発表会の先生方への礼状。
孫がたいへんお世話になっている。そして新しい手作りのサスティナブルドールの中に入れるさし絵、など計7枚を一気に描いた。
夕食のあとだから、けっこう消耗した。夜は眠りへの準備だから意識がほんわりと、そして朦朧としだす。
バレリーナの雑誌、貴婦人が愛した食卓芸術、松山赤坂校のチラシなどから題材とした。

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描くことが私の生活の一部となった。すると、視覚が優位に働く。なにかにつけて、しっかりとみるようになった。
そうなると、なにかそこにないものまで見えてくる。
とくに人の顔らしきもの、影のようなもの・・・が!!!
テーブルに、黒いしっかりとした男影(ひとかげ)が見える。夢と現実が交錯する中で、次々と人の顔が・・・知らない人がほとんどだが。

「 巻末に収められた3篇の随筆‟忘れ得ぬ日”を読んで驚愕した。   反戦 歌人 小島ゆかり
『 我が子を戦場へ送った日本の母たち 』 終戦の前年、大陸の前線にいた兄から恩寵のたばこが届いたという。決戦の前に配られるたばこ。1本だけ吸って残りを祖国の母に届けた。別れの印に違いないその箱を母は震えながら抱いていたという。声をだして泣くことも憚られたのだ。数カ月後に戦死の公報が、その後やけに軽い骨壺が届いたという。兄25歳。
『 帰らぬ人たち 』 終戦の2年前から満州で暮らした姉夫婦には、女の子が生まれたばかり。ところが終戦の5日前に男子は軍隊に入隊を命じられ、姉の夫は家族と離れ離れになり、終戦と同時にやってきたソ連軍からの逃避行の途中、赤子を連れた姉は北朝鮮の川原で息絶えたという。偶然の縁によってそれが知らされたのは終戦の1年後。母子の遺体はアカシアの花の散る川原にあったという。姉22歳。
『 初節句に祈る 』 曾孫の初節句によばれた席で、孫嫁の祖母から聞いた大空襲の話。前橋で機銃掃射に追われて桑畑へ逃げ込んだ小学生の彼女は、撃たれた人が一瞬に頭も体も飛び散るのを見たという。

 反戦ははるかなる虹 見えながら指さしながらだれも触れず     」