私は父の棺を乗せた車にお位牌を持って、黒い車の運転席に乗り込んだ。窓の外には、梅窓院に集まってくれた、真知子さん、阿部さん、杉崎さん、サナピー、哲太郎先生・・・・、と黒い喪服を着たお見送りの人たちが並ぶ。
フォーンというお別れの車の音、悲しさの余韻の中に、スーッと走り出す。
と、ドライバーが、お心付けありがとうございます。と、黒いリボンで閉められたポチ袋を私に見せ、お礼の挨拶をしてくれた。
“これより桐ヶ谷葬儀場へ向かいます。”  2台のマイクロバスの運転手と走行の動きを合わせて、3台が到着のタイミングを合わせるように無線のマイクで連絡を取り合う。そう言えば、マイクロバスの運転手からも、葬儀場の人からも、ポチ袋の心付けの感謝の言葉をいただいた。
セレモニー会社の人にあらかじめ現金が必要ですと言われて、お支払いしておいた中に、こういうものも含まれていたんだナあ。
私は、父が入院したとき、山王病院の下にあるコンビニで、お祝い用のポチ袋を買って、実は、いつでも感謝の気持を伝えられるように準備しておいた。ナースやリハビリの人たちが、エレベーターを降りると、5階の受付にズラッといる。カウンターには、“お心付けはご遠慮しています” というような、札が立ててあるが・・・・・。
じいちゃんの下の世話やら、痰の吸引やら、身体をきれいにしてもらったり、衣服の着替え、ひげそり ・・・・ など、身の回りのことを、こまごまやっていただいている。仕事とはいえ・・・・、ありがとうございますの気持に少し・・・・と、いつでもさっと形にできるようにしておいた。
のに、父の葬儀では、心が回らなかった。そうだ。生きていく世界では、お金がやっぱりなんのかんの言ったって、必要だ。かつかつだと、心のまわりも、きゅうきゅうで、きびしくなる。できれば、ゆとりがほしい。生活をして、楽しみにお金も使えて、そしてみんなと分かち合えるほどに・・・・。
それが今の世界では1%と99%に分かれていっている。1%の人たちは超富裕層。99%の人はカツカツの人。その境目が55億円の資産だ。
私は、ボワーンとする目と頭で、黒のポチ袋と、黒のリンカーンが鳴らすフォーンというクラクションに、現実の世界に引き戻されていった。
稼がなくちゃ。
生きている以上、しっかり稼がなくっちゃ。
ガンガン仕事をして、ガッチリ1%に食い込むぞお。
生きていく欲のエネルギーを、パンパンにして、満タンにして!! 走るんだあ。
私は父を亡くし、娘から社長へ、もどった。