「大昔、幼稚園のアルバムに載せるため、“将来の夢”を聞かれたことがある。先生が園児を順番に名指しして“大きくなったら何になりたいの?” 私の心情とは無関係に聞き取りは進む。私の場合、その問いに正確に答えるならば、“考えたことすらない”である。なにしろ毎日忙しかった。一緒に寝たはずのぬいぐるみのうさちゃんが、朝にはいつも布団を飛び出している謎の究明や、横になったままカツゲン(という乳酸飲料)を飲んだらどうなるかの実験など、やらなければならないことが多かった。空き地の水たまりをみはる仕事もあった。水たまりは巨大で、晴れた日が続くと少しずつは小さくはなるが、決してなくなることはない。だからこそ、いつかそれが消える日を見届けたかったのだ。とてもじゃないが遠い未来のことを呑気に考えている暇はなかったのだ。だがその多忙を大人に説明するのは難しい。いつも適当な“正解”をでっちあげていた私は、この時も目の前にいる人の職業を咄嗟に口にした。“幼稚園の先生になる” 先生はにっこり笑って、ノートにそれを書き取った。子供達の夢はだいたい似通っていた。女の子はお嫁さんや、ケーキ屋さんや、花屋さん。男の子はパイロットや野球選手。ところがその予定調和的な雰囲気はある発言を機に一気に崩れた。 “元気な人になりたい!” そう言い放った男の子がいたのである。“ええっ!”と誰かが叫んだ。 “そんなの変だよ!” と誰かも言った。笑う子もいれば、“元気な人はお仕事じゃないからちがうよ” と冷静に諭す子もいた。私といえば、ただその斬新な回答に驚いていた。元気な人。以後、同じ質問をされるたびに、私は彼の言葉を思いだすようになった。“大きくなったら” の問いは、将来の目標や卒業後の進路と名前を変えて、ずいぶん長く人生につきまとうものなのだ。“将来の目標は?” “元気な人” もちろん進路指導でそう答える勇気はない。心の中でこっそりつぶやき、口ではそれらしいことを言ったり言わなかったりした。そんなことを何度も繰り返し、やがて“本当に大きく”なると、もう誰も聞いてこなくなる。聞かれなくても何とか自分で道を探して生きていくしかない。そのために必要なのが “元気” だと、そこで初めて知ったのである。あれから半世紀。“元気”といえる心の状態を保つことの難しさを実感するにつれ、彼の勇ましい姿が胸に蘇る。彼は今頃どうしているだろう。無事に “元気な人” になれただろうか。そうであったらいいと思う。   元気な人  北大路公子 」

ピンポーンとドアのチャイムが鳴る。最近はとくも背が伸び玄関のチャイムが押せるようになったから、油断できない。
3階から非常階段を上り、4階のバーバん家へ一人やってくる。
大きなビニール袋の中から、つるをつかまえて、土まみれのさつまいもを届けてくれた。
“バーバ、この芋でスープつくったらいいよ。”
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幼稚園から府中にある農場へ、大型バスに乗り、秋の芋ほりに出かけた。
収穫の喜び!!
すっごく楽しかったようだ。聞くところによると、こんな楽しい子供達の行事が、コロナの影響で中止されていると聞く。
大人達はいったい何を守って、子供達の未来をせばめているのか。 すぐ学校はお休みになるし・・・・・。
リスクゼロの社会が人の活動にストップをかける。
秋は収穫の季節。
汗をかき、土地を耕し、生活を楽しむことが、元気な人に育つ、お日さま消毒。