑想状態はたしかにあるけれど、それを言葉で文字で伝えることは難しいからです。
あくまで瞑想状態を体感した人の主観の中で終わってしまいます。

私もまだまだ深い瞑想状態を体験していない時、先輩方や誘導瞑想の師匠(岩波先生)から
「こんなに超瞑想状態はすごい、ありえない、やばい」と聞いていても、実感としてはつかめなかったですから。

有名人やステータスのある人と瞑想

だからこそ、瞑想は奥が深く、追求しがいがあるのでしょう(ここに瞑想の罠が潜んでいる。下手をすると貴重な時間を無駄にするだけで、何の効果も得られない)。
実に多くの有名人が追い求めてきました。

有名人ではスティーヴ・ジョブズやデヴィッド・リンチ、クリント・イーストウッド、ビル・ゲイツ、リチャード・ギア、稲盛和夫などなどたくさんいます。
(2017 1/13追記:ジョブズは生前に私の師匠の岩波先生の誘導瞑想技術の噂を聞いて受けたがったそうです)

医師もたくさんの人が瞑想をやっています。
可視化できない世界なだけに、精神科医以外の医師も興味を持つ分野だと思います。
かくいう私もずっと追いかけてきました。

しかし、なかなか瞑想の真髄を極めることは大変でした。


瞑想が出来る、これは幸せなこと

日本は世界でも瞑想、禅、ヨガ、気功といった精神修養に関する環境が整っています。
これは幸せなことです。

私は瞑想は、やればやるほど価値が上がっていくと思っています。
そしてやればやるほど、上達を実感できる不思議なものです。

一方で、一度道を誤ると、やればやるほど焦りの世界に入って、きつくなったりします。
だからこそ、私は瞑想に関するブログを書くことで、瞑想の罠から脱し、貴重な時間を失わない人が多く増えれば嬉しく思います。

そしてブログを始めてみますと、多くの人が瞑想の道に迷っていることも知りました。


超瞑想状態、覚醒瞑想状態のすごさ

でも、瞑想が深まっていると思っている人でも、さらに深い超瞑想状態、脳覚醒状態という精神状態があるのを知っていますか? トランス状態とも脳覚醒状態とも言われています。
実は私はそれを体験しました。
本当にビックリしました。こんな世界があったのかという驚きです。

すごいとしか表現できない状態です。
ありえない脳と全人格的な体験です。

おおげさではありません。
また妄想でもとち狂ってもおりません(笑)
そしてずっと瞑想で時間を潰してきた人でも、誰でも体験できるものです。

脳はすべての感覚を記憶している

私が経験してきた従来の瞑想方法と、超瞑想状態(驚きと感動の連続!)についての体験を二つの柱として書いていきたいです。

私が強く推薦したい瞑想方法は、一種の誘導瞑想法です。
瞑想は自分一人の力では、限界が必ず来ます。

行き詰まって、瞑想に励んだだけ時間を無駄に費やしていきます。
限界が来ない人は、お釈迦様だけでしょう(笑)

脳は超瞑想状態、覚醒瞑想状態というものを味わった時のことを、決して忘れません。
だから、いつでも、その深い世界を脳に再生することが出来るようになります。

私は今では高確率で、一人でもとんでもなく素晴らしい瞑想状態に入ることが出来るようになっています。
その入口として、超凄腕の岩波先生という方の誘導瞑想技術が必要でした。
それなくして、私は瞑想の真髄を体感できなかったことは間違いありません。

瞑想で潜在意識の極地に入れる唯一の方法

これほどすごい瞑想状態(脳覚醒状態)を作り上げてくれる人は、世界に一人だけです。
岩波先生については、とても多くの人がそのすごさ、鬼才ぶりを書いていますが、想像を圧倒的に超えさせる実体験を導ける技術を有しています。

これに嘘偽りは全くありません。
できれば、今までの固定観念を捨てて、私の瞑想体験ブログを読んでくれるとうれしいです。

もう二度と瞑想で貴重な時間を失っていかないためにも。
瞑想で追求したい目的を少しも達成できず、深く突き抜けることもできず、悶々としながら瞑想を続けることは悲惨なことです。
その時点で瞑想をやる意味がありません。 

