「はじめに
年の瀬に買う連番の宝くじは、毎度、当選金300円。宝くじが当たった人の不幸な末路を検索しては、当たらない方が幸せだよね。と自分を慰める。二億円当たらなくてもいい、だから神様、せめて百万円・・・・・・。金なんてただの紙だ。なくたって生きていける。でも困らないだけは欲しい。いや、やっぱりあればあるだけよいのではないか? 強がりと本音の狭間でひとり問答しながら、今宵もATMに表示される、“残高不足”に静かな動悸を隠せない。本書は、文豪を中心とする作家たちのお金にまつわるエッセイ、日記、手紙などを集めたアンソロジーです。親、友人に借金をし、借りた金で酒を呑み、恩師の掛け軸を売り払い、妻と友に見捨てられ、ときには執筆以外の金儲け法を思案する。その崖っぷちな生活の中で生まれた数々の名作たち。あえてこう言いましょう。作家だから金がないのではなく、金がないからこそ“真の作家”になり得たのだと。
恥も悲しみもかなぐり捨てて、ただ今日を生きるのだ。これは作家たちの物語であると同時に、お金の前に無力な私たち人間の、反逆と希望の物語です。」  お金本 左右社

そしてこの本の第一章は、
“俺たちに金はない” からはじまる。
貯金は底をついても、才能は枯渇しない。金に泣いて笑った96人の文豪がでてくる本だ。 おもしろそうだ!!
たしかに、人からもらったお金や、宝くじであたったお金は、たまたまのこと。自分の力で稼ぎだしたお金は、自分がしっかり仕事をすればまたやってくるから、心配はいらない。
でも今の日本人は、暮れてゆく日本の中で、自分の力で稼ごうというより、保障や欲求が大きい。
たまたまのお金を、待ち続けるのは、辛く悲しい。
公園は寒くなった。夕方、グレムリンは遊んでいるかな?と、冷たい風が吹く青山の公園を訪れる。
ブランコを大きく揺らして、歌を楽しく口ずさんでいるのは、中学生のお兄ちゃん。バーバは、“ゥオ−ッス” と挨拶。そして、鬼ごっこをしているのが、とく、グレース、小学生のお姉さん2人。ベンチの隅っこで、ひとり砂遊びに冷え冷えになったモモ。ベビーカーの奥深くで寝ているサクラ。それにママ。これだけかあ。
こんなに秋風が吹きすさぶビルの谷間の夕暮れ時・・・・・。淋しく、冷たく、ヒュワァー。 
グレムリンは、そんなの関係ない。 はしゃぎまわっている。
いいなあ。 もう一つの本のことを思いだした。
たしか、“子供に魚を与えるな、魚の採り方を教えよ” だっけ。
いや、 子供に魚を与えるな。子供を海へ、川へ、湖へ、せめてつれて行け  が 正解だろう。