トウで高くしっかり立つために、境先生は私の太もも、背中、腰をギューっと上に持ち上げ、筋肉に記憶させようと、私の身体と取り組んでいる。
そして、ジャンプを入れたトレーニング、“うわーっきつい” トウで高く立たなければ、足に重力の負荷がかかってしまうから、重ーい身体を、背骨と腰あたりでギューっと引上げるらしいが、“ 先生どこに力をいれていいか わかりません ” バーを持って高ーくトウで立ち、足を真っ直ぐに。どうやったらこの身体を維持できるのか?
“今、末ちゃん できてるよ”
“末口さんは、身体の故障もないし、先生の指導を素直にすーっとできるから・・・・、すっごく上達している”
バレエのレッスンは、社交ダンスのように派手じゃない。基礎をしっかり身体に入れるのは、けっこうつらい。けどこの練習があって、身体をダンサーに変化させて、パフォーマンスをしあげるしか・・・・、近道はない。

「今でこそ、四大バイオリン協奏曲の一つに数えられるこの曲ですが、作曲当時は、あまりの難度に、“ 演奏不能 ” とされ、初演も大失敗。悪臭を放つ音楽とまで言われました。
でも、最初に弾いたソリストが気に入り、真価が理解されるようになりました。音楽に限らず何でも最初に成し遂げた人の功績というのは大きいですね。チャイコフスキーの音楽、全三楽章の協奏曲のうち、中でも第一楽章の最初に独奏バイオリンが奏でるテーマが魅力的です。何度も登場するのですが、そのたびにぐっとくる。誰にもまねできないこんなメロディーが一体どこから生まれてきたんだろう。
第三楽章は、バレエの白鳥の湖にも出てくるロシアの民族的な踊りトレパックのリズムが出てきて、思わず身体が動き出しそう。駆け上がるようにして盛り上がり、ラストもかっこよく終わります。
もう一つの聴きどころが、幾度も出てくる、ソリストとオーケストラの掛け合いです。協奏曲は交響曲と違いソリストという主役が存在します。でも他の演奏者たちもただの脇役ではない。“ 音楽で対話するってこういうことか ” と強く感じます。映画では、この掛け合いを通じ、人種差別によって楽団を追われた団員たちとソリストのアンヌの絆が描かれます。マエストロ(指揮者)がアンヌにこう伝えます。“ 音符の一つ一つに命がある。それぞれがハーモニーを探している。” 音符が生きていて、運命の相手を求めている。そんなロマンティックな音楽の捉え方もあるのかと感動しました。   チャイコフスキー “バイオリン協奏曲 ” 映画「オーケストラ!」彩る。 平原綾香と聴く クラシックの扉 」

さあ、夜が明けてきた。
5時25分。明るくなるのが早くなった。もう3月だから。1月はいく、2月は逃げる、3月は去る。しっかり1日をつかまえてないと!! 春の嵐があけた今日の朝は、すがすがしいナあ。
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