「筆洗
愛知県渥美半島出身の山田もとさんが書いた”水の歌”はこの地の農家に嫁いだ明治生まれの女性、おしまの視点で暮らを描く。ほぼ事実に基づく物語である。
昭和の戦後に豊川用水ができるまで水不足に悩んだ地域。おしまも日々離れた井戸から水を運び疲弊した。日照りが続くと田んぼの水の争奪戦が勃発。自分の田んぼにだけ水を入れる者も現れた。仁義なき我田引水。
関東以西の広範囲で続く少雨。節水で世帯によっては蛇口をひねると明らかに水圧が落ちたと分かる。一部の福祉施設は入浴サービスを休止した。雨を乞う人々に祈りの熱量は高まる一方である。”水は魔物といってのう。水が怒るとおそがい(怖い)もんだぞえ。日照りも大水も、他人ごとじゃあないに”
魔物の怖さは不変である。」

鞄にいれた携帯用折りたたみ雨傘はずーと使われないままだ。雨は長い間降っていない。弁慶橋をのぞくと、水かさはずーと下で、濁って見えない泥沼のようだ。
ガサガサヒューと夜中に強い風の音がした。春一番だ。空気は乾燥している。港区から大田区へ移り住み、高崎にも時折顔を出すようになってから、自然を近くに感じるようになってきた。今、新しい話が浮上してきた。山林、田畑、原野、川などの3,500坪の土地建物の話だ。もっともっと、自然が近くなる。次の20年、もうひとふんばりいこう。