「消えゆく道産子  動物学者 今泉忠明
富士吉田口五合目あたりに観光用のウマが10頭前後いるのに気づいた。この中に道産子がまざっていると聞いた。道産子は在来馬の一つ。(北海道和種である)
30年前、十勝農協で帯広の南、湧洞沼の畔に広がる牧場で、そこに放牧されていた道産子を取材した。道産子のルーツは開拓のために導入された南部馬で、原野で鋤や橇(そり)を曳き、乗用とされ、厩肥を生み出した。道産子は北海道開拓の初期に重要な役割を果たした。だが北海道に導入された農業は、耕地も広大なら鋤も大形だった。身体の小さな道産子にはそんな鋤は曳き切れなかった。欧米から洋種と呼ばれる重要馬が持ち込まれた。道産子は交配による近代化を迫られたのである。日露戦争はすべての在来馬を強制的に近代化した。ロシアの軍騎兵のウマに比べ、日本軍のそれは貧弱で太刀打ちできなかった。当時150万頭ほどいた馬が1941年(昭和16年)には100万頭の軍用適格馬となって全国で飼育された。日本古来のウマはほとんど姿を消した。人間1人約0.1馬力。ウマ1頭1馬力で働いた時代には、ウマ1頭で人間10人分の力を発揮した。
けれども100馬力のエンジンを搭載したトラクターの出現はウマの存在価値をなくした。100馬力のエンジンは、文字通りの1000人力なのである。機械への転換は、ウマを輓曳用から観光用、競技用、競争用などにした。新しい用途に適さない限り、ウマは消えゆくしかない。 」

経済社会はつねに、人、物、金を有効に使い、効率よくスピーディで、かつより大きく、結果を出さないといけない社会だ。その経済社会に全てのものがつぎ込まれていく。
ちょっと待てよ。そこに私の愛するものたち、そして家族、そして自分自身の人生すら、そんなことを求めて、そんな価値感で動かされているとしたら、すっごく間違った方向に吸い込まれ、流れていってることになる。こんな時は、一歩一歩踏みしめよう。
土曜日、とくももを連れて、池袋サンシャインへマーケティング。店舗の空床が目立つ。子供服の店は1店舗2店舗となくなっていく。アパレルも一等地にあったものがどーんと空床だ。これだけの集客を誇るサンシャインでこれだから、けっこうどこでも苦戦しているに違いない。とくももを遊ばせようと、ちっさめの子ども広場へ移動する。無料とあって、あふれる子供の中に、でーんと長くなって寝ているパパがいた。・・・・・・・。都会はすでに摩耗し、疲れている。
経済のみを追い求める世界は灰色一色に塗られていくのかもしれない。
“新しい用途に適さない限り、ウマは消えてゆくしかない” ように!!