フルーツをかじったあと、
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キャンディ壺の中・・・・、
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床にころがったビー玉、
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あれー
部屋に戻ると、グレムリンがいた形跡があちこちに。
今日はバーバがお仕事でいない間に、ピアノの体験レッスン。
よーくみると、とくとももの指って長いし、間接も柔らかい。
ピアノを始めるには、いい時期だ。
小学校低学年の頃、音楽教室に通って、高学年のお姉さまが弾くピアノの音を、“すっごい!!” 憧れをもってみていた。音楽担当の西園寺先生のお子さんだった。
その頃エレクトーンという電子オルガンも登場した。だけど私は、ピアノの音が好きだった。とくともも、さくらにもピアノを弾いてほしいなあ。それに音が楽譜の中で動きだして、楽器を弾かなくても、頭の中に音階が入ってくると・・・・・、自分で自分の好きな音楽を楽しめるようになる。
ダンスも、バレエのバーレッスンで、身体を足先から頭のてっぺんまで操り人形のように感じて動かすことができれば・・・・、音楽に合わせて、風の動きに揺れて、雨音にリズムをとり自由に踊れるようになる。
そして、言葉、英語を話せば、世界とつながり、人と人が触れ合い、交渉し、折り合いをつけ、一緒に何かを取り組んでいける。
そんな不思議な力を培っていけるのが幼児期だ。
とく、もも、さくらの中には、すっごいお宝が眠っている。この時期から教育は始まっている。
学校が始まってから、先生に任せるというのは、適期という考え方からすると、ずれている。
しまりかけた、子供の感じる心の扉を、こじ開けながら、詰め込んでいくのは厳しい。

「 時代を読む  浜 矩子
ギグ・エコノミー。 この言葉が日本でも大ブレークする時がいずれくる。ギグは英語で書けばgigである。短時間で終わる仕事とか、その場限りの単発仕事などの意だ。そのような形で仕事をする人たちを、ギグ・ワーカーという。ギグ・ワーカーがたくさんいる経済がギグ・エコノミーだ。ギグ・ワーカーをスラッシーズと呼ぶ国もある。「/」印のことで、「兼」を意味する。自分のことを「翻訳家/通訳/ライター/編集者」などと書く人が、スラッシーである。彼らは兼業・副業が多い。フリーランスで、多様な職務を請け負っている。ギグ・ワーカーは、さまざまな仕事を並走的にこなす人でもあるのだ。筆者は、ギグ・エコノミーをお座敷芸人経済と呼んでいる。お座敷芸人は、多芸でなければいけない。お座敷がかかれば出向いて行ってその場専用の芸を披露する。必要な時だけ、需要がある時だけ、お声がかかる。オンデマンド。出前経済。このスタイルの働き方が世界的に増えている。フリーランス生活を楽しく満喫するのは結構なことだ。
このギグ・エコノミーがどういう経緯で生まれたかということである。2009年、リーマンショックがその発端だ。ある時多くの人達が定職を失った。倒産したリーマン・ブラザーズから解雇された従業員が段ボールの箱を抱えて続々と出てくる。突如として失業した人々は必死で仕事を探す。追い詰められた人々の必死の対応がお座敷芸人を生んだのだ。 “ついに来たお座敷芸人時代” 」

経済はつねに動き、流れ、時代は変化していく。
その大きな流れは誰にも止められない。
救済を求めて、ボートを探しても、数は少ない。
自分で芸をみがき、何とかこの流れる大海を自分の力で泳いでいかなければならない時代となったのはたしかだ。