瞑想を超えた超瞑想状態

瞑想に心惹かれている方への挨拶

瞑想を追求して、各々の目的を達成しようと励んでいる皆さん、はじめまして
シュウという瞑想バカです。
医師をやっています。

瞑想に興味を持っている方、瞑想に行き詰まっている方、普通の瞑想をやり続けても、夢をそれで叶えることはできません。
日々をほんのちょっと安楽に暮らせるかどうかといったところでしょう。

瞑想は甘くはなく、下手にやると自分の抑圧だけを吸い上げてしまって、精神状況が悪くなったりします。
もしくは、いつまでも変性意識に入れずに、イライラしてしまいます。

だから、瞑想という方法に思い至った人向けに、本当の瞑想のすごさ、従来の瞑想のまずいところを含めて、書いていこうと思っています。

お付き合いください。

瞑想の可能性と限界

meditation

私は世界で人間の精神ほど奥深いものはないと思っています。
深さが何層にも渡って終りが見えないほどです。

精神と脳の可能性は無限大です。
本当に底が見えません。

やるほどに先がある、上があることに気付かされる毎日です。
どんな人間でも瞑想状態になれば、あらゆる可能性の扉が開きます(ただし浅い瞑想状態では意味がない)

潜在意識、本能との対話、無意識のコントロール、能力覚醒すべてが可能になります。

しかし瞑想状態と言っても、浅い状態からものすごく深い劇的な瞑想状態まであります。
ただのリラックスから、神秘体験、至福感覚、霊的体感、恍惚感、宇宙体験、超感情状態まで、体感の質も違います。

そしていくら時間と情熱をかけても、深い瞑想状態に入れるわけではない(いや、迷走していく可能性のほうが高い)のが悩ましいところです。

空前の圧倒的な瞑想の効果体験

私は瞑想を超えた瞑想状態、いわば超瞑想状態(=脳覚醒状態)の真髄を味わいました。
すごいとしか表現できない瞑想体感をしたことから、このブログを立ち上げることにしました。

人間の脳はすごすぎます。
そこからすると、私の医学知識や経験値が幼児のそれに感じます。

これから脳覚醒状態の体験の紹介や、瞑想を追求する人向けの手助けになることを目指して記述を頑張ります。

瞑想法をやったからうまくいくとは限らない

瞑想は追求すればするほど無限ですが、先が見えないし現在位置を見失いやすいため、多くの人が道に迷ってしまっています
逆に瞑想をやったから、精神が混迷を深めていく人は山ほどいます。

真理をつかめるのは、知恵も理性も思考もすべてを超えた、第六感の世界、直感の世界に入った時だけです。

私も真理、世の中の流れを感覚的に掴んだことがあります。
その感動、宇宙とこの世の真理すべてを知っているような感覚は、私の存在を非常に高めてくれたと思います。

私はどちらかといえば理性的な人間です。
だからこそ、理性だけでは解決できないことにすごく興味を持っています。

特に脳の分野はまだまだ未知の世界です。
本や書物や話では、決して到達できない世界を垣間見ることができたことは、これから先大きな財産となることでしょう。

瞑想で脳のリミットは解除できる

脳は偉大です。ほんとうにほんとうに偉大です。
実は自分の能力の可能性を制限しているのは自分しかいないのです。
その制限を外すのも自分です。

普段感じている日常の体感(喜怒哀楽など)、とは、もう何段階も飛びこえた体感が、あなたを待っているのです。
知らない扉を開くことを勇気を要します。
その勇敢な人だけが味わえる特別な突き抜けた世界がこの世には確実にあるのです。

あなたの脳みその中に必ず存在します。
奇跡はあなたの脳の中以外にはありません

瞑想は多くの可能性があるも威力はない

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瞑想で何かを変えたい人、瞑想で壁を感じている人、やれどもやれども効果の実感が得られない人、一人の力では限界を感じている人へ。

下手をすると、瞑想に惹かれたために、時間を大きく潰して、何のために生きているのかさえわからなくなる可能性があります。
中途半端な瞑想は非常に危険です。


そして疑問に思ってください。
今までやってきた瞑想は、果たして心の瞑想状態にたどり着くための心の手段だったのか?と。

もし一生懸命頑張ってきて、現在も深い瞑想状態に入れていないのならば、この先答えが見つかるなんてことはないと私は思います。
だから、今の瞑想方法を疑ってください。
そこから脳の覚醒は始まります。

そんな瞑想法で願望が達成するほど、人生は甘いものではありません。 
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