‟同じ”を優先すると‟違う”が落ちる 養老孟司
この‟同じ”とみなす能力は他に何をするかというと、算数の=イコールです。‟同じ”を別な言い方をするとイコールですね。3+3=6だと、だれも文句を言いませんが、中学になると、2X=6というのがあって、X=3になる。子どもに数学を教えていると、ここで引っかかる子が出てきます。どうしてここで引っかかるのかをよく聞くと、‟Xは文字でしょう。3は数字でしょう。それを=にしていいの?と言う。そういう子どもは方程式を解いていったら、a=bになったなどということは絶対に認めようとしません。‟ だってaとbは違う字でしょう。違う字を=にしていいの ” と言います。算数ができない子がつまずく理由のかなりの部分がこれだと私は思っています。つまりaという字や、bという字はわざわざ感覚的に違うようにつくった文字なのです。その感覚的な違いを無視してイコールだ、同じだと見なすのは、それが嫌な子にとっては嫌なんですね。つまりそういう子は、より自然のほうに近い。一方数学ができる子は、同じとみなす‟意識”の能力を、違うという‟感覚”よりも優先することができる。意識の世界が行き過ぎると、どんどん‟同じ”になってきます。それが情報化社会、AIの社会です。AIの社会では‟同じ”が優先しますから‟違う”が落ちてしまう。これはより動物に近い子どもにとっては、非常に暮らしにくい社会ですね。子どもたちが子どもたちとして存在できるような社会をつくれば一番いい。こんな社会ではないかと思いますけれども、一番難しいのは自分たちの常識が本当に常識なのかということを、もう一度考えてみることですね。10代、20代、30代の若者の死因のトップが自殺だというのは、私は間違いなく異常だと思います。ご清聴ありがとうございました。  ※この講演は2022年3月10日に行われました 」

とうと最後まで書き写した。
もう一度じっくりと読み返してみよう。
そして、とうと、スッタモンダあって、ラブラドールの千が高野家にやってきた!!
私も子犬を触るのはもう何年ぶりだろう?
まどかが幼稚園くらいの頃だから、ヘエー私が25,6歳の頃だ!!  超すっごい前だ。
従妹んちの家でミックが3匹の子犬を産み、ぜーんぶいただいた。ミルク、メリー、ミック、ミノ、私の実家で育て、結婚して、ミックのミノをつれて鳥と一緒に主人の実家に居候した。
応接室を借りていた。すごい住人がやってきたもんだ。子犬と鳥とまどかと嫁と舞い戻った三男。
五条の豪邸の父の自慢の庭は、掘り返され靴は盗まれ大惨事となった。
ミノと散歩に出かける時は、畑を過ぎて、精神病院の中を、まどかとミノと私でうろつきまわった。
犬はいつも仲良しのいたずらの友達だった。
だからどんな時も、淋しくなかったし話相手だった。
ミノがいなくなって、私は忙しくなった。ミノの代わりに私は欲望の虜になった。
お金を稼ぎまくり、家を何件も買った。なぜか犬は飼わなかった。外を犬と一緒に走りかけまわることは必要ない。車でどこでもすっとばして行けたし、私を守ってくれるのは、犬じゃなくて自分自身だった。
あーそれから、65歳。孫たちが犬を欲しがりだした。
私は20万の借用書を書き、とくももさくらに20万円を貸し付けた。
すっかり犬がいじけづくバーバになった。
が、久しぶりに千とガウガウ遊びをした。
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何かが蘇り、楽しくなった。ほんわりと昔の犬たちが、散歩のロープを力強く引っ張る繋がりが蘇ってきた!!
そしてなぜか涙がとめどなく流れ、鼻をかんだ。

末口ジャスミン色の魔術師 色占い
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