あれれ、目の前に、小さな鳥の羽毛のようなものが・・・。見える。

さっそく調べてもらう。飛蚊症。

 ‟目の前に小さな蚊や毛屑のようなものが見える時、生理的なものは放っておいても問題はない。が突然視力が落ちた、突然いなずまが走るように光が見えた、突然視界が狭まったなどの場合は、専門医で治療” らしい。

まあ、見えだして1〜2日だから、年齢からくるものだろう。
普段病気らしいことが無い分、よけいに変化を感じる。そして、小さなことでもすっごく不安になる。フラビオとのルンバ、チャチャ、ジャイブが完成した。
衣装は2年前バーゲンで買っていたものでOK!!
‟華麗なるギャツビー”のイメージ!! 
10月30日新宿ハイアットリージェンシーホテルでお披露目だ。
それにしても、目の前をチョコチョコ、綿埃が見えるので、うっとおしい。集中力が続かない。なんとかならないかなあ。

(山あり谷ありというが、山も谷も片方だけでは存在しない)
「もしこの世に山だけがあったとしたら、全ての土地が標高3000メートルだったら、どうなるのか。そこが平野というか台地というか、単なる平たい陸地になるだけで、‟山”という概念がなくなる。高低さまざまな場所があるから、山があり、谷ができる。両者は、そのバラツキの両極のことであり、バラツキがなくなれば、いずれも存在できない。どんな事象にも変化がある。一定で安定しているものは、この世にはない。となると、どんな事象も山あり谷ありとなる。ただ、例えば、‟人生山あり谷あり”と言葉にする意味は、その山や谷が平均よりも高い、あるいは低いということを意味している。たいていの場合、山がよい時間で、谷が悪い時間のようだ。どちらかというと、谷に水が流れていて、山の上より住みやすい。人間は谷に集まり、そこに村や町ができ、その観点からすると谷もすてたものではない。幸せの絶頂と不幸のどん底は変化するもののピーク点に過ぎない。誰にも、そういった変化がある。幸せが永遠に続く人生がないのと同様に、どん底だけがずっと続く人生というものもない。もしそういったものがあるとしたら、そこでは幸せも不幸もなくなっているはずだからである。  つぶさにミルフィーユ  森 博嗣   」