「最終便が大幅に遅れて、羽田空港に着いたときは公共交通機関の終電はとうに終わっていた。しかたがないのでタクシー乗場に行くと、案の定長蛇の列ができている。列の先頭で拡声器を持った係員が ‟ ここに待っていても車は来ません。自分で手配して下さい ” と叫んでいた。その時不思議に思ったのは、列に並んでいたひとたちがまったく動こうとしないことだ。 (待ってもタクシーは来ないのに 橘玲の世界は損得勘定 )
・・・・・。 この奇妙な現象について考えてみると、多くの人はそもそも問題解決に興味がないのではないだろうか。なぜなら、自分で判断することはコストとリスクがともなうから。なにか問題が発生したときに、もっとも確実でコストが低いのは、ほかのひとを真似ることだ。なぜなら、たくさんのひとが同じ問題に直面して考えた結果だから。これは一種の集合知で、たしかに理にかなっている。個人の正しい知識と情報で思いついた解決策よりも、多くの人が試行錯誤してたどり着いた解答の方が正しいことは間違いない。これなら、タクシーの来ない乗り場に長い行列ができる理由も説明がつく。自分からタクシー会社に電話をしないのは、誰もそんなことをやっていないからだ。その上‟みんなと一緒にいる”ことに安心感があるかもしれない。だがこの原則をすべてに適用すると・・・・・  」

コロナのワクチンは2回打つより3回と・・・・。
さあ今日は、ラ・トミオカに行く日だ。
世の中は、ゼロリスク、リスクをとらないのが一番いい!!という考え方に塗り替わった。
コロナにかかることは、絶対避けなければならない。消毒、マスク、三密、ワクチン、仕切り、延長に延長される緊急事態宣言、隔離・・・・、ありとあらゆるゼロリスクの要請。
ゼロリスクは、自分からは絶対にリスクをとることは悪だ、みんなと同じように、上からの指示に従い、大人しくいい人であり続けること。反抗、反発、リスクをとり戦う人は何とか除外したい。白か黒か色のない世界に、あしかせが、待ってもこないタクシーを待ち続ける人にしてしまう。補助金、助成金、協力金と、ご褒美が配られる。そんな人の気がなくなったゼロリスク社会。六本木を歩いていると、汚れた街並みが、シャッターを閉じ、空床となったビルが点在し、灰色となって続くメインストリート。すでにビルごと売り出しの看板。多くの人はリスクをとらない。そもそも問題解決に興味がないのだろう。なぜなら自分で判断することはリスクが コストが ともなうから・・・・。