2021年08月

八月尽

「八月尽(じん)(末日)
暦をめくるとあらわれる9月という言葉を前に、本格的な秋の訪れと、一年も後半に入ったのだということに感じ入っています。道を歩いていると吹いてくる風の中には仙人草の花の香り。早々と色づいた葉を地面に散らしているのは山桜です。毎朝掃いても翌朝には積もっていて集めるとまるで小さな秋の山のようです。あちこちにあらわれる秋を見つけては、ひと呼吸。特に星空は、体の中に蓄積した暑さや疲れを、和らげてくれるような輝きを今、放っています。  秋の訪れ 広田千悦子 」

CDをカンツォーネに変える。
夏にはカンツォーネはとても聞けない。
けど訪れる秋にはピッタリだ。
秋には、特にこころしてテレビのない生活にしよう!!
テレビをかければ、ニュースから流れる緊迫した雰囲気のアナウンス。
機械音とともに、字幕スーパーが、地震速報のように感染者数を告げる。
心がざわつく。秋をつげるはずのお天気すら、警戒アラート、残暑の赤が染まる。
っと、バレエスクールの道、暑い中日蔭を探し、ゆれるアスファルトを、かげろうのように、フラフラになりながら歩く。日差しはまだまだギラギラと、今の私って、妖怪人間みたいに、ボログニャと溶けそうだ。
そこへ、男の人が、バケツからひしゃくで打ち水をしていた。サワーっと、冷気を感じる。すぐに蒸発する水を、バサリ、バサリと打ってゆく。
ありがたい。
そうだ、昔から夏は暑かった。だから、生活の知恵で私たちは涼しく過ごす心を鍛えてきた。
ふっと、暑さと戦おう、コントロールしよう、支配下におこう、と考えていた自分をゆるめて、夏はこんな季節だった、だから涼し気に心をするために、心の窓を開け、打ち水をし、風をとりこんでいたんだ。
ハアー 夏の終わり、夏の暑さをしっかり満喫すれば・・・・。
そんな去り行く夏を哀しむカンツォーネの季節がやってくる。


発表会をみる

岸辺バレエの発表会に、とく、もも、さくらと出かけた。
いつも舞台に出る方で、じっくり他の生徒さんが踊っている様子を目の当たりにすることはない。
しかも、松山以外の発表会。まず、もも、さくらはしっかりとみることができるのか・・・・。
集中力がもつか心配だった。だってプロの劇団四季ライオンキングだって途中で騒いで退場!!
となっている睫逎侫.潺蝓爾世ら・・・・。
っていうか、最年少さくらは、コンテンポラリーの時、舞台のダンサーと同じように自分も椅子から落ちそうになり、泣くのをこらえたが、とうと二部最終盤でアウト。
だが、桃は、真剣そのもので、ずーっと微動だにせず、舞台に見入っていた。自分と同じくらいの子供たちのバレエ、お姉さんのバレエ、音楽もいっしょに聞いているのか、ついハミングらしきものも聞こえてきて、桃も舞台といっしょにバレエを踊っている。あー ももも、いつかこんなに素敵にバレエができるようになるのかなあ。私は別の意味で見ていた。
しかも、ボンジュバレリーナの衣装が、何回も登場して、岸辺先生の振り付けに、すっごく映えたなあ。バックに星が輝き、スカイブルーのチュチュ、そして流れ星のようなイエローのチュチュ、ちっちゃな子供達がお空を舞う。
トウシューズもはいていないバレエシューズのバレリーナが、それでいて小さい本当に小さい、そして中くらい小さい、そしてお姉さんに、華奢で小さいバレリーナのグラデーションが子供の成長と未来を暗示する。
すばらしかった!!

「アリの巣を観察すると、大きく分けて二つのタイプに分かれるという。働きアリと働かないアリだ。働きアリは任された仕事を一生懸命にこなす。巣を掃除し、エサを運び、せっせと働く。働かないアリはダラダラと何もせず過ごし、たまにぷらぷらと外を出歩く。サボっているように見えて、たまにバカでかいエサを見つけて、巣に戻って報告する。それを他のアリたちが運んできてくれる。そんな働かないアリであれ、働かないアリのようにお金や時間にとらわれない状態になると、チャンスが見えるようになる。  1%の努力 ひろゆき 」

働かないアリになりたいが、今日は月末、そういうわけにいかず、なんとか帳尻を合わせなければ。
そして、バレリーナは美しく踊っているかげで、死ぬほどの努力 練習をして、筋肉と戦っている。だけど好きなことだと、それもやれるのかなあ。

