「夫と妻の死生観 作家 小池真理子
夫が肺がんを宣告され、69歳で逝ってから丸4年が過ぎた。まだ元気だったころ、彼が口癖のように言っていた言葉が忘れられない。‟おれは、発見された時はすでに手遅れという病気で死にたい” 15のころからのヘビースモーカーだった。亡くなる数年前まで、ハイライトを煙突のごとく吹かし続けた。丈夫だったせいもあるが、医療機関を受診することを毛嫌いし、血液以外のあらゆる検査を拒否していた。検査すれば何かが見つかる。不安だらけの治療だの手術だのを受ける羽目になる。それがいやなのだ、という。そのことで私たちはよく喧嘩をした。末期の肺がんであることを告げられた時、絶望し、混乱をきわめた複雑な感情の中にありながらも、彼がどこかほっとしていたことを私は知っている。概ね理想通りの最期になる、と思ったに違いないのである。あれだけ彼の病との向き合い方を真向から否定し、言い争いのタネを作っていた私だが、今頃になって、彼は正しかったのかもしれない、と思うようになった。彼のような考え方は、時に人生の残り時間を安楽なものにしてくれることがある。なぜ、当時彼の考え方を認めることができなかったのか。多分、私の中にも彼と似たようなものがあるからだ。だからいやだったのだ。ということに、最近、ようやく気づいた。 」
バレエのストレッチをしている時、境先生はひとりひとりの生徒をまわりながら、からだの細部にわたって指導する。
私のところにまわってきた境先生は、私の背中をなでながら耳もとで ‟末ちゃんって本当に健康だね〜” と言った。境先生のレッスンを受けるようになって20年以上の歳月が流れていた。
たしかにそのあいだに、私のからだは細胞分裂を続けて、以前のからだから今のものへと入れ替わっていた。
しかも、その当時からいっしょにバレエを始めた人たちもほとんど・・・かわってしまった。
そういえば、私より絶対年上だろうと考えていた千秋先生も、実は7歳も年下だった。先生という指導する立場の人は、どうしても生徒より上に感じる。
そうか、バレエの先生は私より若い人達だったんだあ。
平均寿命は伸びている。だけど健康年齢との差は10歳くらい離れていて、寝たきり状態を10年は覚悟しないといけないらしい。
一生元気で働いて、ポックリいけるとしたら、最高の幸せだ。
できれば、私はそれを目指したい!!
ピンピンコロリ!! そのためには、いつも全力で、今日を生きよう。ということかナあ。
夫が肺がんを宣告され、69歳で逝ってから丸4年が過ぎた。まだ元気だったころ、彼が口癖のように言っていた言葉が忘れられない。‟おれは、発見された時はすでに手遅れという病気で死にたい” 15のころからのヘビースモーカーだった。亡くなる数年前まで、ハイライトを煙突のごとく吹かし続けた。丈夫だったせいもあるが、医療機関を受診することを毛嫌いし、血液以外のあらゆる検査を拒否していた。検査すれば何かが見つかる。不安だらけの治療だの手術だのを受ける羽目になる。それがいやなのだ、という。そのことで私たちはよく喧嘩をした。末期の肺がんであることを告げられた時、絶望し、混乱をきわめた複雑な感情の中にありながらも、彼がどこかほっとしていたことを私は知っている。概ね理想通りの最期になる、と思ったに違いないのである。あれだけ彼の病との向き合い方を真向から否定し、言い争いのタネを作っていた私だが、今頃になって、彼は正しかったのかもしれない、と思うようになった。彼のような考え方は、時に人生の残り時間を安楽なものにしてくれることがある。なぜ、当時彼の考え方を認めることができなかったのか。多分、私の中にも彼と似たようなものがあるからだ。だからいやだったのだ。ということに、最近、ようやく気づいた。 」
バレエのストレッチをしている時、境先生はひとりひとりの生徒をまわりながら、からだの細部にわたって指導する。
私のところにまわってきた境先生は、私の背中をなでながら耳もとで ‟末ちゃんって本当に健康だね〜” と言った。境先生のレッスンを受けるようになって20年以上の歳月が流れていた。
たしかにそのあいだに、私のからだは細胞分裂を続けて、以前のからだから今のものへと入れ替わっていた。
しかも、その当時からいっしょにバレエを始めた人たちもほとんど・・・かわってしまった。
そういえば、私より絶対年上だろうと考えていた千秋先生も、実は7歳も年下だった。先生という指導する立場の人は、どうしても生徒より上に感じる。
そうか、バレエの先生は私より若い人達だったんだあ。
平均寿命は伸びている。だけど健康年齢との差は10歳くらい離れていて、寝たきり状態を10年は覚悟しないといけないらしい。
一生元気で働いて、ポックリいけるとしたら、最高の幸せだ。
できれば、私はそれを目指したい!!
ピンピンコロリ!! そのためには、いつも全力で、今日を生きよう。ということかナあ。