“ウッ” と息をのむ 苦しい顔を宮本さんはした。
私のアカを16年とってくれた、ロアビルが耐震問題のビルに指定された。老朽化が進む中、石の温泉は9月で閉店する。私は何とか店を続行できる場所がないかと、不動産とお風呂屋にあたっていた。よさそうな物件があった報告を1週間前にしていた。それが実はぬか喜びでダメだった。その報告を、悪いニュースは面と向かって話さないと、と私はロアビルに出掛けた。それに悪いニュースは、もう一つ重なった。9月の閉店が7月に早まったのだ。 “えーそんなあ” 私は、私の頭は混乱した。時間がない、眠れない夜、長い夜。宮本さんも、もっと私以上に苦しんでいるだろう。仕事も、そして住んでいる場所もなくなる。私が東京でビジネスを始めた頃、あーあと1ヵ月で私がビジネスのために用意した5000万円が底をつく。これで私の社長としての仕事も終るかも・・・・。あの時といっしょだ。どんなにか、息ができないほど苦しさに包まれたか。

「あれかこれか本当の値打ちを見抜くファイナンス理論入門  野口 真人
タクシー会社に保険は要らない!?
ポートフォリオがリスク、リターンにもたらす効果は、日常のさまざまな場面の中にも隠れている。これは有名な話だが、航空会社のパイロット3人は、離陸直前の食事と機内の食事は互いに別のものを食べるというルールになっている。3人が同時に食中毒になるのを防ぐためだ。吉本興業は6000人以上の芸人・タレントを抱えており、一発屋としてブレイクした芸人が下火になったとしても、すぐに次の芸人が出てくる仕組みになっている。従って大物タレントを数多く抱えるプロダクションに比べ、ビジネスのリスクは圧倒的に小さい。
また生物の遺伝の仕組みも、ある意味ポートフォリオ効果そのものである。インフルエンザウィルスが厄介なのは、いくらワクチンを作っても、すぐ抵抗力のある別のウィルスが生まれてくるからだ。一般的に、2本鎖のDNAを持つ生物の体内では変異を修復する仕組みがたくさんある。しかし、インフルエンザウィルスは、一本鎖のDNAしかなく、複製エラーをチェックしたり、変異を修正したりする酵素を持たない。インフルエンザウィルスは、一度起こった変異を修復できない。結果として、どんどん変異が重なっていくので、ものすごい数の変異体がごく短期間で生まれる。ワクチンにより個々のウィルスは死滅させられても、種全体に対しては、圧倒的な分散効果が働く。
またあくまでも思考実験だが、タクシー会社は大手になればなるほど任意保険に入らないほうが得になるかもしれない。一人でやっている個人タクシーであれば、自分の年間事故率は分からない(不確実性が高い)から、それぞれの損害賠償額のばらつきは大きい。しかし、たくさんの台数を抱える大手タクシー会社であれば、母数が大きくなればなるほど年間の事故数はほぼ一定になり、賠償額のばらつきが小さくなる(不確実性のリスクが低くなる)。割高な保険をすべての車両にかけるよりは、保険をかけずに賠償額を支払うようにしたほうが、全体としての損益はプラスになる。(※任意保険加入は義務づけられている) ポートフォリオは投資の世界だけでなく、この世界を生き抜く上での重要な知恵なのだ。」

私にとって宮本さんとの裸の付き合い16年。ロアビルを通して、2週間に1回。ポートフォリオは一切働かなかった。思えば私の前の会社での取締役マネージャーは20年間。これも同じ。そこから、その世界から抜け出して新しい世界へ。かぎは分散効果。卵を一つの皿に盛らない。そして相関効果。うーん、苦しい 恐い、どうしよう、不安、そういった感情に惑わされずに、次の世界のポートフォリオを組もう!!
“末口、私まず1ヵ月休もうか”
ポツリと宮本さんは言った。
そうだ、あの時、私はまどかに言った。
“もし、会社だめになったら? お掃除の仕事でもやろうかな。だって、お金がなくなったらダンスも通えないし、だから身体動かしてお金もらえる仕事がいいナあ。”
そして、まどかは、
“じゃあ、私はキヨスク。 あそこだと狭いし、そんなに動かなくてもよさそうだし。”
そして、すべてはなるようになっている。
それもこれも、私の目の前には7本の道、いや無数のポートフォリオが・・・・。