「技術者魂・・・・ 鉄製橋桁を隠す? 
新宿区の靖国通りをまたぎ、駅名にもなっている陸橋“曙橋”には不可解な謎がある。戦前に建設が計画されたが、日中・太平洋戦争で中断。戦時中、軍需物資として供出の運命にあったはずの鉄製の橋桁はなぜか供出を免れ、戦後の架橋に生かされた。工事の空白期に何があったのか。曙橋は、1936年(昭和11年)東京市が計画。37年に勃発した日中戦争に伴って中断。都が引き継ぎ着工、57年に完成した。都によると、戦後の工事で使用した橋桁は、横須賀浦賀ドッグで戦前に製造されたものだった。作業は順調だったが、38年戦争の長期化や総力戦を想定した政府は軍需物資などを規制する国家総動員法を制定、鉄は統制物資になった。橋桁は約百数十トンもの鉄の塊。供出されても不思議ではなかった。しかし、橋桁は残った。橋桁は戦前に造られずっと保存されていた。ただ、どこに、なぜ保存したのかはわからない。橋のエキスパートとして知られる都橋梁構造専門課長 紅林章央さんは、“東京都の技術者らが供出を拒みひそかに保存したのでは” と推測する。技術者として橋桁が鉄砲の弾に替わることに堪えられなかったのでは、とも。“技術者は橋を、人を生かすためのものと考え、人を殺すためのものに替わることを受け入れられなかったのだろう。命を大切にする思いが橋桁を保存させたのではないか” と思いをはせる。 戦禍をくぐり曙橋は生きた。 加藤行平」
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30℃を超える暑さの中、新宿文化センターを、ゲネ、発表会と行き来する。
そう、ここは私が東京に出て、高円寺、田町、曙橋と、3軒目に住んだエリアだ。
あー、あの橋と地名にはそんな謎があったんだ。
ただ不思議な街だった。なぜって言われて、一言では言えないけど、本当に何かを感じる街だった。すっごいスピードで変化する東京の街には、何かがある。土地の中に龍やらが潜んでいて、口からチロチロと赤い舌を出しながら、奥底から、爪をとぎ、光る目でキラリ、キラリと。
さあ、そのパワーを少しでもいただきたい。
今日はスーパープレゼンテーションだ。