部屋中においしいスープの匂いが漂う。
今回はカモ肉スープ用カタマリ&スジ肉でこくのあるいい出汁がとれた。それに旬のキノコをたっぷりと。もちろんニンニクも丸ごとポイっといれて、煮込んだ。
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おいしい!!
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身体も温またり、お片付け。
朝のメニューは、洗剤を使わずにお湯だけでスープカップもコーヒーポットもスプーンにチーズカッターも、キュキュっとすべすべになる。
どちらかというと、乾燥肌の私は、洗剤類は使いたくないし、シャンプ―やボディソープなども使用しない。おかげで、ハンドクリームやらもいらない。
引っ越しを終えて、今回 社長室はなくなった。放浪の社長となって、その時その時 空いてる場所でサバイバル、いやホームレス的に移動する。
そんな私のパソコンをキャノンの人が点検してくれた。
‟ えー 相当古いですネ ”  アレもコレもすでに使えなくなっている。
それでも、私は不便は一切感じていない。
インターネットでつながることは、十分つながっているし・・・・。
そして、私のパソコンはアップル!! 朝だけインターネットもどき。

「Windows95が搭載されたデスクトップのパソコンが我が家にやってきたのは1996年。まさに、インターネット普及期である。家と学校、アルバイト先など生活する範囲が非常に限られていた10代後半の私は、パソコンを起動し、コンピューターネットワーク上に構築された仮想空間にアクセスできるという環境に心を躍らせた。パソコンのモニター画面の彼方に広がるバーチャルな世界の存在を知った開放感は爽快だった。たとえ、クラスや学校などでは友だちが一人もできなくても、インターネットをつうじて、心の通じ合う仲間と出会える可能性はある。自分を取り囲んでいた世界の枠組がぐいっと広がってゆくと感じた。検索エンジンを前にしながら、ここからどこへでもいけると本気で興奮していた。世界はどんどん広がってゆくと無邪気に信じていた頃からすでに四半世紀が経つ。今やわざわざパソコンを立ち上げるまでもなく、手のひらサイズのスマートフォンで一瞬にしてフェイスブックやツィッター、LINEやインスタグラムなどのSNSを利用できる。それなのに、心躍るような高揚感はどこへやら。近頃の私はインターネットによって、自分自身も含む、つなぎっぱなしの日常を生きる人びとの世界は、広がるどころかかえって狭まっているように感じている。バーチャル空間では、世界の複雑を感知するときの興奮、わかっていたはずのことがわからなくなってくることの快感などよりも、より強烈な ‟わかりやすさ” や ‟単純な構図” ばかりが求められて、わからなさは忌避されているように感じる。そして、言葉の暴力にさらされている人たちを、なんとか助けたいと思う。けれども、初めから結論ありきの人たちは、ターゲットを選んで攻撃を楽しんでいるだけだったりする。それも顔や本名を秘匿したまま。いっそネットのない世界に行きたいと思うこともある。こんなはずじゃなかったのにな、と思う。        世界が狭まった。 小説家 温又柔 」