「子どもが欲しいという本能 カヤック冒険作家 佐藤ジョアナ玲子
29歳。急に子供を産んでみたくなった。いつかそう思える日が来るかもと、20代前半で卵子凍結に興味を持ったが、身体的、金銭的負担に加え、旅人として居住地も保存する場所も定まらず、何もしないまま時が過ぎた。社会人になってお金を稼ぐのに忙しくなる前に、学生出産するほうがいいと思ったこともある。今通っているハンガリーの大学では、教室に子供を連れてくる教授や妊娠中の博士課程の人もいる。欧米らしい肩の力を抜いた子育て環境が私に意欲を芽生えさせたのかもしれない。世界中で暮らして、一つ気が付いたことがある。それは、どれだけ環境を変えても、自分の性格や好みは変わらず、どこで暮らしても基本的には共通点のある生活になるということ。例えば、日本で登山が好きだった私は、海外で生活するようになっても隙あらば山へ行き、低山と平野ばかりで登山ができないハンガリーでは森の中の家に住んでいる。風の吹くまま、気の向くままという私のような人間もいれば、成長を求める人は、日陰に置かれても、上を目指そうとする。人間それぞれ、揺るがない自分を秘めて年を重ねていくのだと理解した時に、本当の意味で、変化が恐くなくなって、私も子供を産んでみたいと思えた。少子高齢化の日本で、これから産める世代の女性と子育てに参加する男性が背中を押してもらえるニュースは正直ほとんどない。子供が欲しいと思う本能に寛容な社会は、当事者がつくるしかないのかもしれないと思い、新聞の片隅から主張させてもらった。 」
山の手の内側からどんどん外側に向かって移動する。
そうすると、高層マンション、ビル群から、街の見え方が変わってくる。
それでも家と家の間はほとんどないくらいビッシリと住まいが広がっていく。
中に広い敷地は、学校やら商業モール、商店街・・・ またトンネルを抜けると山、川、田畑、ビニールハウス。
そんな中、人は生まれ、家族となり、死んでいく。わずか70年か80年のあいだに。
今年、昨日で、69歳となった。
そうか、死ぬことはすぐ近くになった。
もう私は子供を産むことはとっくの昔に卒業したし、子育てもすでに終わったし、どちらかというと仕事バリバリの社会人ということも終わったはずだ。
だけど、やりたいことが山ほどある。
まだまだ楽しもう。
29歳。急に子供を産んでみたくなった。いつかそう思える日が来るかもと、20代前半で卵子凍結に興味を持ったが、身体的、金銭的負担に加え、旅人として居住地も保存する場所も定まらず、何もしないまま時が過ぎた。社会人になってお金を稼ぐのに忙しくなる前に、学生出産するほうがいいと思ったこともある。今通っているハンガリーの大学では、教室に子供を連れてくる教授や妊娠中の博士課程の人もいる。欧米らしい肩の力を抜いた子育て環境が私に意欲を芽生えさせたのかもしれない。世界中で暮らして、一つ気が付いたことがある。それは、どれだけ環境を変えても、自分の性格や好みは変わらず、どこで暮らしても基本的には共通点のある生活になるということ。例えば、日本で登山が好きだった私は、海外で生活するようになっても隙あらば山へ行き、低山と平野ばかりで登山ができないハンガリーでは森の中の家に住んでいる。風の吹くまま、気の向くままという私のような人間もいれば、成長を求める人は、日陰に置かれても、上を目指そうとする。人間それぞれ、揺るがない自分を秘めて年を重ねていくのだと理解した時に、本当の意味で、変化が恐くなくなって、私も子供を産んでみたいと思えた。少子高齢化の日本で、これから産める世代の女性と子育てに参加する男性が背中を押してもらえるニュースは正直ほとんどない。子供が欲しいと思う本能に寛容な社会は、当事者がつくるしかないのかもしれないと思い、新聞の片隅から主張させてもらった。 」
山の手の内側からどんどん外側に向かって移動する。
そうすると、高層マンション、ビル群から、街の見え方が変わってくる。
それでも家と家の間はほとんどないくらいビッシリと住まいが広がっていく。
中に広い敷地は、学校やら商業モール、商店街・・・ またトンネルを抜けると山、川、田畑、ビニールハウス。
そんな中、人は生まれ、家族となり、死んでいく。わずか70年か80年のあいだに。
今年、昨日で、69歳となった。
そうか、死ぬことはすぐ近くになった。
もう私は子供を産むことはとっくの昔に卒業したし、子育てもすでに終わったし、どちらかというと仕事バリバリの社会人ということも終わったはずだ。
だけど、やりたいことが山ほどある。
まだまだ楽しもう。
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