1月をやり過ごし!! 新しい月、2月を迎えた。
今年1年のがんばりが、2020年を切り開く。夜明け前が一番暗いように・・・・2019年は、ふんばらないといけない年だ。それがまず1カ月すぎた。

「下重暁子の出合ったひとびと83 野際陽子
きれいで頭が良くて人をそらさない。最初に社会に出た時に野際さんのような秀れた人がそばにいた事に感謝したい。もし仕事に自覚のない人がいたら、私も仕事をいい加減に甘く考えてしまったかもしれない。
野際さんと私はアナウンサーが目的ではない所も似ていた。野際さんは最初から女優になるといい、私は物書きになると言っていた。二人とも自分で食べていくために職業についた。野際さんも私も自分を食べさせる必要があって、最も目的に近そうな、言葉の職業についたのだ。私たちは戦後の混乱の時期を決して恵まれた環境で送ったのではない。野際さんはサラリーマン家族の長女であり姉弟が多かった。私の家は軍人という職業がなくなり、公職追放になるに及んで、経済的に崩壊していた。自立して自分で生きていくのが急務だったのである。・・・・・・。当時ピアノがある事は、一種のステイタスであり、野際さんの家も我が家もピアノはなかった。NHKをやめて民放で仕事を始めて多分、真っ先に買ったのがピアノではないか。湘南逗子の小坪に家ができたとき、訪問したらアップライトが応接間にあった。そして野際さんが亡くなって弔問に文京区のマンションに行くと、祭壇の真ん前にグランドピアノがおいてあった。それを買うために500万円貯金していたとも聞く。そのピアノを目にしたとき、不意に涙がにじんだ。」

私も弾けもしないくせに、ピアノを買い続けた。そして今では、全自動オーケストラバージョンのグランドピアノを手に入れた。孫たちはバーバのピアノでレッスンも受けている。母は、私がピアノを習いたい!!と言った時、ピアノが買えないし、もちろんピアノを置く場所もない借家だった頃を、“ シーコが習いたい!!って言った時に 買えなかった” と言って、最後まで残念がっていた。親は子に愛だけでなく、自分のものは惜しんでも、食事、生活、きれいなワンピースにスカート、晴れ着に大学、子供の望む夢までも全て与えてあげたい!!
私も親になった。だけど・・・・、自分の娘のことより、自分のことに今でも夢中な、なんちゃってママだ!!
なんちゃってママが、今ではなんちゃってバーバで、それでも自分の夢に向かって、よしピアノの次はと、虎視眈々と、欲望を膨らませて2019年を生きる。