マーケティング土曜日

赤坂オフィスから銀座線に乗って渋谷へ。渋谷から東横線で学芸大学に着いた。
ここからお目当ての碑文谷のマーケティング。
歩いて10分ということで、駅で人を待っているママと子供に行き方を訊ねてみる。
‟えー 歩いてゆくと ちょっと遠いですよ。あちらからタクシーが出ていますから、それがいいかも”
‟ありがとうございまーす”
と、行きはタクシーで、商店街もあるから、帰りは歩いてみようっ と Go!!
閑静な住宅街を通り抜けて、細長ーい7階建ての旧ダイエービルだ。土地が高いエリアだから、ギューギューにつまった、見通しが狭い、ドン・キホーテという感じだ。
いただいた区画は細長過ぎてバレエの区画として・・・・!?! バーレッスン(バーについてのレッスン)のあと、バレエは踊りの時間。センターレッスンがあるから、ちょっと厳しいかな。まるで、ステージ前の花道のようなテナント区画。残念。気を取り直すと、7階にも空き区画がある。
帰りは歩いて、商店街をみると、駅前ワインショップも空いているし、よーくよーくマーケティングした方がよさそうだ。
東横線に乗り、ちょっと念のため、おしゃれな街代官山で下車。
あれれ ここも空き区画があちこちに。ただピーコック(スーパーマーケット)の上にバギー(ベビーカー売場)がある!?!? 東京でこんなにベビーカーが並んでいるのは、初めて見た。
歩いてみないとリアルはわからない。
さあ、まだまだ開拓する未知の場所は、たくさん!!!
足、腰、フットワークの軽さ、will(やってみよう、行ってみよう、チャレンジしてみよう)という気持の高まりが大切だ。
よし!!

「82歳 役者人生なお前へ
演出家の故蜷川幸雄さんが、芸術監督を務めた彩の国さいたま芸術劇場でつくった、高齢者中心の劇団、さいたまゴールド・シアターが年内に解散する。盛岡で主婦生活を送っていたが、劇団員となって海外公演で主役を務めた田村律子さん(82)は、‟解散しても振り返らず、前へ前へと進みます”と意気盛んだ。コロナで公演が難しくなり、団員の健康も考慮して解散が決まった。12月の解散公演を終えても、おそらく誰ひとり引退とは言わないだろうと推測する。‟年明けには、どうせみんな、今年は何やるの? って聞いてきますよ” ゴールドと過ごした15年。‟ここだけが私の居場所。家族には悪いがホームシックにかかったこともない”と言い切る。解散後の明確な将来像は描いていないが、盛岡には帰らず、役者を続けるつもりだ。  パリ公演出演 年内解散 ‟振り返らない” Human  」

やるべきことを見つけた人は、長生きで楽しい人生を送っている。
私も、もし今日のスケジュールがないと、ただボーっとベッドの中にいて、起きれないかもしれない!!
店回りの途中、秋永氏から電話が入った。心臓のバイパス手術を受けるらしい。‟1カ月はかかる”
私は、‟病院代いくらかかるの?” ‟ワァーそんなに!!” ‟じゃあ、すぐ退院して仕事しよう!!”
と仕事、仕事、お金を 稼ぐ、稼ぐ と、しめた。
‟じゃあ、頑張って。あとすぐ動けるようにネ” 
実は彼は大学院のゼミの私の後輩。だけど年は私が多分6歳若いかな。
それでも私が先輩だから、バンバンゆくよ。


てんてんの死

とくが、大切に飼っていたテンテンが死んだ。水の中で、ちっちゃなまあるい目をして、ずーっと見つめ返す。ウーパールーパーのテンテンはぐんぐん大きくなっていて、うす桃色のツルリとした体に赤い外鰓(えら)があった。テンテンのために買ってあげたほら穴は、そのうち体に合わなくなっていたし、水槽も一回り大きなものに換えていた。餌をあげて世話をしていた。とくに突然の不幸。悲しみ、別れ、6歳にして、それがどんなにつらい気持なのか体験している。

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つい、代わりになるウーパールーパーを買ってこようか、とか何とか、とくの苦しさが見ていられずに対応しようと考えるが・・・・。そういう気持も、もしかしたら体験のひとつかもしれないと、バーバは見て見ぬふりを決め込んだ。
人は感情の生き物。心の痛みを感じ、その感情に真正面から向き合う心の強さも、人生を生きてゆくために必要なのかも・・・・と自分のことはさておき、老婆心がもたげてきている。

