「信隆氏は、1961年ニッポン放送、1964年フジテレビ、1968年には産経新聞のそれぞれの社長に就任した。フジサンケイグループでは産経新聞がフジテレビを引受け先とする増資を実施、フジテレビがニッポン放送を引受け先とする増資を行った。そのようにして、ニッポン放送が子会社のフジテレビと、さらにその下にぶら下がる産経新聞の経営を掌握し支配する構造ができあがった。
1985年、信隆氏の長男、春雄氏がグループ会議議長の座を世襲した。ところがわずか3年後、42歳の若さで急逝。信隆氏の現場復帰を経て、娘婿の宏明氏がトップの座に就いた。信隆氏は1990年に死去。カリスマ経営者の求心力が失われると、グループ内にクーデターが勃発した。1992年宏明氏がトップの座を追われ、フジテレビの日枝久社長が取って代わったのだ。信隆氏が執念とも呼べる情熱をもって築いた『鹿内王国』は、こうして三代で崩壊した。その後、フジテレビはお台場の新社屋のための資金調達のため ニッポン放送が上場し、1997年、フジテレビは東証一部上場を果たす。依然として筆頭株主の鹿内家の持株比率を低下させる日枝の作だといわれる。ここに、上場企業として、いびつな資本関係が登場したのだ。  p.112  生涯投資家 村上世彰 」

インサイダー取引といわれ、逮捕されるにいたった彼のニッポン放送とフジテレビのさわりの部分だ。

「日経ヴェリタス 編集後記
企業業績は最高益なのに、割安なままの日本株。 PBR(株価純資産倍率)は1.4倍。ブラジルや英国を下回る水準ですが、日本株を大きく買い増す動きにはつながっていません。日本株を買わない理由は様々でしょうが、今回は “投資家” “企業” “制度” の3つの側面から日本株にまつわる『変』なことをまとめてみました。
もっとも、市場のゆがみには、常にチャンスが潜んでいます。たくさんの『夢』がある日本市場は、改善の余地が大きいとも言えます。」

「私は四者の間をぐるぐる巡り、それぞれと議論を重ねた。新聞、ラジオ、テレビ、(同じグループ内の企業なのに)それぞれの間に立ちはだかる壁が想像を超える厚さだった。グループ内の経営者同士で腹を割った話し合いができず、それだけでも上場企業として失格だし、いずれの企業の主張にも、株主の立場は一切考慮されていなかった。3社ともに、自分たちの会社は自分たちのもの、という意識が強すぎ、上場企業としてどうあるべきか、何をすべきかという視点が欠落していた。 p.118-119  生涯投資家 」

MBB退場を言い渡したI社には、お客様の目線が全くなかった。いくら20年その店で経営をしている事実や、赤ちゃんから高校生になっても通っている生徒の話をしても、定期借款を繰り返すばかりだった。せめてお客様の目線、そこで働く人たち、そこから、地域社会 もちろん その会社に出資してくれている人たちのことも考えられるようになった時に・・・・、ゆがみは解消されるのかな。

「もっとも市場のゆがみには、常にチャンスが潜んでいる」
これもたしかだ。何かに固執すればするほど、心はゆがみ 周りが見えなくなってくる。
ゆがみに気付けば、そしてゆがみに負けないで!! 柔軟性を培えば、チャンスがめぐってくる!!

あたちは今、バーバんちのゆがみをチェックしてます。
まず、コンラッドロバをみちづれに!!
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