チャイコスフキーピアノ協奏曲第一番第一楽章を聴く。 肌寒い日曜日夜明け前、ショールを羽織る。ハチは私のベッドで二度寝。ろくは、スポンジグリーンで遊ぶ。金ちゃん銀ちゃんも、うろこをキラリキラリとさせながら、マーメードのように水草の中で戯れる。
静かでピースフルな空気が漂う。髪をしばっている黒ゴムをはずす。髪の毛や頭にも酸素がめぐり出す。CDはウィリアム・テル序曲にかわる。俄然エネルギーが湧いてくる。
父は、もういない。というより、父の肉体はいない。私の部屋には、すでにこの42階には、1年以上も来てなかったから・・・・。だけど、11階に行けば、父の写真と遺骨が花に囲まれて、白い祭壇に祭ってある。たくさんの思い出があるし、思い出せばいつでも会えるし、そしてあの時こうしていれば・・・・という後悔もないから、私は、淋しく、つらくないと自分に言い聞かせる。だから涙が流れても、ちっとも悲しくないんだ。順番で、ソウルの世界へうつっていく、と納得する。ガヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲が流れだす。しあわせに、父のことを考えよう。

「顔は自分だけのものではありません。
白雪姫。問題の発端は、白雪姫の母親の心が成長していないということにつきます。失った若さを求めて見苦しさを露呈するだけなら、まだいいのですが、白雪姫に登場する魔女の母親のように家族を傷つけるのは問題です。そうしてこうした問題は物語の中だけでなく、実際の家族にも起きうることなのです。いわゆる毒親のパターン。美人でちやほやされて育つと、努力することもなく、人間として成長しきれない面がでてくるのかもしれません。美しかった過去の栄光にしがみつき、大人になりきれない母親は、見ているほうが悲しくなります。ちやほやされて、いつも誰かに助けられて、努力せずに人生を過ごしてきたつけが、家族にのしかかってくる。大人ならば身につけているはずの周りへの配慮が足りず、一番身近な家族を傷つけてしまうことは不幸です。 ・・・・・。
顔と心がともに成長しながら、美を意識する、皺も魅力にできる人がいます。その人の生き方を象徴するような、苦しい中でもいつもたゆまぬ笑顔を見せ続けてきた結果の皺だったりします。歳を経た魅力には、その人の生き方が垣間見えることもあり、美人であり続けることは、なかなか大変なことなのです。」  損する顔・得する顔  山口真美

土曜日、北千住は、スペシャルデー。
しあわせのダンスダンスダンスの二大美女、富士子さんと初恵さんが、一緒にチラシを配る。
この二人のお姉さんを、私は頭のてっぺんから足さきまで、なめるようにしてみて、その美しさに驚ろく。
かたやバレリーナ、かたや社交ダンス、筋肉のつき方は少し違うが、贅肉一つついていない、しなやかな身体。そして、心の強さから、子供達をしっかりと育て上げ、家族へ寄り掛からず、いや家族を支えて、しっかりと夢を持って生きている二人。
そう言えば、私のまわりには、そんな女たちで溢れている。成長を続け、学び、壁を乗り越え・・・・・。
“まず呼吸をしっかりしましょう。横隔膜を広げる、肺から下腹と背中まで空気を入れることを意識して、ストローで少しずつ吸っていくようにして12で吸いまーす。そして少しずつ少しずつ10で吐くように、吐ききってえ〜”
“じゃあ、次にあぐらをかいて、3つの穴を意識して、しっかり閉めた状態で、この呼吸をしましょう。”
北千住の生徒さんのレッスンの合間を縫って、スペシャルレッスンを受けた!!
女のまたの力。努力!!
努力の上に花が咲く。努力には体幹。体幹を支える筋肉は3つの穴のライン上、身体を支える、心を支える、生活を支える、女のまたの底力を意識して・・・・ 美しさを鍛えよう!! 今日もしっかり生きていこう!!

CDは、チャイコスフキーピアノ協奏曲第一番第一楽章のジャン ジャン ジャー ジャーン に戻った。