「よろこびが集ったよりも 悲しみが集った方が しあわせに近いような気がする。
強いものが集ったよりも 弱いものが集った方が 真実に近いような気がする。
しあわせが集ったよりも ふしあわせが集った方が 愛に近いような気がする。
日曜日はもちろん、学校から帰ってからも 子どもたちは家の手伝いをした。だから手伝いを終えると  暗くなるまで思いっきり遊んだ。
いたずらもよくしたけれど 誰かに教えられたわけではないが 限度はわきまえていた。
なにをして遊ぶかはガキ大将が決めた。ガキ大将は学校の成績とは関係なく、みんなの信頼が厚く、しかも遊びの達人だった。
かくれんぼは、絶対に見つからないところには、隠れなかった。見つからなければ面白くないし、遊びにならないことを誰もが知っていた。幼い子どもには少し手心を加えてやるのも、年上の者から自然と受け継がれていた。子どもたちは遊びを通して、次第に社会人としてのルールを身につけていった。
   星野富弘 詩画とともに生きる  」

6年前生まれたとくが、甘えんぼうで、いたずらで、楽しいばっかりで、めだちたがり屋で、野菜は食べないし、・・・・ そんなとくが、てんてんのお世話ができるようになった。
そして今、てんてんがいなくなったこと、そして2度と餌を食べてくれないこと、朝おきておはようも、夜のおやすみも言えない淋しさと悲しみに向き合っている。
死んでしまうって、どういうことか・・・・ じいちゃんの時にはわからなかったとくが、ひとつ大人になろうとしている。

Sour Grapes

休み明けの、ちあき先生のバレエレッスン、容赦なかった!!
パドブルで往復、しかもピルエットで端から端までと続く。アラベスク、シソンヌ、シソンヌ・・・、足の親指がやられて痛い。おかげで、食事にプロテインを増強した。私は、薬やサプリメントは使わない主義。だから、スープに入れるスジ肉を2倍にした。お肉をタンパク質として朝晩たっぷり食べる。
ババアスリトバレリーナは、筋肉のことも考えて、しっかり自分の体を賢くしてゆく。

「Step up English Nikkei Asia
Japan sours as premium grape widely copied in China, South Korea
日本発ブドウ、中韓が攻勢
高級なブドウ品種、シャインマスカットは正真正銘の日本ブランドで農林水産省によって認定されている。このぶどうは甘く香りも良く、食料品店で1房60ドル以上で売れることもある。この貴重な品種は韓国や中国の農家によって広く栽培され、生産量では今や日本の農家を上回る。韓国の社員マスカットの輸出額は日本の5倍。中国での栽培面積は日本の40倍以上に上る。日本の法律では苗木を国外に持ち出すことを(4月に施行)禁止している。農林水産省は、シャインマスカットの苗木が流出し、国外で栽培されていることを確認した。だがこうした行為を阻止する法律がなかったため、外国での生産や輸出は拡大し続けた。
Quick Lesson
‟甘酸っぱい” だけではないSour   見出しのsourは甘酸っぱいという形容詞だけでなく、bad悪い、unpleasant不愉快などの意味もあり、sour loan はだめになった債券→不良債権を指します。sourが腐って酸味を帯びる時に不快感をもたらす意味が広がったそうです。酸っぱいとぶどうの組み合わせは、イソップ物語のキツネが届かなくて取れなかったぶどうを ‟酸っぱくておいしくない” と自己正当化した寓話 The fox and Grapes を思い出させます。この話から sour grapes は負け惜しみという意味で使われます。」

デザートいや果物売場に美しく並ぶのは今の季節、すいか、ぶどう、桃がズラーリ。
たしかに、ぶどうは、緑の翡翠色のマスカット、赤紫の巨峰も大粒で、今が旬なのに大切に扱われていて、お値段は2000〜3000円!! なかなか手が出ない。高嶺の花だ。
ただ とく、もも、さくらが好きなのは、小粒のデラウェア。3房で780円くらい!!
それでも高いけど、数も多いから、よし。
日本人は、デフレで、だんだん貧しくなってゆく。
でも、そのおかげで、もしかしたら、もっと頭や想像力を働かせることができるかもしれない。
やっと、世界は常に競争の社会だと気づき、世界はどんどん日本から遠のいている。
sour grapes 負け惜しみに、地団駄踏むより、何とか突破口を見出し、ヤルッキャないナ!!

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