「大学を出て商売を継いで47年になるが、百年企業というブランドの重みを感じている。相続時の借財を抱えながら途中で手放さなかったのは、私のプライドでもある。そうさせているのは新宿の街。‟新宿睫遏匹砲鰐昌の前に‟新宿”の名前がついている。それだけの価値がこの街にある。新宿は江戸時代からあるけれど、1885年(明治18年)3月に、半官半民の国鉄JR東日本が開通し新宿駅ができた。それから136年がたった。百年以上にわたって隣がインドカリーで有名な中村屋さん。新宿駅前で一番古くて同じく商売をずっとやってきた。こんなところは世界にもないのではないかと思う。アルタの前から伊勢丹までの売上と、銀座一丁目から八丁目の売上が一緒というデータがあった。それだけ商いのある街だ。 新宿睫郤卍后●睫邉搬析此 

渋谷の街を歩く。たしかここはフライングタイガーがあったはずだ・・・!!! と、そこはダイソーになっていた。まあおしゃれ感は劣るけどいいか。と、広い広い店内をぶらつき、物色し、デコやディスプレイにと、使えそうなものを探す。
なんせ、今日と明日2日間で、ボンジュ・バレリーナショップをオープンさせないといけない。
掃除機をかけ、今年の埃を雑巾でヒロ君が掃除、チェストや椅子を組み立ててゆく。
フィッティングトウシューズを、ケースに種類ごとに並べる。レオタードに、ニットに、下着に・・・・。
とうとう渋谷の街へ舞い戻った。
東京に来て初めての場所は渋谷宮益坂だった。ボロボロのエレベーターが揺れる古い古いビル。
ヒカリエが5年前にオープンした時、‟うちのテナントはすっごく高いですから” と言われ、恐ろしくて値段も聞かず、気づくと渋谷の街から六本木へ移動していた。
そこから赤坂、そして紀尾井、ぐるりとして渋谷を開くチャンスに巡り合った。
さて、これからどうなるのか。足もとをみれば、ガクガクと旋律が走る。
今さら、時々、気弱になる。
梅は、飛べる翼を持ちながら、決して羽ばたかない。
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ろくは、羽ばたかなくっても、スィースィーと、ひとっとび。
ハチは、ずっしりと重いからだで、バタバタと羽ばたき、目的地にずっさり止まる。
全て、気持ちが、私たちの未来を決めている。