「語る 舘野 泉さん 神様、右手はもう結構
米寿を前に、‟ヒット” に恵まれた。左手のピアニストと弦楽の為の教育的五重奏 ‟鬼の学校” が、人気を博しています。‟40分以上ある曲なのに子供が身を乗り出して聴いている” 基礎科目、運動、給食などユニークな楽章構成で鬼の学校の一日を描く。2002年に脳出血で右半身が不自由になって以来、左手のピアニストとして活動してきた。‟よく、当時はさぞ絶望したでしょうと、聞かれますが、そんなことはない。いずれ音楽に戻ってこられると確信していたし、それに人間には、少し休む時間が必要なんですよ” 1936年生まれ。第二次世界大戦末期、自宅に焼夷弾が落ち、音楽からしばらく離れた。東京芸大受験でも1年浪人したが、‟その時期が幸せだった”。 コロナ禍の後の演奏会では大人のみならず子供も喜ばせている。この20年、あまたの左手の作品を開拓してきた。例えば通常は両手で弾く音域を、あえて左手だけで弾くと ‟迫力や緊張感が増す”。 今や、‟神様に再び右手でも弾けるようにしてあげようと言われても、結構ですと断ります”。 それほど左手の世界を楽しんでいる。波乱万丈の歩みにも見えるが、自身はいたってシンプルに生きているという。‟私はただ音楽をやっているにすぎない。ずっと同じことを続けているんですよ” 。 たての・いずみ=ピアニスト 」
木曜日担当の鬼のバレエ講師 千秋先生。ここ1ヵ月、シンデレラのリハーサルで、他の先生が教えを行っている。
ハアー 千秋先生じゃないから、ゆっくりゆったりとバレエのレッスンと思いきや。
千秋先生よりも若い。とりあえず子千秋と私は呼んでいる。
子千秋先生は、千秋先生のハード プラス 若さから、量、練習量が半端なく増量された。
たとえば、パドブレ。千秋先生だとレッスンルームの端から端までパドブレで移動!! それはそれでハードだけど、途中移動する中で、引き上げが持たなければ、コトンと落ちて、何秒か歩きまた始める。パドブレのきざみも少し大股にして移動してしまうなど気を抜けるが、子千秋先生の場合、バーを両手で持ったまま、延々と曲が終わるまで刻み続ける。下りることは許されず、‟足を強く” と檄が飛ぶ。休みなく、どんどんメニューが繰り出されてゆく。‟時間はおしてるけど、よし最後に”と・・・ あー早く千秋先生 帰ってこないかナあ。
と、世の中には、想像を超える、上には上の人達がたくさんいるんだナあ。
米寿を前に、‟ヒット” に恵まれた。左手のピアニストと弦楽の為の教育的五重奏 ‟鬼の学校” が、人気を博しています。‟40分以上ある曲なのに子供が身を乗り出して聴いている” 基礎科目、運動、給食などユニークな楽章構成で鬼の学校の一日を描く。2002年に脳出血で右半身が不自由になって以来、左手のピアニストとして活動してきた。‟よく、当時はさぞ絶望したでしょうと、聞かれますが、そんなことはない。いずれ音楽に戻ってこられると確信していたし、それに人間には、少し休む時間が必要なんですよ” 1936年生まれ。第二次世界大戦末期、自宅に焼夷弾が落ち、音楽からしばらく離れた。東京芸大受験でも1年浪人したが、‟その時期が幸せだった”。 コロナ禍の後の演奏会では大人のみならず子供も喜ばせている。この20年、あまたの左手の作品を開拓してきた。例えば通常は両手で弾く音域を、あえて左手だけで弾くと ‟迫力や緊張感が増す”。 今や、‟神様に再び右手でも弾けるようにしてあげようと言われても、結構ですと断ります”。 それほど左手の世界を楽しんでいる。波乱万丈の歩みにも見えるが、自身はいたってシンプルに生きているという。‟私はただ音楽をやっているにすぎない。ずっと同じことを続けているんですよ” 。 たての・いずみ=ピアニスト 」
木曜日担当の鬼のバレエ講師 千秋先生。ここ1ヵ月、シンデレラのリハーサルで、他の先生が教えを行っている。
ハアー 千秋先生じゃないから、ゆっくりゆったりとバレエのレッスンと思いきや。
千秋先生よりも若い。とりあえず子千秋と私は呼んでいる。
子千秋先生は、千秋先生のハード プラス 若さから、量、練習量が半端なく増量された。
たとえば、パドブレ。千秋先生だとレッスンルームの端から端までパドブレで移動!! それはそれでハードだけど、途中移動する中で、引き上げが持たなければ、コトンと落ちて、何秒か歩きまた始める。パドブレのきざみも少し大股にして移動してしまうなど気を抜けるが、子千秋先生の場合、バーを両手で持ったまま、延々と曲が終わるまで刻み続ける。下りることは許されず、‟足を強く” と檄が飛ぶ。休みなく、どんどんメニューが繰り出されてゆく。‟時間はおしてるけど、よし最後に”と・・・ あー早く千秋先生 帰ってこないかナあ。
と、世の中には、想像を超える、上には上の人達がたくさんいるんだナあ。