長ーく生きるのが目的ではない。命が短くなっても質がいい生き方をしたい。
じいちゃんは、誤飲性肺炎で入院して、治療を行っている。でも、自分の足で歩いて車に乗って病院へ入ったのが、点滴や酸素吸入、検査、・・・・。白血球の値が上がっていったけれど、とりあえず下がった。 後は肺に溜まった水と肺の影が消えるまで・・・・。そうこうするうちに、口からは食べられなくなり、ベッドからは起き上がれなくなり・・・・、意識も・・・・。これで肺炎が治ったとしても、もとの生活には戻れない気がする。

まどかのメール。
「帝王切開して麻酔で体の感覚がないときは思考もストップするし、何もしたくないから病院は天国に思えたけど、少しづつ回復してくると自由にできん病院生活がキツイんよね。
尿管の管も、酸素のマスクもイライラするし。
痛くても薬もらって自宅に帰って好きにしたいって。
もちろん家が嫌な人もおるやろうけど。
じいちゃんなんて、回復のためじゃなく残りの時間をどう楽しむかって、うちらより余計に考えるやろうし。
それに病院は禁酒やけんね…三年もつか…めんこう未来…って言いながら、いつものように最後の晩餐しながら毎日好きなことしたいよね。」

多分あと少しでじいちゃんに めんこ未来がやってくる。新潟の酒蔵に寝かせた焼酎が頃合いをみて、おいしくなって自宅へ配送される。3年前に買ったお酒、めんこう未来。じいちゃんはその時 たしかにひとこと、“ その時まで生きられるかナあ。” みんなで笑った。 こんな元気なじいちゃんが3年で!?!?
とにかく生きる質は劣化しているが、命の心臓はしっかり動いている。
熟成のめんこう未来を、なんとか自宅で飲ませてあげたいナあ・・・・。

「“ 雪は天から送られた手紙である ” と中谷宇吉郎博士の名言だが、雪の結晶を “ 雪美な象形文字 ” と呼んだのは、雪の研究に66年の生涯を捧げたウィルソン・ベントレーだ。米国北部に生まれた彼は、少年時代に雪の結晶の魅力にとりつかれ、独学で撮影方法を編み出した。周囲から変人扱いされ、学会から無視され、ようやく初の論文を発表できたのは、今から120年前、33歳の時。その論文には彼の慧眼を物語る一節がある。
“そのすばらしい精巧なデザインから、ひとつひとつの結晶の生い立ちと、雲の中を旅してくる間に受けた様々な
変化について、多くのことを学びとることができる。 ・・・・・ 生涯の歴史が、これ以上に優美な象形文字で書き綴られたものが あっただろうか ” 筆洗 2018.1.13 」

雪は天から送られた手紙。
そのはかない雪の結晶にも、一つ一つの生涯の歴史が綴られている。
今日はまた寒い一日。
雪になるかもしれない。