「八月尽(じん)(末日)
暦をめくるとあらわれる9月という言葉を前に、本格的な秋の訪れと、一年も後半に入ったのだということに感じ入っています。道を歩いていると吹いてくる風の中には仙人草の花の香り。早々と色づいた葉を地面に散らしているのは山桜です。毎朝掃いても翌朝には積もっていて集めるとまるで小さな秋の山のようです。あちこちにあらわれる秋を見つけては、ひと呼吸。特に星空は、体の中に蓄積した暑さや疲れを、和らげてくれるような輝きを今、放っています。  秋の訪れ 広田千悦子 」

CDをカンツォーネに変える。
夏にはカンツォーネはとても聞けない。
けど訪れる秋にはピッタリだ。
秋には、特にこころしてテレビのない生活にしよう!!
テレビをかければ、ニュースから流れる緊迫した雰囲気のアナウンス。
機械音とともに、字幕スーパーが、地震速報のように感染者数を告げる。
心がざわつく。秋をつげるはずのお天気すら、警戒アラート、残暑の赤が染まる。
っと、バレエスクールの道、暑い中日蔭を探し、ゆれるアスファルトを、かげろうのように、フラフラになりながら歩く。日差しはまだまだギラギラと、今の私って、妖怪人間みたいに、ボログニャと溶けそうだ。
そこへ、男の人が、バケツからひしゃくで打ち水をしていた。サワーっと、冷気を感じる。すぐに蒸発する水を、バサリ、バサリと打ってゆく。
ありがたい。
そうだ、昔から夏は暑かった。だから、生活の知恵で私たちは涼しく過ごす心を鍛えてきた。
ふっと、暑さと戦おう、コントロールしよう、支配下におこう、と考えていた自分をゆるめて、夏はこんな季節だった、だから涼し気に心をするために、心の窓を開け、打ち水をし、風をとりこんでいたんだ。
ハアー 夏の終わり、夏の暑さをしっかり満喫すれば・・・・。
そんな去り行く夏を哀しむカンツォーネの季節がやってくる。