“ ♪霧が晴れたら小高い丘に立とう  名もない島が見えるかもしれない♪
荒井由美さんがかつて長崎県の五島列島の一つ奈留島にある県立奈留高校の生徒のために贈った「瞳を閉じて」という楽曲だ。素敵なメロディーで一種の瞑想の中にいる曲にも聞こえる。
茫漠とした大海原に何か夢のような別の島が見えるかもしれない・・・、なんていう未知の夢を抱く楽しい曲だと長いこと私は勝手に思っていた。しかしある時それは違っていると分かった。実はこの歌詞の深いところにあるのは、島から都会に出て行った友人や海に出て戻らない人を追想するものだということだった。海の向こうにはきっとそうした人々に逢える場所があるのだろうと・・・それを願ったものなのかもしれない。この連載で取り上げてきたのはすべて実在する島である。でも、私は近頃、実在するかしないか分からない島も日本の島の中に含めなくてはいけないのかな、と気づき始めている。”  離れ小島よもやま話 視えない島 写真家 加藤庸ニ  

と、ここで、ろくハチのケージの後ろにある棚から、荒井由美のCDをさぐりあてて かけた。荒井由美は私が大学時代に聴いていて、私の青春の思い出がつまった曲。時々急にあの頃のみんなに会いたくて、というよりあの頃の自分が懐かしくてふいに涙がこぼれてくる時がある。
実在しない島とは、人の過去の思い出の中に生きている島。
ハイタイ、大潮の時だけに、島と島を結ぶ道が現れる。潮が引いている間を見はからって歩いてその島に渡った。残された時間は2時間ぐらい。それまでに戻らないと、帰る道は海の中に消えてしまう。たしかに、子供の頃そんな島に行って遊んでいた。山の階段を登り、木を組んでできたほこらに、不思議な骨のようなものが組み上げられていた。聞くところによると、それは雄じかの角らしい。角を切り落として、神社に祭ってあったのだ。
その島の名は志賀の島。乙姫丸とうい舟で高校まで福岡市内に通った。りっぱな橋もかけられたけど、橋の両側は外海と内海。台風がくる時は渡れない。海の中道、犬の太郎を連れて散歩に行けば、松林を抜けると砂浜、広い海が広がっていた。繰り返し繰り返し聞こえてくる潮騒の音と一両編成の遠くから響いてくる汽笛が、あまりに淋しくて、いつかここを出て行こう!!と考えていた。
そしてその夢は叶った。
だけど、その町で今も私の帰りを待っている、もう二度と会えない記憶の中に生きるやさしい人たちがいる。
“実在するかしないかわからない島も含めなくてはいけないのかな、と気づき始めている。”

♪風がやんだら沖まで舟をだそう 手紙をいれたガラス瓶をもって
遠いところへ行った友達に 潮騒の音がもう一度とどくように
今 海にながそう♪ 荒井由美

潮騒の音は実在の島と視えない島を結ぶ幻の音だった。
満ちた潮が満月の夜にさあーと引いて、こちらからあちらの島に渡れる道が現れる。
目を閉じさえすれば。