“ちょっとリラックスしてください。”
そういうと整骨士の先生は、片方の足を曲げて、もう一つの足をまっすぐにした。二つの足をかかしの足のように一本にして、寝た状態の足を、腰上まで高くあげた。左側はなんともなく、右側の時に、“ピシーィ”とした痛みが走った。
“あー背中ですネ、原因は”
ぎっくり腰に近い、私の症状を今治療してもらっている最中だ。朝の洗面など、かがめる動作の時に、ギクッとくるから、おそるおそる。だけど、その前に、しゃがむ、立つ、しゃがむ、立つを5回して、トレーニングをすると、ギクッの回数は少なくなってきた。そして、ぎっくり腰への対応も、なんとなくだけど理解できる。とにかく、固まったところ、固いところを動かしながらほぐしていく。そうしないと、痛さに負けて、鎮痛剤やら、安静やらと、動かさないと、本当にその部分は固まって動かなくなってくる。
88歳の父の身体の変化は、まず、ぎっくり腰を頻繁にするようになって、そのあとは、腰が曲がらなくなっていた。足の親指の爪が切れない。腰をかがめることができなくなって、動きがぎこちなくなっていた。寡黙であまり話さない父は、口の筋肉も弱ってきた。それに、まぶたの力も弱って、目を大きくあけるのも難儀だった。
社交ダンスにも、70代80代ときている人を観察する。動かしていると、やはり身体は動いてくれる。プロダンサーのように、なめらかに すべらかではないけれど、それでもまだまだいける。
人生100年時代。寝たきりにならにように、私は今のうちから身体の未来を考えて・・・・・、朝のトレーニングに、腰体操をいれてみた。
そこからおいしいブレックファースト。
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水シャワー、目の体操、腰体操、スクワット。
習慣にしよう。

「いつも手元に置いている航空券がある。
日本航空123便羽田発大坂行き。日付は1985年8月9日だが、変更前は12日だった。母親の初盆で帰省するため8月12日の大阪行123便を予約していた。広島の家電販売会社の社長から電話が入った。“定価で売れるはずがないと思っていた御社の製品を客がどんどん買っていく。一席設けるから、ちょっときてくれ。”
取引先の誘いに応じ、出発を3日早めた。“今とは違いお盆にしか夏休みが取れなかった時代、チケットの交換を申し出た際には、係の女性からものすごく感謝された”、と西山さん。接待を受けるなどして、兵庫県の実家に着いた夜、“123便、レーダーから消える” テレビ画面に信じられない字幕が表示された。自分が予約していた席に喜んで座った方が犠牲になった。何とも言えない気持ちはずっと持ち続けてきたという。事故から10年、妻とも供養したいと御巣鷹の尾根にも登った。西山さん自身もその後、咽頭がんを患い、10年余り前には緑内障にかかり、両目の視力をほぼ失った。
“でも、私は生きている。何てことはない。” 今もラジオで国内外のニュースをチェックし、近くに住む孫や、海外に住む友人らとの交流を楽しみに過ごしている。  東京新聞 」

 チビッ子暴走族パークに行きました!!
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お盆まっさかり。
次のブログアップは、月曜日。