「キャンパスという空間と時間
子供たちの学校はニュースで連日 ‟災害級の暑さ” と言われたほど猛暑なのに、帳尻合わせで8月のうちに再開された。世間はコロナなど社会生活に関係ないと言わんばかりに進んでいる。大学はどうなるのか。秋はキャンパスは再開されるのか、それともリモート授業が続くのか、大学がリモート授業だけになり、それで ‟あなたは大学生です” というのはおかしい。大学というのは高校までと違って、‟何をしてもいいところ” であると同時に、‟ 何をしなくてもいいところ ” だ。我々の頃、コロナが流行ったらどうなってたか? ‟授業も何もなかったよね” 当時、大学というところは、いつ機能停止してもおかしくないような雰囲気が漂っていた。 60年代末の学生運動のデモやロックアウト(封鎖)の記憶が大学のキャンパスにはまだ染み付いていたのだ。とはいえ、私が入学した1975年は学生運動はすでに下火になり、平凡なノンポリ学生だった私は、授業に出たり出なかったり。まあたいていはでなかったりで、映画サークルの部室の長椅子でゴロゴロ寝そべっていた。・・・・・・・・。
大学は授業に出るためだけにあるのではなく、キャンパスで一人で物思いに耽ったり、友達としゃべったりするためにもある。というか、私にとっての大学とは、授業ではなく、キャンパスという空間と、そこに流れるゆっくりとした時間と友達のことだった。  ほさか かずし  作家  」

だね。私も大学時代が一生のうちで一番大好きな時間と場所だった。
だから、あの自由で、何でも好きなことにチャレンジできて、仲間もいて・・・・、 とにかくフワフワと輝いていた。
もちろん勉強は一切しなかった。けど留年する友達と私の違いは、要領のよいところ。
うまく教授をとりこみ、論文も出さなかったわりには、教授はよく動いてくれた!!!
で、大好きなキャンパスに戻りたい一心で、仕事を始めてからも、大学院へもどった。
結局、大学4年、マスター2年、ドクター3年と、9年も青春を謳歌した!!
けど今では、大学以上に、もっともっと自由で、仲間もすっごく増えて、しかもチャレンジできる場所を見つけてしまった。
もちろんみなさんは おわかりですよネ。
私がいつも元気に、ガンガン楽しんでいる様子を。
キャンパスという空間と時間。