「いつもの風景が、以前どこか微妙にズレている気がするのである。昨日より今日の方がズレが大きく奇妙な気がする。その奇妙な今日が、明日の予測を更に難しくするという日々をわれわれは生きているのではないだろうか。マスクで顔を覆い、目玉だけをギョロギョロさせて、人々がこんなに互いを意識し、こんなにも当たり前の景色に不穏な気配を感じていたことが、かつてあっただろうか。正直コロナにも豪雨にも、そして後手後手の政治にもうんざりである。しかし目の前の新しい世界に興味が尽きない。見慣れた世界の殻を破って顔をのぞかしはじめたこのほんの少し以前とずれた世界は一体何なのだろうか。その意味を探り、正しく記述するのが小説家の仕事である。これがもし新種の社会なら、脱皮に際して、大きな痛みと成熟性を伴うに違いなく、既にその兆候は十分にある。この苦しみを乗り越えて空を舞う新種の片りんは、このズレた風景の中にきっとあると私は思う。  脱皮する風景 吉村萬壱さん 」

月曜日が始まる。ラ・トミオカ(工場)へ出発の日。毎週毎週、いい空気が吸える。
職人のいい人間に会える。まっすぐに仕事をし、正直に反応し、美しい人達だ。
なぜ私は、毎日東京駅で新幹線に乗り彼の地へ行くようになったのか。不思議な変化が私に起こった。

Che Sara   ケ・サラ
私の故郷は、お前は丘の上にある
眠った老人のように横になって
退屈、放縦、虚無
それがお前の病気だ
私の故郷は 私はお前を捨てて行ってしまう
どうなるんだろう どうなるんだろう どうなるんだろう
私の人生はどうなるんだろう 誰が知っているのか
私にはすべてすることができるのか
それとも、おそらく何もできないか
明日から分かるだろう
そして、
なるだろう なるだろう なるように
  Canzone50.15. ケ・セラ リッキとボーウェン