「東ティモールに思い入れ 新しい国に勝手に親近感
若手の登竜門と言われる東京・浅草公会堂 ‟新春浅草歌舞伎” では、演目前に出演者が日替わりでフリートークをするお年玉が恒例だ。今年、浅草に初出演した僕は、東ティモールについて話し、‟ヒガティモ兄さん”と呼ばれるように。2002年5月にインドネシアから独立したアジアで最も新しい国が東ティモールで、僕の初舞台が2003年5月。自分と東ティモールは1歳違いで勝手に親近感を持っているのだ。僕が訪れたのは2024年11月。初っ端から衝撃が走った。空港は一国の首都とは思えないほど小規模。国旗をあしらった帽子やTシャツを身に着けて外国へ出稼ぎに旅立つ若者たちと見送る家族の姿が見えた。首都以外では、なお自給自足の生活が営まれていた。しかし、そういうことを気にしない‟ゴーイングマイウェイ”な雰囲気が漂う。この国は5年後、10年後、どうなっているんだろう。何だか分からないけど強く惹かれてしまった。 (市川男寅 歌舞伎俳優)」
東京にでて独立する前、福岡にいた私は、しょっちゅう東南アジアに出かけていた。
人、人、人と市場、商売、生活、その何とも言えない活気とエネルギーが大好きだった。
東京に出てきて24年。
すっかり、この大都会に馴染んでしまった。ビル群の中でスーツを着てヒールを履き大手企業と渡り合った。
だが時代の針は逆戻りを始めた。
東京砂漠から抜け出そう。
もっと人のぬくもり、また昭和のような夕日。
老人の街にも活気がある下町へ下町へとくだる。
東京は坂が多い。上りも下りも、足腰だけはしっかりと強い。
若手の登竜門と言われる東京・浅草公会堂 ‟新春浅草歌舞伎” では、演目前に出演者が日替わりでフリートークをするお年玉が恒例だ。今年、浅草に初出演した僕は、東ティモールについて話し、‟ヒガティモ兄さん”と呼ばれるように。2002年5月にインドネシアから独立したアジアで最も新しい国が東ティモールで、僕の初舞台が2003年5月。自分と東ティモールは1歳違いで勝手に親近感を持っているのだ。僕が訪れたのは2024年11月。初っ端から衝撃が走った。空港は一国の首都とは思えないほど小規模。国旗をあしらった帽子やTシャツを身に着けて外国へ出稼ぎに旅立つ若者たちと見送る家族の姿が見えた。首都以外では、なお自給自足の生活が営まれていた。しかし、そういうことを気にしない‟ゴーイングマイウェイ”な雰囲気が漂う。この国は5年後、10年後、どうなっているんだろう。何だか分からないけど強く惹かれてしまった。 (市川男寅 歌舞伎俳優)」
東京にでて独立する前、福岡にいた私は、しょっちゅう東南アジアに出かけていた。
人、人、人と市場、商売、生活、その何とも言えない活気とエネルギーが大好きだった。
東京に出てきて24年。
すっかり、この大都会に馴染んでしまった。ビル群の中でスーツを着てヒールを履き大手企業と渡り合った。
だが時代の針は逆戻りを始めた。
東京砂漠から抜け出そう。
もっと人のぬくもり、また昭和のような夕日。
老人の街にも活気がある下町へ下町へとくだる。
東京は坂が多い。上りも下りも、足腰だけはしっかりと強い。
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