ETIOPIA エチオピア GESHAGEISHA
また清水の舞台から飛び降りる勢いで高級コーヒー豆を奮発した。エチオピア ゲシャゲイシャ 100g3500円!! 
しっかり気合を入れて、それでも豆は浅めに挽いて、お湯の温度にも気を配り、ゆったりとドリップしていく。
ひとくち、こくり。
うーん、すっごくまろやか。苦味を感じないくらい、エレガントなフレーバー。私にとって、コーヒーはアロマセラピー。心がすっごく安らぐ。
寒い夜明けの街。心が温まってどんな悲しいことや辛いことがあったとしても、一日が心地よく、芳醇に始まっていく。
一粒一粒、丹念に心を込めて、大切に育てられた豆なんだろうなあ。 おいしい!! ありがとう。
 
「東大生が心奪われた遊郭  今昔まち話 根津
東大本郷キャンパスと日本医科大付属病院に挟まれた根津神社。現在の静かな雰囲気からは想像できないが、周辺はかつて江戸有数の非公認遊郭だった。
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“様々な事情から つらい境遇に身を置いた女性が、この辺りにはたくさんいたんです。” と 思いをはせる。森まゆみさんの著書『不思議の町根津』によると、遊郭ができたのは、1706年の社殿造営がきっかけ。幕府による取り締まりを何度受けても しぶとく営業を続け、明治になってもにぎわいは続いた。本郷に東大が開設されると学生たちが入り浸り、学業を放り出す者も現われた。根津遊郭に入り浸った一人が、『小説神髄』などで知られる文学者、坪内逍遥。逍遥は、東大の同級生に誘われ遊郭を訪れ、遊女 花紫と 出会う。3年越しで通い詰め、ついに妻として迎えた。婦人は物静かで、気品のある人柄だったという。養女の飯塚くに は著書で、“わたくしは一緒に生活しながら、セン(義母)のそんな前身をまったく知らずにすごしました” と述べている。ただ、有名作家の妻の過去はたびたび噂話や新聞記事になったようだ。逍遥が、早稲田大学長などに推されながら固辞したのは、注目を浴びることで改めて詮索されるのを嫌ったからと言われている。有名人のゴシップが世間を騒がすのは現代にも通じる。根津の街並みは様変わりしても、庶民の関心事は明治時代とそれほど変わっていないのかもしれない。」

だよね。人の根源にあるものは、愛。 愛は一番大きな生理的欲求の一つ。
食べること、寝ること、愛し愛されること、それらの究極を選ぶのに、現代では お金が道具として使われる。
待てよ。明治時代もそうだったのかなあ。
そもそも、エチオピア、ゲシャゲイシャがすっごくおいしいと感じたのは、それが グラム3500円 だからってことじゃないよね。
もちろん、目をつぶっていても、 この味は!!!